私の主人はワガママな神様

どろろ

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16.行かないで(4)

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「帰りは何時頃になりますか?」
「卒業式終わった後、クラス会があるから……3時くらいか?」
「承知しました。3時ですと……申し訳ありません。私は迎えに行けないかもしれないので、他の者を行かせます」
「そうか。仕事か? 最近忙しそうだな」
「ええ、少しやる事が残っていまして……」

 晴太郎にはまだ、異動のことを伝えていない。二次試験が終わりひと段落ついた時、いくらでも話す機会はあった。しかし、七海は言えなかった。さよならを言いたくなかった。
 だから、七海は何も言わずに彼の前から姿を消そうと思っている。彼が卒業式を終えて家に帰るまでの間に、何も言わず、こっそりと。

 いつもの朝のように最寄りの駅まで車で送って行く。七海は晴太郎の身内ではないので、卒業式には出席しない。彼の父親と、足が悪い父親の補助人として秘書の田中が行くことになっている。

「こうやって七海に駅まで送ってってもらって、電車に乗って学校行くのも最後なんだな……」
「……そうですね」
「うーん……受験生なってからは大変だったけど、やっぱり寂しいな」

 助手席に座る晴太郎が、窓の外を眺めながら寂しそうに呟く。今日は互いに最後になることがたくさんある。こういう日は、どうしてもしんみりしてしまう。心なしか、車内はいつもより静かな気がする。
 最寄りの駅に着き、ロータリーに車を停車させる。いつもの車がたくさん停まっている平日の朝とは違い、今日は疎らですんなりと車を停められた。

「じゃあ、行ってきます」

 いつものようにスクールバックを持って晴太郎が車を降りようとする。ああ、最後だ。これが、最後。——制服姿を見るのも、最寄りの駅まで送るのも。一緒に暮らすのも、ワガママを聞いてあげるのも。彼の笑顔を見ることも。
 この車から降りたら、さようなら。きっともう会わせて貰うことすらできない。

「っ、晴太郎様!」

 もう会えない。そう思ったら、自然と彼の名前を口に出していた。

「うん? どうした?」

 忘れ物でもあったか、と車のドアを閉めようとした体制のまま、晴太郎が運転席に座る七海を見つめた。

「……ご卒業、おめでとうございます」

 ——どうか、お元気で。
 
「なんだよ、急に改まって。ってか、まだ卒業してない。式はこれから! じゃあな」

 バタン、と大きな音を立ててドアがしまった。
 最後に見えた彼の顔は、綺麗な笑顔だった。

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