私の主人はワガママな神様

どろろ

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13.晴太郎の音(2)

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 3月の終わりの日曜日。中条家が主催する、春の演奏会当日。

「うーん……ネクタイ、どっちにしよう……」

 晴太郎は鏡の前で迷っていた。今日の格好は落ち着いた黒のスーツにグレーのベスト。そしてウイングカラーの白いシャツ。普段のパーティーの時より落ち着いていて、上品に見える。髪の毛は既に七海にセットして貰ったので完璧だ。あとはネクタイを付ければ準備完了。今日はちょっと洒落た蝶ネクタイをしてみようと思ったのだが、青色にするか赤色にするか迷っている。

「晴太郎様、準備はいかがですか?」

 すでに身支度を終えた七海が、様子を見に晴太郎の部屋にやって来た。
 今日の彼はグレーのスーツに黒のタートルネックといういつもよりカジュアルな格好をしている。今日は演奏会で、晴太郎と違い七海は出演者ではなく観客。きっちりとした正装をする必要はないのだ。
 
「ネクタイ、迷っているのですか?」
「うん。七海はどっちが良いと思う?」

 そう尋ねると、七海はぎゅっと眉間に皺を寄せて左手で自身の顎に触れた。本人は無意識だろうが、これは七海が考え事をする時の癖だ。こんな小さなことでも、真剣に考えてくれている。

「……赤、が良いと思います。春ですし」

 七海は晴太郎の手から赤の蝶ネクタイを受け取り、正面から蝶ネクタイを結んでくれた。晴太郎の首の後ろに手を伸ばした時、自然と彼との距離が近くなる。ふわっと七海の匂いがして、トクンと胸が跳ねた。柔軟剤の匂いとお揃いの香水の匂い、そしてほんの少しだけ煙草の匂い。

「……うん、とってもお似合いですよ」

 蝶ネクタイを付けた晴太郎の姿を見て、七海は小さく微笑んだ。またトクンと胸が跳ねる。顔が赤くなってしまってはいないだろうか。
 たまに七海はこのような笑い方をする。愛情が籠った優しい視線で、小さく微笑みかけて来る。愛しいものを見る目で、晴太郎のことを見つめてくるのだ。晴太郎は七海のこの顔が大好きだ。他の人には見せないで欲しい。——だってこんな顔されたら、その人が七海のことを好きになってしまうから。
 七海はクールな男だと思われがちだが、案外そうでもない。よく話すしよく笑う。それに昔はよく泣いていた。表情がコロコロ変わる訳ではないが、決して無愛想なわけでは無い。少し強面なだけ。
 
「さあ、行きましょうか」
「うん」

 七海の運転する車に乗って、会場へ向かう。今日は助手席に座った。
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