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9.甘いもの(5)
しおりを挟む『もしもし、七海?』
聞こえたのはのんびり話す柔らかい女性の声。
「ああ……紗香様でしたか」
『ええ。今日は晴ちゃん借りちゃってごめんなさいね。寂しかったでしょう?』
「いや、ええ、まあ……はい」
電話の主は晴太郎の姉の紗香だった。紗香は全く悪く無いのだが、昨日彼女に勝手に嫉妬してしまったので若干気不味さがある。ごほん、と咳払いをして自身を誤魔化す。
『今、黒木が晴ちゃんを送ってるから、もう直ぐそっちに着くと思うの。一応連絡を、と思って』
「そうでしたか。わざわざありがとうございます」
『いえいえ。ねえ、それより……晴ちゃんと何かあった?』
ギクリ、と驚きで肩が跳ねる。何も無かったと言えば嘘になってしまう。
「……坊ちゃん、何か言ってましたか?」
『何があったのかは話さなかったんだけど、七海が怒ってるかもって、落ち込んでたわ』
「私が? 怒ってる?」
まさかそんな風に見えていたとは、と七海は驚いた。昨日は確かに一瞬腹を立ててしまったが、あの一瞬だけでもう怒ってはいない。怒っているというより、晴太郎に対して大人気ない事をしてしまったと落ち込んでいるのだが。
『七海、笑ってないと顔怖いのよ。目付き悪いし』
「……顔……こわい、ですか?」
『うん。だから、勘違いしちゃったんじゃないかしら?』
確かに今日は、うまく笑えていなかったかもしれない。
晴太郎の傍にいると、自然と表情が柔らかくなる。特に意識しなくても自然と笑顔になれる。昨日の事で気不味さを感じていたせいか、今日の朝は顔が強張ってしまった。それで晴太郎は七海が怒っていると勘違いしてしまったのかもしれない。
『まあ、怒ってないなら良かったわ。美味しいケーキでも食べて、仲直りしてね』
「えっ、ケーキ……?」
『あっ! ごめんなさい、何でもないわ。じゃあね!』
ケーキという単語を出した途端、紗香は慌てた様子で電話を切った。どうして彼女はケーキのことを知っているのだと七海は首を傾げた。色々と察しの良い人であることは知っていたが、ここまでバレているとなると少し怖くなってきてしまう。
電話しているうちにいつの間にか煙草は燃えて短くなっていた。これはもう駄目だと灰皿へ捨て、新しいものに火をつけようとした時、ガチャリと玄関ドアの開く音がした。
「ただいまー」
晴太郎が帰ってきたようだ。
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