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1章 ダンジョンと少女

ラビ隠蔽計画

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「ごめんなさいマリアさん……
 やっぱり私たち、村には入らない方が良いのかも……」
 直前になって凍花は怖くなってしまった。
 冒険者の常識を知らないマリアだから受け入れられているだけで、他の者から受け入れられるかは不明である。

 ところが、マリアにとってそんなことはお構いなし。
「またそんなこと言って。
 もてなしを断られちゃあ、旦那に合わせる顔がないよ。
 良いからお茶の一杯くらい付き合いなさい」
「で、でも……」

 凍花はラビに視線を移し、今度はトラとレプロ、そしてジェラートスライムを見る。
 黙って着いてくる姿は非常に大人しく、未だに魔物とはなんなのかと考えさせられてしまう。

「じゃあ……お言葉に甘えて」
 もしかしたら村によって対応は違うのかもしれない。
 そんな淡い期待を持って、凍花たちは新たな村へとやってきたのである。

「すごい……ヨモギ村とは全然違う」
 木の柵が無く、村の周囲には浅く堀が作られている。
 門番のような存在も無く、家同士の間隔は広めにとられている。
「あぁ、堀のことかい?
 こんな辺鄙へんぴなとこじゃ、出てくる魔物も限られるからねぇ。
 ロックゴーレムは、こうやって土を掘っておけば村には入ってこないんだよ」

 柵が無いのも、村全体が広いのも、魔物の心配が少ないからできることらしい。
 しかし、そんな安全な村でも、すれ違った村人の視線は非常に痛いと感じる凍花である。

 トラやジェラートスライムを見た際には『テイマーが来たのか、珍しいな』といった感じなのに対し、凍花の後ろにいたラビに気付いた瞬間、驚く者や眉間にシワを寄せる者、村人同士で耳打ちをしている者たちもいた。

「そういうことかい。
 いくら私でも、アンタたちが村に入りたくない理由は察したよ」
「いえ、ごめんなさい……」
 何故かはともかく、ラビは人間に奇異な目で見られてしまうのだ。
 そしてそれはきっと負の感情。
 つまり珍しいだけでなく嫌われているということに他ならない。

 宿やギルドが並ぶ中、一際大きな建物がマリアの家であった。
 中に案内されると、そこには大きな加工場と並んだ木材がある。
 木材を使い、器や衣装棚などを作ってお金を得ているそうだ。

 建物の中に入ってしまえば、周囲の視線は気にならない。
 ただ、村人の中には共に家の中に入る姿を見た者もいる。
『コンコンッ』
 誰かが玄関の扉をノックするものだから、凍花は不安で仕方ない。
 そして案の定、家を訪ねた男はラビを見て睨んでいる。

「マリアさん。そこの魔物たちはどうしたんですか?
 ギルドで変な噂を聞いたものだから様子を見に来てみたが、まさか本当に変異種がいるとは……」
 凍花はそれを聞いて非常に気分が悪い。
 まともに話合おうともせず、魔物というだけで非難して排斥しようとする。

 しかし、言われる可能性を知っていて村に入ったのだ。
 言い返すわけにもいかず、すぐに村を出ようと考えていた。
 しかし、そんな凍花も気持ちを知ってか知らずか、マリアは男に対して毅然とした態度で言ったのだ。

「私が望んで招いた客人になんて言い草だい。
 お前さんらの言い分はあるのかもしれんが、わざわざ家の中まで確かめに来て失礼にもほどがあるってんじゃないかい?
 私にとってはこんな幼い子供たちより、加齢臭を巻き散らかしてるアンタらの方がよっぽど迷惑だよ。とっとと帰んな!」
「いやマリアさん。そういう問題じゃ……」
「うるさいって言ってんだよ!
 ここにいて誰かになにか迷惑でもかけたのかい?
 アンタらが勝手に姿を見て被害妄想膨らませてるだけじゃないかい!
 妄想は布団の中で一人でモンモンやってな、ボケジジイども!」

 男を突き飛ばして、すぐに玄関のドアは閉じられる。
 かんぬきまでかけて、窓にはすべてカーテンがかけられる。
「本当にごめんなさい……私たちがいるから」
「何を言ってるんだね。どう見たって間違えてるのはジジイどもじゃないか。
 それともなんだね? 今から村に火をつけて村人を虐殺でもするのかい?」
「えっと……しないです。
 ちょっと腹が立ちましたけど、火の魔法も使えないですし」
「いいねぇ。使えるようになったら火を放っても良いよ。アイツの家なら教えてやるさ。
 ……それにちょっとじゃないだろさ。私は頭の血管が切れそうだったよ」
 
 マリアは冗談にも冗談で返してくれて、凍花の怒りはすぐに収まっていた。
 そんな二人の様子を見て、ラビもかなり落ち着きを取り戻したようだ。

 お茶をいただき、少し休んだところで凍花は村をすぐに発つことをマリアに伝える。
 やはりラビの存在が村に悪い影響を与えているのは事実であり、そのせいでマリアが非難されるのは本意ではないのだ。

「なんだい、せっかく旅の話なんかも聞けると思ったのにねぇ。
 息子は帰ってこないし、一体何をしているんだか。
 ……そうだ、ちょいと待っておくれ」
 マリアの息子は数年前から冒険者として旅にでてしまい、それ以来一度も村には戻っていないと言う。
 そして、その息子が使っていた外套が衣装棚に残っているのだと、取り出して見せてくれる。

「ちょうどいいじゃないかい。
 その立派な耳もすっぽり隠れるし、あとはそうさね……その綺麗な手を隠さなきゃいけないんだろうねぇ」
 隠すのが勿体ないと言いながら、大きさの合う白い手袋まで用意してくれたマリア。
 じっくりと観察されれば白い毛並みは見えてしまうが、一見したところで顔の見られたくない淑女といった装い。
 子供がそれを行うのは珍しいらしいが、世界には怪我で素肌を見せたくない者はごまんといる。
 なんといっても魔物が人間を襲う世界なのだから。

「貰ってばかりで悪いし、森で見つけたフルーツくらいしか無いですけど……」
 凍花はパパインのドライフルーツを取り出し差し出した。
 この場合のお礼として、選択肢は二つしかないのだ。
 干し肉かドライフルーツ。そうなってはもう、渡す物は決まったも同然。

「なんだい、そんな気を使わなくてもいいんだよ?
 でもまぁ、せっかくくれるって言うのだから受け取らなきゃ悪いね。ありがとうね」

 せっかく親切にしてくれたマリアであったが、村に歓迎されていないのでは長居も失礼である。
 凍花は近くの街を目指して、出発をするのであった。


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