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1章 ダンジョンと少女

新しい挑戦

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 いくら気分が優れなくても、世界は前に向かってしか進みはしない。
 心配して部屋まで様子を見にくるロゼッタやサラ。
 ギルドからはオーク討伐の報酬として、受付嬢のミリアが直接お金と回復薬を持ってやってくる。

 さすがに仕事もせずに居候というわけにもいかず、翌る日には寝ぼけ眼を擦りながら店頭に立つ凍花であった。

「具合が悪いのなら無理しなくていいんよ?」
 ロゼッタが焼きたてのパンを持って店頭に顔を出す。
 その焼きたての香りに、少しだけ気持ちの落ち着く凍花。
「いえ、何かしてた方が落ち着くみたいなので……」
 夢の内容がめちゃくちゃなことを言っているのは理解しているつもりだった。
 自分がという願望や、という疑念がぐちゃぐちゃになってできた妄想なのだろう。

 しかし、実際に隣にはパンテラがいて、その魔物は自らのスキルで生み出した存在である。
 そういうものだと自信を納得させるには、まだ少し時間がかかるが……
「そういえばロゼッタさん。
 この村って、物を売るのに許可っているんですか?」
 別に今すぐ何かを考えていたわけではない。
 屋根裏で悩んでいるうちに、もしもの時のことを考えただけである。

 屋根裏から追い出されることは無さそうだが、魔物によって村が壊滅するかもしれないし、パンの材料が無くなる可能性だってある。
 現代知識は異世界チート。
 今までは何を思われるかと自重することにしていた前世の知識だが、いざとなれば使う必要も出てくるだろう。

「んー……こんな小さな村だと許可が必要になることはないけど、お客さんも限られてるし難しいと思うわよ。
 大きい街に行くと商会がある程度仕切ってるって聞くわね。
 月一で持って来てもらう麦の粉も割高みたいだから、ある意味それがお店を開くための必要経費みたいなものかなぁ?」

 関税や入国税、消費税なんて概念は存在しないが、金貨銀貨といった通貨は存在する。
 大きな街では税か年貢もあるのだろうが、辺境の小さな村まではそれらは行き届いていない様子。
 魔物の多く出るこの世界で、それがいかに非合理的かという話なのかもしれない……

「何か面白い商材ネタがあるなら、やりたい人は大勢いるだろうよ。
 これから寒くなると、みんな手を持て余してくるし、こんな小さな村じゃ大した娯楽もないからねぇ」

 収穫は終わり、手仕事にカゴを編んだりということはあるそうだ。
 しかし、薪が大量に必要になる程冷え込むわけではないし、水を弾く魔物素材で合羽も作れてしまうため、わりと生活自体に不便を感じることはないという。

「娯楽かぁ……
 リバーシとかトランプが作れたら良いんだけど」
 客が来なければ余計な思考が頭を巡る。
 凍花はどうでも良いことを考えて、そんなモヤモヤした気持ちを吹き飛ばそうとしていた。

 パッと思いつくものはあるが、それを作る過程が想像つかない。
 同一の絵柄で52枚のカードは素材をどうするのか?
 リバーシは不可能ではないが、手作業で一冬ひとふゆにどれだけ作れたものか。

 創造チートやお取り寄せチートならばともかく、生み出すものは魔物に限る。
 命じればその通り動くし、命じなければ勝手気ままに動くようにもなる。
 はてさて、そのようなスキルで一体何ができようか。

「そういえば、もうすぐ収穫祭の時期だね。
 って言ってもテバちゃんは初めてだし知らないっかぁ」
 パンを並べ終えたロゼッタは、焼き窯へ向かいながら喋っている。
 すると、凍花は立ち上がってロゼッタを呼び止める。
「それって、もしかして広場に見えたやつですか?」
 興奮気味の凍花をみたロゼッタは、少しだけ驚きつつも、その問いに小さな声で答えたのである。
「う、うん。
 村の男たちが力比べをするだけなんだけど」

 殴り合い、取っ組み合い。
 野暮な話だが、これが意外にもシンプルで村の一大イベントでもあった。
 多少の怪我くらいならば暇な寒い季節には支障も無く、強い男には女が惚れ込むこともあるそうだ。
 
 花冠を作って踊りましょう、なんてイベントは最初はなっから期待はしていなかった。
 もちろん、祭りがあってもおかしくはないが、食料もギリギリの村では花を愛でる者もわずかなのである。

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