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9章《暗黒龍ニーズヘッグ》

11話

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 世界樹の周りがどうなっているのかは知ることのできない二人。
 センと山田は、暗い世界の中で徐々に焦りが出始めていた。
 もしかして自分たちだけが別の空間に飛ばされたのではないか?
 ユーグの力も届かないこの場所で、餓死するまでこのままではないのだろうか?

 そんな不安をこれまでなんとか抑え込んでいたのだが、数分もすれば頭の中は悪いことばかりを考えてしまうようになる。
 無言のまま、時間は過ぎていく。

 山田にとっては十分すぎるほど生きた世界に、ようやく終わりが来ただけともいえた。
 人族に幻滅し、川内真緒に腹を立て、暇になった時にも死を考えたこともあった。
 さすがに何百年も生きていると、良いことばかりではないのが山田の人生。

 それでも今は死ぬわけにはいかないと思っている。
 ミアに気持ちを打ち明けられたこともあったし、自身の身体も不死ではなくなってしまった。
 残りの時間は、そのミアを少しでも幸せに……と、そんなことを考えていたばかりだった。

 一方のセン、まだまだやりたいことは沢山あった。
 ただでさえ趣味が多く、何にでも興味を持つ性格。
 それに、のんびりと暮らしたいという願いも、世界樹の真実に迫るにつれて平和な世界が現実味を増してきた。

 今からが楽しくなる世の中なのに、その中に自分が存在しないことは面白くない。
 早くニーズヘッグを倒して、平和になった世界を……リリアと共に……

「ははっ……僕たち戻れるのかなぁ……?」
 先に弱音を吐いたのはセン。
 こうやって何もできずに突っ立っている間も、もしかしたら世界樹の周りでみんなが戦っているのかもしれない。
 そう思うと、じっとしていられないのも仕方のないことだった。

 当然、ニーズヘッグも見あたらず、ユーグの力も使えない二人に何かができるわけではなく……

「さぁな。多分どうにかなんだろ」
「そっか……ヤマダさんにもわからないっかぁ……」
 なんでもヤマダさんに聞いたら分かる。
 今までがそうだったから、今回も頼りたくなってしまう。

「でもまぁ……お前だけでもどうにかしてやるさ。
 元々お前たちを巻き込んだのは俺だからな。責任くらいはちゃんととってやる」
 ヤマダさんがどこかを見つめたまま、僕にそう呟いていた。
 責任という言葉に、ヤマダさん強い想いが詰められているようにも感じたが、何かとんでもない秘策があったりするのだろうか?

 再び無言になって数分。遂にその時はやってきた。
 空間に歪みが生まれ、その中から黒い何かが現れる。
 そのは間違いなくニーズヘッグなのだろうが、最後に見たその姿とはずいぶんと異なっている。

 全身ボロボロになり今にも朽ちそうな様子の黒い塊は、僕たちの姿を見るとすぐに襲いかかってきた。
 戦いたいとか憎いなんて感情ではなく、お腹を空かせた動物が餌を見つけたかのように。

「くっ……!」
 ニーズヘッグの突進をヤマダさんが剣で受け止める。
 それだけ見るとユーグの力がなくても、なんとか戦えるみたいだと感じてしまう。
 そのくらいニーズヘッグが弱っているのか、それとも言うほどユーグの力が弱まってはいないのか……

 僕も加勢して攻撃を繰り返す。
 回復薬は取り出せないのだから、細心の注意を払いながらの攻撃だ。
 きっと、ダメージを受けて弱り、補給する魔素が欲しくて僕とヤマダさんを狙ってやってきた。
 弱り具合から見て、ここに現れる直前までリリアたちと戦っていたのだろうか?

「ね、ねぇヤマダさん……」
「なんだよ? こんな時に喋れるなんて、ずいぶんと余裕みたいだな……」
 もはやニーズヘッグは体当たりくらいしかできないようだった。
 だからというわけではないが、僕は気がかりなことを口にし始めていたのだ。

 何かって、そんなことは決まっている。
 ニーズヘッグを倒したところで、この異空間から出る方法が無いのでは困ってしまう。
 どうやって戻るのか……ということだ。

「あぁ、それだったら良いことを教えてやる。
 今も魔力を外から取り込むことは不可能だ。
 近くにユーグもいなければ月も出ていないから……なっ!」
「ギャアアアアッッ」
 ヤマダさんの剣が、ニーズヘッグに深々と突き刺さる。
 切り口から黒いモヤが滲み出て、少しずつニーズヘッグが小さくなっているのが分かる。
 大きく見えていたのは取り込んだ魔素が身体を形取っていただけなのだろうか?

「だったらさ、今ある魔素でどうにかするってことだよね?」
「そういうことだ。魔石や武器には魔素なんてほとんど残っていない。
 俺たちの体内に残ったものを使うしかない。基本的には……な」
 どういうことだろうか?
 言い方からすると、ほかに魔素を持つ何かが存在するということか?

 それから気になって、チラチラとヤマダさんの方に目をやりながら僕は戦った。
 ヤマダさんも片手で戦えるくらいに弱ったニーズヘッグ。
 僕もまたそのくらいの余裕はできていた。
 まぁ、まだまだニーズヘッグの体力は残っているようで、すぐには倒せそうにはなかったが。

  それにしても片手は……なんて思ってしまったが、どうやら何かを握っているみたいだった。
 ここぞという一撃狙いにしては不思議に思ってしまう。
 魔石の効果なんて、ほどんど出ないはずなのだから……

「グギャァァ!!」
「くっ……」
 油断はなく、大きなダメージをもらうことはない。
 だが、体当たりを受けたヤマダさんはバランスを崩して膝をつく。
「だ、大丈夫⁈」
「心配すんなっ、少し疲れただけだ!」

 すぐに立て直して、再びニーズヘッグに立ち向かっていくヤマダさん。
 せめて回復薬の一つでも取り出せればと思ったが、インベントリは使えない。
 ほとんど効果の出ないルースがいくつかあるだけだが……

 ふと転移用のルースにも、回復効果を持つことを思い出す。
 元々はテセスに頼まれて作ったものだったし、どちらかというと転移がおまけでもあったのだ。
 それに加えて、川内の知識のおかげで自然と魔法の使い方が浮かんでくる。

「ハイヒール!」
 ルースがほんのりと光ると、ヤマダさんに向かって光が飛んでいく。
 いつもよりもずいぶんと弱い光だったのは、間違いなく魔力が不足しているからだろう。
 普段からどれだけユーグに助けられていたのかよく分かる。

「ははっ、実は結構キツかったんだよ助かった。
 やっぱり昔みたいには身体が動かないもんだぜ……」
 不死……というか、いつまでも疲れず怪我もすぐに治る身体だったヤマダさん。
 それが普通に戻ってしまったのだから、調子が狂って当たり前だろう。
 わずかばかりの回復でも、各段に動きは良くなったようだった。

 この調子ならば倒せるに違いない。
 そんな確信をもっていたのだが、事はそううまくはいかなかった。
 しかも、ヤマダさんはそれを予測していたかのように行動に移したのだ。

「くそっ、大人しくしやがれっ!」
「ねぇヤマダさんっ!」
「いいから離れてろ、お前も巻き込まれるぞっ!」

 ニーズヘッグは勝てないとみるや、距離をとって身体を光で纏い始めていた。
 弱った状態ではすぐに空間移動はできなかったのだろう。
 そして逃げようとした先はどこだったのだろうか?
 しがみついて一緒に消えてしまったヤマダさんは……大丈夫だったのだろうか……

『俺は倒すまでコイツを追いかける!
 お前はこれで元の世界へ帰れっ!』
 そう言って投げつけてきたのは、戦いの最中に握っていた一つの魔石のようなものだった。
 中に一時的に魔力を貯めることができ、ヤマダさんの貯めた魔力で魔法を発動できるものだそうだ。

 それを使って僕は、エメル村まで戻ってきた……
 ニーズヘッグの空間移動と共にヤマダさんも消え、僕一人が取り残されてしまったのだから仕方ない。
 倒すまで追いかけて、見知らぬ土地……いや、あの暗い空間とかで命尽きるまで、とか思っているのだろうか?

 いや、きっと同じようなアイテムをもう一つ持っていて、倒し終わったらきっと戻ってくる。
 そうに違いない……とは思うが、僕には嫌なイメージしか湧いてこない。

 と言っていたヤマダさん。
 それに、さっき疲れたと言っていたのは魔力切れだったのではないか?
 移動先に魔力を回復する手段がなければ使いようもない……
 いや、ニーズヘッグが向かう先なのだから、少しくらいは……だけど……

 急に現れた僕に驚いて、冒険者が一人構えている。
 いつもなら転移も見られないようにしていたのだけど、そんな余裕は今の僕にはなかった。
 そしてそんな冒険者に構うこともなく、僕はすぐに世界樹の近くへと転移する。
 魔素が濃く転移は難しかったのだが、何かの影響で薄くなっているようだった。
 ニーズヘッグがいなくなったことと関係があるのかと思いながら、僕は魔法を使ったのだ。

ーーーーーー

「へっ、川内のやり方とは違うんだよっ。
 俺は確実に貴様を倒してみせる、地の底まで追いかけてでもなっ!」
「グギャァ!」

 軽い賭けではあった。
 接触していたところで、ニーズヘッグに逃げられる可能性はあったし、振り落とされていたかもしれない。
 異空間で剣を持ちながら、山田はニーズヘッグにまたがっていた。

 川内は川内で、ニーズヘッグを撃退する方法を考えてはいたのだった。
 それが魔石を改変したアイテムだ。
 生涯魔素について調べてはいたようだが、結局あのアイテム以上のものは生み出せなかったようだった。

 ニーズヘッグならば異空間へ飛ぶ可能性は十分に考えられていた。
 その対策として生み出された、魔素の無い世界でも使える魔石。
 あろうことか川内は『ニーズヘッグを世界から追い出すため』に、それを使おうと考えていたのだ。

 攻撃用にはできないのかと話もした。
 だが貯めておける魔素の量には限りがあるらしい。
 そんな低威力の魔法でなにができるのかと。
 それは……そうかもしれなかった……

 だから俺は川内から試作の魔石を取り上げて戻ってきていた。
 問題を後送りにするだけのやり方に納得がいかなかったのだ。
 すぐに戻ってくる可能性は高かったし、その時に暴れて世界を壊すかもしれない。
 それに、別の世界にニーズヘッグが行ったとしたら、その世界はどうなってしまうのだと……

「こんなことなら、俺の分も作っておいてもらいたかったぜ……」
「ギャァァ!!」
 ニーズヘッグに剣を突き刺し、最後の一瞬が近づいていたのだった……
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