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9章《暗黒龍ニーズヘッグ》

9話

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「おかげで、少しだけ意識がハッキリとしてきましたよ」
 先ほど切り落とした暗黒龍の頭部から、魔素を吸収したのだろうか。
 ユーグは、僕たちのいる上空でその姿を現した。

 以前ダンジョン内で見た時に比べると、一層痩せこけたような気はするが、その口ぶりはどこか自信があるかのようだ。
 先ほどまで、傷口に塩を塗られたように叫んでいたユーグだったと思うのだが……

「地上に出てきたばかりで、まだ身体が思うように動かないのでしょう。
 今の内にできる限りのダメージを!」
 そう言ってユーグは僕たちを光で包み込む。

 光はとても温かく感じられて、身体に魔力が満ちてくるのがよくわかる。
 さすがは世界樹といったところだろうか?
「ずっとそうしててくれれば、俺たちも全力で叩けるってもんなんだがなぁ」
 ヤマダさんは小さく鼻で笑い、ユーグを見上げていた。

 しばらくの間だけならば、そういうことも可能なのかもしれない。
 だけど、ユーグがそうはしなかったことから、やはり大きな力を使うのだろうことは想像できる。
 きっと、何度も回復することは難しいのだろう……

 僕の剣では、一撃で首を切り落とすことは難しい。
 それでも大きなダメージというと、それくらいしか思い浮かばない。
 全力で魔力を消費して、フラフラになって、今でも気分は良くはない。

 ニーズヘッグを倒す前に倒れてしまうなど、あってはならないだろう。
 そうなれば、きっとみんなの動きにも影響を与えて、船ごと沈められてしまうかもしれないじゃないか。
 攻撃に参加できているのはヤマダさんとコルンの弓に、リリアの魔法。
 僕もとにかく効き目のありそうな武器を試してはみるが、純粋に攻撃力が足りないのだろう。

 周りも様々な攻撃手段を試しているようだけど、それほど効果があるようには感じられない。
「ちょっと! 誰か、なにかいい方法無いの?!」
 そんなリリアの声で、一瞬だけ手が止まるコルン。
 分かってはいるのだ。
 こんなちまちましたダメージでは、絶対にニーズヘッグは倒せないだろうことは……

「ちっ……とにかく攻撃するしかないだろう。
 俺だって、まさかここまで成長してやがるとは思ってなかったんだからな……」
 ヤマダさんでも、ニーズヘッグはやはり強く感じているようだ。
 なんとなく表情や行動から、焦りのようなものは感じていたけれど、そう言葉にされてしまうと僕も不安になってしまうものだ。

 焦るだけなら、もう攻撃を続けるしかない……のだけど、時折ちらちらとヤマダさんとリリアの視線を感じてしまう。
 僕も、なんとなく考えていることはあるのだが、焦りばかりが前に出てきて考えがまとまらない。
 ニーズヘッグを世界樹から引き剥がした力。
 それは、魔物が忌み嫌う魔素のパターンが、あのエリクシールに詰められていたからだと分かっている。
 分かってはいる……つもりなのだ。

 ニーズヘッグの攻撃は、止むことをしらない。
 決して聡明な行動パターンではないと思うのだが、単純に高い威力の魔力球を放ち、暴れるように尾や首が遅いかかってくる。
 そうなると、一時的にでも防御に徹する必要が出てくるし、回復や船の補修のためにテセスやブランが動いてしまう。
 魔力は消費するのに、ダメージは与えられない時間が辛く仕方ないのだ。

「くそっ……おいセンっ! いい加減なにかアイデアは出ただろうっ!」
 直で『出せ』とは言われていなかったけれど、やはり先ほどからチラチラと見ていたのはそういう意味で合っていたようだ。
 ここぞとばかりに、ニーズヘッグの隙に最大限の魔法を叩き込むヤマダさん。
 それに合わせるようにリリアもまた魔法を使う。

 怯んだニーズヘッグめがけてミアがアイテムを投げつけると、一帯は煙に包まれた。
「どうだ、もうあまり長くは戦えないぞっ」
 焦り……なんだろか、それとも別のことに思考を偏らせすぎなのだろうか?
 魔物の嫌がる魔素のパターン自体は、エリクシールで大体は理解している。
 同じものは無理でも、似た効果のあるアイテムを合成して作り出せば良いだけかもしれない。

 そのイメージはもう出来ている。
 インベントリから必要な素材を選択し、なるべく効果を高め出来上がったアイテムを右手に持った。
 エリクシール同様の見た目なのは、僕がそれをイメージしていたからだし、負けず劣らず……とまではいかないにしても、それなりの効果はあると自負したいところ。

 だが、この解放された空間でそれを使ったところで何の効果があるのか?
 うまく命中し……いや、体内でも送ることができればダメージは与えられるのだろう。
 問題は、万が一にでも逃げられた場合のことだ。
 弱体化したとしても、ニーズヘッグほどの魔物が街を襲えば、とんだ大惨事である。
 追いかけたとして、一般人が多くいる場所なんかで戦うことができるだろうか?
 でもそれならば、首をひとつ斬り落としたときに、既にそういう危惧はあったのだし……

「一人で戦ってるんじゃないんだよセンっ!」
「リ、リリア……」
 煙が晴れてきて、わずかにニーズヘッグの垂れた尾が見える。
 これ以上考えていても仕方がない。
 何もせずにいるのが一番良くないだろうことは分かっているつもりだ。
 だけど……そうか、誰かに後押ししてもらいたかったんだろうな……

「ごめんっ、すぐに試してみるよっ!」
 悪い方向に物事を考えすぎるのは、僕のくせなのだろうな。
 考えてみれば、冒険者にだって本気でなろうとはしていなかったかもしれない。
 なぁなぁでヤマダさんに言われるがまま戦いに出向いて、世界の危機だと言われても『どうにかなるんじゃないか?』なんて軽い気持ちでいたのだし。

 本気で関わろうとしていなかったから、きっと状況理解も遅かった。
 そんなことはリリアに聞いたら教えてくれたし、テセスが僕の手を引っ張って次の目的地に向かったりもした。
 たまたま合成とかいうスキルのおかげで、人よりも強くなる機会があって、そのおかげで魔物退治も始めたんだ。

 村で平和に暮らしたいとは思っていたけれど、少し違っていたら村から出ずに冒険の旅なんて無かったのかもしれない。
 川内真緒がそうだったように……

「これは、僕にしかできないことだもんね……
 よしみんなっ、ニーズヘッグが逃げ出さないように頼んだよっ!」
「ふんっ……任せとけっ!」
「私だってやるわよ。コルンもわかってるでしょうね?」
「あぁ。いつでも放てるぜっ!」

 効果は、エリクシールの魔物の持つ魔素パターンを破壊するもの。
 これが量産できれば魔物なんていなくなるんだろうな。
 あ、でも魔物がいないと、冒険者が困っちゃうのかな?

 いやいや、今はとにかくそれを、どうにかニーズヘッグの体内へ。
 かなり複雑ではあるが、転移の魔法は川内の知識で生み出された魔法効果。
 今ならこれを少し変えることで、自分ではなく対象物を飛ばすことができる……か。
 魔素パターンと魔法の構築。
 そんなものを一生涯研究し続けた川内は、一体何を目指していたんだろうな……
 知識だけでなく、そんな感情も知れたらよかったのだろうか?
 そうなると、僕やリリアが今のままではいられないのかもしれないか。

 そんなことを考えながら次々とアイテムを合成していく僕。
 瓶ごと体内に送っても効果はないだろう。
 中身だけ? いっそ爆発させるべきか。
 対象範囲を一か所ではなく、ニーズヘッグの全体に行きわたらせることはできそうか?
 ついでに……

 僕はできあがった疑似エリクシールを、ニーズヘッグに向けて放つ。

 空気が震えるほどの叫びは、世界樹の枝さえも揺らしていた。
 ヤマダさんを中心に、ニーズヘッグの両翼の付け根が狙われていた。
 翼のあるなしに関係なく魔素の力で飛んでいるのだから、翼を落としたとっころで逃げることは可能なのだろうが、そういうつもりで攻撃しているのではない。
 ただ単純に、そこが一番ダメージが通りそうだったからである。

 巨大な両翼は、意外にもあっさりと本体から離れていた。
 疑似エリクシールのおかげで、耐久度なんかも落ちていたのだろうな。
 吐き出す黒い魔力の塊も、ブランの防御魔法とミアのアイテムで容易に対処できている。
 そうなるとテセスは回復をする必要もなくなり、魔力の尽きたリリアと共にニーズヘッグを見上げていた。
 海に沈んだ両翼は、光となって消え、世界樹に取り込まれていくようだ。

 そして僕は……再び例の剣を取り出して、最後の一撃を放つタイミングを見計らっている。
 暴れて動きは早いが、ニーズヘッグは逃げるつもりはないようだ。
 まだ勝ち目があるとでも思っているのだろうか?
 
 次第に落ち着きを取り戻したのか、剣を構える僕を睨むような仕草を見せるニーズヘッグ。
 一振りで決める。
 外せば再び魔力を回復するまで凌がなくてはならなくなる。

 ここまで来たら手出しは余計だと思ったのか、ヤマダさんは武器を収めて僕の背後へと回った。
 ヤマダさん自身も、魔力はもう残ってなかったのだろうな。
 後ろで小瓶を開ける音も聞こえていたのだし。

 近づいて来い……
 そうでなければ、その口を開いて魔力球でも放ってくればいい……
 そのタイミングで、僕の渾身の一撃をお見舞いしてやろうじゃないか。

「ガアアァァァァッッ!!」
 最後の足掻きといったところだろうか?
 全身を使って、船に突進することに決めたようだ。
 だったらより狙いらすそうだ。
 ギリギリで一刀のもとに斬り伏せてやろうじゃないか。

 剣を振り上げて構える僕。
 ドキドキしながらも、ようやく倒せるのだとおもうと表情は緩んでしまっていた。
 もう少し……今かっ?

 ……と、思ったその瞬間の出来事だった。
 間違いなく、ニーズヘッグ以外に魔物はいなかった。
 それに、僕たちは船に乗って海の上にいたはずなのだ。
 それがどうだろうか?
 僕の持つ武器や、装備はそのままだった。
 だが、後ろにはヤマダさんがいるだけで、他には誰もいなくなってしまっている。

「……大丈夫か?」
「う、うん……多分……」
 ヤマダさんに問われるけれど、ハッキリとあ答えることができない。
 というか、きっとヤマダさんにも答えなんてわかっていないと思う。

 本当に大丈夫なんだろうか……?
 ほとんど真っ黒な世界の中、足元には何も見えないのに、何かに立って武器を構えている僕と、小瓶を手にするヤマダさん。
 海の中? いや、息苦しいことはないし、むしろ身体は軽く感じられる。
 灯り代わりのルース……も今は持っていない。

「とにかく、今の内に回復……って、あれ??」
 疲れた身体を癒そうと思い、インベントリから回復薬を取り出そうとするが、それができなかった。
 そもそもインベントリ自体が、最初から無かったかのように。

「別の空間ってところだろうな。
 世界樹の力が及ばないところへ、俺たちを巻き込んで移動してきやがったか……」
 僕は、ヤマダさんの言っている意味がよくわからなかった。
 もともと異世界から来たって人は、そうも簡単に別空間なんてものを認めることができるものなのかと。

 とにかく、この空間のどこかにニーズヘッグはまだ生きていて、僕たちは今ある武器だけで戦わなくてはいけないということみたいだ。
 もしかしたら、ニーズヘッグだけが元の世界に戻って……
 いや、あまり悪いことを考えるのはよしておこう。
 死ぬまでこの空間に閉じ込められるなんて、とてもじゃないが心が耐えられそうにないのだし……
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