スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)

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9章《暗黒龍ニーズヘッグ》

7話

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「見えてきたぞっ。
 あれが世界の中心だと言われている、世界樹ユグドラシルだ!」
 船頭に立ち、小さく見えてきた黒い影を指差すヤマダさん。
 なんだか様子がおかしいけれど、とにかくもっと近付くことにする。

 意外でもないのかもしれないが、テセスは早く間近で見たくてうずうずしているようだ。
 もう少ししたら日も暮れて、絵本にあるようなキラキラと輝く世界樹が観れるかもしれない。

 何十メートル、何百メートルという高さのある大樹。
 魔素の影響で輝いていて、枝葉の茂りに花は咲かせず、実を付けるときには世界は終焉を迎えるという。

「そんな話聞いたことないけど」
 話を聞かされたリリアは言う。
「そうか? 俺たちの時代ではよく言われていたことなんだがな」
 若干小難しい言い回しなものだから、どういう意味なのかと考えてしまった。

 『あれ?』と思って、僕もヤマダさんに言う。
「でも普通に僕たち、世界樹の実を持ってるじゃん」
「まぁな。こっちの実は増えるためのもんじゃないから気にすんなよ」

 ようするに、世界樹はそれ一つで世界の均衡を保つ役割をしているのだから、繁殖する必要がないと歌った詩だそうだ。
 実を付けるということは、新しい世界樹が必要になるということ。
 だから当然花を付ける必要もない。

 もし、そんな光景を目にしようものなら、世界によほどの危機が迫っているのではないかということらしい。

「絵本の効果はすげぇと思うぜ。
 滅亡の象徴だった花のイメージを、まさかほんの数十年で完全にひっくり返しやがった」

 ヤマダさんもまだ見たことのない世界樹の花。
 懐かしむように、昔のことを少しだけ話してくれた。

 昔ヤマダさんと一緒に旅をした、一人の女性が作ったお話。
 僕たちに伝わっている物語は、実は世界樹のイメージを変えたいと思って作られたものだった。

「だから、俺にとっては花が見れるのが良いことかどうかは、正直よくわかんねぇんだけどな」
 ヤマダさんは少し恥ずかしそうにしながら、そうまとめていた。

「悩む必要なんてあるの?
 どうせアンタのことだし、その女性の事も好きだったんじゃないの?
 だったらその人の空想だとしても、信じてあげなさいよね」
 『呆れた』といった表情でリリアは空を見上げて言った。

「お前からそんな言い方をされるのはキツいな……
 そうだな、今になって俺も、アイツの気持ちがわかったような気がするぜ」

 んー……『お前』とはリリア、ではなくレイチェルのことだろうか?
 だとすると、その物語を書いたのも実はレイチェル?

 相変わらず全てを話してくれないから謎が多い。
 まぁ、僕だって過去の恥ずかしい出来事とか、全部話せって言われても絶対に嫌だけどね。

「ふふっ、あとでセンにレイチェルがアンタのことどう思っていたか教えてあーげよっと」
 クスクス笑いながらリリアがヤマダさんを見る。
「なっ⁈ マジでやめてくれっ!
 センとコルンにだけは絶対に聞かれたくないっ!」

 必死に訴えるヤマダさん。
「ちょっ、なんで俺まで含まれてんだ?」
 自分の名前も含まれたことに、コルンも反応する。
「男には絶対に聞かれたくねーからだよ!」

 まぁそうだろうなぁ。
 逆に女にだったらいいわけか?
 ヤマダさんなら『当然だろう』なんて言いそうだ。

「近付いてきたわね……でも、なんか想像と違うくない?」
 僕たちの目には、もやっとした黒い霧に包まれた、枯れ木にしか見えない大木が一つ。

 海の中から生えているようだが、根の一部は海上に少しだけ見えている。
 そして、絵に書かれていたように葉を茂らせることもなく、僕たちに気付いて飛び去った魔物の姿まで見えていた。

 さすがに変だとは思っていただろうが、平静を保っていたテセスも世界樹のその姿を見て表情が曇ってしまった。
「ひどい……どうしてこんな……
 ねぇ、早く助けましょうよ!」

 もちろんそのつもりだ。
 小さい頃にした約束は、こんな姿の世界樹を見ることではない。
 エリクシールがどれだけの効果を発揮するかはわからない。
 一度きりの挑戦だが、迷いなど全くない僕たちだった。

 何度か見ているヤマダさんですら、ここまでひどくなってしまったのは初めて見たという。
 船で近くと、上空からは魔物が襲ってくる。
 まるで俺たちの縄張りだとでも言いたげである。

 魔素の濃いところでは、出現する魔物も強いと聞いた。
 だったら、ここにいる魔物は一体どれほどの強さなのだろうか……

「ちっ、失せろっ!」
 剣と魔法で応戦するヤマダさん。
 避けられた魔法が世界樹に当たりそうになると、無理やりその起動を変えていた。

「っとに……厄介ね!」
 同じく魔法で応戦するリリア。
 ミアもまたお得意のアイテムでの攻撃を行う。
 ただ、魔物の背後に世界樹があるものだから、慎重にならざるを得ないようだ。

 ピヨちゃんもまた、自発的に戦闘に参加する。
 進化後の姿でも、リリアの作ったアイテムを投げつけることでできることもあった。

「おいっ、ブランとミントの様子がおかしいぞっ」
 僕も素材を片付けて加勢しようと思った時、コルンが背後から声を上げる。
 魔素の影響で正常に動かないようになったか?

 機械兵のことは、僕の持つ川内の知識より、研究者に一任していたみたいだし詳しくはわからない。
 ここで修復なんて試みている暇もなく、誤動作の起きた機械兵たちは放置するしかなかった。

「ったく、これじゃあ近づけねぇじゃねぇか!
 ……おいユーグ!」
 ヤマダさんは叫ぶ。

 死にかけだろうがなんだろうが、ユーグは世界樹であり、世界を守るほどの力を持った存在なのだ。
 ここで何もせずに朽ちていくぐらいなら、最後の希望を俺たちに託せ、と。

 カッコいい事を言うなぁ……なんて思うと、ミアだけでなくリリアも少しヤマダさんの事を見つめているような気さえしてしまった。
「はは……まさかね……」

『……みなさん……お待ちしておりました……』
 ただ一言、たったそれだけの声が聞こえ、辺りには強い風が吹き始めた。

 ガサガサと枝同士のぶつかり合う音が聞こえ、しばらくすると上空から一枚の葉が落ちてくる。
 ヒラヒラと、魔物の脇をすり抜け、ゆっくりと水面に舞い落ちた。

「す……すごいわ……
 こんなにも枯れてひどい姿なのに……なんて神秘的なの……」
 一枚の葉は水面で溶け、世界樹を包み込む光となった。
 テセスの思う世界樹ではなかっただろうが、それでもこの世のものとは思えないその姿に、僕もまた息を飲むばかりである。

 黒いもやに包まれていた世界樹は、その光でかき消され、まるで浄化されたように輝いた……が。
 それは一瞬で消えてしまい、怯んだ魔物たちも再び近づいてくる。

「限界かっ……まぁいい!
 リリアっ、近くにコイツを投げつけろっ!」
 ヤマダさんはリリアにエリクシールを投げ渡す。
 大事なものなのに、ヒョイと投げれる神経はどうかと思うが、とにかくリリアはそれを受け取った。

「あとはセン……いやコルンだな。
 絶対に狙いを外すんじゃねぇぞ!」
 エリクシールを受け取ったリリアは、少し考えると上空にその小瓶を投げる。

「ピヨちゃん!」
「キュイッ!」
 そうかっ、小瓶を近くにまで運んでもらって、コルンの弓で小瓶を割ろうということか!

 ピヨちゃんは素早さなら群を抜いている。
 ギリギリ届くであろうこの距離でなら、コルンが小瓶を割ることも可能だろう。

「ピヨちゃん!
 そのままユーグに突っ込んで!」
 え? 一体何を言っているのだリリアは?
 コルンはすぐに弓を構えていたが、そのまま視線はリリアの方へと向いてしまっていた。

 ピヨちゃんも、リリアの言う事を素直に聞く。
 だから、ぶつかる直前になっても速度を抑えることもなく、小瓶を離そうともしない。

「そういやその方が手っ取り早いな。
 だったら最初からそうすりゃよかったぜ」
 ヤマダさんが頭をポリポリと。
 その直後に、ピヨちゃんが世界樹にぶつかる音が響く。

 世界樹にはピヨちゃんの爪痕がついていた。
 持たされた小瓶を、そのまま世界樹にぶつけて割ってしまったのだ。
 確かに手っ取り早いとは思ったが、傷はいいのか?

 魔素の塊であるエリクシールが、世界樹を癒す……というわけではない。
 大樹にかけられたエリクシールは、ユーグの回復のためではなく、暗黒龍を引き剥がすためのもの。
 
 暗黒龍の好むものではなく、強いて言うなら魔物を消滅させる力に特化させたもの。
 ただでさえ残り少ない世界樹の魔素に固着してまで、エリクシールによるダメージを受けたくはないだろう。

 海ではなく、直接振りかける必要があったのもそういう理由だ。
 だが……
『ギャァァァァァッッ!』
 今の声は暗黒龍だろうか?
 脳裏に響く叫び声が聞こえてくる。

 エリクシールの効果を受けたのか、もしくはなにかの異変に気付いたのだろうか。
 周囲にいた魔物たちは、すぐに大樹から離れていってしまった。

 正直、あれほど強い魔物たちを世界に解き放つのは辛かったが、今はそれよりも目の前の大樹である。
「どうだユーグ!
 おいっ、聞こえているか!」
 再びヤマダさんが問いかけている。

『……』

 返事はない、失敗してしまったのだろうか?
 海にも変化はなく穏やかなものだ。
 まだ振りかけられたエリクシールが暗黒龍に届いていないのか?
 だったらさっきのは一体?

『い……今、私から暗黒龍が離れました……はぁ……
 で、ですが傷口に塩を塗るような……マネは……』
 あ……あぁさっきの悲鳴はユーグだったのか。

 どう聞いても魔物の叫び声だったから……
『センさん……はぁ……あ、あとで……忘れさせてあげるわね……はぁ……』
 僕の思っていることが筒抜けだ。
 っていうか、名指しで僕だけってことは、他の人は思わなかったの?
 あのゴブリンみたいな……う、うん。なんでもない……

 これ以上考えると、本当にユーグに全ての記憶を消されそうな気がしてしまった。

 海がポコポコと泡を立て始めている。
 根から離れた暗黒龍が、今にも地表から出てこようとしているのだろう。
 冗談など言っていられる状況ではなくなってきた。
 この下に、長年魔素を吸収し続けた、世界を崩壊させる元凶がいるのだ。

 多少の魔素の消費は仕方ない。
 僕は前もって用意しておいた例の武器を持つ。
 金ならばいくらでも持っていけばいい。
 今日ばかりは、封印していたもう一つのスキルも使用させてもらおうじゃないか。
 それで世界が救われるのなら惜しくはない。

 高い攻撃力を持つ剣を握り、僕は息を飲むばかりであった。
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