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9章《暗黒龍ニーズヘッグ》
5話
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早く王都に行かなくては……
とにかくヤマダさんも回復して、再びルシフェルを追う。
さすがは『チート級のスキル』だとユーグに言われていただけあって、ヤマダさんは無敵と思える体力を持っていた。
『くっ……山田よ、あまり無茶はしないでください
私の力は貴方に直結してしまっているのですよ……』
ただ、この世界に来たときに与えられたスキルがユーグの身を苦しめることになっていた。
それはヤマダさんがダメージを負うほどに酷くなり、世界はそれに伴って崩壊に近づいてしまうのだ。
「悪りぃな……
もしかしたらルシフェルのやつに本当に殺されるかもしれんな。
そうなったらお前たちも……いや、世界も共に消えちまうんだったか」
すぐに移動を終え、王都の近くにやってきた僕たち。
距離はそれほど離れていないので、転移でやってきた僕たちよりもルシフェルの方が先に着いている可能性は高い。
「どうだミント、魔力は感じるか?」
王都を破壊された形跡はなく、空を飛んでいるような姿も見受けられない。
ふらふらと辺りの気配を確認するように飛び回るミント。
「う、ううん……さっきまでは離れていても感じたけれど、今は何も感じないわ」
それは一体どうしたということなのだろうか。
考えられるのは、ここにはいないということ。
それともう一つ、戦いの意思が無くなったからだと言うミント。
「私の感じられるのは、魔物みたいに戦闘意志のある魔力だけよ。
全部が全部感知しちゃったらわけわかんなくなるからね」
なるほど、そういうことだとすれば、ルシフェルは王都に着いて戦闘意思が消えた可能性があるということか。
「でもどうしてよ……あんなに人族を憎んでいたっぽかったのに」
そうなんだよな……なにがなんでも破壊しなければ気が済まないようなことを言っていたというのに……
「ねぇ……あそこにいるの、ルシフェルじゃないの?」
テセスに言われて見てみると、街の中央、広場の片隅に、確かにそこには横たわったルシフェルの姿があったのだ。
もう戦闘の意思はない……というよりは、戦うことができなくなったのだ。
近付いてみると、かろうじて生きているルシフェルは、僕たちを見て言葉を発する。
「ふんっ……思えば皮肉なことよ……
私の影響で周囲の魔素が変化していたのは知っていたわ」
変化が起きると、決まってルシフェルは街を追い出されていたと言う。
当然だった。
そのせいで街の人たちは苦しめられ、時には変質した魔物に殺される者さえいたらしい。
ルシフェルは、それでも構わず色々な街で生活を続けていた。
その結果が今に至ってしまうのだ。
「教会では、どうしてだか私の時間は、まるで止まってしまったようになったわ……」
それは気持ちの問題などではなく、そのままの意味。
今まで生きていられたのも、変質した魔素の影響だったのだ。
周囲の者を殺すルシフェルの性質は、死にたいと願った本人を長く生きながらえさせてしまった。
それ故に苦しみから憎しみへと気持ちは変わり、解放されたことにより一気に想いが溢れ出てしまったのだ。
「悪かった……本当にルシフェルにはすまないことをしたと思っているんだ……」
ヤマダさんは今にも消えてしまいそうなほどに、か細くなったルシフェルの手を取り言った。
「もう……どうでもいいわよ……
……でもアンタの言ってたことは本当だったってわかって、少し嬉しかったわ」
ルシフェルの視線の先には、僕たちではなく街の住民が映っていた。
いつからか大量に移民してきた異種族の姿もあり、どうやらそれを見ていたようだ。
教会を離れ、ルシフェルをこの世につなぎとめていた鎖は切れてしまった。
その瞬間から、一気に今までのツケが押し寄せてきたのだろう。
羽などもはや見るに耐えない。
頬はこけ、肉はなく骨と皮になった身体。
こうやって喋っていることも奇跡と思える、そんな姿になってしまっていた。
それから一週間……
「アンタも随分と変わっちゃったじゃないのよ」
リリアはヤマダさんを見上げている。
「本当にすごい変化だな。
でも、死なないっていう凄いスキルは消えちゃったんだろ?」
そう洩らすコルンも、若干羨ましそうだった。
「ハッ……そんなスキルが無くとも、俺は誰にも負けやしねぇよ」
僕たちよりずいぶん背が高く、相変わらず黒い装備に身を包んだ魔王ヤマダさん。
どうもルシフェルの影響と、僕が周囲の魔素を消失させた時の影響で、スキルが一部変化してしまったらしい。
それに伴って、一時的に肉体が急成長してしまったのだとか。
残るドラゴン二体分の魔素を集め、僕たちは海の上を移動していた。
ダンジョンは無視してドラゴンを生み出すなんて、卑怯かもしれない。
でも、ドラゴンを倒すほどの力ならもう付けていた。
それに実は、そう悠長にもしていられない理由があったのだ……
「ユーグ、聞こえているか?」
『……』
ヤマダさんの問いかけにも、やっぱり返事はない。
ルシフェルにやられたダメージが大き過ぎて、ギリギリ抑え込んでいた暗黒龍の力とのバランスが崩れてしまったのだろう。
このままでは、ユーグの根元で暗黒龍は暴れ出し、僕たちの見えないところで世界は崩壊を始めてしまう……
そうなる前に、ユーグの元へアイテムを届けなくてはならない。
そう、とてつもなく体量の魔素が含まれた龍の血。
それを世界樹に馴染むよう、僕の持つスキルで合成を行わなくてはいけないのだ……が。
「うーん……わかんないよぉ……」
龍の血を並べて僕は唸っていたのだ。
ボスの素材だからどうのこうのというのも、正直あまり関係のない話だった。
合成スキルのレベルは、扱える魔素の総量と関係があるだけらしい。
それはともかく、今の僕にはどんな魔素が含まれていても合成は可能だ。
だが、そこに効果を高める特性を加え、尚且つ火や水などの様々な属性をバランスよくしなくてはいけないなんて言われてしまうのだ。
失敗はできないとも言うし、もうただただ悩むしかなかった。
「簡単じゃねぇか。
前に教えた四大属性以外の五つをイメージしながら、そんでもってこうドーンと強くなりそうな特性を持たせるだけだろ?」
ヤマダさんは簡単に言うが、そもそも星属性とか無属性ってなんなんだよ?
『じゃあやってみてよ』なんて言っても、スキルは僕にしか使えないのだから断られてしまう。
海に出てくる魔物はブランが一人で退治してくれる。
それが余計に僕へプレッシャーを与えてくるのだけど。
「もう、見てらんないわね」
横からリリアが手を出してくる。
合成スキルは使えるが、上位スキルでなければ扱える魔素の量には限りがある。
それでも何か合成する手段を持っているのだろうか?
そう思ってじっとしていたのだけど……
「ねぇ……センは私のこと好きなんだよね?」
突然何を言うかと思ったら……こんなみんなのいる前で僕は恥ずかしくって俯いてしまう。
「別に赤くならなくてもよくない?
何? 周りにそう思われたくないってこと?」
いやいや、そんなことではないのだけど……
そっと僕にだけ聞こえるように耳打ちをするリリア。
「ミントから聞いたんだけど、もう一回試してみたらいいんじゃないかと思うんだけど……」
それはどうやら、施設で行ったダウンロードとかいうもののことらしい。
魔力パターンの同じ者へ、記憶の一部を与えることができる川内真緒の研究結果によるもの。
リリアが意図せず取り込んでしまったレイチェルの記憶。
人格には影響はないけれど、なんだか別人が入り込んだようで正直戸惑っていた。
本当は川内の記憶もあったはずなのだけど、それはまだ残されているのかもしれないそうだ。
「でも、リリアがその川内の記憶を持って、それでどうするのさ?」
ヒソヒソと耳打ちを続ける僕とリリア。
ちらりとヤマダさんを見るが、僕たちが何を話しているかはわかっていないようだ。
ちょっとだけ心配だったけれど、どうやらルシフェルの影響でもう一つのスキルにも変化があったことは嘘ではないようだ。
川内真緒のことを、何故だかものすごく嫌っているヤマダさんだったし、あまり知られたくはなかったのだった。
「良いわよ。
じゃあ早速始めるからね」
船の物陰にミントを呼び出して、僕はゆっくりと目を閉じる。
リリアの言っていたのは、僕への記憶ダウンロードだったのだ。
通常一人一人異なっているはずなのに、なぜか同じ魔力パターンを持っているとミントは言う。
それは、世界樹から僕へスキルが授けられる際に、その全てを受け切れるほどの力が水晶玉に込められなかったからだろうと言う。
言い方は悪いが、残り物の魔力を翌年のリリアが授かることになってしまったようなのだ。
ミントが施設の地下にある本体との接続を試みる。
どうやら掲示の儀式の時同様、記憶の全てがリリアに移ったわけではなかったようだ。
あの時にリリアが一瞬だけ『馴染まない……』と言っていたのは、川内の記憶のことだったのだろうか?
自然と大昔の光景が脳裏に映し出されていく。
村に転生して、合成スキルを授かった少女、それが川内真緒。
ポーションを作れば効果が高いと持て囃され、武器を作れば威力だけでなく追加効果がすごいと喜ばれた。
工房でアイテムを作り、市場で素材を買い、冒険者には貴重なアイテムの代わりに装備を拵えた。
村で寝て食べ、工房でアイテムを作ってはメモを記していった。
村に地下施設を作り、村の者を雇い、村の中で歳を重ねていった。
「どう……だった?」
「うん、村の光景が見えたよ……」
僕の返答にキョトンとするリリアだが、だって仕方がないじゃないか、村しか見えなかったんだ。
川内真緒は村から出ずに、一生を終えていた。
確かに後半は合成スキルの真理みたいなものを掴み、大気中の魔素全てを利用し始めたのだけど、別にヤマダさんの言うような非道残虐さは感じられなかった。
多分、本人はただただ楽しくてスキルを使用していただけなのだろう。
電気が生まれ、乗り物や協力な兵器が誕生した。
機械兵も、戦争なんかに使う気持ちはなく、ただいつでも話し相手になってくれる存在が欲しかっただけみたい。
世界樹のルールを改変したのだって、ルシフェルの存在を知って魔素の変質を研究した結果生まれたものだった。
しかし、魔石を生み出すために必要な魔素はどこから得ることになるのだろうか?
いつまで効果があるかもわからなく、とりあえずは使うつもりはなかったけれど、村に飢饉が訪れたものだから仕方なく使ったようだ。
高音で取引される魔石を売って、大きな街から食料を買ってこようと考えていたみたいだ。
「その結果、世界樹の作ったルール自体を改変しちゃったってわけ?」
「う、うん。そうみたい……」
地下深くに魔素の貯蔵庫を設け、記憶を与える仕掛けを作ったのもその直後。
どうやら、すぐに川内真緒は命を狙われる存在になってしまったようだった。
そりゃあ市場の魔石の価値は暴落、魔物を倒しても、当時の言葉で言う『神の恩恵』は受けられない。
それに、世界を変える力のあるアイテムと、その製造方法に至っては、川内が殺害されるのに十分過ぎる理由だったのだ。
「嫌な記憶を受け取っちゃったなぁー……」
「でも村での生活は楽しかったでしょ?
レイチェルとの付き合いもあまり長くはないけれど、こっちは随分楽しそうだったわよ」
「う、うん……まぁね」
それにしても、生涯村から出なかったとは想像を遥かに超えていた……
よほど楽しく合成スキルを使っていたのだろうな。
僕もそうだったから、気持ちは分からなくもないけれど……
記憶を譲り受けたことで、僕は川内真緒の持つ魔素への理解を受け継ぐことができた。
レイチェルの記憶を持ったリリアが、『私は私だから』と言ったのもよくわかる。
記憶があろうとも、もう川内はいないのだ。
今まで通り僕はリリアのことが好きだったし、村に引きこもることも無い。
再び龍の血を並べ、悩みを克服した僕はスキルを使った。
「合成っ!」
とにかくヤマダさんも回復して、再びルシフェルを追う。
さすがは『チート級のスキル』だとユーグに言われていただけあって、ヤマダさんは無敵と思える体力を持っていた。
『くっ……山田よ、あまり無茶はしないでください
私の力は貴方に直結してしまっているのですよ……』
ただ、この世界に来たときに与えられたスキルがユーグの身を苦しめることになっていた。
それはヤマダさんがダメージを負うほどに酷くなり、世界はそれに伴って崩壊に近づいてしまうのだ。
「悪りぃな……
もしかしたらルシフェルのやつに本当に殺されるかもしれんな。
そうなったらお前たちも……いや、世界も共に消えちまうんだったか」
すぐに移動を終え、王都の近くにやってきた僕たち。
距離はそれほど離れていないので、転移でやってきた僕たちよりもルシフェルの方が先に着いている可能性は高い。
「どうだミント、魔力は感じるか?」
王都を破壊された形跡はなく、空を飛んでいるような姿も見受けられない。
ふらふらと辺りの気配を確認するように飛び回るミント。
「う、ううん……さっきまでは離れていても感じたけれど、今は何も感じないわ」
それは一体どうしたということなのだろうか。
考えられるのは、ここにはいないということ。
それともう一つ、戦いの意思が無くなったからだと言うミント。
「私の感じられるのは、魔物みたいに戦闘意志のある魔力だけよ。
全部が全部感知しちゃったらわけわかんなくなるからね」
なるほど、そういうことだとすれば、ルシフェルは王都に着いて戦闘意思が消えた可能性があるということか。
「でもどうしてよ……あんなに人族を憎んでいたっぽかったのに」
そうなんだよな……なにがなんでも破壊しなければ気が済まないようなことを言っていたというのに……
「ねぇ……あそこにいるの、ルシフェルじゃないの?」
テセスに言われて見てみると、街の中央、広場の片隅に、確かにそこには横たわったルシフェルの姿があったのだ。
もう戦闘の意思はない……というよりは、戦うことができなくなったのだ。
近付いてみると、かろうじて生きているルシフェルは、僕たちを見て言葉を発する。
「ふんっ……思えば皮肉なことよ……
私の影響で周囲の魔素が変化していたのは知っていたわ」
変化が起きると、決まってルシフェルは街を追い出されていたと言う。
当然だった。
そのせいで街の人たちは苦しめられ、時には変質した魔物に殺される者さえいたらしい。
ルシフェルは、それでも構わず色々な街で生活を続けていた。
その結果が今に至ってしまうのだ。
「教会では、どうしてだか私の時間は、まるで止まってしまったようになったわ……」
それは気持ちの問題などではなく、そのままの意味。
今まで生きていられたのも、変質した魔素の影響だったのだ。
周囲の者を殺すルシフェルの性質は、死にたいと願った本人を長く生きながらえさせてしまった。
それ故に苦しみから憎しみへと気持ちは変わり、解放されたことにより一気に想いが溢れ出てしまったのだ。
「悪かった……本当にルシフェルにはすまないことをしたと思っているんだ……」
ヤマダさんは今にも消えてしまいそうなほどに、か細くなったルシフェルの手を取り言った。
「もう……どうでもいいわよ……
……でもアンタの言ってたことは本当だったってわかって、少し嬉しかったわ」
ルシフェルの視線の先には、僕たちではなく街の住民が映っていた。
いつからか大量に移民してきた異種族の姿もあり、どうやらそれを見ていたようだ。
教会を離れ、ルシフェルをこの世につなぎとめていた鎖は切れてしまった。
その瞬間から、一気に今までのツケが押し寄せてきたのだろう。
羽などもはや見るに耐えない。
頬はこけ、肉はなく骨と皮になった身体。
こうやって喋っていることも奇跡と思える、そんな姿になってしまっていた。
それから一週間……
「アンタも随分と変わっちゃったじゃないのよ」
リリアはヤマダさんを見上げている。
「本当にすごい変化だな。
でも、死なないっていう凄いスキルは消えちゃったんだろ?」
そう洩らすコルンも、若干羨ましそうだった。
「ハッ……そんなスキルが無くとも、俺は誰にも負けやしねぇよ」
僕たちよりずいぶん背が高く、相変わらず黒い装備に身を包んだ魔王ヤマダさん。
どうもルシフェルの影響と、僕が周囲の魔素を消失させた時の影響で、スキルが一部変化してしまったらしい。
それに伴って、一時的に肉体が急成長してしまったのだとか。
残るドラゴン二体分の魔素を集め、僕たちは海の上を移動していた。
ダンジョンは無視してドラゴンを生み出すなんて、卑怯かもしれない。
でも、ドラゴンを倒すほどの力ならもう付けていた。
それに実は、そう悠長にもしていられない理由があったのだ……
「ユーグ、聞こえているか?」
『……』
ヤマダさんの問いかけにも、やっぱり返事はない。
ルシフェルにやられたダメージが大き過ぎて、ギリギリ抑え込んでいた暗黒龍の力とのバランスが崩れてしまったのだろう。
このままでは、ユーグの根元で暗黒龍は暴れ出し、僕たちの見えないところで世界は崩壊を始めてしまう……
そうなる前に、ユーグの元へアイテムを届けなくてはならない。
そう、とてつもなく体量の魔素が含まれた龍の血。
それを世界樹に馴染むよう、僕の持つスキルで合成を行わなくてはいけないのだ……が。
「うーん……わかんないよぉ……」
龍の血を並べて僕は唸っていたのだ。
ボスの素材だからどうのこうのというのも、正直あまり関係のない話だった。
合成スキルのレベルは、扱える魔素の総量と関係があるだけらしい。
それはともかく、今の僕にはどんな魔素が含まれていても合成は可能だ。
だが、そこに効果を高める特性を加え、尚且つ火や水などの様々な属性をバランスよくしなくてはいけないなんて言われてしまうのだ。
失敗はできないとも言うし、もうただただ悩むしかなかった。
「簡単じゃねぇか。
前に教えた四大属性以外の五つをイメージしながら、そんでもってこうドーンと強くなりそうな特性を持たせるだけだろ?」
ヤマダさんは簡単に言うが、そもそも星属性とか無属性ってなんなんだよ?
『じゃあやってみてよ』なんて言っても、スキルは僕にしか使えないのだから断られてしまう。
海に出てくる魔物はブランが一人で退治してくれる。
それが余計に僕へプレッシャーを与えてくるのだけど。
「もう、見てらんないわね」
横からリリアが手を出してくる。
合成スキルは使えるが、上位スキルでなければ扱える魔素の量には限りがある。
それでも何か合成する手段を持っているのだろうか?
そう思ってじっとしていたのだけど……
「ねぇ……センは私のこと好きなんだよね?」
突然何を言うかと思ったら……こんなみんなのいる前で僕は恥ずかしくって俯いてしまう。
「別に赤くならなくてもよくない?
何? 周りにそう思われたくないってこと?」
いやいや、そんなことではないのだけど……
そっと僕にだけ聞こえるように耳打ちをするリリア。
「ミントから聞いたんだけど、もう一回試してみたらいいんじゃないかと思うんだけど……」
それはどうやら、施設で行ったダウンロードとかいうもののことらしい。
魔力パターンの同じ者へ、記憶の一部を与えることができる川内真緒の研究結果によるもの。
リリアが意図せず取り込んでしまったレイチェルの記憶。
人格には影響はないけれど、なんだか別人が入り込んだようで正直戸惑っていた。
本当は川内の記憶もあったはずなのだけど、それはまだ残されているのかもしれないそうだ。
「でも、リリアがその川内の記憶を持って、それでどうするのさ?」
ヒソヒソと耳打ちを続ける僕とリリア。
ちらりとヤマダさんを見るが、僕たちが何を話しているかはわかっていないようだ。
ちょっとだけ心配だったけれど、どうやらルシフェルの影響でもう一つのスキルにも変化があったことは嘘ではないようだ。
川内真緒のことを、何故だかものすごく嫌っているヤマダさんだったし、あまり知られたくはなかったのだった。
「良いわよ。
じゃあ早速始めるからね」
船の物陰にミントを呼び出して、僕はゆっくりと目を閉じる。
リリアの言っていたのは、僕への記憶ダウンロードだったのだ。
通常一人一人異なっているはずなのに、なぜか同じ魔力パターンを持っているとミントは言う。
それは、世界樹から僕へスキルが授けられる際に、その全てを受け切れるほどの力が水晶玉に込められなかったからだろうと言う。
言い方は悪いが、残り物の魔力を翌年のリリアが授かることになってしまったようなのだ。
ミントが施設の地下にある本体との接続を試みる。
どうやら掲示の儀式の時同様、記憶の全てがリリアに移ったわけではなかったようだ。
あの時にリリアが一瞬だけ『馴染まない……』と言っていたのは、川内の記憶のことだったのだろうか?
自然と大昔の光景が脳裏に映し出されていく。
村に転生して、合成スキルを授かった少女、それが川内真緒。
ポーションを作れば効果が高いと持て囃され、武器を作れば威力だけでなく追加効果がすごいと喜ばれた。
工房でアイテムを作り、市場で素材を買い、冒険者には貴重なアイテムの代わりに装備を拵えた。
村で寝て食べ、工房でアイテムを作ってはメモを記していった。
村に地下施設を作り、村の者を雇い、村の中で歳を重ねていった。
「どう……だった?」
「うん、村の光景が見えたよ……」
僕の返答にキョトンとするリリアだが、だって仕方がないじゃないか、村しか見えなかったんだ。
川内真緒は村から出ずに、一生を終えていた。
確かに後半は合成スキルの真理みたいなものを掴み、大気中の魔素全てを利用し始めたのだけど、別にヤマダさんの言うような非道残虐さは感じられなかった。
多分、本人はただただ楽しくてスキルを使用していただけなのだろう。
電気が生まれ、乗り物や協力な兵器が誕生した。
機械兵も、戦争なんかに使う気持ちはなく、ただいつでも話し相手になってくれる存在が欲しかっただけみたい。
世界樹のルールを改変したのだって、ルシフェルの存在を知って魔素の変質を研究した結果生まれたものだった。
しかし、魔石を生み出すために必要な魔素はどこから得ることになるのだろうか?
いつまで効果があるかもわからなく、とりあえずは使うつもりはなかったけれど、村に飢饉が訪れたものだから仕方なく使ったようだ。
高音で取引される魔石を売って、大きな街から食料を買ってこようと考えていたみたいだ。
「その結果、世界樹の作ったルール自体を改変しちゃったってわけ?」
「う、うん。そうみたい……」
地下深くに魔素の貯蔵庫を設け、記憶を与える仕掛けを作ったのもその直後。
どうやら、すぐに川内真緒は命を狙われる存在になってしまったようだった。
そりゃあ市場の魔石の価値は暴落、魔物を倒しても、当時の言葉で言う『神の恩恵』は受けられない。
それに、世界を変える力のあるアイテムと、その製造方法に至っては、川内が殺害されるのに十分過ぎる理由だったのだ。
「嫌な記憶を受け取っちゃったなぁー……」
「でも村での生活は楽しかったでしょ?
レイチェルとの付き合いもあまり長くはないけれど、こっちは随分楽しそうだったわよ」
「う、うん……まぁね」
それにしても、生涯村から出なかったとは想像を遥かに超えていた……
よほど楽しく合成スキルを使っていたのだろうな。
僕もそうだったから、気持ちは分からなくもないけれど……
記憶を譲り受けたことで、僕は川内真緒の持つ魔素への理解を受け継ぐことができた。
レイチェルの記憶を持ったリリアが、『私は私だから』と言ったのもよくわかる。
記憶があろうとも、もう川内はいないのだ。
今まで通り僕はリリアのことが好きだったし、村に引きこもることも無い。
再び龍の血を並べ、悩みを克服した僕はスキルを使った。
「合成っ!」
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