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9章《暗黒龍ニーズヘッグ》

2話

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「だから使うなって言っただろう。
 間違って危険な魔法が俺たちに飛んできたらどうするつもりなんだよ」
 僕たちは一時的に教会の外へと避難している。
 リリアの放った魔法は、効果も範囲も威力も滅茶苦茶だった。

 諦めきれずに再び放った魔法は、僕の身体を包み込んだものだから、リリアも流石に焦っていた。
 まぁ治癒系か能力上昇系だったようで、命は助かったけれど……

「もう私一人で中に行こうかしら?
 それだったら魔法を放っても大丈夫……なわけないよね」
「そりゃあ自分に当たらないとも言い切れないからな。
 それに、教会の外にまで飛んできたらどうするつもりだ?
 リリアの提案はあっけなく却下。

 インベントリの中から、様々な武器を取り出して思案していると、教会の中から一体の魔物が外へと出てくる。
「ガァァ……」
「ここは私が倒しましょう。
 アルケミックファイアー!」
 ブランの右腕から火の魔法が放たれている。
 体内に組み込まれた魔力の源から、直接魔法を発動するため暴発することはないだろうと判断したそうだ。

 火魔法はアンデットによく効いた。
 となれば、もうブラン一人で中に入ってもらって魔法で倒してもらえばいいんじゃないか?
「私で良ければ突入してみますが、よろしいでしょうか魔王様?」
 ついヤマダさんの方を見てしまうが、『構わないわよ』と返事をしたのはリリアの方。
 もう本当にその呼び方は混乱するからやめてほしい。
 ブランにとっての魔王様は今のリリアなのだろうけれど、僕たちはヤマダさんのことを魔王様だと思っているのだから。

「それとブラン、私は真緒様ではなく同じ魔力パターンを持ったリリア。
 魔王様って呼び方はやめてちょうだい」
 前々から言いたかったのだろう。
 出会った時からそう呼ばれていたし、最初は言ってもやめてくれないから諦めたものとばかり思っていた。

「わかりましたリリア様」
も余計、正直今でもセンのこと痛めつけたの許してないんだからね?」
「申し訳ございません……」
 見るからに気落ちするブラン。
 機械兵にも感情というものはあるのだろうな。
 確かに蹴られて意識を失うほど痛かったが……

「では、行ってまいります」
「無茶しなくていいからねー、危なくなったら引き返すのよ」
 ブランに声援を送るテセス。
 僕の中ではどこか『作り物』というイメージがあったものだから、そんな心配する言葉は出てこなかった。
 そんなこともあって、一人で教会へと足を運ぶブランを見ると、なぜだか申し訳ない気持ちになってしまう。

「アルケミックバーニング!
 アルケミックバーニング!」
 どんな魔法を使っているのだろうか?
 何度かブランの声が教会内から聞こえてくると、その度に中から赤い光がこぼれてくる。
 すぐにその声は止み、恐る恐る教会の中を覗き込む僕たち。

「ブランっ⁈ ちょっと大丈夫?」
 僕たちの視界には、動きを止めてしまい魔物が群がっているブランの姿が飛び込んでくる。
 慌てて助けに行くリリアと僕。
 これなら使えるかも、と手に持っていた魔符を破って、ブランのいる方向へと火魔法を発動させる。
 魔物が一瞬怯んだその隙に、ブランの腕を引っ張り外へと運び出そうとするが意外と重い。

 人とはやはり違って中身は金属などがぎっしり詰まっているのだろう。
「こんなに重い人……聞いたことないよぉ……」
 腕を脇の下に回して、引きずるようにブランを運び出す僕。
 アンデットの飛ばしてくる変な液体をブランの身体で防いでしまったものだから、更に大変なことになってしまう。
 シュワーと音を立ててブランに着せた衣類は半分溶け、皮膚の一部までもが溶けていくとその下には金属が見えてくる。

 こんな状況、側から見たら何をしているのだと言われても仕方ないだろう。
 とにかくそれどころじゃなかったから、頑張って外まで運び出した。
 外で待っていたテセスとミアは、ブランの姿を見てすぐに目を背けていた。
 おかげで、それに気付いた僕まで恥ずかしくなってしまう。

「ちょっ、機械兵なんだからこんなところまで作り込む必要なくないっ??」
 そう、やはりブランは男性を模していたのだ。
 顔だけでなく下半身もまた……

 原因は定かではないが、どうやら変質した魔素の中では、ブランにはエネルギーが供給されなかったみたいだ。
 そんな中で魔法をバンバン放ったものだから、一気にエネルギーが枯渇して機能を停止してしまったのではないかと。

 おかげで魔符は使い切るし、戦闘中だというのに妙な雰囲気になってしまうし。
「と、とにかくこのままじゃ外に出てきちゃうわ。
 早くなんとかしなくちゃっ!」
 テセスが僕がインベントリから取り出した銃を持つ。
 装弾数三十ほどの、威力の高めのやつだ。
 そういえばこんな武器も作っていたなと思う。
 複雑な構造のものは精霊鍛治のおじいさんでは作れなかったし、弾の補充が大変だったものだからあまり使っていない。

 周囲の魔素を使って攻撃する精霊鍛治の武器は、やはり使えないのだろう。
 いや、教会の外でならもしかして……
 僕は目の前の銃を手に取ってアンデットを撃つ。

 パァン! パァン!
 威力は乏しい……が、ちゃんと機能しているようだ。
「俺はもう一度中に行く、休めた奴からついて来い」
 ヤマダさんが中に入ろうとするので、僕はそれを止めて言う。
「ヤマダさん、教会の中だから大変なんだし、外で戦えばいいんじゃないかな?」

 僕の発言にきょとんとするヤマダさん。
「……あぁ、そうか」
 なんだそうだったのかとポリポリ頭を掻きむしると、すぐに剣を片付けて火魔法を放つヤマダさん。
 それを見たリリアもまた魔法を使い始める。

「ユーグの作り出したエリアでばかり戦っていたもんだから、そんなこと思いつかなかったぜ全く……」
「私も同感、レイチェルの記憶もあるもんだからウッカリしてたわよ……」
 ブツブツと文句を言いながらアンデットを倒していく二人。

『わ、私は悪くないですよっ。
 そのおかげで魔物から街や荷馬車を守ることができるのですからっ』
 焦るユーグの声が聞こえる。
 いつからかそのエリアは崩壊してしまったが、だからこそそれまで出来なかった攻撃手段も取ることができるようになったのだろう。

 そんなものは、エリアのある時代を身近に感じていなかった僕たちには知る由もない。
「教会がボロボロになっていってるけど大丈夫なの? これ……」
 どう見ても古い建物だし、確かこういうのって歴史の出来事を後世に伝えるために保存したりするって聞いたことがあるけれど。

 僕の心配を聞いたヤマダさんは振り向いてため息を吐く。
「……知らねぇよそんなこと。
 ここでの出来事なんて、俺たちがルシフェルを閉じ込めたくらいのことだ。
 思い出したくもない嫌な出来事が一つあっただけなんだよ」

 ボロボロに倒壊してしまった教会の前で、ヤマダさんは悲しそうな表情を浮かべている。
「そうよね、ほんっ……とうにクソみたいな出来事だったわ。
 私もあの時の事は許していないもの……」
 崩れた教会から声がする。
 
 酷く枯れたような声だが、弱々しいわけではない……むしろ迫力に満ちているようにさえ感じる声だ。
「まさか、生きていたのか……」
 ヤマダさんは剣を構えて驚いている。

「魔素が変質したまま……ってことに疑問を持つべきだったわね」
 ガラガラと崩れた瓦礫をかき分けて、一人の……
「まるで悪魔……ね」
 女性や元天使とは形容し難い形相の者が姿を現す。

「悪魔だなんてひどいわね、せめて堕天使とでも呼んでほしいところだ……わっ!」
 僕たちの姿を見るなり、魔法で襲いかかってくるルシフェル。
 長い髪は遠目に見ても痛みが激しく、皮膚も荒れている。
 それ以上に痛々しく感じられるのは、背中に生えた何本もの羽の、その大半が傷だらけでいくつかは根本から千切れているからだ。

「すまなかったルシフェル……
 アイツがお前を死んだことにして、まさかこの教会で実験に使っていたとは知らなかったんだ……」
「それは反省の言葉なのかしら?
 それにしては、みんなして私に武器を向けているように見えるのだけど……」
 ニヤッと口元に笑みを浮かべるルシフェル。

 瞬間、瓦礫の上にいたルシフェルはその姿を消してしまう。
 キョロキョロと周りを見回すが、僕はルシフェルの姿を見つけられない。
「グランドレイジング!」
 声が聞こえたを見上げる僕。

「上じゃない! 下に気を付けろっ!」
 視界に映るのはボロボロの羽を広げて飛ぶルシフェルの姿。
 しかしそれも一瞬の間。
 足元が傾いたと思ったら、いつの間にか僕の身体は地面に飲み込まれてしまっていた。

(くっ……苦しいっ)
 隆起した地面が、僕たちの身体を大きく揺さぶり、そのまま地中に閉じ込めてしまったのだろう。
 視界は暗く、岩の圧力で呼吸もままならない。
 こんな時は何をすればいいのだったろうか?

『センっ、聞こえますかっ?』
 ユーグの声が届く。
 どうやら地中に閉じ込められてしまったのは僕だけの様子。
 地表ではみんながルシフェルと戦闘を行なっているのだが、空を飛ぶ相手に苦戦を強いられているそうだ。

『あの剣を使いなさい……
 やはりこの教会には来るべきではなかったのですよ』
 ユーグですらルシフェルはもう死んでいると思っていたそうだ。
 領地を拡げるにあたって、強い魔物が棲みつくこの教会は確かに障害だった。
 中の状況は把握できなかったが、そこまでひどい状態だったとは思わなかったのだとも言っていた。

「そんな剣必要ないわよ」
 ガコッ……と頭上の岩がどかされる。
 リリアの魔法で、僕の周囲の岩が持ち上げられ、次第に息苦しさは消えていった。

「ありがとうリリア。
 それよりもあの剣が必要ないって?」
 僕の剣ならば、多大な魔力と金貨を失って強力な攻撃が可能。
 危険な敵なのだから、それを使って一撃で倒してしまえばいいのだが。

 ルシフェルの魔法が地表にいる仲間たちを襲う。
 地魔法だけでなく、色々な魔法を使ってくるルシフェルだが、特にあのドス黒い槍がやばい……
 当たったところから周囲が毒されていく様子が感じられるのだ。

「振るうのならこっちの剣よ。
 心配しなくてもセンなら使いこなせるはずよ……」
 リリアのインベントリから、一本の魔銀ミスリルの剣が取り出される。
 それを僕に手渡すと、ルースを持った手のひらをこちらに向けて魔法を放ったリリア。
 人差し指と薬指で挟むポーズなど見たことがあっただろうか?
 いや、それよりもルースに光が集まり緊張が高まってくる。

「えっ、なにちょっと……」
 魔銀の剣を持った腕を、顔の前に上げる僕。
 パァッと光ったと思ったが、特に何かされた様子もなく困惑してしまう。
「なにしてんのよ?
 ただの偽装魔法を解除しただけよ」
『そ、それってあの剣じゃないですかっ⁈』
 ユーグの驚く声が聞こえてくる。
 よく見ると僕の手には見慣れない剣が握られていたのだ。
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