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8章《勇者と魔王》

中幕終話『勇者山田』

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 レヴィアタン……大昔に戦ったことはあるが、あの時はクラン戦で、一つのチームだけで倒せるような魔物ではない。
 ようするに、何百人もの強者が集まってようやく倒せる魔物だということだ。

 玉座に座る山田は、ミアからの報告を受けて、信じられないでいた。
 そもそも、特殊な餌にしか食らいつかない魔物で、滅多に姿を現さないはずなのだが。

「魔王様、実はその時に使われた魔法媒体も見たことのない効果を持っておりました」
 センたちは『ルース』と呼んでいただろう。
 川内の奴が生み出した魔文字入りの魔石を用いた魔法媒体。
 それをリリアが使いこなしているようなことをミアは言うのだ。

「そんなわけがあるか。
 たまたま強い効果が生まれただけだろう?」
 魔文字次第では、ありえない威力を生み出すことは可能だろう。
 だが、ユーグから前もって忠告されていた以上、俺はあの二人には最低限の魔文字……『漢字』しか教えた覚えはない。

 ぶっちゃけた話、あの魔文字はチートツールでしかない。
 『9999ダメージ』どころか、確実に魔物を滅する魔法だって使えるだろう。
 俺が日本にいた頃にやっていたゲームでは、ボスだろうがなんだろうが特定の魔法で敵の姿を消すと、即死魔法が確実に当たるなんてバグ技もあった。
 それだけの魔法、当然世界樹にも大きな影響を与えてしまうのだ。

『山田、そうは言いますが、実際にはそれほど魔素は奪われていなかったみたいです。
 まるで、効率的な倒し方を知っていたかのような……』
 ミアだけでなく、ユーグまでもリリアの魔法を評価する。

 レヴィアタンの攻撃手段は、水属性の水刃のみ。
 ただしそれが物理攻撃だということを理解している者は少なかった。
 魔法といえば対抗する属性で打ち消すだの、魔法障壁を作り出して効果を弱めると考える者が多かったが……

『あの結界魔法は、完全に物理障壁に特化したものでしたね……』
「俺たちの時代じゃ考えられなかったが、今の半端な実力者しかいない世の中じゃ魔法障壁なんて知らないだけかもしれないだろ」

 ようするに、何も知らないが故にどんな攻撃にも盾を構えれば良いという考え。
 本来の魔法攻撃とは、盾は無意味なのだ。
 大気中に含まれる魔素を伝導するように、魔法は盾をすり抜けて対象物を捉える。

 それを防ぐのが魔法障壁。
 大気中の魔素の密度を変化させ、そもそも魔法が届かないようにするのが目的である。
 ダンジョン攻略に際して、簡単に説明はしたものの誰も理解はできていない様子だったのだが……

『リリアさんはずいぶんと賢いとは思っていましたが、さすがに今回の戦闘は……
 状態異常攻撃も的確にコアのみを狙っていましたし……』
 ……何故だろうか?
 ユーグから戦いの詳細を聞くほど、俺の中で不安が増長されていく。

 大昔に、共に冒険した仲間の女が似たような戦い方をしていたのを思い出す。
(イフリートですね……火魔法と火属性の物理攻撃を織り交ぜてくるので、一見厄介に感じますが……)

 そうだ、あの時は『近距離中距離攻撃しか行わない』などと言って、囮役タンクが耐え続ける間に遠距離魔法で倒したんだったか……
 そういえば、アイツは川内のいる魔導研究所で働いていたんだったか。
 何にでも興味を持つ不思議な奴ではあったな。

 人生の後半は再び研究所に戻って気ままに生活していたと聞いたことがある。
 俺が川内を止める為に攻め込んだ研究所で、だ。
『あの時は手ひどくやられましたものね』
「うるせぇよ……」
 ……まったくユーグは嫌なことを思い出させる。

 川内の計画を知った俺は、それを止める為に研究所に乗り込んだ。
「結局、実験は失敗だったんだろ?」
『まぁ……研究所も放棄されてしまったようですし。
 その辺りはあまり知らないのですが……』
 そうだったな。
 ユーグは長い間眠りについていたのだし。
 俺が研究所で機械兵相手に手ひどくやられた後のことなど、ほとんど知らないのだろう。
『無理やりこちらの世界に連れてきたことを、少し後悔しております……』

 なんのことだと思うだろうが、その、俺の仲間になっていた女から聞いたところ、川内の奴はとんでもない計画を立てていたそうなのだ。
 ニーズヘッグの特殊能力による地球への帰還。

 まぁそんな話をセンたちにしたところで『地球って何?』となるのがオチだ。
 わざわざ言うまでも無いことだろう。
 問題は、それを行う為には地表に暗黒龍ニーズヘッグを露呈させ、多くの魔素を消費して魔法を発動させること。

 死んだ者の魂をこの世界に呼び寄せるのとは違い、現存する肉体ごと移動するなんて、とてもじゃないがユーグでも不可能らしい。
「まさか俺もあっちで死んでしまってたなんて思わなかったよ。
 わざわざ同じ姿の器まで用意しやがって……」
『死を認識してしまった魂は、どうしても安定しないもので……
 黙っていたのは申し訳ないですが、私も必死でしたので』

 何年も新たな肉体で生き続けるうちに、俺の魂は完全にこの用意された器と同調した。
 ゆえに、とでも言えばいいのか、逆に分離することは不可能らしい。
 まぁ、魂だけを地球に戻したところで成仏してしまうのが関の山なのだけど。

『あのまま川内が地球への帰還を成功させるようなことがあれば、きっと私の世界は崩壊。
 それだけでなく、ニーズヘッグは新たなエネルギーを求めて別世界へと向かったでしょう』
 正直言って、ユーグ自身もこの世界のことは半ば諦めている。
 俺がニーズヘッグを甘く見ていたのも原因ではあるが、それ以前からダメージは大きかったのだから。

 それ以上に、ニーズヘッグが別世界に興味を持つ方が怖かった。
 世界の外にはユーグのような管理者が多くいるらしい。
 ユーグ自身も出会うことはないのだろうが、それは遺伝子に残された記憶のように、当たり前に感じられているのだそうだ。

『勇者山田の最後の冒険でしたものね』
「言うなその名を!
 あの魔王……いや、川内真緒が死んだと聞いたから俺は冒険者をやめただけのことだ」
 そう言って玉座で不機嫌そうにするヤマダに、ミアが淹れたてのコーヒーを持ってくる。

『それで、世界中で問題になっていた種族差別を無くすために、人族以外を全てこの大陸に移動させたのですから。
 やはり勇者としての責務なんかを感じていたんでしょう?』
 声しか聞こえてこないユーグは、どんな表情でそれを言っているのだろうか?
 俺を小馬鹿にするつもりなのか、マジメなのか……どちらにせよ思い出すと恥ずかしくなるのでやめてほしい。
 そうヤマダは思っていた。

「うん、私も魔王様に助けられた。
 魔王様は私たちの勇者様だよ」
 ミアが玉座の横で膝立ちをしながら嬉しそうにしている。
 それにしてもフードに隠れた耳が、ピコピコと動くのが可愛らしい。

 魔王だの勇者だのと呼ばれるのはどうにもむず痒い。
 結果として魔族の王にはなってしまったが、勇者なんてものは当時の人族の王が勝手に呼び始めたことだ。
 そんなものには興味がなかったし、今の時代にそれを知っている者などユーグ以外には誰もいないはずなのだ。

 とにかく、明日はリリアの様子を見てみよう。
 研究所に行ったリリアがそこで何を見て知ったのか。
 同行していたという機械兵のブランや人工精霊のミントが何かを残していたのだろうか?
 面倒ではあるが、俺も朝から同行するとしよう。

「まったく……死んでも迷惑な奴だ。川内め……」
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