スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)

文字の大きさ
上 下
81 / 97
8章《勇者と魔王》

13話

しおりを挟む
 辺りの魔素が急に失われていくのが感じられた。
 僕が感じた初めての感覚だったというのに、それが決して良くないことだと理解させられるのだ。

「……さすがにすぐには馴染まない……わね」
リリアが何かを呟くと、今度は急に意識を失ったように棒立ちになって目を閉じていた。

「リリア……大丈夫?」
 僕の問いかけに気付いたリリアがゆっくりと目を開ける。
「え? なによ驚いた顔して、何かあったの?」
 そりゃあ驚くだろう。
 嫌な予感がしたと思ったら、すぐにリリアがおかしくなるのだから。

 本人は何もないと言っていたし、そのダウンロードとかいう作業を済ませたミントも、特に情報は得られなかったと言う。
 とにかく外に出て、改めて周囲を見回す僕たち。
 施設内や荒れた大地に変化はなく、ダウンロードというものが何だったのかは謎のままだった。

「そうだ! 思い出したんだけど、三つ目のダンジョンをどこかに作ろうって話じゃなかったっけ?」
 この大地なら誰かが住んでいるわけではないし、どのみちドラゴンとはここで戦うのだから、と来てみたが。
「魔素が薄いんじゃ、ユーグも干渉し辛いんだって言ってたし。
 仕方ないけど、私たちの大陸に戻りましょうか……」

 ダンジョンの作成自体は可能だけど、中の転移機能なんかは正常に働かない可能性があるのだとユーグは言う。
 ごくわずかの管理だけならばともかく、巨大なダンジョンとなると自信は全くないらしい。

 月を生み出したり魔素を媒体に様々な現象を引き起こす割には、融通のきかない能力だ。
『セン、今私のこと何か言いましたか?』
「……いえ、何も……」
 しかもヤマダさんみたいに、人の心を読むことができるのかもしれない。
 やり辛いったらないなぁ。

「そろそろ私たちは行くわね。
 二人とも、ずっとここにいるの?」
 二人というか、一体と一匹なのだけど、リリアはブランとミントに声をかけていた。
「私たちは魔王様の命に従いますし、基本的には魔王様がここの施設で合成を行う邪魔が入らないようプログラムされております」
 ブランは再起動以前のまま動いている。
「私のことなんかいいから、自分で考えて動きなさいよ。
 もちろんエコモードってやつでだけどね」
 そう伝えると、『ではどこまでもお供いたします』なんて言うのだから、本当にリリアのことを魔王様だと思っているのだろうなぁ。
 問題は、エコモードに切り替えたはずなのに、すでに残魔素量が半分になっていると伝えられたことだが、どうも再起動時の影響じゃないかとブランは言った。

「じゃあ私もついてっちゃう!
 前みたいに勇者とかいうのが暴れにきたら大変だもん」
「勇者ですか、それは確かに大変ですね。
 さすがに今はもう生きてはいないでしょうが、意思を受け継いだ者がいないとも限りません。
 用心に越したことはないでしょうね」
 そんなことを言いながら、ミントまでもが僕たちの村についてくると決めた。

 リリアと僕がピヨちゃんに跨ると、羽を広げたピヨちゃんは地面に立っていたブランを脚で捕まえて飛び立つ。
 命令したわけではないけれど、ピヨちゃん的にはブランは荷物に見えたのかもしれない。

「最初の村から出たのは初めてだわ……
 いえ、この子の記憶……海……なるほど。まぁこれも一興ね……」
 風の音でリリアが何か喋っているのが聞こえない。
 聞き返したところでろくな返事は返ってこなかったし、独り言を呟いているか?
 なにせ不思議なものをたくさん見てしまったのだから、思うことも色々とあるのだろう。

 上空から地表を眺めると、意外と人の住む地域とは狭いものだった。
 魔物の影響が大きいのだろうけれど、あれだけ戦争だと騒いでいた隣国との間には、普通に凶悪そうな魔物の住む平地がある。
 どう考えても、一般の兵がアレを倒して隣国に攻め入るとか、無理な話なんだよなぁ……

 たとえ戦争を仕掛けて勝ったところで、隣国にだってそれほど有用な土地など無い。
 道中に時折見えるのは、ケムリ玉を投げまくって魔物から逃げる商人の乗った馬車。
 あるいは粉々に砕かれた荷馬車の残骸だ。

 冒険者の活動範囲も、大きめな街の周辺に限っている。
 エメル村周辺だけが異常で、数名は山の上に入っていったり、サラマンドル湿地帯でリザード狩りをする姿が見えていたり。
 例によって初級ダンジョンには行列ができていたが、他のどの国を見て回ったってそんな村ありはしない。

「寝ている間にここまで荒廃しているなんて……
 ふふっ、面白くなってきたわ……」
「え? 何か面白いものでも見つけたの?」
 相変わらず先ほどからリリアの様子が変だ。
 普通に振り向いて喋りかけてくることもあるし、聞いても返事がないこともあるのだけどどうしたのだろう?

 僕は、エメル村の南にある森を越えた先の海岸沿いを選択。
 こんなにも近くに海があるとは思っていなかったのだが、実はこれもユーグの力で森よりも南に行き辛いようにしていたからだそうだ。

『海に近いあの辺りは、魔素が濃く魔物も強いのです。
 それに、海の中にまでエリアを設けてはいないので、どこから強力な魔物が姿を現すかはわかりません』
 簡単に言えば、僕たちを守るために余計な場所へ行かないように力を使っていてくれたのだそうだ。

 それでも魔族領への道は残されているし、昔は普通に森を越えて海沿いで素材集めをしていた冒険者もいたそうだ。
『山田はよくあの辺りでキャンプをしていましたね。
 転移すれば街に戻れるのに、雰囲気を味わうんだとか言ってましたっけ』
 そんなことをユーグが教えてくれる。

「へぇ……あの勇者がそんなことを、ねぇ……」
『そうそう、あの当時は勇者ヤマダなんて呼ばれてましたね。
 あら? でも私そんなこと伝えましたっけ?』
 不思議そうに喋るユーグ。

「んー、きっとヤマダさんが自分で言ったんじゃないの?」
『そうでしょうか……あの山田が……』
 府に落ちない、といった感じだろうか?
 リリアも口数はそれほど多くなく、真偽はわからない。
 どうでもいいと言われればどうでもいいことではあったし、今はダンジョンを作るために銀の世界樹の種を植えなくては。

 ひとまず近くの、水に流されなさそうな場所で種を投げる。
 ユーグは先ほどの話の続きと言わんばかりに、ヤマダさんの話をし始めるのだった。

 ヤマダさんは勇者という肩書が好きではなかったみたいだ。
 だから自分から『昔は勇者と呼ばれていた』などと言うとは思えなかったのだと。

 世界を守るためといえば聞こえがいいが、結局はどの国も自分たちに利害のあるものにしか関心が無いのだと嘆いていたのだとか。

 とある国で巨大なワイバーンが鉱山に巣食ったのなら、騒ぎに乗じた隣国の王は金属を買い占めるよう通達した。
 ろくな武器が手に入らなくなったものだから、被害は拡大しその後数年で国は壊滅状態に陥ってしまう。
 そんなつまらない話が、幾度となくヤマダさんの目の前で起きる。

『どうして俺たちにもっと早く伝えなかったんだ!
 そう激情して王に歯向かっていらっしゃいましたね』
 王はヤマダさん達に伝える手段を持っていた。
 だが、せっかく秘密裏に入手した情報だ。
 財政難ということもあったのかもしれないが、そこで少しでも国の……いや、我が身の利になるように働きかけたのだろう。

 ある程度時間が経ち、ワイバーンは討伐されたが被害は甚大。
 しばらくは鉱山は封鎖され、新たに採掘を申し出る者もほとんどいなくなってしまった。
 王の狙いはみごとに上手くいき、国には多大な利益を産むことになった。
 ヤマダさんがいなければ……だったのだが。

『それまでも小さないさかいはありましたが、その事件が引き金となってしまいましたね』
 そして遂にヤマダさんの怒りは頂点に達してしまった。
 僕たちの今住んでいる国から、人族を除く全ての種族を別の大陸に移り住まわせたのだ。

 エルフの知識と隠れ里の秘術は魔物から街を守っていた。
 ドワーフの鍛治と力は素材の収集と装備作りに役立っていた。
 獣人族ビーストの狩りの腕は人族の何倍も優れていて、有翼人ハルピュイアが空の旅を提供する。
 もちろん他にも多くの種族が生活を支え合っていたのだが、どの国も人族ヒューマントップに就いていた。

 貪欲なまでの金銭欲と悪知恵。狡猾こうかつさとでも言い換えようか。
 力で敵わない種族には、子供の頃から爪と牙を折り恐怖を植え付ける、なんて話を聞いただけでも、僕は頭に血が昇りそうだった。

 何だかんだ魔物による被害は少なかったため、多少の奴隷制度や種族差別には目を瞑ってきたヤマダさん。
 小さい少女が貴族に買われていく、なんて話は、昔はよくあることだったそうだ。

『しばらくして、私の力もかなり落ちてしまいましたし。
 山田が魔族の王と呼ばれ始めてすぐに私は眠りについてしまいましたが』
 すぐ、とは言うものの、ユーグにとってのその『すぐ』が五十年らしいのだから、どう反応していいものか……

「ヤマダさんが勇者かぁー。
 そうだと思うと、そんなふうにも思えてくるや」
 ユーグの話に少しだけ感心していた僕。
「女の人侍らせて、好き勝手してるだけの男じゃなかったのね」
 しかし、さすがリリアだ。
 良い話を聞いたところで、ヤマダさんの評価は大して上がるものでもない様子。

 カサカサと木の葉の揺れる音がする。
 海岸から離れた木の近くに魔物がいるようだ。
「魔王様、この辺りには魔物が彷徨うろついているようですが……」
 スッと剣を構えて戦闘姿勢に入るブラン。
 その脇ではミントが魔物の情報をブランに伝えていた。

「ん? 大丈夫よブラン。
 今の私ならその勇者にだって負ける気はしないわ」
 リリアはブランを押し除けて前に出る。
 インベントリから普段なら使わないような短剣を取り出して、急に合成スキルを使ったかと思うと、リリアはその短剣を魔物目掛けて投げつける。

 爆発……と言うよりも、短剣の刺さった周囲が突如消えてしまった。
 まるで一帯まるごとインベントリに片付けられたかのように……
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。