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8章《勇者と魔王》

9話

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 空から見た地上の景色。
 僕たちの住んでいた大陸は、それほど大きくはないようだ。
「まだ海は続くのかしら?」
「キュイー」

 ピヨちゃんに乗って空を飛んでいる僕とリリアは、東の方角にあるという荒れた地を目指していた。
 それはつい先日、ドラゴンと戦った場所であり、やけに多くの金属が散乱していた地。
『大昔にとても多くの者が住んでいた大陸です。
 今は訳あって、あなた達が住むには適さない場所になってしまいましたが……』

 ユーグが言うには、大昔に魔素の研究が行われた施設があり、ほんの少しの手違いで施設は大破、周囲の魔素もほとんど失われてしまったのだと。
 魔素が薄い地では、僕たちの使っているスキルや魔法にも影響は出るらしい。
 単純に攻撃をすることや、ドラゴンとの戦いの最中はユーグの補助もあるそうで、普通に戦えてはいたのだけど。

『魔物の力を抑え込むにもちょうど良いので、あの地を利用させていただいたのですが』
 一度目に戦った焔龍のときも、実はその大陸の、少し離れた場所だったそうだ。

「んー……そういえば転移がちゃんとできなかったのもそのせい?」
『そうですね。
 おそらくですが、今あなたが再びその地を訪れたとしても、転移で移動してくることはできないのではないかと……』

 全く魔素が無いわけではないけれど、もし転移を望むのなら、その大陸の中で特に魔素の濃いポイントを見つける必要があるだろう、とユーグは言う。
 僕は、別にそこまでして転移したいわけではなかったが、リリアはどうしてもその壊れた施設の中が気になるそうだ。

 そう、ドラゴン戦の後に見た地下へ続く通路の奥。
 そこがまさに壊れた施設への入り口だとユーグが教えてくれたのだ。

 ダンジョンとは違い、ユーグも内部を把握しているわけではないそうだ。
 それに加えて魔素は薄く、僕たちに干渉するのも難しくなると言う。
「インベントリとかスキルは使えるのかしら?」
『多少であれば……そうですね、念のために無いものと思っていただいた方が、間違いはないでしょう』

 そうなると、戦いになれば純粋に武器の力が必要になる。
 魔力を吸い取って攻撃力に変える剣の力なんてもってのほか。
 餌となる魔素が薄ければ、その分魔物も少ないそうなのだが、用心はした方がいいのだろう。

「ところでさ、その魔素に寄ってくるっていう魔物?
 ずっと気になっていたんだけど、その魔物ってなんなの?
 ユーグが生み出しているんだよね?」
 なぜ魔物を倒すと強くなるのか?
 素材が手に入るのはなぜ?
 魔素とは一体なんなのか?

 見渡しても海ばかりなものだから、ついそんな今更な疑問をユーグにぶつけてみたくなった。
 根ついてしまった悪魔の力を、削って吐き出したものだとは聞いたことはあったが、正直よくわかっていないのだ。

『え、えぇ……少し長くなりますが……
 私の根本に居ついてしまったもの……私は地を照らす月を喰らうことから暗黒龍と呼んでいます……』
 そんな僕の疑問にもユーグは嫌とは言わずに丁寧に教えてくれる。

 簡単に説明するなら、エネルギーという言い方がいいのだろうか?
 僕たちの思っている『正』のエネルギーが魔素、『負』のエネルギーは暗黒龍の力だとすると、そのどちらも本質は同じものらしい。

 魔素はユーグ自身の力でもあり、それを凝縮したものが月だそうだ。
「暗黒龍が食べると負のエネルギーになるの?」
『簡単に言えばそういうことですね。
 私では処理しきれない、そのエネルギーの一部を、地表にいるあなた達に向けて送ります。
 すると、地中の鉱物や動植物なんかを貪りながら魔素の強い場所を目指して魔物と化すのですよ』

 その魔物を倒すことで、僕たちの身体にもエネルギーが蓄えられ、強くなるだけではなく、よりユーグと干渉し合うことが可能になるそうだ。
『魔物が地中から金を含む鉱石を吸収したのはありがたい誤算でしたよ』
 おかげで僕たちを通じてエネルギーの代替品を取り込むことができたそうだ。
 僕にとっては金欠が解消されないので不満は多いのだけど……

「じゃあヒヒイロカネとか魔銀ミスリルも、元々地中にあったものが私たちの手元に来た感じなのかしら?」
 手に僕の作った杖を持ち、くるくると回しながら観察しているリリア。

『大体合っていますけれど、その二つに関しては魔素の影響で変質した金属ですね。
 強い魔素の影響を受け、金属だけでなく肉質や血液にも変化は起きます』
 より強い魔物には、より強い魔素がある。
 それはつまり、強い魔物からは強い素材が手に入るということ。

 特殊な金属と特殊な魔素を取り込んだ魔物は、ヒヒイロカネという強い金属を生み出すそうだ。
 それと同時に、姿さえも暗黒龍に近付いてしまうのだとか。
 それがドラゴンからしかヒヒイロカネが採れない理由。

「あのぉ……すっごく不安になっちゃったんだけど、ヒヒイロカネって何番目に強い金属だったっけ……?」
 確か世界樹辞典には二番目だか三番目に強い金属だと書いてあった記憶がある。
 ドラゴンでそれなのだから、一番強い金属とは一体何なのか?

『それ……は……
 実は一番強い金属を生み出したのは、暗黒龍の力ではないのです……』
「え? 一体誰なの?」
『金属の名前はアダマンタインと名付けられています。
 生み出した……というよりも、製造したという方が正しいでしょう。
 それはあなた方と同じ人族……なのですよ』

 強い金属を生み出したなんて、すごい事だろう。
 なのに、なぜか言葉を詰まらせるユーグにを僕は不思議に思ってしまった。
「もしかして、その金属で何かあったのかしら?」
 同じくユーグの喋り方に違和感を感じていたのだろう、リリアがユーグに問いかける。

『え、えぇ実は……』
 強い金属は確かにすごい強さを秘めていた。
 最初の頃はごく少量作られたそれを、人族の者は『オリハルコン』と名付け、地下の研究所で剣へと姿を変えていった。

 今この時代でも残っている名前なのだけど、当時の人たちは伝説から名前をとって『聖剣エクスカリバー』などと呼んでいたそうだ。

 ちなみにどこかの教会に、似た名前の『聖剣エクスカリハー』なる大した力も持たない聖騎士にしか装備できない剣もあるらしい。
 エクスカリバーの危険性を感じとったユーグがヤマダさんに頼んで、適当な物とコッソリすり替えたものらしい。

「それって、どういう風に危険なの?」
 今のところ、聖剣エクスカリバーは強いということしか分かっていない。
 ちょうどリリアが質問した頃に、遠くに大陸が見えてくるのがわかった。
 長い海の旅もようやく終わり、目指していた荒れた大陸へと辿り着いたのだ。

『危険性……ですか。
 そこに見える大陸は、その聖剣……いえ、新たに生み出されたさらに純度の高いものによって滅んでしまったのだと言えばわかりますか?』
 研究所の者は、最初の聖剣がすり替えられたことには気付いていなかったらしい。
 だが、より大量のオリハルコンを製造して、それを『あるスキル』を用いて純度の高い聖剣エクスカリバーを作り出した。

 聖剣エクスカリバーは一振りすると近くの山をえぐった。
 さらに聖剣エクスカリバーに魔力を注ぐと、天からメテオが降り注いだ。
 だがあくまでも実験であり、その程度使用する分にはそれほど問題ではなかったのだ。

 調子に乗った自称勇者が、ドラゴン討伐に出向くまでは。

「暴走し始めた共鳴を抑えきれず、聖剣は周囲の魔素を奪い尽くした。
 共鳴っていうのはアイテムと魔素が反応しあって効果を発動すること、でいいのよね?」
『そうですね。
 昔はちょっとした暴走も珍しくなかったのですが、まぁ簡単に言えばあなた達が魔法を使って失敗するようなものです』

 地表に降り立って、リリアは金属片を一つ手に取る。
 拾い上げた金属片から、当時の人たちの生活でも想像しているのだろうか?

 その後、生き延びた者の多くはヤマダさんを含む有志によって、別の大陸へと移された。
 魔素は生命の維持には必要のないエネルギーではあったが、当時の暮らしにはもはや無くてはならないものだったそうだ。

「じゃあ、魔素が薄いのは、その聖剣エクスカリバーが周囲の魔素を吸い尽くしたせいなのね?
 それだと疑問が残るのだけど……」
『やはり言わなくてはならないのでしょうか?』
「言いたくなくても、私は進むけれど……」
 例の入り口へとやってくる。
 ピヨちゃんが入るにはいささか狭い気がするのだが……なんて思っていると、リリアのひと撫ででピヨちゃんはみるみる元の姿大きさへと戻っていった。

「よしよし、えらいえらい」
 ピヨちゃんを胸にギュッと抱くリリア。
 進化というより、巨大化のスキルでも覚えたという方がシックリくる。
 まぁどちらでも構わないのだけど……

『おそらく聖剣はまだ中に……
 反応はほとんど感じられませんが、もしも暴走を続けているのならば、近付いたあなた達の身も危険に晒されることになります』
 当時の自称勇者は、一瞬で魔力を吸い尽くされて倒れてしまった。
 近くにいた者でさえ、助かったのはほんの一部だったそうなのだ。

「大丈夫よ、危なくなったら引き返すわ。
 それ以上にこの先が気になるのだからしょうがないじゃない。
 私だってたまには自分のやりたいようにさせてちょうだい」
 『私だって』というのは、おそらくテセスと比較しての一言なのだろう。

 『テセスが白なら私は黒』だとか、『小さいのを求めている人だっている』だとか、ピヨちゃんに乗って空を飛びながら聞いた話だけど、なにかとテセスのことをライバル視しているみたい。

 『小さい』って何のことかと聞いたら、『胸に決まってるじゃない、身長もだけど』なんて返された。
 しかもその後に『で、センはどっちが好みなのよ?』なんて笑いながら言っていたのだけど、アレ絶対に目は笑っていなかったよね……

 『り……リリアだったら大きくても小さくても関係ないよ』
『んー……そうね、良かったわ。
 面と向かって小さい方だなんて言われたら突き落とそうかと思ってたのよ』
 そんな会話を思い出しながら、僕は中へと入っていくリリアを追いかける。

 スキルや魔法が使えなくても、僕たちはもう十分に強い。
 リリアも短剣を手に。
 足元に気をつけながら、次第に地下深くへと通路を進んでいくのだった。

『ここからは干渉できないかもしれません……二人とも本当に気をつけて……』
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