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8章《勇者と魔王》
8話
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「じゃあ二人ともデッセルさんのことは知ってたんだ……」
僕たちは再び集まり、とね屋で夜遅い食事をとっていた。
「まぁな。あれだけ魔族領でも暴れまわってりゃ、嫌でも耳に入ってくるさ。
異種族のことも悪いようには思っていないから放置していたが、まさか四龍の迷宮にまで来るとは思わなかったな」
ユーグが何かと言いにくそうにしていたのは、ヤマダさんが口止めをしていたからだという。
『どういう反応をするか見てみたかったんですよ。
たったそれだけの理由で、もう本当に私も困りましたよ……』
こうやって僕たちに語り掛けてくるくらい、最近はとんと平気になったらしい。
ダンジョン内のことだって、ある程度は把握できているのだ。
直接的な干渉は難しいけれど、どこに誰がいるかくらいは、すぐにわかるのだと言う。
「で? お前の手に持ってるアイテムを、あの商人から買ったってわけだ」
僕の購入したアイテムを指差して言うヤマダさん。
「俺も昔は持っていたんだがな……ユーグを目覚めさせるのに使っちまったんだよな」
『わ、私のせいですか??』
間髪入れず、ユーグの声が聞こえてくる。
「そりゃそうだろう、せっかくリリアちゃんにプレゼントできるアイテムだったってのによぉ」
力を与えてもなかなか目覚めないユーグに、アレもコレも……と次々にアイテムを使ったことがあるらしい。
結局、身に着けているもの以外のほとんどをユーグの目覚めのために使ってしまったの言うのだからとんでもない。
「ちょっと……それは分かったけど、なんで『私の名前』がそこで出てくるのよ?」
意味が分からないと言うリリアに、僕がアイテムを袋ごと渡して伝える。
「『進化の記憶』っていうアイテムで、多分なんだけどピヨちゃんとか他の召喚した魔物の成長に必要不可欠なアイテムなんだと思う」
「お、教えた覚えもないのによく分かったじゃねぇか」
珍しく感心だと、少し小馬鹿にされた気はしたが、それでもまぁ褒めてくれたのだろう。
「ちなみに進化に必要なアイテム数は、魔物のランクによって異なるからな。
無駄遣いはしないほうがいいぜ」
大体二つか三つだが、スライムなら一つで進化可能、ただし二段階目があってその時には八個必要らしい。
当然気になるのはピヨちゃんに必要な個数。尋ねてみると、意外と多くて十五個だそうだ。
「今日はもう暗いから、明日の朝にでも試してみればいい。きっと驚くだろうよ」
ピヨちゃんの進化だけは、通常の魔物とは異なり、一時的にダンジョンには入れないほどに大きくなるらしい。
進化しても大きくはならないと言っていたヤマダさんだったが、どうやらそれは戦闘時の話だったそうだ。
大きくなると背中に乗って空も飛べるのだと教えてくれて、それに続けて『せっかく二人で空のデートを楽しみたかった』なんてことをヤマダさんが言う。
瞬間、急に空気が冷たく感じられてしまった。
何が起きたのかと横を向くと、ヤマダさんの隣に座っていたミアがフードの隙間から怖い表情で睨んでいるのが見えてしまったのだ。
「じゃ、じゃあ何これ、センが欲しくて買ったんじゃなくて……私のため?」
受け取った小袋の中から、赤い球体を一つ取り出して眺めるリリア。
テーブルの上に別の空の麻袋を置いて、一つずつ零れ落ちないように取り出していくリリア。
少なくとも二十個はあったはずだから、ピヨちゃんの進化には問題ないだろう。
リリアがちゃんと数えてみると、二十七個のアイテムがあったみたいだ。
ピヨちゃんに使う分を除くと、十二個は他の魔物に使えることになる。
僕も今まで見てきた魔物を思い出しながら、どんな魔物になるのかと考えてしまう。
「セン、ありがとう。
私もね、ピヨちゃんの進化って、一体いつ始まるんだろうって考えてはいたのよ。
でもちょっと悔しいなぁ……ピヨちゃんの相棒は私のはずなのに……」
「あ、いやそんなつもりは……」
喜んでくれると思っていたのに、急に落ち込んでしまうリリア。
そんな姿を見てしまうと、僕も困惑してしまう。
「ち、違うんだよっ! ほら、ピヨちゃんのことが心配で時々話しかけているじゃん。それに……」
リリアが一人でいる時、少し離れて歩いている時。
教会の近くでピヨちゃんを抱き抱えて不安な表情をしていることもあれば、夜遅くまでリリアの部屋からスキルを使う光が漏れているのを見ていたこともあった。
あまりに悲しい声を出すリリアに、つい僕はその事をみんなの前で喋ってしまう。
「へぇ……そんなにピヨちゃんのことを心配してたんだな。
俺なんか全然気付いてなかったわ」
ひょいと、進化の記憶を一つ手に取って言うコルン。
リリアを怒らせてしまったのだと思い、弁明した僕は恐る恐るリリアのうつむいた顔を覗き込む。
「み……見てたの⁈
っていうか、なんで深夜に私の部屋を眺めてるのよっ??」
真っ赤な顔のリリアが顔を上げて僕を睨む。
目にはうっすらと涙も浮かべ、プルプルと肩を震わせて怒っているのだが、下唇を噛みながら怒る表情が、僕には可愛らしくさえ思えてしまった。
「ご……ご、ごめんっ。
なんかまずかった……よねやっぱり……」
「ほんっと、馬鹿じゃないの?
もうっ……センの考えてること、全然わかんないよっ!」
こんな怒りかたは見たことが無かったし、正直喜んでくれるとしか思っていなかったので、僕は困惑してしまう。
黒いローブの袖で顔を隠して泣くリリア。
泣き声は無いけれど、身体の動きから泣いているのが伝わってきてしまう。
「え、えーっと……」
重い空気はすぐに変わることはなく、テセスはリリアの横でそっと落ち着かせるように背中をさする。
「さて……面白いもんも見れたし、俺はそろそろ帰るわ。
行くか、ミア」
「うん。私も魔王様に文句があるから、早く帰って説教しなきゃ」
ヤマダさんが立ち上がると、ミアもそれに倣ってスッと席を立つ。
「じゃあ俺も行こっかな。
明日は休みで良いよな?
まだ三つ目の銀色の世界樹の種って撒いてないんだろ?」
コルンまで立ち上がって帰ろうとする。
今から撒けば明日の朝にはダンジョンができているだろう。
ただ、デッセルさんの件もあったし、撒く場所は考え直した方は良さそうだと話していたのだ。
「さぁて…‥セン? ちょっと聞いておきたいのだけど」
「は、はいっ!」
とね屋の隅のテーブルで、テセスはエールをチビリと口にする。
先ほどからほとんど減っていない一杯目のエール。
その様子が、僕により一層の緊張感をもたらしてくる。
こんな時にアッシュでもやってきてくれたら心強い気もするのだけど、いや……今日はアメルさんと食事をするようなことを言っていたな……
こちらの異変に気付いたマリアも、遠目に様子を眺めているだけだ。
テーブルの上を片付けたりして、そろそろ寝る時間なのだろう……
そして、僕たち三人の話は深夜まで続いたのだった。
翌朝、僕は早朝からリリアと二人で種を撒く場所を探していた。
今日中に良い場所を探し、明日からダンジョン探索を始められるように。
「えっと、リリアはどう思う?」
「悪くないんじゃないかな……でも村から離れすぎてて、管理しきれないと思う……」
村から遠く離れた山奥に作る提案をしたのだけど、間違って他の集落や旅の者が入ってしまっては危険だ。
それを指摘してリリアは『最適ではない……と思う』と言う。
「じゃあ、いっそ誰もいないような場所まで離れてみる?」
「うん……それでもいいと思う……」
どうにも歯切れが悪い返事。
物事を考えていて、うわの空といった様子だ。
「ユーグに聞いてみたらわかるんじゃないかなぁ。
どこか人の住んでいない島とかさ」
僕はドラゴンと戦っていた、あの山に囲まれた地を思い浮かべていた。
「あ、そうだった……あの場所……」
一言呟くと、思い出したようにインベントリから『魔物の肉』を取り出すリリア。
「き、急にどうしたの?」
「ううん、ちょっと確かめなきゃって思っちゃって。
おいでっ、ピヨちゃん!」
「キュィーー!!」
上空を泳ぐように飛び回っていたピヨちゃんが、リリアの呼び声に反応して勢いよく降りてきた。
元の十倍ほどにもなっていたピヨちゃん。
首がやや長いだろうか? さらに広げた翼はそれ以上にインパクトのある大きさだった。
起きてすぐに『進化』させることになったピヨちゃんだったが。
その時はまだみんなが集まっていた。
コルンは『俺も乗って空を飛びてぇ』って言っていたのだけど、どうしてか僕とリリアだけで村の外に行くことになってしまっていた。
「じゃあ……センも乗る?」
「え……と……」
首を下げるピヨちゃんに、ゆっくりと跨り事前に準備しておいた綱をしっかりと握っているリリア。
ちなみに僕が戸惑ってしまったのは、乗る場所が分からなかったからだ。
尻尾のほう……は無理そうだし、翼を握るのは飛行の邪魔になる。
ということは、必然的にリリアの捕まる首元辺りなのだが、そうなると……
「恥ずかしいんだから、乗るなら早くしてよ……」
「あ、ごめん……」
僕も慎重に背中の方から首元へと登っていく。
捕まるのは、リリアと同じ綱なのだが、当然僕とリリアの身体は密着してしまう。
(は……恥ずかしい……)
尋常でないほどに、僕の胸の鼓動が早くなっているのを感じる。
吐き出した息がリリアに当たるんじゃないかと思うと、呼吸の仕方さえ気になってしまう。
髪からは良い匂いがする。エルフの持ってきたという洗髪料と同じ香りだろう。
密着した瞬間から、色々な事が頭を巡り、僕は何もまともに考える事ができなくなっていた。
「と、飛ぶからねっ……ちゃんと捕まっててよ」
リリアのその言葉でようやく我に返った気はしたが、それでも様々な感情が僕を襲い、眼下に広がる雄大な景色なんてものを見る余裕は、僕には無かったのだ。
リリアは移動をしながらユーグに何かを確認しているようだ。
風の切る音が、小さな声で喋るリリアの声をかき消してしまう。
だけど、『金属』や『ドラゴン』などの聞こえた言葉から、リリアが向かいたい場所はすぐに想像できた。
ついこの間引き返すことになった『謎の入り口』へ行きたいのだろう。
目的の方向もわかり、しばらくは真っ直ぐ飛ぶことになった。
無言の二人、眼下には海が見え始めていた。
ただどこまでも広がる青。
緑や茶色は消え、川や池なんかとは比べものにならない迫力を前に、次第に緊張なんてものはどこかへ消えていってしまった。
「ねぇ……あの言葉、もう一度聞かせてくれる?」
フッと少しだけ左下に顔を向け、話しかけてくるリリア。
完全に振り向いているわけではないが、僕への言葉だというのはすぐに分かった。
「う、うん……」
そして昨晩僕がリリアに言った言葉を、この場でもう一度要求されていた。
その時はテセスもいた前だったし、正直恥ずかしいだけじゃなくて、言って良いのか悪いのかも分からなくて怖かった気持ちもあった。
だけどもう恐怖は無い。
否定されることも無いのだと知っている。
卑怯でもなんでも良い。
これが僕の本当の気持ちだと知ってしまったのだから……
「僕と…………
この星はこんなにも綺麗で、どこまでも広かった。
多くの種族が生き、時間と共に命は次の世代へと受け継がれていく。
そして今、人族と異種族の壁も少しづつ取り払われているだろう。
まだ若い人たち、冒険者を夢見る者たち……いや、僕たちの子供の世代にも、こんな綺麗な世界をもっと知ってほしいとさえ思った。
僕たちは再び集まり、とね屋で夜遅い食事をとっていた。
「まぁな。あれだけ魔族領でも暴れまわってりゃ、嫌でも耳に入ってくるさ。
異種族のことも悪いようには思っていないから放置していたが、まさか四龍の迷宮にまで来るとは思わなかったな」
ユーグが何かと言いにくそうにしていたのは、ヤマダさんが口止めをしていたからだという。
『どういう反応をするか見てみたかったんですよ。
たったそれだけの理由で、もう本当に私も困りましたよ……』
こうやって僕たちに語り掛けてくるくらい、最近はとんと平気になったらしい。
ダンジョン内のことだって、ある程度は把握できているのだ。
直接的な干渉は難しいけれど、どこに誰がいるかくらいは、すぐにわかるのだと言う。
「で? お前の手に持ってるアイテムを、あの商人から買ったってわけだ」
僕の購入したアイテムを指差して言うヤマダさん。
「俺も昔は持っていたんだがな……ユーグを目覚めさせるのに使っちまったんだよな」
『わ、私のせいですか??』
間髪入れず、ユーグの声が聞こえてくる。
「そりゃそうだろう、せっかくリリアちゃんにプレゼントできるアイテムだったってのによぉ」
力を与えてもなかなか目覚めないユーグに、アレもコレも……と次々にアイテムを使ったことがあるらしい。
結局、身に着けているもの以外のほとんどをユーグの目覚めのために使ってしまったの言うのだからとんでもない。
「ちょっと……それは分かったけど、なんで『私の名前』がそこで出てくるのよ?」
意味が分からないと言うリリアに、僕がアイテムを袋ごと渡して伝える。
「『進化の記憶』っていうアイテムで、多分なんだけどピヨちゃんとか他の召喚した魔物の成長に必要不可欠なアイテムなんだと思う」
「お、教えた覚えもないのによく分かったじゃねぇか」
珍しく感心だと、少し小馬鹿にされた気はしたが、それでもまぁ褒めてくれたのだろう。
「ちなみに進化に必要なアイテム数は、魔物のランクによって異なるからな。
無駄遣いはしないほうがいいぜ」
大体二つか三つだが、スライムなら一つで進化可能、ただし二段階目があってその時には八個必要らしい。
当然気になるのはピヨちゃんに必要な個数。尋ねてみると、意外と多くて十五個だそうだ。
「今日はもう暗いから、明日の朝にでも試してみればいい。きっと驚くだろうよ」
ピヨちゃんの進化だけは、通常の魔物とは異なり、一時的にダンジョンには入れないほどに大きくなるらしい。
進化しても大きくはならないと言っていたヤマダさんだったが、どうやらそれは戦闘時の話だったそうだ。
大きくなると背中に乗って空も飛べるのだと教えてくれて、それに続けて『せっかく二人で空のデートを楽しみたかった』なんてことをヤマダさんが言う。
瞬間、急に空気が冷たく感じられてしまった。
何が起きたのかと横を向くと、ヤマダさんの隣に座っていたミアがフードの隙間から怖い表情で睨んでいるのが見えてしまったのだ。
「じゃ、じゃあ何これ、センが欲しくて買ったんじゃなくて……私のため?」
受け取った小袋の中から、赤い球体を一つ取り出して眺めるリリア。
テーブルの上に別の空の麻袋を置いて、一つずつ零れ落ちないように取り出していくリリア。
少なくとも二十個はあったはずだから、ピヨちゃんの進化には問題ないだろう。
リリアがちゃんと数えてみると、二十七個のアイテムがあったみたいだ。
ピヨちゃんに使う分を除くと、十二個は他の魔物に使えることになる。
僕も今まで見てきた魔物を思い出しながら、どんな魔物になるのかと考えてしまう。
「セン、ありがとう。
私もね、ピヨちゃんの進化って、一体いつ始まるんだろうって考えてはいたのよ。
でもちょっと悔しいなぁ……ピヨちゃんの相棒は私のはずなのに……」
「あ、いやそんなつもりは……」
喜んでくれると思っていたのに、急に落ち込んでしまうリリア。
そんな姿を見てしまうと、僕も困惑してしまう。
「ち、違うんだよっ! ほら、ピヨちゃんのことが心配で時々話しかけているじゃん。それに……」
リリアが一人でいる時、少し離れて歩いている時。
教会の近くでピヨちゃんを抱き抱えて不安な表情をしていることもあれば、夜遅くまでリリアの部屋からスキルを使う光が漏れているのを見ていたこともあった。
あまりに悲しい声を出すリリアに、つい僕はその事をみんなの前で喋ってしまう。
「へぇ……そんなにピヨちゃんのことを心配してたんだな。
俺なんか全然気付いてなかったわ」
ひょいと、進化の記憶を一つ手に取って言うコルン。
リリアを怒らせてしまったのだと思い、弁明した僕は恐る恐るリリアのうつむいた顔を覗き込む。
「み……見てたの⁈
っていうか、なんで深夜に私の部屋を眺めてるのよっ??」
真っ赤な顔のリリアが顔を上げて僕を睨む。
目にはうっすらと涙も浮かべ、プルプルと肩を震わせて怒っているのだが、下唇を噛みながら怒る表情が、僕には可愛らしくさえ思えてしまった。
「ご……ご、ごめんっ。
なんかまずかった……よねやっぱり……」
「ほんっと、馬鹿じゃないの?
もうっ……センの考えてること、全然わかんないよっ!」
こんな怒りかたは見たことが無かったし、正直喜んでくれるとしか思っていなかったので、僕は困惑してしまう。
黒いローブの袖で顔を隠して泣くリリア。
泣き声は無いけれど、身体の動きから泣いているのが伝わってきてしまう。
「え、えーっと……」
重い空気はすぐに変わることはなく、テセスはリリアの横でそっと落ち着かせるように背中をさする。
「さて……面白いもんも見れたし、俺はそろそろ帰るわ。
行くか、ミア」
「うん。私も魔王様に文句があるから、早く帰って説教しなきゃ」
ヤマダさんが立ち上がると、ミアもそれに倣ってスッと席を立つ。
「じゃあ俺も行こっかな。
明日は休みで良いよな?
まだ三つ目の銀色の世界樹の種って撒いてないんだろ?」
コルンまで立ち上がって帰ろうとする。
今から撒けば明日の朝にはダンジョンができているだろう。
ただ、デッセルさんの件もあったし、撒く場所は考え直した方は良さそうだと話していたのだ。
「さぁて…‥セン? ちょっと聞いておきたいのだけど」
「は、はいっ!」
とね屋の隅のテーブルで、テセスはエールをチビリと口にする。
先ほどからほとんど減っていない一杯目のエール。
その様子が、僕により一層の緊張感をもたらしてくる。
こんな時にアッシュでもやってきてくれたら心強い気もするのだけど、いや……今日はアメルさんと食事をするようなことを言っていたな……
こちらの異変に気付いたマリアも、遠目に様子を眺めているだけだ。
テーブルの上を片付けたりして、そろそろ寝る時間なのだろう……
そして、僕たち三人の話は深夜まで続いたのだった。
翌朝、僕は早朝からリリアと二人で種を撒く場所を探していた。
今日中に良い場所を探し、明日からダンジョン探索を始められるように。
「えっと、リリアはどう思う?」
「悪くないんじゃないかな……でも村から離れすぎてて、管理しきれないと思う……」
村から遠く離れた山奥に作る提案をしたのだけど、間違って他の集落や旅の者が入ってしまっては危険だ。
それを指摘してリリアは『最適ではない……と思う』と言う。
「じゃあ、いっそ誰もいないような場所まで離れてみる?」
「うん……それでもいいと思う……」
どうにも歯切れが悪い返事。
物事を考えていて、うわの空といった様子だ。
「ユーグに聞いてみたらわかるんじゃないかなぁ。
どこか人の住んでいない島とかさ」
僕はドラゴンと戦っていた、あの山に囲まれた地を思い浮かべていた。
「あ、そうだった……あの場所……」
一言呟くと、思い出したようにインベントリから『魔物の肉』を取り出すリリア。
「き、急にどうしたの?」
「ううん、ちょっと確かめなきゃって思っちゃって。
おいでっ、ピヨちゃん!」
「キュィーー!!」
上空を泳ぐように飛び回っていたピヨちゃんが、リリアの呼び声に反応して勢いよく降りてきた。
元の十倍ほどにもなっていたピヨちゃん。
首がやや長いだろうか? さらに広げた翼はそれ以上にインパクトのある大きさだった。
起きてすぐに『進化』させることになったピヨちゃんだったが。
その時はまだみんなが集まっていた。
コルンは『俺も乗って空を飛びてぇ』って言っていたのだけど、どうしてか僕とリリアだけで村の外に行くことになってしまっていた。
「じゃあ……センも乗る?」
「え……と……」
首を下げるピヨちゃんに、ゆっくりと跨り事前に準備しておいた綱をしっかりと握っているリリア。
ちなみに僕が戸惑ってしまったのは、乗る場所が分からなかったからだ。
尻尾のほう……は無理そうだし、翼を握るのは飛行の邪魔になる。
ということは、必然的にリリアの捕まる首元辺りなのだが、そうなると……
「恥ずかしいんだから、乗るなら早くしてよ……」
「あ、ごめん……」
僕も慎重に背中の方から首元へと登っていく。
捕まるのは、リリアと同じ綱なのだが、当然僕とリリアの身体は密着してしまう。
(は……恥ずかしい……)
尋常でないほどに、僕の胸の鼓動が早くなっているのを感じる。
吐き出した息がリリアに当たるんじゃないかと思うと、呼吸の仕方さえ気になってしまう。
髪からは良い匂いがする。エルフの持ってきたという洗髪料と同じ香りだろう。
密着した瞬間から、色々な事が頭を巡り、僕は何もまともに考える事ができなくなっていた。
「と、飛ぶからねっ……ちゃんと捕まっててよ」
リリアのその言葉でようやく我に返った気はしたが、それでも様々な感情が僕を襲い、眼下に広がる雄大な景色なんてものを見る余裕は、僕には無かったのだ。
リリアは移動をしながらユーグに何かを確認しているようだ。
風の切る音が、小さな声で喋るリリアの声をかき消してしまう。
だけど、『金属』や『ドラゴン』などの聞こえた言葉から、リリアが向かいたい場所はすぐに想像できた。
ついこの間引き返すことになった『謎の入り口』へ行きたいのだろう。
目的の方向もわかり、しばらくは真っ直ぐ飛ぶことになった。
無言の二人、眼下には海が見え始めていた。
ただどこまでも広がる青。
緑や茶色は消え、川や池なんかとは比べものにならない迫力を前に、次第に緊張なんてものはどこかへ消えていってしまった。
「ねぇ……あの言葉、もう一度聞かせてくれる?」
フッと少しだけ左下に顔を向け、話しかけてくるリリア。
完全に振り向いているわけではないが、僕への言葉だというのはすぐに分かった。
「う、うん……」
そして昨晩僕がリリアに言った言葉を、この場でもう一度要求されていた。
その時はテセスもいた前だったし、正直恥ずかしいだけじゃなくて、言って良いのか悪いのかも分からなくて怖かった気持ちもあった。
だけどもう恐怖は無い。
否定されることも無いのだと知っている。
卑怯でもなんでも良い。
これが僕の本当の気持ちだと知ってしまったのだから……
「僕と…………
この星はこんなにも綺麗で、どこまでも広かった。
多くの種族が生き、時間と共に命は次の世代へと受け継がれていく。
そして今、人族と異種族の壁も少しづつ取り払われているだろう。
まだ若い人たち、冒険者を夢見る者たち……いや、僕たちの子供の世代にも、こんな綺麗な世界をもっと知ってほしいとさえ思った。
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