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8章《勇者と魔王》

2話 sideリリア

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「ふゎぁ……おはよう、みんな……」
 二の鐘が鳴った頃、家から大きな欠伸あくびをしながら出てくるセン。
 寝癖はひどく、部屋まで起こしに行ったテセスは、アグルの木片で作ったくしを持って追いかけて出てくる。
「ちょっと、いい加減髪の毛ぐらい整えなさいよっ!」
 怒った様子のテセスは、強引にセンの腕を掴み引っ張る。

「あ、あれ……?」
「もぅ……分かったよテセス、整えてくるからそんなに怒んないでよ……」
 いつものだらしのないセン。
 しかし、腕を引っ張ったテセスには、その奇妙な変化に気付く。

 センが家の中に戻り、残ったテセスは皆の前で困惑した表情を見せている。
「どうしたのテセス?」
 リリアが尋ねるが、センのその奇妙な変化は、テセスにはよく分かっていなかった。
「なんだか……岩でも引っ張ったみたいな……」
「なによそれ? もしかして、引きこもっているうちに太ったんじゃないの?」

 そう言ってクスクスと笑うリリアの横で、コルンが自分の腹部を摘んでいる。
 このところ、まともに戦闘も行わずに美味しい飯を食べていた。
 それもセンがアイテム作りに没頭したせいなのだが。
「俺も太ったかなぁ……?」
「やめてよコルン。
 そんな体型で太ったとか言うと、世界中の女を敵に回すわよ?」
 リリアがコルンを睨みつけると、コルンは引きつった表情で、そっと手の位置を戻す。

「そういえば、私も動いてないなぁ……」
 プニプニと、白い服の隙間から肌を摘むテセス。
 それを見て、リリアは羨ましいとさえ感じていた。

(なんであんなに肌が白いのよ?
 急に教会を辞めて好きなことばっかりして、胸は大きいしセンとは幼馴染だし……)
 最後の二つはただのやっかみだとは分かっていた。
 それほど意識はしていなかったハズの、たった一つ年上の少年に恋をした。

「……テセスには勝てない、かな……」
「……? どうしたのリリアちゃん?
 そうだ! せっかくだから今度一緒に、ダイエットしない?」
 両の手を組んで、頬に添えて笑うテセス。
 全く裏表のないと思える言動に、私の気持ちは沈みかけていた。

 ……スキルを得て最初のうちは、センは私の家にまでやって来た師匠という関係だった。
 だが日が経つにつれ素材やアイテムの価値を知ると、過去の私がかなりの無茶を言ったことが分かってしまう。
 ……実は冗談なんだろうと思っていた私が恥ずかしかった。

『魔力回復薬一本が、小金貨一枚とちょっとかな?』
 私は、当時ほんの十六歳だった少年に、そんなにも貴重な薬を何本も使わせたのだ。
 しかも、金額を知りつつも決して『嫌』とは言わなかったセン。
 本当に私のために、心から応援してくれていたのだと知ってしまった……

 早くお金を稼げるようになって、恩を返したい。
 だけど、学ぶことが増えれば増えるほど、センは新しいアイテムを惜しみなく用意する。
 心苦しかった……私になにが返せるのかと不安でいっぱいだった……

「みんなに、新しい装備品を準備したんだ。
 ヤマダさんにあれだけ言われたし、見返してやりたくなったしさ」
 再び家から出てきたセンは、そう言っていくつかのアイテムを取り出した。
 私には新しいローブと、細く綺麗な腕輪を一つ渡してくれた。

「すごい……これすっごく綺麗……」
「ははっ、リリアが身に付けるものだし、見た目にはすっごくこだわったんだよ」
 私の胸は、その言葉で余計に締め付けられてしまう。

 続けてテセスには髪飾りを一つ。
 指輪じゃなくて良かった……もしそうだったら、多分今の私は泣いていたかも……なんて思う。
 そうやって、いつも複雑な感情に心を苦しめられていた……
 
 再開した半年後には、私の魔力の量ははセンを抜いてしまったらしい。
 毎日毎日、魔力が枯渇するまで魔法を使い続けたおかげだそうだ。
 だけど、それもセンに何が返せるかと思えば、それほど辛いことではなかった。

『低品質のルースを売るといいよ。
 テセスが鑑定してくれるから、僕からもお願いしておくしさ』
 そう言われて私はお金を貯めるようになった。
 返そうと思っていた小金貨五枚を用意できたら、今度はそれ以上の価値のある杖を渡されてしまった。
 センは、これを使って魔物狩りをしようと言うのだ。

 もちろん魔法を使うのは楽しみで、どんどん想像は膨らんだ。
 狩りに同行して、私は初めて魔物に魔法を使ったのだけど……
 私の得たスキルや魔力の異様さを、このとき初めて感じてしまったのだった。

 スキルを三つも得られたから嬉しい、センと同じスキルがあって助かった……
 そうではなかったのだ。
 未知のスキルは世界のバランスを容易に破壊することに気付いてしまった。
 日々底上げをしていた膨大な魔力は、スキルで作られたルースの力を最大限に引き出していた。

 なぜ、硬いキングスパイダーがいとも簡単に。
 なぜ、私ですら手に入ったスキルの存在が、他の誰も知らないのか……

 決して自分のことを特別だとは思わないように過ごした。
 願わくば……いや、以前の私ならば、苦労することのない生活を送りたいものだとは思っていた。
 この先、私はどうすればいいのだろうかと、そればかり考えてしまっていた……

「やっぱり防御は大切だしさ、これもだけど、みんなに渡した防具にも『ノックバック軽減』の効果を付けてあるんだ。
 試しにグレイトウルフで試してみたけど、体当たりを喰らっても平気だったよ」
 そう言ってセンは、自分の腰に巻いたベルトを指差している。

 吹き飛ばされたり、体勢が崩れると防御が甘くなる。
 それを軽減する装備品だそうだ。
「もしかして、さっき腕を引っ張った時に感じた違和感ってそれなの?」
「え? あ、あぁごめん。
 掴まれている感じだけで、引っ張られたとは思わなかったや」

 テセスが『大岩かなにかに感じたわよ』と言うので、コルンは気になりセンを押したり引っ張ったり。
 腕を組んでドヤ顔で体勢を崩さないセンに、コルンは体当たりをし始め、次第にその威力は増していく。

「リリアちゃんも試してみたら? すごいよ!」
 『ほら』と言いながらテセスが私の背中をポンと押すと、バランスを崩した私はセンの胸元に身体ごと飛び込んでしまった。
 手には貰ったばかりのローブと腕輪があり、インベントリには入らない杖も持ち、受け身がとれずにいたせいだ。

「だ、大丈夫?」
 びくともせずに、センは私を支えてくれる。
 当然装備品の効果ではあるのだけど、そのずっしりとした胸板の厚みに、私は色々な妄想を膨らませてしまう。
 どうしよう、今の私はきっと真っ赤な顔をしているに違いない……
「大丈……夫? ねぇリリア?」

 センが困惑しているのを感じてしまう。
「こ……」

 だが、声がうまく出せなくて、スッと一呼吸。
 よしっ、これでちゃんと顔を上げて喋れそうだ。
 そんなことを思いながら、恥ずかしさを包み隠すようにリリアは赤い顔を上げる。
「こんなのの為の何日も引きこもってたの⁈
 言ってくれれば私だって手伝ったのに、馬鹿じゃないの?」

 違う違う、私の言いたかった事はそういう意味じゃない……
 作ってくれたアイテムはすごい効果だと思う。
 だけど、私にもそれを相談して欲しかった。

 より良いアイデアが出せたかもしれない……なんていうのはただの言い訳。
 センと一緒に考えて、お互いにアイテムを作り合うのが楽しかったのだ。
 それが今回はセンが一人でやってしまって、ちょっと寂しかった……

「ごめんごめん。
 いやぁ作り始めたら面白くなっちゃって、次はあれを今度はコレをってなっちゃって」
 とにかく思いついたものをすぐに作りたくて、誰かを頼るよりも身体はすでに各地へと転移して回っていたそうだ。
 そんなわけはない、少なくとも考える余裕くらいはあっただろう。
 それでもセンは一人で素材を集めたかった理由があったのだろう。

「なぁセン、ところで俺の預けた『エリュシオン』はどうなったんだ?」
 コルンが横からセンに聞いている。
 別にセンと私の会話を中断した事は構わない……けれどエリュシオンとは一体何なのか?
 そんな名前はリリアは聞いたことがなかった。

「へへっ、ちゃんと改良……いや、改造かな?
 しっかり強くなってると思うよ」
 そう言ってセンはインベントリから見たことのない弓を取り出す。
 すぐにそれが『エリュシオン』というコルンの弓なのだとは理解したが、装飾は減って別のものに見えてしまう。

「ここが属性攻撃で、こっちは『一撃必殺』。
 ただし成功確率は低いけどね。
 ダメージ量に合わせて魔力が回復する効果も付けれたから、属性攻撃を連発してもコルンの魔力は無くなら……ないと思う多分、いやきっと」
「いやどっちだよ!
 ……でもまぁ、これでエレメンタルが出てきても余裕だな」
 エリュシオンという名前には、死後の楽園という意味があるらしい。
 そういえば……と、リリアも名前には聞き覚えがあったことを思い出す。

『へぇ~……コルンの持ってるレーヴァテインって、この本から名前をとってるんだ』
『そうなんだよ、著者はわかってないみたいだけど、大昔の伝説を元にしているんだってさ』
 その本の中にはドラゴンや世界樹ユグドラシルも描かれていた。

 確かにそこには様々な武器も、イラストとともに描かれていた。
 世界樹の話になると、センはテセスとの約束の話なんかも聞かせてくれた。

 二人が大きくなったら、大きく丸く輝く二つの月の下で、世界樹の神秘的な光を見に行こうと……
 そんなことを聞いたら、きっと誰だって二人は付き合っているのだと思うじゃないの……
 しばらくしてテセスは別の恋人を作り、夜もセンの家には顔を出さないでいると聞いた。

 その時のセンの寂しそうな表情は、今でも私は憶えているというのに……
「ねぇセン……」
 リリアは勇気を出して声にする。
「私……世界樹を見たい……」

 一瞬、私の前には呆けた表情のセンがいた。
 本当は『センと二人で』と言いたかった。
 だけど、そこまでを言葉にする事はできなかった……

 なかなか言葉を発さないセンに対し、私の言葉の意味をセンなりに考えてくれているのだと思い、私はフッと視線を手元の杖へと落とす。

「あっ!」
 なにかに気付いてくれたようで、私はセンの返答を期待した。
「そうだった、これも渡さなきゃって思ってたんだよリリア!」
 そう言ってセンがインベントリから取り出したのは、世界樹の枝を模した杖だった……
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