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8章《勇者と魔王》

1話 sideヤマダ

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 俺が魔王になったのは、かれこれ数百年も昔のことだ。
 当然、人族ヒューマンの寿命は長くても百年、守りたいと思っていた仲間も呆気なく死んでしまった。

 魔王ヤマダは、玉座に深々と腰掛けながら考えていた。
 傍らには、段差に腰掛けて頬杖をつくミアの姿もある。

 奴隷制度、それに隣国との戦争目的に異種族を道具のように使っていたことに、昔のヤマダはとてつもなく苛立っていた。
 さらに、無数の戦いのせいで小さな国はいくつも滅び、元々東の果てにあった人族の住む大陸に至っては、魔法兵器によって滅んでしまったのを目の当たりにしたこともあった。

「機械兵……とかいっただろうか……?」
「……?」
 ヤマダの呟きに、ミアは首を傾げる。
 ユーグは決してそのようなスキルや魔法を作った覚えはなかったが、当時の高いスキル力と、種族の固有技術の粋を集めて作られたのだと聞いた。
 その中心にいた人物こそ【合成】スキルを持つ『川内真緒せんだいまお』だった。

 なにが先代魔王だ、違う違う……名前がそれっぽいだけの日本人だ。
 あいつは遊び半分で強力な兵器を作り出し、挙げ句の果てに自らの力を世界樹に注ぎ込んだ『ド変態野郎』じゃねぇか……

 さすがに俺とは違うスキルを持っていたから、永遠の命は得られなかったようだが。
 それにしても謎が多い。
「あぁー……!」
 考えてもよく分からないもどかしさに、ヤマダは頭を右手でグシャグシャにかき乱す。
 しばらくするとミアがそっと斜め後ろに立って、その髪で遊ぶようにセットし始めていた。

 はるか昔に【合成】スキルは封印したはずだ。
 最初は思い出せなかったが、確かに数百年前に俺がユーグに頼んだはずだった。
 ヤマダは記憶を遡る。

『全部の能力スキルとはいわない……
 もちろん暗黒龍討伐には必要になるものも多いだろうしな』
 ユーグにそう伝えて、いくつかの危険なスキルは、それ以降誰にも授けられる事は無くなったはずなのだ。
 世界樹が弱ってしまった影響か?
 しかし今更どうして……?

 俺があの二人に、何か不思議な縁を感じたとしたら、そのスキルが原因だったのではないか……?
 そうか、俺が迷宮攻略を諦めてしまったのもその時だったのか……

 時が経ち、思いもよらない手違いで、ヤマダは迷宮攻略が意味を為さない事に気付いてしまったのだ。
 それが約五百年前だろうか。
 【合成】スキルをこの世から消してしまったせいで、『龍の血』もとい『浄化された魔素の塊』を使える者がいなくなってしまったのだ。

 暗黒龍は半端な力では引き剥がす事ができない。
 確実に世界樹から分離させるには、龍の血の力を最大限の引き出す必要があるのだ……

 気付いた時にはユーグの力はほとんど無くなっていた。
 改めてスキルを復活させるなんて、もう無理だったのだ。
 仕方なく俺は、なるべく強い魔物の出る南の大陸へと移った。
 多くの異種族と共に……

 それが約三百年前、そこから数多くのボスを倒して回った。
 俺一人では無理がある。
 仲間を増やしてはみたものの、無茶をさせればすぐに戦闘不能に陥ってしまう。
 世界樹の影響だろう、日に日にリバイブポーションの出現率は下がり、手持ちのものも底を尽きかけた。

「そうか……それから俺はボス討伐をあまりしてなかったんだな……」
「魔王様……大丈夫……?」
 今までどうしてこれほど大事なことを思い出せずにいたのだろうか?
 ヤマダの表情はより険しくなっていた。

 断片的に記憶はある。
 だが、こうやって冷静になって思い出そうとしなかったからだろう。
 数百年という時の中で、忘れまいと思っていたことも、いつの間にか記憶の片隅へと追いやってしまっていたようだ……

 長い間放置されたボスを倒せば、まだリバイブポーションが手に入ることはあった。
 弱いボスからも、周囲の魔素を吸収しながら成長する武器も手に入る。
 だがそれも一回きりだ。
 次に戦う時には、大したものは手に入らない。

 俺が使わずに長い間しまっておいた武器なんかは、魔素が流れ出るように、いつの間にか存在自体が消滅してしまっていた。
 もしくはユーグが、自らを保つために吸収でもしたのだろう。

「ねぇ魔王様……
 初めて会った時の事、覚えてる?」
 真剣に考え事をしていたのだが、そんなことを聞いてくるミアを、俺は無視するつもりはない。
 それに、こんなにも忘れてばかりの俺でも、ミアと会った当時の事は鮮明に覚えているのだ。
 それほど昔のことでもなかったしな。

『きもちわりーんだよっ、混ぜもんのくせにっ!』
 純粋なエルフは、ダークエルフを嫌う習わしでもあるんじゃないだろうか……?
 それがその時に思ったヤマダの疑問であった。

 まだ十歳前後の少年たちが、教会の裏で一人の少女に石を投げつけている。
 少女は白いフードを深く被り、なるべく肌を見せまいとしていたようだ。

 他種族と交わると肌が黒いエルフが生まれるとは聞いたことがある。
 まぁそれは転生前の話ではあるが。
 まさかこちらの世界でも、それが通用するのだとは思わず、ビックリしてしまったのだ。

「あの時から、私はいつか魔王様のお嫁さんになりたいと思ってた……」
 玉座の横から腕を巻きつけて首元を締めつけてくるミア。
 もう二十年も前の話だ。

 ん? ミアが百歳を超えているんじゃないかって?
 それだったら、さすがにここまでチビではない。
 見た目よりは歳はとっているが、れっきとした二十五歳の(エルフ的には)適齢期の少女だ。

 まぁ、それでも歳は女性にとってバラされたくない事柄ではあるしな。
 冗談半分で百以上と言ったのを、ミアが途中で口を塞いだもんだから、きっとセンたちはそれを信じてしまっているだろう。

『ほぅ……俺の前で種族差別をすることが、どういう事か分かってやっているんだろうな?』
 偶然その場に通りかかっただけの魔王ヤマダ。
 だが、少年たちにもその恐ろしさは伝わっているのだ。
 なにせ、『種族による差別が許せないという理由だけで、半ば無理やり国を立ち上げ、国をいくつも滅ぼした』というでっち上げの話が、魔族中に広がっていたくらいなのだから。

「確かに泣き叫びながら逃げて行きやがったが……
 そんなに怖かったか? 俺……」
「ううん、魔王様はすごく優しい人」
 後々話を聞くと、以前俺と共にボス退治を行った竜人族ドラゴニュートとエルフの子供だと知らされた。
 そして両親は亡くなり、孤児として教会で暮しているのだとも知った。

 辛かったのは、その両親を殺してしまった元凶が俺だという事だ……
「父様も母様も、自ら望んで戦いに出向いたって聞いてる。
 だから私は、別に魔王様を恨んだりはしてない……」
 ある日、ボス退治をするメンバーは俺が解散させたのだ。
 いつまでも終わらない戦い、日に日に悪化していく世界。

 好転の兆しが見えない旅は、俺だけが味わえば十分だった。
 だが、解散させた後も何人も何十人もの武人たちは、戦いをやめなかった。
 戦いの中で知る世界の真実。
 それだけではなく、共に戦う仲間たちとの絆。
 それぞれに様々な想いがあったのだろう。
 ミアもそうして生まれてきた一人なのだから。

「魔王様はすごい人だって聞いていた。
 初めて会った時、私はなんの疑いもなく、あなたが魔王様なんだって思ったくらい……」
 間違ってはいなかった……のだろうか?
 今までの俺は、何もかもが裏目に出てしまったんじゃないかと、そう思うことさえあった。

「やめだやめだっ!
 ミア、エメル村に飯でも食いに行こうぜっ」
 あまり考えすぎても面白くはない。

 センとリリアが【合成】スキルを使えるからなんなのだ。
 川内真緒はすでに死んでいる。
 東の大陸は今や死の大地。
 俺の、いや俺たちの目的は四体の龍を倒し血を集める事。
 そして世界樹を復活させる。
 その後は、それぞれ好きなように生きれば良いだろう。

「魔王様はやっぱりそっちの方が良い」
 フードの隙間から、笑った口元が見える。
「俺も、ミアはフードを被らない方が良いと思うけどな」
 ヤマダが、ヒョイと右手でフードを脱がせると、ミアは恥ずかしそうに後ろを向いて被りなおしている。

 今日もエメル村には『マオーさま』と『ミーちゃん』の姿があり、いつも通り賑やかな様子である。
 誰もが、いつまでも、いつまでも……この賑わいが絶えることは無いと……そう信じていた。
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