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7章《チートマジシャン》
11話
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深い深いダンジョンの奥、コルンの大声がフロア中に響き渡る。
「おいっアステア! 魔法、魔法だっ。
そっちの魔物は剣じゃ倒せないぞっ!
くらえっ、氷蟲の陣!」
コルンの覚えたての技は、放った矢を中心に氷の円陣が浮かび上がり、周囲一帯の魔物に属性ダメージを与えるというのもだった。
「わ、分かっていますけどっ動きが早くてっ」
剣技に関しては、やはりまだまだ若いこともあって、魔物からの攻撃を捌くことで手一杯の様子のアステア。
雫龍の迷宮、それが四龍のうち第二の龍が出るダンジョンの名前らしい。
前回よりさらに深く、百階層を超えてもダンジョンは続いているのだった。
出てくる魔物はどれもボスじゃないのかと思うくらい強く、その分経験値も多く貰えるようだ。
レベルも少しずつ上がっており、コルンとアステアが一番高く『レベル103』らしい。
なんとなく『レベル100』で止まってしまうような気がしたんだけど、そんなことはないみたいだ。
バリエさんは自分のステータスがわからないと言っているけど、強力な魔法を使えるようになってからは僕よりもたくさんの魔物を倒している。
「二人とも、詠唱が終わりましたっ!
魔法を使うので離れてください!」
先の方がチリチリと光った杖を、バリエさんが正面に構える。
魔法の詠唱が終わると、後は魔法名を言うだけで発動するので、ある程度はタイミングも合わせることができる。
前もって詠唱しておいてから戦闘に入ればいいんじゃないかという提案もあったのだけれど、詠唱後はせいぜい十秒くらいしか持たないようだ。
「アイシクルテンペストォ!」
小さな氷の礫。
それが無数に乱れて通路を埋め尽くしていく。
バリエさんいわく、『魔物全体に氷属性の中ダメージを与える魔法』らしい。
魔法の発動までにすごく時間がかかるものの、威力はとんでもないものだった。
「バリエさんっ、これっ」
僕は魔力回復薬をインベントリから取り出して渡す。
「ありがとうセンっ」
一発一発の魔力消費量が大きいこともデメリットだろう。
特にインベントリが使えないバリエさんにはこまめに回復薬を渡さなくてはならないのだから。
こんな調子で、よくこんなにも深い階層へとやってこれたものだ。
それにはミアの助力もあったからに他ならない。
「向こうからも来るっ。
ここは私がやるからみんな避けてて」
先の戦闘ですぐには動けない状態の僕たちを、これでもかというくらいサポートしてくれるのがミア。
ヤマダさんに頼まれたものだから、嫌などとは一切言わずに真剣に戦闘に参加してくれているみたいだ。
『いけっ』と一声あげると、手のひらあたりに光が溢れ、次の瞬間にはバリエさんが使った氷の魔法に似た技を使っていた。
ここの階層にはエレメンタル種と呼ばれる魔物ばかりが出てくるようで、物理攻撃が当たらないわけではないがダメージは無いらしい。
ちょっとした時間稼ぎくらいには剣や弓を使うこともできるけれど、根本的に反属性と呼ばれる弱点の属性を持つ技が必要になるみたい。
無数の氷の礫は、通路の奥から出現した魔物を一掃する。
「ミア、ナイス!」
壁に背を寄せたコルンが言うと、ミアは答えるように右腕を前に突き出して親指を立てる。
『どういたしまして』とか、そういう意味で使う仕草だそうだ。
だが、前の階層を突破した勢いのまま進みはじめた101階層は、そう簡単にはいかなかった。
ダンジョンに入っていつも以上に時間も経ち、まずはコルンとアステアの動きが鈍っていた。
まぁ、相変わらずミアの攻撃は時間もかからず威力も高いので、問題無く進むことはできた。
使用回数には制限はあるようだけど、こんな時には本当に助かると思ってしまう。
しばらくは大丈夫だったのだが、いい加減次の階層への道が見つかってもいい頃なのだが、いつまでもそれは見つからない。
「やっぱりエレメントは嫌い。
私もアイテムの補充しなきゃいけないし、ここは一旦引くべき」
そう言葉を発したミアが、ケムリ玉を袖のどこかから取り出すと、ヒョイと投げつけて一目散に来た道へと引き返しはじめる。
「おっ、おい!
ちょっと待てよ、ここまで来たってのに戻るのかよ⁈」
慌てて僕たちもミアに続いて走る中、コルンは一歩遅れて叫びながらついてくる。
「道のわからない先に進むより、戻る方が安全。
アイテムの補充さえ出来れば進めるって分かったんだから焦っちゃダメ!」
冷静に戦況を判断しながらも、強い口調で僕たちに忠告をする小柄な少女ミア。
そんな見た目でも、やはり最も多くの場数を踏んできているのだろう。
歳の話はできないから、実際はどんなものなのかとは思うけれども……
出会った魔物にはひたすらケムリ玉を投げつけ走り続けていると、何かに気付いた様子のリリアが急にキョロキョロと周囲を気にしだしていた。
「あれっ? 私の書いた地図だとこっちに道があるはずなんだけど……」
少しして曲がり角に突き当たると、続いている道とは反対を指すリリア。
先頭を走っていたミアも立ち止まり、アステアとバリエさんは遠くに見えていた魔物にケムリ玉を投げつけている。
「何言ってんだよ、書き間違いじゃねぇのか?」
「コルンじゃないんだから、そんなミスしないわよっ!
戦いにも参加しないで書いてたんだもの、私が書いた地図は正確なはずよ」
リリアが地図の間違いを認めず、コルンは見えている道へと進もうと言う。
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「センはどう思うのよ?
さっきの通路にも、あるはずのない道があったし!」
「そ……それはほら、魔物も出るから慌てて間違えたんじゃないかって……」
リリアの書いた地図を信じたい気もちはあったけれど、つい心のどこかで思っていた疑いの気持ちが口に出る。
「走ってる間にこっちの方に間違えて来ちゃったんじゃない?」
テセスも手描きの地図を指でなぞりながらリリアに言う。
しばらく沈黙が続く。
魔物も見えなくなり、アステアとバリエさんもこちらの様子が気になるみたいだ。
ミアは……なにか壁を触りながら考えている様子だし。
「なんで信じてくれないのよっ。
もう知らないわよっ、好きに進めばぁ?」
急にポイっというか、バシッと地面に地図は叩きつけられて、リリアは怒ってそのまま壁に向かい寄りかかってしまう。
ただでさえ細かい地図なものだから、指を指していた場所も分からなくなり、それを拾い上げた僕もため息を一つ吐いて頭をポリポリと掻いていた。
「どうします?
このままここにいても仕方ないですし」
アステアが剣を鞘に収めながら近付いてくり。
ダンジョンの中は階層の入り口か出口に行けば外へは出れるのだが、その場所がわからないでいるのだ。
こうなってしまった今、僕たちのいる位置も曖昧になってしまい、戻るか進むかの判断も難しいところだろう。
「……」
ふと、ミアがジッとこちらを見ているのに気がつく。
「ミア、どうかした?」
僕が声をかけると、続けてテセスも『道がわかったの?』と聞いていた。
「いえ、あなた達……やっぱりよく生きてられたわね……なんて思っただけ。
ここで死にたいのならいつまでもそうやっていればいい……」
リリアの指していた方にあった壁に背を向け、もう一方の道へ歩き出すミアは、使い慣れていない手つきで一本の青い剣を取り出した。
それは魔銀のような輝く青ではなく、まるで深く透き通ったあの毒池のような色だった。
「え……⁈ ご、ごめん。
そんなつもりじゃなかったんだけど」
剣の見た目に気を取られ、一瞬遅れて僕はこれをかけ追いかける。
「みんなもだけど……セン、私はあなたがどうして魔王様に気に入られているのかわからない」
「それはどういう……」
「世界の危機だからっていう真剣さも感じないし、あなた、戦いの最中になにやってるのよ。
銃なんて武器をもって、それで属性弾でも撃ちたいのだとしても、あまりにも弱すぎるわ」
歩きながらミアは全員の悪い点を指摘し始める。
リリアはバリエさんの魔法を見てから、魔法の使用頻度が減っている。
それも回復やサポートメインで、戦いの最中は無駄なサポートが多すぎると言われていた。
バリエさんは一本調子、その魔法しか使えないのか?
アステアもせっかくの多いのスキルが無駄になっている。
この時代にまともなスキルを与えられた数少ない者だというのに、ステータスと剣技に頼りっきりだそうだ。
「あとコルン、経験が足りなさすぎ。
もっと毎日のように必殺技を使用していたなら、きっと今頃は奥義の習得もできていたでしょうに。
武器は持ち主に合わせて成長するタイプのものだから威力は問題ないみたいだけど、技が弱すぎるわ」
淡々と喋るミアに、それを聞いたコルンが足早に駆け寄っていく。
「お、俺の技って弱いのか⁈」
とても驚いた様子で尋ねていた。
「弱い、強い技を十としたら、あなたのは一か二ってところ。
そんなのじゃボス戦では使い物にならない」
技というものは、前にコルンやアッシュから聞いたように、使い続けるとより強い技を習得できるらしい。
そして最近三つ目の必殺技を習得し、威力も今までよりも高く攻撃範囲も広いと浮かれていたコルンだったのだが、今の表情はとても悲しそうなものだった。
「テセスはちゃんと役目をこなしているわ。
回復は完璧だし、周りが動きやすいように立ち回ったり、魔物のことも冷静に見ている」
順番に貶されたと思いきや、テセスのことは手放しで褒めていたミア。
少し後ろを歩いていたテセスにも聞こえてはいるのだろうけど、見つけた魔物にケムリ玉を投げつけていて、特にどうとも思っていない様子だ。
「センはもう少し……⁈ みんな動かないでっ」
ミアは、最後に僕への忠告をしようとしたときに何かに気付いた様子だった。
「どうかしたの?
何も見えないけど……」
不思議そうに声をかけると、『静かにしてっ!』と叱責されてしまった。
一度だけ見えた、あの大きな耳が動いているのだろう、ミアのフードの中がピクピクと動く様子が窺える。
僕も真似るように軽く目を瞑り、通路の奥に神経を集中させてみると、シャリ……シャリ……となにかが擦れるような音が聞こえてきたのだ。
「こっちはダメ! みんな、すぐに戻って!」
ミアは急に大声で指示を出すと、何か技を使う準備をしているようだ。
「え? ど、どうすれば良いの?」
踵を返すみんなと、その場に残ったミア。
それを見てどうしていいかわからない僕。
「私はアイツらの足止めをするのよっ!
邪魔だからさっさと逃げろって言ってるの!」
いつも以上に激昂したミアを見て、ここは従う他ないのだと、僕の身体は理解したようだ。
何かを考えるでもなく、ただ言われたままに、足早にその場を皆で立ち去るのみだった。
だが……
「あれ⁈ ねぇ、また道が消えてるっ!」
ミアを除く六人は、来た道を……いや、帰り道と思える道をさらに再び戻ろうとしていると、何故か先に道の無い行き止まりへと迷い込んでしまう。
「また道を間違えたんじゃ……いや、さすがに俺でもそれはないと分かる。
なにか変だぜ、このダンジョン」
コルンが分かると言うくらいだし、僕も……いや、皆がこの道が以前と違うことには気付いていた。
再び曲がり角まで戻ると、ちょうどミアが駆けてくるのが見えていた。
「ちょ、ちょっと⁈ なんで逃げてないのよ? 馬鹿なのアンタら!」
フードを脱いで、全力で向かってくるミアは、姿が見えた途端に僕たちに罵声を浴びせてくる。
時々後ろを気にしながら、エメラルドグリーンの髪を掻き乱すミア。
「ハァハァ……何やってるのよ?
早く逃げなきゃ、アイツらが来ちゃうじゃないのっ」
「それが……また道が消えちゃったみたいなのよ……」
ミアが息を切らしながら合流したのだが、テセスがそう説明すると、曲がり角の奥を覗くように見たミアは、しばらく動きが固まったままだった。
「だ、大丈夫……?」
色々と心配になり、小さく声をかける僕。
「ふふっ……そういうことね。
この階層がそうだったのね……さすが魔王様……」
しばらくしてミアはスッと顔を上げて振り向いた。
何か思い当たることがあるそうだが、それが本当なら、この状況はかなりマズイのだと言う。
「魔王様ネタ帳、その57。
ダンジョン内にギミックを設けて、通路を変化させる。
手順通りにギミックを起動させないと、先への階層は見つからない……だと思ってたわ。
でもギミックらしいものなんて無かったし、帰り道まで変化するなんて書いてなかった」
ミアがブツブツと何かを喋りながら考えているようだ。
どうやら大昔にヤマダさんが書いた、ダンジョン内の特徴や構想なんかを記したノートがあるらしい。
「だったら、その59。
深い深いダンジョンの最奥、その変化するダンジョンに終わりは無い。
それを終わらせるのはどちらかの全滅をもってのみ……
さて、名前はどうしよっかな?
集団でエレメンタルっぽい感じだから……」
ブツブツとミアが喋っていると、遂にその七体の魔物が姿を見せてきた。
今まで見てきたエレメンタルとは異なって、どこか朽ちたような人の形を成した魔物。
身につけたボロ切れに隠れるように、それぞれ武器も持っているようだ。
どうやらシャリシャリという音は、その武器のどこかに擦れる音のようだった。
そして、その音を聞くだけで、僕の身体は何故か竦んでしまうのだった。
「おいっアステア! 魔法、魔法だっ。
そっちの魔物は剣じゃ倒せないぞっ!
くらえっ、氷蟲の陣!」
コルンの覚えたての技は、放った矢を中心に氷の円陣が浮かび上がり、周囲一帯の魔物に属性ダメージを与えるというのもだった。
「わ、分かっていますけどっ動きが早くてっ」
剣技に関しては、やはりまだまだ若いこともあって、魔物からの攻撃を捌くことで手一杯の様子のアステア。
雫龍の迷宮、それが四龍のうち第二の龍が出るダンジョンの名前らしい。
前回よりさらに深く、百階層を超えてもダンジョンは続いているのだった。
出てくる魔物はどれもボスじゃないのかと思うくらい強く、その分経験値も多く貰えるようだ。
レベルも少しずつ上がっており、コルンとアステアが一番高く『レベル103』らしい。
なんとなく『レベル100』で止まってしまうような気がしたんだけど、そんなことはないみたいだ。
バリエさんは自分のステータスがわからないと言っているけど、強力な魔法を使えるようになってからは僕よりもたくさんの魔物を倒している。
「二人とも、詠唱が終わりましたっ!
魔法を使うので離れてください!」
先の方がチリチリと光った杖を、バリエさんが正面に構える。
魔法の詠唱が終わると、後は魔法名を言うだけで発動するので、ある程度はタイミングも合わせることができる。
前もって詠唱しておいてから戦闘に入ればいいんじゃないかという提案もあったのだけれど、詠唱後はせいぜい十秒くらいしか持たないようだ。
「アイシクルテンペストォ!」
小さな氷の礫。
それが無数に乱れて通路を埋め尽くしていく。
バリエさんいわく、『魔物全体に氷属性の中ダメージを与える魔法』らしい。
魔法の発動までにすごく時間がかかるものの、威力はとんでもないものだった。
「バリエさんっ、これっ」
僕は魔力回復薬をインベントリから取り出して渡す。
「ありがとうセンっ」
一発一発の魔力消費量が大きいこともデメリットだろう。
特にインベントリが使えないバリエさんにはこまめに回復薬を渡さなくてはならないのだから。
こんな調子で、よくこんなにも深い階層へとやってこれたものだ。
それにはミアの助力もあったからに他ならない。
「向こうからも来るっ。
ここは私がやるからみんな避けてて」
先の戦闘ですぐには動けない状態の僕たちを、これでもかというくらいサポートしてくれるのがミア。
ヤマダさんに頼まれたものだから、嫌などとは一切言わずに真剣に戦闘に参加してくれているみたいだ。
『いけっ』と一声あげると、手のひらあたりに光が溢れ、次の瞬間にはバリエさんが使った氷の魔法に似た技を使っていた。
ここの階層にはエレメンタル種と呼ばれる魔物ばかりが出てくるようで、物理攻撃が当たらないわけではないがダメージは無いらしい。
ちょっとした時間稼ぎくらいには剣や弓を使うこともできるけれど、根本的に反属性と呼ばれる弱点の属性を持つ技が必要になるみたい。
無数の氷の礫は、通路の奥から出現した魔物を一掃する。
「ミア、ナイス!」
壁に背を寄せたコルンが言うと、ミアは答えるように右腕を前に突き出して親指を立てる。
『どういたしまして』とか、そういう意味で使う仕草だそうだ。
だが、前の階層を突破した勢いのまま進みはじめた101階層は、そう簡単にはいかなかった。
ダンジョンに入っていつも以上に時間も経ち、まずはコルンとアステアの動きが鈍っていた。
まぁ、相変わらずミアの攻撃は時間もかからず威力も高いので、問題無く進むことはできた。
使用回数には制限はあるようだけど、こんな時には本当に助かると思ってしまう。
しばらくは大丈夫だったのだが、いい加減次の階層への道が見つかってもいい頃なのだが、いつまでもそれは見つからない。
「やっぱりエレメントは嫌い。
私もアイテムの補充しなきゃいけないし、ここは一旦引くべき」
そう言葉を発したミアが、ケムリ玉を袖のどこかから取り出すと、ヒョイと投げつけて一目散に来た道へと引き返しはじめる。
「おっ、おい!
ちょっと待てよ、ここまで来たってのに戻るのかよ⁈」
慌てて僕たちもミアに続いて走る中、コルンは一歩遅れて叫びながらついてくる。
「道のわからない先に進むより、戻る方が安全。
アイテムの補充さえ出来れば進めるって分かったんだから焦っちゃダメ!」
冷静に戦況を判断しながらも、強い口調で僕たちに忠告をする小柄な少女ミア。
そんな見た目でも、やはり最も多くの場数を踏んできているのだろう。
歳の話はできないから、実際はどんなものなのかとは思うけれども……
出会った魔物にはひたすらケムリ玉を投げつけ走り続けていると、何かに気付いた様子のリリアが急にキョロキョロと周囲を気にしだしていた。
「あれっ? 私の書いた地図だとこっちに道があるはずなんだけど……」
少しして曲がり角に突き当たると、続いている道とは反対を指すリリア。
先頭を走っていたミアも立ち止まり、アステアとバリエさんは遠くに見えていた魔物にケムリ玉を投げつけている。
「何言ってんだよ、書き間違いじゃねぇのか?」
「コルンじゃないんだから、そんなミスしないわよっ!
戦いにも参加しないで書いてたんだもの、私が書いた地図は正確なはずよ」
リリアが地図の間違いを認めず、コルンは見えている道へと進もうと言う。
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「センはどう思うのよ?
さっきの通路にも、あるはずのない道があったし!」
「そ……それはほら、魔物も出るから慌てて間違えたんじゃないかって……」
リリアの書いた地図を信じたい気もちはあったけれど、つい心のどこかで思っていた疑いの気持ちが口に出る。
「走ってる間にこっちの方に間違えて来ちゃったんじゃない?」
テセスも手描きの地図を指でなぞりながらリリアに言う。
しばらく沈黙が続く。
魔物も見えなくなり、アステアとバリエさんもこちらの様子が気になるみたいだ。
ミアは……なにか壁を触りながら考えている様子だし。
「なんで信じてくれないのよっ。
もう知らないわよっ、好きに進めばぁ?」
急にポイっというか、バシッと地面に地図は叩きつけられて、リリアは怒ってそのまま壁に向かい寄りかかってしまう。
ただでさえ細かい地図なものだから、指を指していた場所も分からなくなり、それを拾い上げた僕もため息を一つ吐いて頭をポリポリと掻いていた。
「どうします?
このままここにいても仕方ないですし」
アステアが剣を鞘に収めながら近付いてくり。
ダンジョンの中は階層の入り口か出口に行けば外へは出れるのだが、その場所がわからないでいるのだ。
こうなってしまった今、僕たちのいる位置も曖昧になってしまい、戻るか進むかの判断も難しいところだろう。
「……」
ふと、ミアがジッとこちらを見ているのに気がつく。
「ミア、どうかした?」
僕が声をかけると、続けてテセスも『道がわかったの?』と聞いていた。
「いえ、あなた達……やっぱりよく生きてられたわね……なんて思っただけ。
ここで死にたいのならいつまでもそうやっていればいい……」
リリアの指していた方にあった壁に背を向け、もう一方の道へ歩き出すミアは、使い慣れていない手つきで一本の青い剣を取り出した。
それは魔銀のような輝く青ではなく、まるで深く透き通ったあの毒池のような色だった。
「え……⁈ ご、ごめん。
そんなつもりじゃなかったんだけど」
剣の見た目に気を取られ、一瞬遅れて僕はこれをかけ追いかける。
「みんなもだけど……セン、私はあなたがどうして魔王様に気に入られているのかわからない」
「それはどういう……」
「世界の危機だからっていう真剣さも感じないし、あなた、戦いの最中になにやってるのよ。
銃なんて武器をもって、それで属性弾でも撃ちたいのだとしても、あまりにも弱すぎるわ」
歩きながらミアは全員の悪い点を指摘し始める。
リリアはバリエさんの魔法を見てから、魔法の使用頻度が減っている。
それも回復やサポートメインで、戦いの最中は無駄なサポートが多すぎると言われていた。
バリエさんは一本調子、その魔法しか使えないのか?
アステアもせっかくの多いのスキルが無駄になっている。
この時代にまともなスキルを与えられた数少ない者だというのに、ステータスと剣技に頼りっきりだそうだ。
「あとコルン、経験が足りなさすぎ。
もっと毎日のように必殺技を使用していたなら、きっと今頃は奥義の習得もできていたでしょうに。
武器は持ち主に合わせて成長するタイプのものだから威力は問題ないみたいだけど、技が弱すぎるわ」
淡々と喋るミアに、それを聞いたコルンが足早に駆け寄っていく。
「お、俺の技って弱いのか⁈」
とても驚いた様子で尋ねていた。
「弱い、強い技を十としたら、あなたのは一か二ってところ。
そんなのじゃボス戦では使い物にならない」
技というものは、前にコルンやアッシュから聞いたように、使い続けるとより強い技を習得できるらしい。
そして最近三つ目の必殺技を習得し、威力も今までよりも高く攻撃範囲も広いと浮かれていたコルンだったのだが、今の表情はとても悲しそうなものだった。
「テセスはちゃんと役目をこなしているわ。
回復は完璧だし、周りが動きやすいように立ち回ったり、魔物のことも冷静に見ている」
順番に貶されたと思いきや、テセスのことは手放しで褒めていたミア。
少し後ろを歩いていたテセスにも聞こえてはいるのだろうけど、見つけた魔物にケムリ玉を投げつけていて、特にどうとも思っていない様子だ。
「センはもう少し……⁈ みんな動かないでっ」
ミアは、最後に僕への忠告をしようとしたときに何かに気付いた様子だった。
「どうかしたの?
何も見えないけど……」
不思議そうに声をかけると、『静かにしてっ!』と叱責されてしまった。
一度だけ見えた、あの大きな耳が動いているのだろう、ミアのフードの中がピクピクと動く様子が窺える。
僕も真似るように軽く目を瞑り、通路の奥に神経を集中させてみると、シャリ……シャリ……となにかが擦れるような音が聞こえてきたのだ。
「こっちはダメ! みんな、すぐに戻って!」
ミアは急に大声で指示を出すと、何か技を使う準備をしているようだ。
「え? ど、どうすれば良いの?」
踵を返すみんなと、その場に残ったミア。
それを見てどうしていいかわからない僕。
「私はアイツらの足止めをするのよっ!
邪魔だからさっさと逃げろって言ってるの!」
いつも以上に激昂したミアを見て、ここは従う他ないのだと、僕の身体は理解したようだ。
何かを考えるでもなく、ただ言われたままに、足早にその場を皆で立ち去るのみだった。
だが……
「あれ⁈ ねぇ、また道が消えてるっ!」
ミアを除く六人は、来た道を……いや、帰り道と思える道をさらに再び戻ろうとしていると、何故か先に道の無い行き止まりへと迷い込んでしまう。
「また道を間違えたんじゃ……いや、さすがに俺でもそれはないと分かる。
なにか変だぜ、このダンジョン」
コルンが分かると言うくらいだし、僕も……いや、皆がこの道が以前と違うことには気付いていた。
再び曲がり角まで戻ると、ちょうどミアが駆けてくるのが見えていた。
「ちょ、ちょっと⁈ なんで逃げてないのよ? 馬鹿なのアンタら!」
フードを脱いで、全力で向かってくるミアは、姿が見えた途端に僕たちに罵声を浴びせてくる。
時々後ろを気にしながら、エメラルドグリーンの髪を掻き乱すミア。
「ハァハァ……何やってるのよ?
早く逃げなきゃ、アイツらが来ちゃうじゃないのっ」
「それが……また道が消えちゃったみたいなのよ……」
ミアが息を切らしながら合流したのだが、テセスがそう説明すると、曲がり角の奥を覗くように見たミアは、しばらく動きが固まったままだった。
「だ、大丈夫……?」
色々と心配になり、小さく声をかける僕。
「ふふっ……そういうことね。
この階層がそうだったのね……さすが魔王様……」
しばらくしてミアはスッと顔を上げて振り向いた。
何か思い当たることがあるそうだが、それが本当なら、この状況はかなりマズイのだと言う。
「魔王様ネタ帳、その57。
ダンジョン内にギミックを設けて、通路を変化させる。
手順通りにギミックを起動させないと、先への階層は見つからない……だと思ってたわ。
でもギミックらしいものなんて無かったし、帰り道まで変化するなんて書いてなかった」
ミアがブツブツと何かを喋りながら考えているようだ。
どうやら大昔にヤマダさんが書いた、ダンジョン内の特徴や構想なんかを記したノートがあるらしい。
「だったら、その59。
深い深いダンジョンの最奥、その変化するダンジョンに終わりは無い。
それを終わらせるのはどちらかの全滅をもってのみ……
さて、名前はどうしよっかな?
集団でエレメンタルっぽい感じだから……」
ブツブツとミアが喋っていると、遂にその七体の魔物が姿を見せてきた。
今まで見てきたエレメンタルとは異なって、どこか朽ちたような人の形を成した魔物。
身につけたボロ切れに隠れるように、それぞれ武器も持っているようだ。
どうやらシャリシャリという音は、その武器のどこかに擦れる音のようだった。
そして、その音を聞くだけで、僕の身体は何故か竦んでしまうのだった。
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