スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)

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2巻

2-1

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 3章《レベル》



 1話


 啓示の儀式で、これまで誰も聞いたことがないスキル【合成】を授かった僕――センは、故郷のエメル村を出て、一人で村の東にある荒野を歩いている。
 魔符の材料となるコピアの木を入手すべく、隣国エンドリューズに向かっているのだ。
 しばらく前、ひょんなことから知り合った魔王のヤマダさんに、世界には僕たちが知らない強力な魔物がたくさんいて、今の力では自分たちの身を守れないと告げられた。強くなるためには、スキルレベルとは別の、身体的な「レベル」を上げないといけないらしい。
 どうしてヤマダさんが僕たちに助言するのかはわからないけれど、サラマンダーと戦って自分の弱さを痛感した僕は、友人たちとともにレベル上げをすることにした。
 今度はボスモンスターの絡新婦じょろうぐもでレベル上げをしようと考えているのだが、それを倒すには魔符がたくさんあったほうがいい。だから、コピアの木を求めて村を出発した、というわけだ。
 村の外には当然と言うべきか、魔物たちが多く存在していて、今僕の目の前にいるレイラビットがその代表的なもの。
 最弱とされているレイラビットぐらいなら、何匹集まってこようと、今の僕の敵ではない。
 しかし、レイラビットの棲息地である草むらを越えると危険だ。
 草むらの先にはメイスファングという狼の魔物がいて、その鋭く長い牙は、鉄製の鎧ですら簡単に貫いてしまう。
 行商人ならば、自前の馬車で戦闘になる前に走り抜けられるし、『ケムリ玉』があれば大量に使用して逃げることもできる。
 一人旅の今の状況では後者一択なのだろうけれど、僕はそのどちらも選択しない。
 今はまだ友人のリリアに調べてもらっているところだが、絡新婦じょろうぐも以外の『ボス』ともいつかどこかで戦う必要があるだろうし、それまでに戦闘技術を身につけておきたい。
 だから、訓練のためにメイスファングと戦ってみようと思っている。
 レベルが多少上がったし、【合成】で作った武具があれば何とかなるかな、と軽く見ているところもあるけれど。
 ちなみに装備品は、魔銀ミスリルの剣と防具。それと、魔物の弱点を突くために、以前リリアに渡した指輪と似たものを一つ作り、四大属性は全て使えるように魔法媒体のルースを組み込んでおいたくらいだろうか。
 他には、おさなじみのテセスがくれたダガーを身につけている。
 お守りの意味もあるけれど、洞窟みたいな狭いところだと長剣じゃ扱いにくいので、ダガーがあったほうが安心だ。
 村を出て、大体一時間くらい経っただろうか。
 レイラビットのいる草むらを越えると、見渡す限りの荒野が広がっている。
 荒れた大地は、僕の不安を増幅させる。
 足早に歩いていると、さっそく一匹のメイスファングが僕のことをぎつけたようだ。
 メイスファングは牙をき出し、緩急をつけたちょうやくで僕との間合いを詰めた。
 左右にも跳ね、僕が逃げないとわかると周囲をゆっくり歩き回る。
 なかなか攻撃に転じてこないものだから、僕も徐々に疲れてきた。もしかしたら、それが狙いなのかもしれないな。
 メイスファングが大きく跳躍して着地した瞬間が、一番隙が大きくなるのだろうか?
 あるいは、まっすぐこちらに向かって来た時に魔法か剣で迎え撃つべきか?
 弱点は何の属性だろうかとも考えながら、僕は絶えず剣をメイスファングに向けている。

「あ……これじゃダメだ、待つんじゃなくて、さっさと片付けなきゃ……」

 今、僕の前にいるメイスファングは一匹。
 でも、敵が常に一匹とは限らないし、仲間が現れる可能性もある。
 実力が拮抗しているなら多少時間がかかっても仕方ないが、今僕に必要なのは、瞬時に判断し、いかなる状況にも対応できるようになること。
 突如ボスと遭遇して戦いになる可能性がないとも言えないし、その時は以前と同じく転移ができないかもしれない。
 ならば、最善の行動がとれなかったとしても一つ一つの戦闘で経験を積み、判断力と行動力を鍛えることが重要だろう。
 リリアのように聡明な頭脳を持っているわけでもないのだから、身体で覚えていかなくては。
 そう思えば、やることは単純だった。
 メイスファングが着地した一点をめがけて、火魔法を放つ。
 狙いが甘くタイミングも遅いから、すぐに避けられてしまった。
 こういう素早い魔物相手なら、一点ではなく広範囲の魔法のほうがいいだろう。
 まだ瞬時に判断をして狙いを定めるほどの実力はないから。
 次は風の刃を、何枚も重ねて逃げ道がないように放つ。
 その一撃でかなりのダメージを与えることができ、メイスファングは動きを止めてしまった。
 そうなっては練習台にもならないので、後は確実に息の根を止めて、次の魔物が現れるまで荒野を進む。
 さっきのメイスファングが中級魔石らしきものを落としたみたいだが、拾っているうちに不意打ちを食らってはたまらない。
 惜しい気もするが、今は安全を最優先しようと思う。
 再びメイスファングが現れ、今度は出現と同時に僕から接近しながら簡単な風魔法を放つ。
 向かい風でひるんだ狼は、前足の爪を地面に食い込ませ、頭を下げて風に抵抗した。
 まだ距離はあるが、それでも狙いを定めるには十分楽になった。
 素早く魔力を一点に集中させ、鋭い水槍が狼を襲う。
 水と氷を単純に比べれば氷のほうが物理的な威力はあるのだけど、剣に施された魔文字一つの氷よりも、五文字重ねた水魔法のほうが間違いなく強い。
 メイスファングには、火も風も水もそれなりに効いているようだが、逆に弱点らしいものも見つけられなかった。
 三度目の戦闘は、三匹の群れ。
 茶色い体毛のメイスファングは、三匹が身体を休めていた岩と同化していたために、僕は気づくのが遅れてしまった。
 すぐさま放った広範囲の風魔法は、向かってくる二匹のメイスファングを怯ませる。
 だが、二匹を盾にして上手くその魔法から逃れた残りの一匹は、次の瞬間には僕の腕にみつき、牙で肉を大きくえぐった。

「ぐぅぅ……!!」

 声にならないほどの痛みに襲われ、苦痛にもだえてしまう。
 全く油断したつもりはない。これが僕の実力なのだ。
 では、今するべきことは何か?
 まともに前も向けない、そんな状況で戦いを続けられるわけがない。
 だったらもう仕方がない、転移で帰還しよう……


 ◆ ◆ ◆


 次の瞬間には、僕は自分の部屋にいる。
 ただ、腕からポタポタと血がしたたり落ちていて、鮮やかな赤に濡れた床は徐々に赤黒く変色していった。
 中級ポーションを使用すると、すぐに痛みは引き、徐々に抉れた肉も戻っていく。
 どうやらこれほどの傷を負っても回復は可能なようだ。
 だが、やはりやられた時の痛みはつらく、まともに戦闘できない。
 力の差が歴然としており、一撃でも食らったら一方的に捕食されるのみだ。
 今回のことで、強い魔物というのは高い攻撃力と防御力、その両方を備えているのだと理解した。
 どの属性でも簡単に倒せそうにないなら、早く身を引いたほうがいい。ボスでない魔物からは、きっと経験値を得られないと思うし。
 メイスファングが落としたのは中級魔石のようだった。つまり、僕にはまだ中級魔石しか落とさない魔物の相手すら難しいということなのだろう。
 リザードは魔法で楽に倒せていたが、あれはたまたま相性が良かっただけなのかもしれない。
 多少レベルが上がって、頑丈になったと思っていた自分でもこれなのだ。
 まだレベルアップしていない村き冒険者のアッシュや、幼馴染のコルンならば、一撃で気を失っていたかもしれない。
 やはりここから先、レベル上げなくしてはともに旅に行くなど無理なのだろうか?
 そうなると、やはりコピアの木を入手して狩りをする必要がある。

「別ルートを探すか……」

 エンドリューズに行く道は、別に平原を突っ切るだけではない。
 北の山越えルートならば、きっとメイスファングに出会うことはないだろう。
 他の強力な魔物がいる恐れもあるから、それが吉と出るか凶と出るかはわからないが、少なくとも平原を越えるよりは可能性はあるだろう。
 作り置きの中級ポーションを少し多めに持って、僕は山の頂上付近にある洞窟へと転移した。
 つまり、絡新婦じょろうぐものいた洞窟の前に、だ。
 もちろん、心配はかけたくないので周りには何も伝えていない。
 たとえ『手伝う』と言われても僕やリリアのようにレベルが上がっているわけではないし、下手をすれば足手まといにもなりかねない。
 念のために残っていた魔符を二枚、そしてケムリ玉も多めに持った。
 いざという時に必ず使えるとは限らないけれど、転移できない場合なんかは、これで逃げられる可能性がわずかでもあるかもしれない。
 山をさらに登り、頂上までたどり着く。
 ……まぁ登りきったからって別に景色が良いわけではなく、うっそうと生えた木々が立ち並ぶだけ。
 そこに足を踏み入れた瞬間、とても嫌な気配を感じた。
 たぶん、かすかに揺れ動いた木々や葉の擦れ合った音なんかが、僕の不安をあおるのだろう。
 僕には確実に、『強い魔物がいる』と感じられた。
 ――このルートはダメだ、実力の差があり過ぎる。
 誰かにそう言われているようだった……
 他の道としては、西から大きく山をかいするルートか、南にある森から回り込むルート。
 ここまで来ると、行商人のデッセルさんを待って一緒にエンドリューズに行ったほうが早いのかもしれないとも思うが、長いときには半年くらい来ないからな。

「よし、森から進んでみるか」

 理由は、森の魔物はそれほど強くないことを知っているから。
 と言っても、南の森に出るノーズホッグという豚の魔物は非常に強力な突進攻撃をしてくるし、少し奥には猛毒を持つベノムバイパーもみついているそうだから、毒消し薬も必要になる。
 ただ、僕は森の入り口まではよくコルンと来ていた。そのうえ、ノーズホッグとの戦闘も経験している。特殊解毒薬は、昔作ったものを使えばいいだろう。
 そうして僕は森に入っていった。
 鬱蒼と生い茂る木々は日光を遮り、辺りは夜かと思うほど暗い。

「明かりを持ってきて正解だな」

 身につけると自動的に発光するイヤリングのおかげで、周囲は明るく照らされている。
 その光に驚いた小動物やコウモリが、ガサガサと葉を揺らしている気配もあった。
 しばらく進み、さっそく現れたノーズホッグは僕の剣の一太刀で沈む。得られた魔石は普通のものだった。

「うん、多分これが僕にとっての『丁度いい』なんだろうな」

 周囲の魔素は薄く、極端に強い魔物が出るとは思えない。
 若干、どこからか誰かに睨まれているような気配はしていたが……
 頭上から聞こえる葉の擦れ合う音、そして魔物が現れた時に辺りに響くほうこう
 道はけわしく、暗くて遠くは見通せない。
 そんな中で、僕は耳のイヤリングが放つ光だけを頼りにして森の奥深くへ進んでいった。
 何体もの、何十体ものノーズホッグを倒しながら。



 2話


 森の戦闘でもいくつか気づいたことはあった。
 イヤリングの光が作る影が、僕に余計な情報をたくさん与えてくる。
 魔物がいなくてもそうだし、戦闘中だとなおさら注意が逸らされて危ない。
 周囲でチラチラと形を変えながら揺れ動く影の存在は、下手な魔物よりもタチが悪いのかもしれない。
 まぁそれでも僕は、ノーズホッグに負けるつもりはない。

「もう蛇のいるところまで来たか……」

 少し奥に、シュルシュルとウネりながら移動する細長いものは、きっと魔物のそれなのだろう。
 ベノムバイパーは近寄った者に突如咬みついて襲ってくる。
 それを防ぐために、家で足首に布を厚めに巻いてきたのだが、これは毒対策ではなく、あくまでも咬まれて痛い思いをしないように。
 ちゃんと毒消し薬もたくさん持ってきている。

いったっ!?」

 突如首筋に走る痛み。ベノムバイパーだ。
 それは、前にいる魔物にばかり気を取られていた僕をいましめるのに十分な一撃。
 たいしてダメージはないといっても、皮膚の弱い部分を咬みつかれ、最大限警戒をしていたつもりだった僕は素直にショックを受けていた。
 毒の症状は、身体のしびれと痛み。
 すぐに毒消し薬を飲んだため、その症状はスッと治ったのだけど、あまり連続で受け続けると手が痺れで動かなくなり、薬を飲むこともできなくなるかもしれない。
 剣で斬りつけると、こちらの魔物も普通の魔石を落とした。
 次から次へと現れるベノムバイパー。
 時には頭上の木の枝から、また時には地をって十何匹も群れてやってきた。
 だいたいは剣の一撃で倒すことができるのだけど、意表を突いてありとあらゆる攻撃を仕掛けてくる。
 特殊解毒薬があったとしても、レベルの上がっていない僕ではやられていたに違いない。
 二年前のアッシュは、それをキッチリ片付けていた。
 剣の腕も周囲を警戒する力にも、それほどまでの差があるのだと感じてしまった。
 ベノムバイパーを一通り撃退し終えると、僕はすぐに進み始める。
 なんとなく道になっている、木々の幅の広いところを歩いているのだが、たぶん西に向かっているのだと思う。
 まるで案内するかのごとく、木々が立ち並んでいるのだ。
 ベノムバイパーにも少しは慣れてきて、頭上からの強襲には対応できるようになったが、まだまだ無傷でいられるにはほど遠い。
 どんどん進み続け、ベノムバイパーを百も倒した頃には、周囲の雰囲気が変わっていた。
 少しずつ頭上から光が差すようになり、森の中に小さな湖が姿を現した。
 この周囲だけは魔物がいないんじゃないだろうか?
 そんな気にさえなるほどの清々すがすがしい空気と、青く澄み切った水源がそこに広がっている。
 現に泳いでいる生き物など見えないし、あれほど暗く恐ろしい雰囲気だった森の中も、振り返れば木々が生い茂っているようにしか見えない。
 森での戦闘は、わずか一、二時間のことなのだろうけれど、僕の精神を疲弊させるには十分。
 慣れない戦闘に集中していたため、もう丸一日続けていたかと思えるほどに、腕は疲れで重く感じられ、喉もかわいていた。
 目の前の水はとても澄んでいるので、これに何か有害なものが入っているとは一切思わなかった。
 まぁ、不用心だと言われればそうなのかもしれない。
 生き物一匹すら棲んでいない湖の水を、なぜ飲めると思ったのか?
 猛毒だったら、僕はここで命を落とすことになるだろう。
 だが、そんな考えは微塵も浮かばず、気づけば水をひとすくいし、口に運んでいた。

「あれ? 疲れが消えたような……」

 再び力がみなぎってくる。この効果は、中級ポーションでは得られないほど。
『こんなに回復効果があるのなら』と、飲み干して空いていた小瓶に水を詰め、ひとまず二本だけ袋に入れた。
 これを売って大金持ち、なんてことが簡単にできてしまうかもしれない。
 そんなことを考えながら、湖を正面に左へと曲がり、道が途切れた先にある森へと再び入っていく。
 先ほどの湖のある場所で見た日差しの角度から、たぶん今は東に向かっていると思う。
 不気味なのは、先ほどから魔物の姿がないことだ。
 それ自体は非常にありがたいのだけど、理由がわからないというのはどうにも不安を掻き立てられてしまう。

「また広い場所に出たな……。今度は湖でもないみたいだし、なんでここだけ木が生えていないんだ?」

 そこだけ、ぽっかりと穴が空いている。
 まるで木々が生えるのを許されていないかのように……
 広い空間では、どこか解放された気分になって、少し気が緩んでしまうことがある。
 それでも僕は、決して油断したつもりはなかった。
『やってしまった』と気づいたのは、正面に魔物が現れた直後。
 二足で歩く大きな牙と豚の顔を持つ、見たことのない魔物。
 全身やや緑がかった肌色に、背丈は二メートルほど。
 下半身にはボロ布をまとい、大きなお腹と、手には木でできた太いこんぼう
 想定外の魔物と遭遇したら、情報整理や準備のために、一度村へ引き返すべきだろう。
 すぐさま村へ転移しよう……としたところで初めて、この魔物が『ボス』なのだと気づかされた。
 転移の魔法は発動せず、ふと後ろを見ると、今来たはずの道は消えている。
 周囲の木々は隙間なく生えており、小動物が通れるほどのすきしかない。
 サラマンダーの時は気づかなかったが、これはボスと戦う時には必ず起こる現象なのではないか?
 そうだとしたら、脱出できるのはボスを倒した後……
 これはかなりマズイ状況だ。
 今は僕一人。リリアもいれば、どちらかが敵の気を引いて少しは攻撃を仕掛けられるだろうが、それもできない。
 可能性は考えていたけれど、まさか実際にボスと遭遇するなんてな……

「くそっ、やるしかないってことか……」

 ともかく、この豚……のような人間? は、勢いよくこちらに向かってくる。
 絡新婦じょろうぐもと違って、様子を見たりはしないようだ。
 あと数メートルというところまで近づいてくると、豚人間は手に持っていた棍棒を高く振り上げて、叫びながら叩きつけてきた。
 ドンッ!! と一発、地面を強く打ちつけた衝撃が、僕の身体を走る。
 避けたというのに、その衝撃によって僕の動きはほんの一瞬だが止められてしまった。
 すぐに棍棒を掲げて、横に大きく振り回す豚人間。
 豚人間は、一切容赦なく僕の身体を横から叩いてきた。
 正直、横からの衝撃で良かった。衝撃が反対側に逃げてくれたおかげで、多少痛い思いをしたものの、動けなくなるほどのダメージは受けていない。
 棍棒が当たる瞬間には、なんとかその攻撃を両腕で防いだのだけど、腕は痺れが残るぐらいで動かす分には問題なかった。
 離れながら、すぐに魔法を発動。
 見た感じ、攻撃方法はあの棍棒だけかもしれない。
 今も突進してきていることから、遠距離は苦手と見た。
 風魔法で吹き飛ばそうとしたのだが、巨体のせいか、ほとんど距離は遠ざからない。
 しかしながら風がうっとうしかったらしく、棍棒を額に当てて僕の魔法を防いでいた。
 しかも、目を閉じている。
 それは僕にとって、アドバンテージをとる絶好のチャンス。
 数メートルの距離を一気に詰め、両足の間から後ろに回り込む。
 すぐに振り返って豚人間の首筋に斬りかかった。
 視界から僕の姿が消え、それを探して首を振っている豚人間に、一撃を与えるのはそれほど難しいことではなかった。
 僕は、数センチの深さで斬りつけることに成功したが、豚人間が倒れたりはしない。
 それどころか、僕が後ろにいることに気づいた豚人間が棍棒を振り回しながら振り向いたため、棍棒が僕の左腕を直撃してしまった。
 普通ならば避けられそうな速度だが、着地して体勢を崩していた僕には無理だった。
 棍棒による右上からの一撃、そして流れるように次は左から。
 剣を持つ右腕と左脇腹へ打撃を受け、その衝撃で僕は数メートル吹き飛ばされる。
 痛みはある。が、悶絶するほどではない。

「どうしても勝てないってほどの相手じゃあないな」

 もしかしたら、サラマンダーに代わるレベル上げに丁度いいボスを見つけたかもしれない。
 サラマンダーや絡新婦じょろうぐもに続き、まさかこんな身近にボスモンスターが見つかるとは思っていなかった。
 最初は『ふざけるな』と感じていたが、本当に各地に多く存在しているのなら、自分たちに合ったレベルのボスを見つけて倒せばいいのかもしれない。
 ただ、そのためにわざわざ戦いを挑んで殺されでもしたら、元も子もないわけだが。
 おそらくこの豚人間は、僕のレベルより1か2かは下だろう。
 棍棒の直撃を受けたというのに、僕はそれなりに動けているのだし。
 だったら、そう恐れる必要はないかもな。
 僕は前を向き、こちらにゆっくりと迫ってくる豚人間に剣を向ける。
 三メートルほどの距離まで来た時、突如豚人間は口から胃液らしき液体を飛ばしてきた。
 それをもろに足にかぶってしまい、痺れるように痛い。
 痛みもさることながら、汚されたという不快感。
 戦いが終わったら、先ほどの湖でしっかりと洗い流してやろう。
 若干のいらちを感じながらも、今度はこちらから接近し、豚人間が横に振るってきた棍棒をバックステップでかわした。
 近寄り始めてからそれまでの間に溜めていた火魔法を、僕は豚人間の顔めがけて放つ。
 魔法はなかなかの効果を与えているようで、豚人間は棍棒を手放し、燃える頭を両の手で押さえていた。
 もしかしたら脂が多く、燃えやすいのかもしれない。
 まぁそんなことはともかく、今は一刻も早く倒してしまいたい。
 武器を手放したとはいえ、二メートルの巨体に近づくのは危険だろうか。
 再び遠くから狙いを定め、強力な火魔法を放つ。
 その一撃を受け、豚人間は全身を焦がし、息絶えたのだった。
 そして僕に訪れるレベルアップ。
 何か聞こえるでもなく、目に見えるでもない、経験値の恩恵。
 身体がより軽く感じられ、力が湧いてくる感覚。
 気づけば木々の間隔も広がり、来た道ともう一方の道ができている。
 それにより、一つの推測が確信に変わった。
 ボス戦から逃げ出すことはできないのだろう。
 何がそういった現象をもたらしているのかといえば、思い当たるものが一つ、あるにはある。
『世界樹』、またはユグドラシルと呼ばれる大樹の存在。
 先代魔王が世界のことわりを変えるために力を与えた
 とにかく今回は運良くボスを倒すことができ、大きなダメージを受けることもなかった。
 袋から一本の小瓶を取り出し、それを一気に飲み干す。
 先ほど汲んだばかりの湖の水だ。

「ん? なんの効果もない?」

 棍棒で打たれた両腕の痛みは残っており、足の痺れも消えていない。
 それに、力が湧いてくる感じは微塵もしなかった。
 もう一本も飲んでみるが、やはり同じ。
 仕方なく中級ポーションで回復しようとしたのだが、それを口にする直前、僕はふと試してみたいことを思いついた。

「もう一回、湖に行って飲んでみるか……」

 どうせ胃液で汚されてしまった足を洗うために戻るのだ。まぁ当然、洗うのは飲んだ後だが。
 そして再び湖の水を飲んで、わかったことが一つ。

「まさか、この湖から直接飲まないと意味がないのかな……」

 ボス戦の直前に傷をいやす湖があるなんて、まるでこの水を飲んで戦いに備えなさいと言われているかのようだ。
 全回復できるほどの力を持った湖、仮に名前をつけるとしたら何と呼ばれるのだろうか?
『回復の泉』とか、そんな名前かな。
 ともかく、小瓶に入れてポーション代わりにはできないことはわかった。
 けれど、僕たちは一度訪れた場所には転移でいつだって来られるのだし、とんでもないものを見つけたことに変わりはない。
 あぁ、でもボス戦の最中は転移ができないし、戦闘中にここに来ることは無理かな?
 やっぱりしっかりと準備はしておかなくてはいけないのか……


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