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6章《吹っ切れ》
14話
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エメル大迷宮に入る冒険者は少ない。
強制的に外に出されてしまう他のダンジョンとは違い、大昔にヤマダさんがユーグに作らせた、死と隣り合わせのダンジョン。
それとは離れた場所へ向かうのに、エメル大迷宮の横を通り過ぎてさらに進んでいる。
「確かに、このような洞穴は、王都の周りにも存在しておったが、ここは他とは違うのかね?」
「んー……まぁ、隊長さん程度で、どうにかなるような場所ではないと思いますけど」
カンブリス隊長の問いに、若干苛立っていた僕は、トゲのあるものの言い方になっていた。
それに対して若干ムッとしながらも、僕の案内する上級ダンジョンへとついてくる。
「ここがその、冒険者どもの修練の場になっておるダンジョンなのだな?
しかし、先ほどから側にいる、その少女は一体何なのだ?」
カンブリス隊長とバリエさんを案内するために、道を歩いているとちょうどマリアに出会っていたのだ。
なんでも倒れている冒険者が多くて、運ぶのが大変だから直接ダンジョンの入り口まで来てほしいと頼まれたらしい。
「私ですか? この村の宿もやっている、とね宿の一人娘マリアでございます。
少しばかり治癒魔法が使えますので、冒険者の手当てをしながら教会で勤めております。
……それにしても、騎士様たちは何様で参られたのですか?」
ガラの悪い冒険者も多いし、そんな者を相手にし続けているマリアは男二人くらいでは物怖じもしないようだ。
「へぇ、マリアちゃんっていうのですね。
その歳で治癒魔法が使えるっていうだけでも凄いのに、頼られているなんて、相当ですね。ね、隊長」
「う、うむ。治癒が可能な魔法媒体は、そう多くは存在しておらん。
それに、使えたとしてもかすり傷の痛みを抑える程度……わざわざ魔法に頼らんでも、ポーションで良いではないか」
王都の方では、もしかしなくてもそうなのだろう。
それは、術師の魔力やレベルが低いせいだと思うが、まぁ十五歳になったばかりで魔法をバンバン使う方が珍しい、この世界じゃあ当然なんだろうな。
「あっ、上級ダンジョンが見えてきましたね。
センさん、私は先に行って、倒れている人たちの治療をしてきます」
ダンジョンの方を指差したマリアが、僕たちの歩く先頭で、振り向いてこちらに声をかける。
今日はいつもより怪我人が多かったとつい先ほどボヤいていたのだが、なんだかんだそんな冒険者の相手も嫌ではないようだ。
「朝から結構大変だったって言ってたけど、魔力は足りそうなの?」
僕のその問いに、しまったという表情を見せるマリア。
インベントリから魔力回復薬を一本取り出して、僕はマリアにそれを渡してあげると、マリアは駆け足でダンジョンへと向かっていった。
「今渡したのはなんだね?」
引きつった表情の隊長は、その答えを知っているにも関わらず僕に問う。
「何って、魔力回復薬ですよ。マリアの魔力が少なくなってるんだから当然じゃないですか」
「そ、そんなことを聞いているのではない!
何故啓示の儀式もないこの時期に、こんな田舎村に、そのような貴重なアイテムがあるのだときいておるのだ!
それに、たかが治癒魔法如きに使うだと⁈」
なぜ、そんなにまで問い詰められ、言われなくてはならないのだろうか?
面倒くさいので、インベントリからさらに三十本くらい取り出して見せてあげる。
僕の手のひらに出したのだけど、量が多すぎてポロポロと地面にこぼれてしまった。
「貴重かもしれませんけど、作れないものでもないですし、今必要だから使うんです。
勿体無いからって残しておいても、死んじゃったら意味ないでしょ?
……あ、そういえば隊長さんは死にかけてたんでしたっけ? 命より、こんなアイテムの方が大事だったんですか?」
当然そんなはずはないだろうけれど、アレコレと聞いてくる隊長の、その尋ね方に苛立って、ついそんなことを言ってしまう。
もう僕の力を隠す気もなかったし、とにかくそれからダンジョンの前に着くまでは、隊長は一言も発さずに黙ってしまった。
おそらくインベントリのことも聞いてみたかったのだろう、落ちた小瓶を片付ける際に、そんな表情で僕を見ていたのだけど。
「マリア、大丈夫だった?」
「えぇ、体力は戻ったと思いますので、あとは急激に減ってしまった魔力に慣れて落ち着いたら目も覚ますと思います」
僕たちは経験がないから、ハッキリとは言えないけれど、ダンジョンから投げ出される際に魔力は空っぽになってしまうみたい。
魔力酔いの経験は僕もあるけれど、あれの強烈なのが襲ってきて倒れてしまうのだと聞いた。
倒れていたのは、冒険者の中でも腕利きの八人で、最近装備を新調したと喋っていた二つのパーティーだった。
大人数でかかれば、高難度ダンジョンも攻略できると思ったのだろうが、それほど広くないダンジョン内で、メンバーが多すぎるのも逆効果だと思う。
仲間同士の連携は取りづらいし、剣を振るにも魔法を放つにも注意がいる。
手負いになったら他のメンバーの足を引っ張るだけ。
その間にも魔物は待ってはくれない。一度悪循環に陥っては、回復は追いつかなくなるし装備は傷んでいくし素材は取れなくなっていく。
最初は良くても、負傷した者を切り捨てない限りはジリ貧になる可能性が高いのだ。もしくは大半がただの荷物運びだったのかもしれないけれど。
「こんな装備をつけておるということは、それなりに名の売れた者たちなのだろう?
それでもやられてしまうダンジョンだということか……」
隊長、いや僕の隊長でもないし、カンブリスでいいか。
カンブリスが倒れている冒険者の装備をマジマジと眺めていた。
少し前までは急所を守るための、鉄の胸当てとか、腰のつける鎧が一般的だったのだけど、今はフルプレートメイルとかいう全身鎧に大楯装備なんて者もいる。
防御力はとても高いけど、重いし動きにくくて僕は好きじゃない。
僕の作ったミスリル製ではあるけれど、正直言って、僕の今身につけている指輪の方が強い上に、魔法に対する防御力も備わっている。
「魔法を使ってくる魔物がいますからね。
物理防御力がどれだけ高くても、そんな魔物には意味ないですよ。
普段から身の丈に合ったダンジョンじゃないと痛い目に合うよって、アッシュが言ってくれてるハズなんですけどね」
「魔物が魔法だと? ……それは高温のブレスなどではなく、火や水などの我々のよく知る魔法のことで良いのか?」
事あるごとに聞いてくるカンブリスだが、口調は先ほどよりも幾分か落ち着いた様子だ。
僕は首を縦に振って答えた。
「ん……た、助かったのか……」
気を失っていた者の内、一人の冒険者が起き上がり、マリアの顔を見るなりお礼をしていた。
ただ命は助かったものの、小金貨三枚が八人分なのだから痛い出費だろう。
まけてあげたいと思うところだが、そうして多くの冒険者が同じ目に遭っては困るので、絶対やらないけど。
あ、いや、値引きしてるんだっけ?
「教会まで来てくだされば小金貨二枚ですので、次回はどなたか、連れ帰ってくれる人がいると良いですわね」
「あ、あぁ……気をつけるよ。
まぁ、今の俺たちには最初の階層すらまともに歩けねぇんだ。
当分はここに来ることは無いだろうから、安心してくれや」
残った七人も次々に目を覚まし、様々な表情を見せながらダンジョンを離れていった。
中級ダンジョンもクリアできていないのに、まさか上級に挑む無謀さを、彼ら自身が一番よくわかっただろう。
「センさんもここへ? もしかして消しにきたのです?」
落ち着いたところでマリアが僕に聞いてくる。
後ろの二人のことも気になるようで、言葉に主語はなかったけれど、要するにこのダンジョンを攻略して消してしまうのかと聞いているのだろう。
「ダンジョンを消しちゃっても、みんなの目標が無くなるだけだし。
新しいダンジョンを用意するにも、結構いろんなアイテムが必要みたいだから、気軽にはできないって言ってたしさ」
誰がって、ヤマダさんが。
手持ちに大量のアイテムがあるけど、世界樹の種は一日一個しか入手できないみたい。
何百個も溜め込んでたから忘れてただけで、本当は貴重なアイテムだから無駄遣いし過ぎたって反省してるらしい。
「何の話をしておるのか、ワシらにも教えてくれんか?
どうにも其方たちがダンジョンを自由に作り出せるように聴こえてならぬのだが……」
「わ、私にもそう聞こえます。
王都の周辺にあったのも、もしかしてセンさんたちが?」
うーん、バリエさんが気になるのなら仕方ない。
けれど変に疑いがかかるのは嫌だし、適当に理由はつけておこうと思う。
「あぁ、それなら勇者の訓練用だって言ってましたよ。
おかげでアステアも強くなれたって言ってましたし。
魔族の持つ技術らしいんですが、すごく協力的で快く教えてくれました」
「魔族とは、なんなのです?」
僕の言葉に眉をひそめたカンブリスの横で、バリエさんが首を傾げている。
無理もない。普通に暮らしていたら『魔族』なんて言葉は聞くはずもないのだ。
反応を見る限り、カンブリスは何かを知っているようだけど、構わず僕は言った。
「魔族っていう僕たちに似た種族がいるんですよ。
あ、正確には魔族って、僕たち人族が勝手につけた名前みたいで、人族以外の全部の種族をひっくるめた言い方みたいですけど。
失礼ですよね、名前のある人に対して『おい人間!』って呼んでるみたいで嫌じゃないですか?」
「それは嫌ですね。
私にもバリエという名前はありますし、『新人!』って呼ばれるのは、あまり良い気分じゃないです」
僕とバリエさんが笑いながら喋っている横で、黙ったまま聞いているカンブリス。
国が魔族を敵視してるのは知っているけれど、やはりそれは間違ってないのだろうな。
やっぱり村の中を見せて回るのは控えた方がいいかもしれない。
ドワーフ族に出会った際に、カンブリスが剣を抜かないとも限らないし……
とにかく上級ダンジョンの中に入り、一階層だけ案内することにした。
さっそく見えたのが魔法を使う魔物エヴィルシーカーという浮いた黒い布。
中身があるのかどうかは知らないけれど、噂では初級ダンジョンにも稀に出てくるらしく、特に長時間同じ階層に留まっている時に出会すらしい。
素早さが高く、魔物の使うダークという魔法は、パーティー全体に状態異常とダメージを与えてくる危険な攻撃だ。
「ふざけるな! あ、あれが魔物だとっ⁈」
初めて見る魔物に戸惑う二人。
特に、長いこと様々な魔物と戦ってきたであろうカンブリスが、珍妙な魔物の姿に、つい声を荒らげてしまう。
「油断してると死ぬよっ!」
目の前に魔物がいるというのに、剣も抜かずに棒立ちのカンブリス。
僕の声でようやくハッとしたように武器を構えていた。
一直線に僕たちの元へ向かってくる魔物。
こいつの怖いところは、何もなかったはずの空間から巨大な鎌を出して、それが急に襲いかかってくるところ。
「ホーリーアロー!」
僕は、すぐさまスキルと組み合わせて魔法を放つ。すると一瞬で魔物は消え、大きな魔石だけが残された。
これで小金貨一枚が無くなったかと思うと寂しいところだが、たまに宝箱を落として武器や防具が手に入るので、それなりの見返りはある。
ちなみに一撃で魔物を仕留めた魔法は、最近使い始めた新しい魔法、『聖』属性のもの。
四大属性以外の魔法は、理屈も効果もさっぱりわからなかったけれど、世界樹辞典にはこの魔物の弱点が『これ』だと書いてあるので、仕方なく使い始めたやつだ。
『灯りの代わりにはなるんじゃないかしら?』
ヤマダさんにも見てもらったりして、最初に使用した時には、リリアからそんなことも言われた。
光があふれ、魔物を照らすように放たれた魔法は、一瞬で消えてしまうので灯りとして使うにも微妙なところなのだけど。
「消えましたね……今のもセンさんの魔法なのですかっ?」
バリエさんがグイグイと顔を寄せ、聞いてくるので、僕は堪らず身を引きながら首を縦に振る。
このままダンジョンにいても危険なので、僕は二人を連れ外に出る。
「満足してもらえました?」
「むぅ……村の中もゆっくり見たいところではあるが……」
何故ダンジョンに連れてきたかというと、やはり騎士のお偉いさんが急に村にやって来ては、皆が驚くだろうと思ってのこと。
だから誰も来ていなさそうな上級ダンジョンを選んだのだけど、まさか先客がいてぶっ倒れているとは思わなかった。
「このダンジョンで、村のものが鍛えられていることは、よくわかった。
だが、その者たちよりもお主は、さらに強いのであろう?」
「まぁ……多分そうですけど?」
このカンブリスとの会話が終わったら、さっさと王都にお帰りいただくとしよう。
面倒臭そうにしながらも、一応はしっかりと返答だけはしておこうと思う。
「その力、村のためだけと言わずに、国に仕えて振るおうとは思ってくれんのか?」
「ですから、僕たちだってやりたいことがあるんですよ。
勧誘いただけるのはありがたいですが、お断りいたします」
「じゃが、ワシらにも報告の義務はある。
この村のことを知った国が、どう動くか。
お主の言う、お主らの内の誰かが王都に来れば、そんなことには……」
脅しなのだろうか?
村に何もしてほしくなかったら、言うことを聞け、という意味の。
もしそうだとしても、今の僕は従うつもりは無い。
「好きにすればいいじゃないですか。
もし何かあったら、その時に対応しますよ。
特に魔族の方にはお世話になってますし、魔族を敵視するような人たちには容赦しないかもしれませんけどね」
少し前の僕だったらどうだったろうか? 力を得る前だったら、きっと従っていたかもしれない。
ただ、村を守るためにと思って強くなり続けたのだから、今更そんなことを言われても、と思ってしまった。
「では、何があっても村を出る気は無いと言うのだね?」
カンブリスが再び問うが、僕の解答は変わらない。
そうだ、せっかくだからやりたいことを思う存分やっても良いかもしれない。
どうせ、この二人にも僕の力はバレてしまったのだし。とは言っても、みんなに黙ってはできないか。
一度集まって、話し合ってみようかなぁ……
「どうしたのかね? 気が変わってくれたのか?」
ふと、そんなことを考えていた僕に、帰り支度の済んだカンブリスが声をかけてきた。
「ないですって。
そんなにも強い方が欲しいのでしたら、バリエさんを残していきます?
一週間後にでも、隊長さんを抜かすくらいには強くして返しますけど?」
「わ、私をですかっ?」
「ふむ……それは面白い……」
言った後に『しまった』と思ったのは誰にも言わないでおこう。
こうしてカンブリスは王都に帰ったのだが……
「きょ、今日からよろしくお願いしますっ!」
とね屋の片隅、僕たちの姿と共に、若い騎兵隊新人のバリエさんの姿が、そこにはあった……
強制的に外に出されてしまう他のダンジョンとは違い、大昔にヤマダさんがユーグに作らせた、死と隣り合わせのダンジョン。
それとは離れた場所へ向かうのに、エメル大迷宮の横を通り過ぎてさらに進んでいる。
「確かに、このような洞穴は、王都の周りにも存在しておったが、ここは他とは違うのかね?」
「んー……まぁ、隊長さん程度で、どうにかなるような場所ではないと思いますけど」
カンブリス隊長の問いに、若干苛立っていた僕は、トゲのあるものの言い方になっていた。
それに対して若干ムッとしながらも、僕の案内する上級ダンジョンへとついてくる。
「ここがその、冒険者どもの修練の場になっておるダンジョンなのだな?
しかし、先ほどから側にいる、その少女は一体何なのだ?」
カンブリス隊長とバリエさんを案内するために、道を歩いているとちょうどマリアに出会っていたのだ。
なんでも倒れている冒険者が多くて、運ぶのが大変だから直接ダンジョンの入り口まで来てほしいと頼まれたらしい。
「私ですか? この村の宿もやっている、とね宿の一人娘マリアでございます。
少しばかり治癒魔法が使えますので、冒険者の手当てをしながら教会で勤めております。
……それにしても、騎士様たちは何様で参られたのですか?」
ガラの悪い冒険者も多いし、そんな者を相手にし続けているマリアは男二人くらいでは物怖じもしないようだ。
「へぇ、マリアちゃんっていうのですね。
その歳で治癒魔法が使えるっていうだけでも凄いのに、頼られているなんて、相当ですね。ね、隊長」
「う、うむ。治癒が可能な魔法媒体は、そう多くは存在しておらん。
それに、使えたとしてもかすり傷の痛みを抑える程度……わざわざ魔法に頼らんでも、ポーションで良いではないか」
王都の方では、もしかしなくてもそうなのだろう。
それは、術師の魔力やレベルが低いせいだと思うが、まぁ十五歳になったばかりで魔法をバンバン使う方が珍しい、この世界じゃあ当然なんだろうな。
「あっ、上級ダンジョンが見えてきましたね。
センさん、私は先に行って、倒れている人たちの治療をしてきます」
ダンジョンの方を指差したマリアが、僕たちの歩く先頭で、振り向いてこちらに声をかける。
今日はいつもより怪我人が多かったとつい先ほどボヤいていたのだが、なんだかんだそんな冒険者の相手も嫌ではないようだ。
「朝から結構大変だったって言ってたけど、魔力は足りそうなの?」
僕のその問いに、しまったという表情を見せるマリア。
インベントリから魔力回復薬を一本取り出して、僕はマリアにそれを渡してあげると、マリアは駆け足でダンジョンへと向かっていった。
「今渡したのはなんだね?」
引きつった表情の隊長は、その答えを知っているにも関わらず僕に問う。
「何って、魔力回復薬ですよ。マリアの魔力が少なくなってるんだから当然じゃないですか」
「そ、そんなことを聞いているのではない!
何故啓示の儀式もないこの時期に、こんな田舎村に、そのような貴重なアイテムがあるのだときいておるのだ!
それに、たかが治癒魔法如きに使うだと⁈」
なぜ、そんなにまで問い詰められ、言われなくてはならないのだろうか?
面倒くさいので、インベントリからさらに三十本くらい取り出して見せてあげる。
僕の手のひらに出したのだけど、量が多すぎてポロポロと地面にこぼれてしまった。
「貴重かもしれませんけど、作れないものでもないですし、今必要だから使うんです。
勿体無いからって残しておいても、死んじゃったら意味ないでしょ?
……あ、そういえば隊長さんは死にかけてたんでしたっけ? 命より、こんなアイテムの方が大事だったんですか?」
当然そんなはずはないだろうけれど、アレコレと聞いてくる隊長の、その尋ね方に苛立って、ついそんなことを言ってしまう。
もう僕の力を隠す気もなかったし、とにかくそれからダンジョンの前に着くまでは、隊長は一言も発さずに黙ってしまった。
おそらくインベントリのことも聞いてみたかったのだろう、落ちた小瓶を片付ける際に、そんな表情で僕を見ていたのだけど。
「マリア、大丈夫だった?」
「えぇ、体力は戻ったと思いますので、あとは急激に減ってしまった魔力に慣れて落ち着いたら目も覚ますと思います」
僕たちは経験がないから、ハッキリとは言えないけれど、ダンジョンから投げ出される際に魔力は空っぽになってしまうみたい。
魔力酔いの経験は僕もあるけれど、あれの強烈なのが襲ってきて倒れてしまうのだと聞いた。
倒れていたのは、冒険者の中でも腕利きの八人で、最近装備を新調したと喋っていた二つのパーティーだった。
大人数でかかれば、高難度ダンジョンも攻略できると思ったのだろうが、それほど広くないダンジョン内で、メンバーが多すぎるのも逆効果だと思う。
仲間同士の連携は取りづらいし、剣を振るにも魔法を放つにも注意がいる。
手負いになったら他のメンバーの足を引っ張るだけ。
その間にも魔物は待ってはくれない。一度悪循環に陥っては、回復は追いつかなくなるし装備は傷んでいくし素材は取れなくなっていく。
最初は良くても、負傷した者を切り捨てない限りはジリ貧になる可能性が高いのだ。もしくは大半がただの荷物運びだったのかもしれないけれど。
「こんな装備をつけておるということは、それなりに名の売れた者たちなのだろう?
それでもやられてしまうダンジョンだということか……」
隊長、いや僕の隊長でもないし、カンブリスでいいか。
カンブリスが倒れている冒険者の装備をマジマジと眺めていた。
少し前までは急所を守るための、鉄の胸当てとか、腰のつける鎧が一般的だったのだけど、今はフルプレートメイルとかいう全身鎧に大楯装備なんて者もいる。
防御力はとても高いけど、重いし動きにくくて僕は好きじゃない。
僕の作ったミスリル製ではあるけれど、正直言って、僕の今身につけている指輪の方が強い上に、魔法に対する防御力も備わっている。
「魔法を使ってくる魔物がいますからね。
物理防御力がどれだけ高くても、そんな魔物には意味ないですよ。
普段から身の丈に合ったダンジョンじゃないと痛い目に合うよって、アッシュが言ってくれてるハズなんですけどね」
「魔物が魔法だと? ……それは高温のブレスなどではなく、火や水などの我々のよく知る魔法のことで良いのか?」
事あるごとに聞いてくるカンブリスだが、口調は先ほどよりも幾分か落ち着いた様子だ。
僕は首を縦に振って答えた。
「ん……た、助かったのか……」
気を失っていた者の内、一人の冒険者が起き上がり、マリアの顔を見るなりお礼をしていた。
ただ命は助かったものの、小金貨三枚が八人分なのだから痛い出費だろう。
まけてあげたいと思うところだが、そうして多くの冒険者が同じ目に遭っては困るので、絶対やらないけど。
あ、いや、値引きしてるんだっけ?
「教会まで来てくだされば小金貨二枚ですので、次回はどなたか、連れ帰ってくれる人がいると良いですわね」
「あ、あぁ……気をつけるよ。
まぁ、今の俺たちには最初の階層すらまともに歩けねぇんだ。
当分はここに来ることは無いだろうから、安心してくれや」
残った七人も次々に目を覚まし、様々な表情を見せながらダンジョンを離れていった。
中級ダンジョンもクリアできていないのに、まさか上級に挑む無謀さを、彼ら自身が一番よくわかっただろう。
「センさんもここへ? もしかして消しにきたのです?」
落ち着いたところでマリアが僕に聞いてくる。
後ろの二人のことも気になるようで、言葉に主語はなかったけれど、要するにこのダンジョンを攻略して消してしまうのかと聞いているのだろう。
「ダンジョンを消しちゃっても、みんなの目標が無くなるだけだし。
新しいダンジョンを用意するにも、結構いろんなアイテムが必要みたいだから、気軽にはできないって言ってたしさ」
誰がって、ヤマダさんが。
手持ちに大量のアイテムがあるけど、世界樹の種は一日一個しか入手できないみたい。
何百個も溜め込んでたから忘れてただけで、本当は貴重なアイテムだから無駄遣いし過ぎたって反省してるらしい。
「何の話をしておるのか、ワシらにも教えてくれんか?
どうにも其方たちがダンジョンを自由に作り出せるように聴こえてならぬのだが……」
「わ、私にもそう聞こえます。
王都の周辺にあったのも、もしかしてセンさんたちが?」
うーん、バリエさんが気になるのなら仕方ない。
けれど変に疑いがかかるのは嫌だし、適当に理由はつけておこうと思う。
「あぁ、それなら勇者の訓練用だって言ってましたよ。
おかげでアステアも強くなれたって言ってましたし。
魔族の持つ技術らしいんですが、すごく協力的で快く教えてくれました」
「魔族とは、なんなのです?」
僕の言葉に眉をひそめたカンブリスの横で、バリエさんが首を傾げている。
無理もない。普通に暮らしていたら『魔族』なんて言葉は聞くはずもないのだ。
反応を見る限り、カンブリスは何かを知っているようだけど、構わず僕は言った。
「魔族っていう僕たちに似た種族がいるんですよ。
あ、正確には魔族って、僕たち人族が勝手につけた名前みたいで、人族以外の全部の種族をひっくるめた言い方みたいですけど。
失礼ですよね、名前のある人に対して『おい人間!』って呼んでるみたいで嫌じゃないですか?」
「それは嫌ですね。
私にもバリエという名前はありますし、『新人!』って呼ばれるのは、あまり良い気分じゃないです」
僕とバリエさんが笑いながら喋っている横で、黙ったまま聞いているカンブリス。
国が魔族を敵視してるのは知っているけれど、やはりそれは間違ってないのだろうな。
やっぱり村の中を見せて回るのは控えた方がいいかもしれない。
ドワーフ族に出会った際に、カンブリスが剣を抜かないとも限らないし……
とにかく上級ダンジョンの中に入り、一階層だけ案内することにした。
さっそく見えたのが魔法を使う魔物エヴィルシーカーという浮いた黒い布。
中身があるのかどうかは知らないけれど、噂では初級ダンジョンにも稀に出てくるらしく、特に長時間同じ階層に留まっている時に出会すらしい。
素早さが高く、魔物の使うダークという魔法は、パーティー全体に状態異常とダメージを与えてくる危険な攻撃だ。
「ふざけるな! あ、あれが魔物だとっ⁈」
初めて見る魔物に戸惑う二人。
特に、長いこと様々な魔物と戦ってきたであろうカンブリスが、珍妙な魔物の姿に、つい声を荒らげてしまう。
「油断してると死ぬよっ!」
目の前に魔物がいるというのに、剣も抜かずに棒立ちのカンブリス。
僕の声でようやくハッとしたように武器を構えていた。
一直線に僕たちの元へ向かってくる魔物。
こいつの怖いところは、何もなかったはずの空間から巨大な鎌を出して、それが急に襲いかかってくるところ。
「ホーリーアロー!」
僕は、すぐさまスキルと組み合わせて魔法を放つ。すると一瞬で魔物は消え、大きな魔石だけが残された。
これで小金貨一枚が無くなったかと思うと寂しいところだが、たまに宝箱を落として武器や防具が手に入るので、それなりの見返りはある。
ちなみに一撃で魔物を仕留めた魔法は、最近使い始めた新しい魔法、『聖』属性のもの。
四大属性以外の魔法は、理屈も効果もさっぱりわからなかったけれど、世界樹辞典にはこの魔物の弱点が『これ』だと書いてあるので、仕方なく使い始めたやつだ。
『灯りの代わりにはなるんじゃないかしら?』
ヤマダさんにも見てもらったりして、最初に使用した時には、リリアからそんなことも言われた。
光があふれ、魔物を照らすように放たれた魔法は、一瞬で消えてしまうので灯りとして使うにも微妙なところなのだけど。
「消えましたね……今のもセンさんの魔法なのですかっ?」
バリエさんがグイグイと顔を寄せ、聞いてくるので、僕は堪らず身を引きながら首を縦に振る。
このままダンジョンにいても危険なので、僕は二人を連れ外に出る。
「満足してもらえました?」
「むぅ……村の中もゆっくり見たいところではあるが……」
何故ダンジョンに連れてきたかというと、やはり騎士のお偉いさんが急に村にやって来ては、皆が驚くだろうと思ってのこと。
だから誰も来ていなさそうな上級ダンジョンを選んだのだけど、まさか先客がいてぶっ倒れているとは思わなかった。
「このダンジョンで、村のものが鍛えられていることは、よくわかった。
だが、その者たちよりもお主は、さらに強いのであろう?」
「まぁ……多分そうですけど?」
このカンブリスとの会話が終わったら、さっさと王都にお帰りいただくとしよう。
面倒臭そうにしながらも、一応はしっかりと返答だけはしておこうと思う。
「その力、村のためだけと言わずに、国に仕えて振るおうとは思ってくれんのか?」
「ですから、僕たちだってやりたいことがあるんですよ。
勧誘いただけるのはありがたいですが、お断りいたします」
「じゃが、ワシらにも報告の義務はある。
この村のことを知った国が、どう動くか。
お主の言う、お主らの内の誰かが王都に来れば、そんなことには……」
脅しなのだろうか?
村に何もしてほしくなかったら、言うことを聞け、という意味の。
もしそうだとしても、今の僕は従うつもりは無い。
「好きにすればいいじゃないですか。
もし何かあったら、その時に対応しますよ。
特に魔族の方にはお世話になってますし、魔族を敵視するような人たちには容赦しないかもしれませんけどね」
少し前の僕だったらどうだったろうか? 力を得る前だったら、きっと従っていたかもしれない。
ただ、村を守るためにと思って強くなり続けたのだから、今更そんなことを言われても、と思ってしまった。
「では、何があっても村を出る気は無いと言うのだね?」
カンブリスが再び問うが、僕の解答は変わらない。
そうだ、せっかくだからやりたいことを思う存分やっても良いかもしれない。
どうせ、この二人にも僕の力はバレてしまったのだし。とは言っても、みんなに黙ってはできないか。
一度集まって、話し合ってみようかなぁ……
「どうしたのかね? 気が変わってくれたのか?」
ふと、そんなことを考えていた僕に、帰り支度の済んだカンブリスが声をかけてきた。
「ないですって。
そんなにも強い方が欲しいのでしたら、バリエさんを残していきます?
一週間後にでも、隊長さんを抜かすくらいには強くして返しますけど?」
「わ、私をですかっ?」
「ふむ……それは面白い……」
言った後に『しまった』と思ったのは誰にも言わないでおこう。
こうしてカンブリスは王都に帰ったのだが……
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なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
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こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。
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