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6章《吹っ切れ》

11話

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 リリアがテセスを連れ、色々と試してくれたおかげで三階層は難なく突破することができた。
 ボスも一風変わった攻略法があり、ダメージを与えるたびに属性変化を行い、弱点属性以外は無効化されるというもの。
 受けるダメージが少なかったから色々と試せたけれど、その魔物の特性については倒した後に世界樹辞典で知ったことだった。

「次は普通の魔物だと嬉しいんだけどなぁ」
 長時間の戦闘で、僕がついそんなことを漏らしたのだけど、リリアが『アイツの作ったダンジョンに限ってそんなわけないわよ』なんて言うので、やはり期待するべきではないのだろうな。
 四階層では、案の定倒すのが難しい魔物が出てきてしまう。

 見た目はベノムバイパーだが、ありとあらゆる状態異常を仕掛けてくるのだ。
 毒や麻痺は当然ながら、混乱や誘惑、呪いに盲目、挙げ句の果てには死への手招きなる時限即死効果まで。
 後に世界樹辞典で調べてみたら、1分ほどその状態異常が続けば即時死亡という、意味のわからない状態異常。
 テセスの治癒魔法でも治せなくて焦ったけれど、どうやら仕掛けてきた魔物を倒すと治るみたいだ。

 そういった感じで、五階層六階層も、ヤマダさんからの嫌がらせを身に受けるかのような魔物との戦闘が続いた。
 せっかく倒した魔物を復活させる、ボロボロの布を被った二足歩行のなにか。
 斬ると分裂して二体に増えてしまうスライム。
 周囲の魔物を喰らって強くなる大ミミズなんていうのもいた。

 そうして順調にダンジョンを攻略していったある日、数日ぶりにエメル村に戻ってきた者が一人。
 僕が家から出た時に、偶然その者に出会う。
「あっ、アステア。王都の方は大丈夫だったの?」
 冒険者が噂していた王城への何者かの侵入事件、それの調査という名目で、王都へと呼び戻されていた。
「えぇ……大丈夫、とは言えないかもしれませんね。
 隣国の仕業だろうということで処理され、王都では徴兵の準備や武器の調達を進めています。
 概算見積もりでも、金貨数万枚は最低でもかかる見通しだそうで、相当な数の貴族が関わってくるのは間違いなさそうです」
「うわぁ……本当に大変なことになってるんだね。
 もしかしてエメル村に戻ってきたのって、えその武器調達の為?」
「いえいえ、たしかにドワーフの皆さんが作る武器を、都合三千。
 武器種は長剣と槍が必要だとは聞いています」

 そこそこ腕の立つ魔法使いなら、自分に合った杖は持っているだろう。
 おそらくかき集められる一般人用のものだろう。
「ですので、あちらで言い争っている間に逃げてきました。
 戦争が起きないように私たちが解決してしまえば良いんじゃないかと思いまして」
「もしかして犯人が誰かわかってるの?」
「わかりませんよ。姿も見てませんし、私はずっとエメル村にいたわけですから。
 ですが、情報は聞けましたよ。
 なんでも子供のような背丈で、全身を黒い衣装で包んでいたとか」
 その少し前から、王都の周辺で似たような姿を見たという情報もあったり、街の食事処に子供二人で来たという話も聞いたりしたらしい。
 うん? 僕の中で、とある人物のイメージが付き纏うのだが……

「ですよね。これ、絶対にヤマダさんとミアさんじゃないかと思うんですよ。
 門番に記帳している入出門記録には名前が無かったのですが、あのお二人でしたらそれも可能かと」
「ミアはいつも姿を隠してるしね。
 でも何が欲しくて忍び込んだりしたんだろう?」
「それなんですが、魔石らしいですよ。
 なんでも魔王の持っていたものだそうで、地下の水晶の間の奥に安置されていたらしいです」
 その水晶の間というのが、アステアが天啓の儀を受けた場所らしく、その奥に鍵のかかった部屋があったそうだ。
 王の持っている鍵は失われていないのに、部屋の中にある魔石だけが無くなっていた。
 それに気付いたのは何日も経ってからだという。

「そうそう、入出門記録なのですが、見させていただいたところ、センさんとリリアさんの名前も書いてありましたよ。
 何十日と不法滞在していることになっていたので、近いうちに罰金を支払って王都から出たことにしておいた方がいいかと……
 さすがに控えの記録だけを直しても仕方なかったので、書き直しませんでしたが」
 え、と……王都へはいつ行ったのだったろうか?
 ぼんやりと思い出すのは、王都の謁見。
 そういえば冒険者ギルド副長のバリエさんに連れられて、帰りは転移で村に戻ったような……
「あー……あの時かぁ……」
 白金貨二枚のインパクトが強くて、すっかり忘れていた。
 一週間以上滞在する際には、滞在費を払うのがルールで、中には払うことをせずに北区にあるスラム街に不法に住みつく者もいると教わったことがある。
 村の外へ出る者に必要な常識というやつだった。

「センさんたちの場合、おそらく罰金は小金貨二枚程度になるかと。
 払えない場合は犯罪奴隷として扱われてしまうので、放置するのはオススメできないですね……」
 まさかの奴隷落ち⁈
 王都には魔法とは別の、魔術という技術があるらしいのだが、その力を使って強制的に命令を聞かせることができるのだとか。

「アステアもかかってたやつかぁ……
 自分の意識とは関係なく動いちゃうって、ゾッとしちゃうよ」
「いやぁ、あの時は私も助かりましたよ。
 簡単な調査を命じられただけなので、今のところはかかったフリをして誤魔化していますが」
 ドワーフの件を王都に報告に行った日、アステアは妙齢の女性に薬を盛られたそうだ。
 ドワーフについて正しく報告するよう、そして人族に害なす者の皆殺しを命じられたのだとか。
 どうやって正気に戻ったのかというと、意外にもその魔術、簡単な状態異常『魅了』がかかっただけのものだった。
 共にダンジョンに潜っていた時に、テセスが治癒魔法を使っただけでアッサリと異常は治ってしまった。

「簡単に治るといっても、魅了を受けた本人はまともに行動できません。
 私たちの手の届かない場所で、一生肉体労働をさせられるかもしれませんし、リリアさんですと……」
 奴隷をそういった風に扱うのは基本的にはマナー違反だとされてはいる。
 犯罪者といえど、同じ人なのだからそれ相応の扱いであるべきだというのが奴隷制度。
 残念ながら、よほど生命を脅かす行動をしない限りは罰則などはなにもないので、若者の奴隷は引き取り手が非常に多いのが実情。
 想像するだけで吐き気がしそうだ。

「そうだね、早いうちに門番に話をしてくるよ。
 教えてくれてありがとう」
 何も知らずに王都に出向いて、急に捕まって牢獄行きだったかもしれない。
 そう思うとアステアには感謝してもしきれない。お金はかかるけど……
 それよりも、黙ってアステアに魔術、もとい魅了の状態異常をかけた女か。
 勝手にアステアを勇者と奉り、魅了して言いなりにしようとしていた。
 魔族を倒すことが目的ならば、再び魔族領にでも攻め入らせるのだろうが、それもしない。一体何が目的なのだろう?

 僕は、リリアを訪ねてから、早速王都の人気の少ない区画に転移し、門の方へと向かっていった。
「む……では、これまで北区の空き家にこもっていたと言うのだな?」
「ハイ。僕が体調を崩してしまいまして、近くにあった建物で身を休めていました。
 まさかスラム街だとは知らなくて、干し肉を持っていて助かりました」
「そうか、それは大変だったな。
 だが規則は規則だ。心苦しいが、罰則金として小金貨四枚と銀貨六枚を預かりたい。
 一部だけ支払い、どこかで働いて返すという手段もあるが、どうするのだ?」
 僕は懐から小金貨五枚を取り出して、門番に手渡す。
 銀貨四枚分多いのだが、その分は門番への迷惑料として飲み代にでも使ってもらうように言っておいた。
 汚い話ではあるが、こうやって印象よくしておいた方が、これまでの問題もキッチリ処理してくれる。
 それに、思いがけず情報が手に入ることもあるから、損ばかりではなかったりもするのだ。

「そうそう、最近は魔物の棲息域にも変化があったようでな。
 外に出るのであれば必ず馬を使うようにした方が良い。
 最近じゃ伝説のワイバーンが東の森に降り立ったという噂も聞く」
 その情報の何が有益な情報なのかって?
 ワイバーンといえば大きな龍の姿をしていると聞く。そしてこれ。
《ヒヒイロカネ:この世で三番~》
 世界樹辞典で見るその素材の説明文はさらに続き、この金属は龍種の魔物からしか手に入らないらしいのだ。

「伝説のワイバーンだったら、もっと強い素材も手に入るかもしれないじゃないの」
「ねぇリリア、ボス戦も逃げれるようになってるからって、無策に突っ込んでっちゃダメだよ」
 エリア崩壊が起きてからだろう、オークキングやジョロウグモと戦っていても転移ができないということはない。
 木々が逃げ道を奪うことも、蜘蛛の糸で出入り口が塞がれることもなくなっていた。
 それもおそらくユーグが力を使わなくなった為だと思うが、グレイトウルフのように部屋に閉じ込められているところでは、転移以外に逃げ道は無い。
 とはいえ転移できるだけで安心感が全然違った。
「何言ってるのよセン。
 危ない魔物は早めに倒しておかなきゃ、街が滅びてからじゃ遅いんだよ?」
 それはよく分かっている。
 あれ以来、エメル村にもコカトリスが時折やってきたし、村の中にレイラビットやウルフが入ってくることも少なくなかった。
 それも柵を強化して、村の中には滅多に入らないようにはなったけれど。

 今回は正規の手続きをとって王都から外へ出る。
 基本的に冒険者が外へ出るのは簡単なことなので、僕とリリアも特に疑われることなく街の外へと出ることができる。
 まぁ当然、徒歩では門番には驚かれてしまうから、馬を購入しようかと思ったけれど、乗りこなす技術は今の僕たちには無い。
 代わりにリリアのマスター召喚で、ダンジョンに出てきた、一角ホースというツノの生えた馬のような魔物を召喚して引き連れてみたが、思いの外うまくいったようだ。
 ブルーと名付けられたこの馬は、今後も王都に来る時には召喚させてもらおうと思う。
「艶やかな毛並みと、雄々しい立ち振る舞いの特性がくっついたみたいね。
 一目置かれる存在の特性は、物の売買時に条件が良くなる、だってさ」
 へぇ……また戦いには関係ない特性をつけたんだなと思ったけど、安く買えたり高く売れたりするってことだよね?
 だったらすごく良い特性を手に入れたんじゃないだろうか?
 でも……
「街中じゃブルーを連れ回すのは難しいし、あまり意味のない特性になっちゃったかな」
 ですよねぇ。
 売買の度に召喚するわけにもいかないし、安く買えたりしても商人に申し訳ない気もする。

 そんなことがありながらも、僕とリリアは、ワイバーンのいるであろう王都の東の森へと向かったのだった。
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