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115話 最後の稽古
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冬が過ぎ、春が来て、雨季が終わる。
ムラトの里が拓かれて半年が経った。
穏やかな日常だ。
だが、細かなところに目を向ければ問題はある。
まず、ムラトの里だ。
解放された奴隷は続々と後続も現れ、すぐに倍の規模の集落となってしまった。
あまり急拡大すると色々と追いつかなくなるので、早々と分封する必要が出てくるかもしれない。
「と、なるとだな。場所が問題となるわけだが」
「ふむ、ごちゃ混ぜ里との中間点でよいのではないか? 少し距離もあるからな」
こんな感じで俺とスケサンで適当に決めてしまったのだが、これがまずかった。
実は近くにネコ人の里があり「縄張りを通過するのは構わないが、さすがに住むのはやめてくれ」と物言いがついたのだ。
先住者たちと揉めるつもりもないので、ちょっと分封先を探すのは頓挫してしまった。
まあ、急ぎではないのでよいのだが、ごちゃ混ぜ里とムラトの里を結ぶ中継点と考えていただけに残念だ。
ただ、このネコ人たちは、ごちゃ混ぜ里の市にも頻繁に来ているらしく、大変好意的ではあった。
20人ちょいの小さな里ではあるが、これから正式に里と里の交流をしてくれるそうだ。
ちなみにごちゃ混ぜ里にいるネコ人はこの里出身ではない。
ネコ人はあまり大きな集落を作らないらしく、個人でフラフラして気に入ったところに定住する者も多いそうだ。
他には新しいスケルトン隊が一気に増えた。
これ自体は喜ばしいことだ。
だが、66人も一気に増えたので、装備がそろわないのである。
スケルトン隊の基本的な装備は硬革の鎧兜に籠手や靴だ。
これに盾とオリハルコンの槍を持つ。
当然、彼らにも装備を与えるべきなのだが……ムラトに武具を送る関係もあり、生産が追いつかないのだ。
スケルトン隊の予備も全部放出したが、全然足りていない。
遠征から帰ってきた部隊が傷んだ装備を交換したタイミングも重なった。
以前にも人間の軍を撃退した後に隊員が急増したが、あの時とはちょっと事情が違うのだ。
「ふうむ、これは仕方あるまいよ。全部揃った者から通常の訓練を課し、残りのものは何か作業をさせるとしよう」
スケサンいわく「中途半端な装備で下手な癖がついても困る」そうだ。
これだけ人数がいたら以前のように細かな指導もできないので大変らしい。
「なにをやらせるんだ?」
「うーむ、これだけの数がいるのだ。行軍訓練を兼ねて道を拡げるかね?」
そんなこんなで50人近いスケルトンがひたすら里を往復することになった。
2列に並び、引っかかった枝や、場合によっては立ち木を伐採し、道を踏み固める。
これだけのことだが、ガイの里(オオカミ人の里)やリザードマンの里への道幅はかなり拡がった。
次はヘビ人の里に向かうようだ。
この3里はもはやごちゃ混ぜ里の一部といってもよいほどに人の行き来がある。
そして、名前こそ種族の名前がついているが、どの里も様々な種族が住み、共存しているのだ。
ガイの里はオオカミ人やイヌ人だけでなく湿地の住民も多い。
リザードマンの里ではカエル人やビーバー人など水辺の種族が集まっている。
鉱山になっているヘビ人の里は半数ほどがドワーフだ。
豊かな生活は子供の増加や新たな住民の流入につながる。
もう、周辺も含めれば1000人以上の人が生活しているだろう。
喧嘩もある、盗みもある、決して理想郷ではない。
だけど皆がある程度の遠慮をし、身分の上下がなく生活している。
中には孤児や不具の者もいるが、里内の種族コミュニティで助け、助けられ、できる仕事をできるだけ行う。
俺はこの里が好きだ。
できるだけ、この平和が続けばいいと思っている。
「ベルクよ、久しぶりに稽古といかぬか?」
今日も広場の隅でスケサンとちまちま骨の矢尻をけずっていたのだが、不意に言葉をかけられた。
これは珍しい。
最近のスケサンはスケルトン隊の訓練も口頭で指示をし、ホネイチら古株に任せきりだったのだ。
「いいけど、調子悪いんじゃないのか?」
「うむ、派手なことはせぬよ」
スケサンはスッと立ち上がり、脇に置いていた兜を被る。
どうやら本気だ。
「得物は何にするんだ?」
「ふむ、なんでもよい。当たらぬよ」
このやり取りも懐かしい。
以前は腹が立ったが、これは稽古の一環なのだろう。
この程度の挑発に乗ってはスケサンの思うつぼだ。
俺は適当な棒を2本取り、スケサンに片方を手渡す。
長剣というにはやや短い、中途半端な長さの棒だ。
これを互いに2~3度、軽く振って様子を確認する。
「……ベルクよ、オヌシは強くなった。覚えているかね? かつての自分を――」
不意に、スケサンから質問をされた。
あまりピンとこない質問だ。
(……かつての自分といわれてもな)
スケサンにボコボコにされた話だろうか?
今でも大差ないような気もするが、どうだろう。
「ふむ、分からぬか? 以前のオヌシは敵と見るや歯を剥き出しにして飛びかかったものよ。そこに術理はなにもない」
俺は内心で『なるほど』と納得した。
先ほどの挑発のことかもしれない。
スケサンは「ところが、今ではどうだ」と言葉を続ける。
「いつの間にかオヌシは敵の動きを読み、乱戦でも心機を乱さず戦うようになった。今でもほれ、力みなく正中線を保ち、私の不意討ちに備えておる。見事だ」
思い返せば、確かに『いつの間にか』戦場でも敵の動きが読めるようになっていた。
不意討ちに備えているのはスケサンにやられまくったおかげだ。
俺は苦笑し、棒を構えてスケサンに向かい合う。
互いに中段、体の前で棒を構えた。
「手加減無用だぞ」
「バカなことを。オヌシほどの猛者に手加減はできぬよ」
言葉が終わるのも待たず、俺は一息に打ちかかった。
だが、スケサンは体を開いて不意討ち気味の一撃を躱わし、そのまま流れるように俺の胴を打つ。
「――ッ!」
俺の口から言葉にならない声が漏れた。
体の芯まで響くようなスケサンの打撃だ。
骨が軋み、内臓が捻れるような痛みを感じる。
(……効いたな、何度食らってもコイツは慣れん)
これは稽古だ。
死に体になれば追撃はない。
俺は身を起こして「まだまだ」とスケサンに向かう。
だが、腕を棒で極められ、投げ飛ばされ、頭や肩を打たれ、足を払われと全く歯が立たない。
痛みの中で、俺は予感のようなものに衝き動かされていた。
(これは、最後の稽古だ)
なぜかは分からないが、俺には分かる。
だから、俺から止めるわけにはいかない。
スケサンは投げ、間接技、打撃、棒術、ありとあらゆる技で俺を痛めつける。
全てに変化があり、1つとして同じ技はない。
「お終いかね?」
「まだまだっ!」
そして十何度目か……数えるのもバカらしくなったころ、不意に俺の棒がスケサンの小手を打った。
俺の一撃はスケサンの右手の肘から先を、棒ごと宙に跳ね上げる。
(やりすぎたか!?)
一瞬ヒヤリとしたが、すぐに俺の打撃のせいではないのは理解した。
気を巡らせたスケサンの体は非常に強く、このくらいで破壊されない。
わざとか、そうでなければ何らかの不調なのは間違いないだろう。
「見事だ。もはや教えることは何もない」
スケサンは失くなった肘から先を眺めてニヤリと笑う。
腕を失くしたことが嬉しくてたまらない、といった様子だ。
「そんなことはないだろう? 現に今だって――」
「いや、後は自分で研鑽し、技を練ればよい。皆伝さ」
この言葉に、俺はなにもいえなくなってしまう。
(……ついに、この時が来たのか)
覚悟はしていたつもりだ。
だが、俺の心は激しく動揺していた。
「ベルクよ、オヌシは強い。その力で皆を守ってやってくれ」
そのままスケサンの体が崩れ落ちた。
ガシャリと乾いた音が響く。
「スケサンっ!?」
たまらず俺が声を上げる。
すると、骨の山から反応が返ってきた。
「まだ生きておるよ。体が維持できなくなっただけさ」
俺は慌ててスケサンの頭部を持ち上げる。
すると、見慣れたしゃれこうべは何事もなかったかのように「カカカ」と笑った。
ムラトの里が拓かれて半年が経った。
穏やかな日常だ。
だが、細かなところに目を向ければ問題はある。
まず、ムラトの里だ。
解放された奴隷は続々と後続も現れ、すぐに倍の規模の集落となってしまった。
あまり急拡大すると色々と追いつかなくなるので、早々と分封する必要が出てくるかもしれない。
「と、なるとだな。場所が問題となるわけだが」
「ふむ、ごちゃ混ぜ里との中間点でよいのではないか? 少し距離もあるからな」
こんな感じで俺とスケサンで適当に決めてしまったのだが、これがまずかった。
実は近くにネコ人の里があり「縄張りを通過するのは構わないが、さすがに住むのはやめてくれ」と物言いがついたのだ。
先住者たちと揉めるつもりもないので、ちょっと分封先を探すのは頓挫してしまった。
まあ、急ぎではないのでよいのだが、ごちゃ混ぜ里とムラトの里を結ぶ中継点と考えていただけに残念だ。
ただ、このネコ人たちは、ごちゃ混ぜ里の市にも頻繁に来ているらしく、大変好意的ではあった。
20人ちょいの小さな里ではあるが、これから正式に里と里の交流をしてくれるそうだ。
ちなみにごちゃ混ぜ里にいるネコ人はこの里出身ではない。
ネコ人はあまり大きな集落を作らないらしく、個人でフラフラして気に入ったところに定住する者も多いそうだ。
他には新しいスケルトン隊が一気に増えた。
これ自体は喜ばしいことだ。
だが、66人も一気に増えたので、装備がそろわないのである。
スケルトン隊の基本的な装備は硬革の鎧兜に籠手や靴だ。
これに盾とオリハルコンの槍を持つ。
当然、彼らにも装備を与えるべきなのだが……ムラトに武具を送る関係もあり、生産が追いつかないのだ。
スケルトン隊の予備も全部放出したが、全然足りていない。
遠征から帰ってきた部隊が傷んだ装備を交換したタイミングも重なった。
以前にも人間の軍を撃退した後に隊員が急増したが、あの時とはちょっと事情が違うのだ。
「ふうむ、これは仕方あるまいよ。全部揃った者から通常の訓練を課し、残りのものは何か作業をさせるとしよう」
スケサンいわく「中途半端な装備で下手な癖がついても困る」そうだ。
これだけ人数がいたら以前のように細かな指導もできないので大変らしい。
「なにをやらせるんだ?」
「うーむ、これだけの数がいるのだ。行軍訓練を兼ねて道を拡げるかね?」
そんなこんなで50人近いスケルトンがひたすら里を往復することになった。
2列に並び、引っかかった枝や、場合によっては立ち木を伐採し、道を踏み固める。
これだけのことだが、ガイの里(オオカミ人の里)やリザードマンの里への道幅はかなり拡がった。
次はヘビ人の里に向かうようだ。
この3里はもはやごちゃ混ぜ里の一部といってもよいほどに人の行き来がある。
そして、名前こそ種族の名前がついているが、どの里も様々な種族が住み、共存しているのだ。
ガイの里はオオカミ人やイヌ人だけでなく湿地の住民も多い。
リザードマンの里ではカエル人やビーバー人など水辺の種族が集まっている。
鉱山になっているヘビ人の里は半数ほどがドワーフだ。
豊かな生活は子供の増加や新たな住民の流入につながる。
もう、周辺も含めれば1000人以上の人が生活しているだろう。
喧嘩もある、盗みもある、決して理想郷ではない。
だけど皆がある程度の遠慮をし、身分の上下がなく生活している。
中には孤児や不具の者もいるが、里内の種族コミュニティで助け、助けられ、できる仕事をできるだけ行う。
俺はこの里が好きだ。
できるだけ、この平和が続けばいいと思っている。
「ベルクよ、久しぶりに稽古といかぬか?」
今日も広場の隅でスケサンとちまちま骨の矢尻をけずっていたのだが、不意に言葉をかけられた。
これは珍しい。
最近のスケサンはスケルトン隊の訓練も口頭で指示をし、ホネイチら古株に任せきりだったのだ。
「いいけど、調子悪いんじゃないのか?」
「うむ、派手なことはせぬよ」
スケサンはスッと立ち上がり、脇に置いていた兜を被る。
どうやら本気だ。
「得物は何にするんだ?」
「ふむ、なんでもよい。当たらぬよ」
このやり取りも懐かしい。
以前は腹が立ったが、これは稽古の一環なのだろう。
この程度の挑発に乗ってはスケサンの思うつぼだ。
俺は適当な棒を2本取り、スケサンに片方を手渡す。
長剣というにはやや短い、中途半端な長さの棒だ。
これを互いに2~3度、軽く振って様子を確認する。
「……ベルクよ、オヌシは強くなった。覚えているかね? かつての自分を――」
不意に、スケサンから質問をされた。
あまりピンとこない質問だ。
(……かつての自分といわれてもな)
スケサンにボコボコにされた話だろうか?
今でも大差ないような気もするが、どうだろう。
「ふむ、分からぬか? 以前のオヌシは敵と見るや歯を剥き出しにして飛びかかったものよ。そこに術理はなにもない」
俺は内心で『なるほど』と納得した。
先ほどの挑発のことかもしれない。
スケサンは「ところが、今ではどうだ」と言葉を続ける。
「いつの間にかオヌシは敵の動きを読み、乱戦でも心機を乱さず戦うようになった。今でもほれ、力みなく正中線を保ち、私の不意討ちに備えておる。見事だ」
思い返せば、確かに『いつの間にか』戦場でも敵の動きが読めるようになっていた。
不意討ちに備えているのはスケサンにやられまくったおかげだ。
俺は苦笑し、棒を構えてスケサンに向かい合う。
互いに中段、体の前で棒を構えた。
「手加減無用だぞ」
「バカなことを。オヌシほどの猛者に手加減はできぬよ」
言葉が終わるのも待たず、俺は一息に打ちかかった。
だが、スケサンは体を開いて不意討ち気味の一撃を躱わし、そのまま流れるように俺の胴を打つ。
「――ッ!」
俺の口から言葉にならない声が漏れた。
体の芯まで響くようなスケサンの打撃だ。
骨が軋み、内臓が捻れるような痛みを感じる。
(……効いたな、何度食らってもコイツは慣れん)
これは稽古だ。
死に体になれば追撃はない。
俺は身を起こして「まだまだ」とスケサンに向かう。
だが、腕を棒で極められ、投げ飛ばされ、頭や肩を打たれ、足を払われと全く歯が立たない。
痛みの中で、俺は予感のようなものに衝き動かされていた。
(これは、最後の稽古だ)
なぜかは分からないが、俺には分かる。
だから、俺から止めるわけにはいかない。
スケサンは投げ、間接技、打撃、棒術、ありとあらゆる技で俺を痛めつける。
全てに変化があり、1つとして同じ技はない。
「お終いかね?」
「まだまだっ!」
そして十何度目か……数えるのもバカらしくなったころ、不意に俺の棒がスケサンの小手を打った。
俺の一撃はスケサンの右手の肘から先を、棒ごと宙に跳ね上げる。
(やりすぎたか!?)
一瞬ヒヤリとしたが、すぐに俺の打撃のせいではないのは理解した。
気を巡らせたスケサンの体は非常に強く、このくらいで破壊されない。
わざとか、そうでなければ何らかの不調なのは間違いないだろう。
「見事だ。もはや教えることは何もない」
スケサンは失くなった肘から先を眺めてニヤリと笑う。
腕を失くしたことが嬉しくてたまらない、といった様子だ。
「そんなことはないだろう? 現に今だって――」
「いや、後は自分で研鑽し、技を練ればよい。皆伝さ」
この言葉に、俺はなにもいえなくなってしまう。
(……ついに、この時が来たのか)
覚悟はしていたつもりだ。
だが、俺の心は激しく動揺していた。
「ベルクよ、オヌシは強い。その力で皆を守ってやってくれ」
そのままスケサンの体が崩れ落ちた。
ガシャリと乾いた音が響く。
「スケサンっ!?」
たまらず俺が声を上げる。
すると、骨の山から反応が返ってきた。
「まだ生きておるよ。体が維持できなくなっただけさ」
俺は慌ててスケサンの頭部を持ち上げる。
すると、見慣れたしゃれこうべは何事もなかったかのように「カカカ」と笑った。
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