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111話 スケサン・エクスペディション3

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 スケサンと合流してからのムラトの動きは素早かった。

 山塞を手早く片づけ、山を下る。

 そのまま平地を進み、半日ほどで廃村に陣取った。
 非戦闘員は近くの岩場に身を隠すようだ。

 このもの慣れた様子にはさすがのスケサンも感心するほかはない。

 ムラトの手勢は少ないが、スケルトン隊が届けた武具を身につけ士気は高い。
 優れた装備は兵を勇気づけるのだ。

 彼らは初めこそスケルトン隊を恐れ、遠巻きにしていた。
 だが『魔王ベルク』からの援軍と知り、また一糸乱れぬスケルトンの統率を間近で見ることにより、すぐに恐れは畏怖に変わったようだ。
 しきりに「強そうだな」「立派な兜だ」などとヒソヒソとささやき合っている。

「ふむ、山塞はあのままかね?」

 スケサンの問いにムラトは「分隊もいるのだ、また使うこともある」と素っ気なく答えた。

 どうやら分隊とは名ばかりで、ほぼ独立した存在らしい。

「この廃村は我らに襲撃され、放棄されたのだ。俺が単独で襲い、半年後に奴隷だったブタ人と襲った」

 ムラトの言葉にスケサンは「そうか」と頷いた。

 恐らく奴隷の報復は凄惨なモノだったのだろう。
 この廃村に無事な建物はない。

「して、どこに戦を仕掛けるのだね? 正直にいえばあまり数を減らすような無理はしたくないのだ」
「そちらは手伝い戦だからな。無論だ」

 ムラトは潔く「我らが矢面に立つ」と認めた。
 なかなかできることではない。

(実にさわやかな武者ぶりよな)

 スケサンはムラトをすっかり見直していた。
 この男、とにかく戦に真摯なのだ。

『人間と戦い、勝つ』

 このことのみに全力を傾け、取れる手段は可能な範囲で全て打っている。
 やや傲慢なところはあるが、それは戦士としての自負ゆえのことだろう。

(ベルクやファリードどのもそうだが、このムラトは実によい。ベルクよりも会うのが先であったなら、共に戦い続けたかも知れぬな)

 スケサンはムラトがスッカリと気に入ってしまった。
 どうも鬼人とは波長が合うらしい。

「この先に小さな村落がある。そのすぐ先には都市だ」

 ムラトはガリガリと地面に簡単な地形図を描く。
 スケサンは『意外と絵心があるな』などと思わぬところで感心をした。

「この村を我らが襲う。すると、都市から援軍が出るだろう。多く見積もって200はおらぬだろう。我らは援軍を確認して引き上げる……ここを、こうだな」

 ムラトは矢印をガリガリと現在地の側まで伸ばす。

「我らが、こうして退く。そこを叩いてくれ」
「なるほど、待ち伏せか。だが偽装撤退は危険が伴う。我らが敵前で迂回して半包囲する手もあるぞ?」

 スケサンはガリガリと地形図に迎撃案を書き加える。
 だが、この提案をムラトは「ダメだ」と一蹴した。

「こちらの数が多いと迎撃の兵が増える。下手をすれば出て来ないだろう。適度に油断を誘いたい」
「味方を見捨てるのか? バカな、それでは統治ができぬではないか」

 そもそも、統治の基本とは『守ってやるから従え』だ。
 それがないのに命に服したり税を納めたりするはずがないではないか。

 そこをスケサンが指摘すると、ムラトは「あるではないか」と素っ気なく答えた。

「この村は2度の襲撃を受けたのだ。1度目の後に兵を配置することすらしなかったのだ」

 これにはスケサンも「むう」と唸るしかない。

「兵がまわせぬとは予想よりも疫病の被害が大きいのかも知れぬな。ひょっとしたら私の知る統治体制とは全く別の可能性もあるが……」

 スケサンが悩みはじめるが、ムラトにはあまり興味がないらしい。

「知らん。待ち伏せをしたいが承知か、不承知か」

 この重ねての言葉にスケサンも「よかろう」と頷いた。
 不思議な話ではあるが、人間の統治はここで考えても分からないことだ。
 ならば考えない、これはムラトが正しい。

「補給を必要としない我らは待ち伏せに向いている。物陰に潜めば遠目からではむくろにしか見えぬからな」
「ようし、決まりだ! 始めるのは明日の朝だ!」

 ムラトは威勢よく手を叩き、ゴロリと転がった。
 それに倣い、配下の獣人たちも体を休めはじめる。

 なかなか慣れた様子に、スケサンは「ほう」と感心した。

 戦の前は気がたかぶり、しっかりと休めないものだ。
 中には眠れない者もいるようだが、無理矢理にでも目をつぶり体を休めている様子が見て取れる。

「我らは見張りだ。20番台が率いる小隊は交代で周辺を警戒し、兵を伏せられる場所を探せ。他は待機し、変事に備えよ」

 さすがにこの廃村で100人が伏せていては丸見えである。
 周辺の地形を把握し、伏兵を置ける場所を探すのは必要なことだ。

 スケサンがムラトをここまで助けるのは、個人的な感情以外にも理由がある。

『この者らを盾にし、里を守る』

 これが、偵察を重ねたスケサンの答えだ。

 ムラトが暴れているなら支援し、少しでも長引くように仕向ける。
 今回の助太刀も、そのために必要だと判断した。

 人間にムラトへの恐怖を植えつけるのだ。

(仕方あるまいよ。この世界の人間個人とは共存できても、人間社会とごちゃまぜ里は共存できぬ)

 これが、スケサンの出した結論なのだ。

 そのために、ムラトらにごちゃまぜ里と人間社会との間に緩衝地帯をつくらせる。

 無論、人間らも反撃をするだろうが、いざとなれば付けたスケルトンに案内させて荒野に逃げ込めばよい。
 スケルトンの砦に籠れば大軍とてやり過ごせるだろう。

 解放奴隷たちの中継地として拓くつもりだった里も、本格的にムラトへ後方支援を行う基地にすればよい。
 繁殖力の旺盛なブタ人が後方で数を増やせば『解放者』ムラトのために馳せ参じる者も増えるだろう。
 いや、そう教育すればよい。

(ベルクやアシュリンは嫌がるであろうが……)

 そう、これはスケサンの独断だ。
 わがままといってもよい。

(あの里は優しい夢の世界ゆえ、な)

 夢の世界を守るために、現実は少しでも離しておきたい。

(これが、私の最後の仕事になるだろうよ)

 スケサンは密かに決意を固めていた。



■■■■


絵心

絵に対する理解や嗜み、または絵を好む気持ちのこと。
よく勘違いされるが画力のことではない。
ムラトが描いた地図はごく簡素なものと思われるが、要諦をよく掴んでおり、スケサンは過不足なく理解できた。
恐らく地形に対する観察力があるのだろう。
ちなみに絵が下手なのはアシュリンなのだが、この設定を使うときがくるのだろうか。
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