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110話 スケサン・エクスペディション2

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 荒野を抜け、まばらに下草が生える高台にスケルトン隊はいた。
 半月近くかけて地形を調査したために時間はかかったが、今後はスケルトンのみならばガイドなしでも往復できるだろう。

(さて、あとはムラトどのへの連絡つなぎだが……)

 こればかりはどうにもならない。
 つてのあるラクダ人を探して回るか――

(あるいは、こちらが目だつかだな)

 スケサンは「ふむ」と考え、彼方に見える寒村に目をつけた。
 恐らくは開拓村であろう。
 郊外で牧畜している男たちが散見できる。

(数は30~40戸、軍が駐留している気配もない。防備は獣よけの柵のみだな)

 どうやら外れか、とスケサンは嘆息した。
 どう見てもムラトの襲撃を警戒をしている姿ではない。

(まあよい、スタブロスの地図では東に人の都市は集中していた。ならば外縁部……西を探せばよい)

 無理に会わずとも、人間の世界を偵察できればよいのだ。
 数ヶ所で大物見おおものみ(威力偵察)をし、ムラトと接触できなければ引き上げてもよい。

「よし、はらは決まった。2列横隊となり、あの村に接近する。数がいるように見せるため、間隔を空け、土煙を上げろ。わざと地を蹴るのだ」

 まだ日は高いが、その方が発見されやすく好都合だ。

 整列したスケルトン隊が土煙をたてながら近づくと、牧畜を営んでいた者らが大声を上げ、慌てて駆け出した。

 谷間に位置する開拓村の側には涸川ワジがあり、井戸を掘れば水が出るのだろう。
 だが、軍事的に見れば最悪だ。
 高台からまる見えなのである。

 何をするでもなく、スケルトン隊がゆっくりと近づくだけで村は大混乱に陥り、火災が発生した。
 里を捨てて逃げる者、その場でうずくまるもの、決死の覚悟でこちらに立ち向かう者もいる。

「殺すまでもない。無力化し、村に放り込め」

 立ち向かうものは数人、ろくな装備も身につけていない。
 訓練を重ねたスケルトン隊の敵ではなく、時間稼ぎにもならずに叩き伏せられた。
 スケルトン隊の練度は村の力自慢ではどうにもならぬほどに高いのだ。

(しかし、数が少ないな……疫病の影響か?)

 スケサンが見たところ、デタラメに迎撃に出た者や、門を閉める男の数は少ない。
 逃げ出したり、震え上がっている者がいるにしても少ないのだ。

 そのままゆっくりと村に接近すると、中でなにやら争いの気配がする。
 奴隷でも反乱を起こしたのだろうか?

 ムラトであれば突入し、村を制圧するのかもしれない。
 だが、スケサンは「十分だ」と判断し、隊を西へ転進させた。

 目的は偵察である。
 この地の人間はムラトへの備えはなく、抵抗は弱い。
 ここは少なくともムラトの活動範囲からは遠く、固執する理由は皆無だ。

 スケルトン隊は西に向かい、やがて荒野に消えた。
 炎上し、争いの喧騒に包まれる開拓村を残して。



☆★☆☆



 さらに半月後、スケサンの眼前にはムラトがいた。
 もくろみ通り、西へ西へと繰り返した大物見をムラトが気づき、接触を果たしたのだ。

 ここはムラトの本拠地の山塞……とはいえ、すぐに移してしまう仮住まいらしい。
 100人にも満たない規模だが、世話役の女たちをしっかりと武装した男たちで固めている。
 ブタ人が多いが、イヌ人やリザードマンの姿も確認できた。

「こうまで早く再会できるとはな。スケサンよ」
「うむ、ムラトどのが送り込んだ奴隷の件でな」

 ムラトは「ムラトでよい」と素っ気なく応じた。
 あまり脈絡がない不器用な会話だが、スケサンへ敬意を表したのだ。

「うむ、あの者たちだが、ごちゃ混ぜ里にたどり着くまでに半数が死んだ。残りは受け入れたが、この結果はよくない」

 スケサンの言葉を聞き、ムラトは「むう」と唸る。
 彼にしても不本意な結果だったようだ。

「そこで、だ。今後の受け渡しのために荒野を抜けた先、森の手前に中継地を築きたい」
「なるほど、たしかに荒野の先で休めれば楽だ。よかろう、送る人数を増やしてやる」

 スケサンとムラト、相性がよいのか会話の進行が早い。

「今後、送られる者を中心とし、いずれはムラトの活動を援助させるのもよいだろう」
「それはいいな。オヌシはこの戦、どう見た?」

 ムラトはニヤリと笑い、スケサンは「ふむう」と自らのアゴをなでる。
 この戦いの評価を問われたのだ。
 いい加減な答えはできない。

「少数による散発的な反復攻撃かね?」
「そうだ。拠点は絶えず動かしておる。ここの他にも別行動している分隊がいくらかいるが、まあ、それは数に入れなくともよい」

 ようは拠点を移動させながらのゲリラだ。
 目眩ましの分隊までいるとなると、人間がムラトを捕捉するのは極めて困難に思える。

「今まで物見を重ねた状況を見るに、人間は疫病か……何らかの理由で数を減らしている。里の規模よりも数が少ないようだ」
「うむ、同感だ。百を超える軍を派遣されたのは都市の近郊を襲うときのみ」

 ムラトの言葉を聞き、スケサンは頷いた。
 この男、勝算なしではないのだ。

「拠点を構えずに身を隠し続ければ勝てるかもしれぬな。地道に襲撃し、奴隷を解放し続ければ人間が根負けして土地を放棄することは……ないとはいえぬ」

 スケサンの言葉を聞き、ムラトは「ぐっふっふ」と不敵に笑う。
 我が意を得たといわんばかりだ。

「解放した奴隷が後方に町を作るか。ぐっふっふ、さすがはベルクよ。これでさらに逃げる者が増える」

 このアイデアはスケサンのみのもので、ベルクはまだ知りもしない。
 だが、ムラトはベルクから出たものだと勘違いしたようだ。

 だが、スケサンはあえて指摘はしない。
 ムラトたちの士気が上がるのなら勘違いしたままでよいと判断したのだ。

(このまま戦い続ける分には問題なかろう。だが、勝利を重ねれば配下に欲が生まれる。土地を持ち、人間から守る形になれば……いずれはすり潰されてしまうだろう)

 スケサンは内心で『そこが分水嶺だ』と断じたが、あえて言及は避けた。

 いまのムラトらは流れに乗っている。
 それに水を差すのはまずいと判断したのだ。

「いずれにせよ、ムラトがここで暴れてくれれば大森林への関心も薄れるであろう。物資をいくらか持ってきた。使ってほしい」

 スケサンは運んできた食料と武器を並べると、ムラトは手を打って「ありがたし」と喜んだ。

「矢は助かる。なかなか作れぬのだ」
「ならば次からは矢を増やそう」

 スケサンは振り返り「ホネジュウ、ホネジュウゾウ、小隊と共に前へ出よ」と指示を出した。
 五人組が2つ、10人だ。

「この者らを連絡用に残そう。こちらから人間の死体を運び出す。帰りに矢を持たせよう。半数を残し、もう半数を行き来させるのだ」
「ほう、それはよい。こちらからは敵の死体でよいのか」

 ムラトは実に愉快げに笑う。
 歯を剥き出しにした恐ろしい笑いだ。

「スケサンよ、せっかくここまで来たのだ。帰る前にひと戦といかぬか?」

 ムラトは実に楽しそうだ。
 その姿は友人を遊びに連れ出すような気安さがある。
 戦が楽しくて仕方がないのだろう。

 スケサンはアゴに手を当て「ふむう」と少し考えた。



■■■■


涸川ワジ

文字通り流水のない涸れた川。
乾燥地帯でよく見られ、季節によっては水が流れることもある。
豪雨などで鉄砲水がまま発生するため、涸川を横断するときは注意が必要。
地下水脈がある場合が多く、オアシスができるときもある。
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