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72話 人間の襲来
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司祭ネストルの報告を受け、総主教フィロポイメン2世は南方の大森林を魔境に指定した。
魔境とは人間に敵対する魔族の支配地域のことだが、大森林全体となると異例の規模の指定となる。
それだけ新たな魔王の顕現を重く見たのだ。
魔境ともなれば、もはや探検家ではなく冒険者の出番である。
冒険者とは征服者とも呼ばれる荒事の専門家だ。
人間同士の争いでは傭兵となり、魔族との争いでは冒険者となる。
彼らは一攫千金を狙い、魔境に挑む。
土地、財宝、奴隷などの戦利品は莫大な利益を生み出すのだ。
この新たな魔境に挑むのは勇者メナンドロス。
若い頃から戦働きで名を挙げ、一党を率いて魔境を征服したのは1度や2度ではない。
鬼人王との戦いでも活躍したことで知られている。
年のころは30代半ば、脂の乗りきった戦職人だ。
メナンドロスの一党は41人ほど。
先ずは東方の岬に全員で前線基地を設営する。
この作業は大変だが必要なものだ。
前線基地の有無は実働部隊の活動に大きな差をもたらすだろう。
設営を終え、メナンドロスは一党を三隊に分けた。
実働部隊に20人、前線基地の維持に11人、前線基地と東カルキス正教国を往復する輸送隊に10人だ。
「この基地の維持が今回の生命線だ。野郎ども抜かるんじゃねえぞ」
メナンドロスは檄を飛ばしながら自ら積極的に基地の設営に参加する。
前線基地は予備の装備、人員、物資、戦利品などの集積地であり、舟の修復などの機能も備える本格的なものだ。
実働部隊が敗北した場合は撤退する砦にもなる。
この慎重な用兵こそがメナンドロスが実績を重ねられた要因であった。
無論、誰にでもできることではない。
血気にはやる冒険者たちを完全に統率する力量こそが、メナンドロスを勇者足らしめているのである。
資金と時間を十分に費やし前線基地を完成させた時には、季節は春を終えようとしていた。
メナンドロスが完成したこの基地をメナンドロポリスと名づけたのは、彼の並々ならぬ自己顕示と野心を示しているといってもよい。
20人の冒険者を乗せた4隻の舟は沿岸を南に進み、河口へと到達する。
皆が一騎当千の勇士であり、優れた鉄の武具で身を固めていた。
舟に余裕があるのは戦利品を持ち帰るためである。
湿地帯を抜け河口から遡上し、大森林に至る。
ここまでは順調だ。
「不気味な森だぜ」
「見ろよ、あんなデケエ虫を見たのは初めてだ」
さすがの冒険者たちも前人未到の地に分け入り動揺を隠しきれない様子だ。
もちろんメナンドロスも緊張している。
おそらく、初戦の相手はワーウルフ。
そこで手間取っては援軍を呼ばれてしまうだろう。
(……混沌の王、か)
メナンドロスが聞くところによると、混沌の王は強力な軍隊を率いる魔族の大男だという。
まともにぶつかるわけにはいかない。
ワーウルフの小王国を攻撃し、略奪で成果を得た時点でサッと退く。
これが今回のプランだ。
緻密な計画は戦場ではうまくいかない。
大まかな方針だけを決め、あとは臨機応変に対応するしかないだろう。
何度か浅く略奪をし、利益と名声を得る……これがメナンドロスのもくろみである。
川を遡上すると、カアン! カアン! カアン! カアン! と金属が打ち鳴らされる音が鳴り響いた。
見れば川の先に櫓が組まれており、発見されたようだ。
簡易的ではあるが木と石の防壁も見てとれる。
「チッ、先に来たヤツラは何をやらかしたんだ! ワーウルフはカンカンに怒ってるぜ!」
「構わん! 盾を並べろ! 舟で接近するぞ!!」
メナンドロスが味方を鼓舞し、舟を進めると防壁にワーウルフやコボルドが現れ、こちらに弓を構えている。
防壁に気をとられていると、ガツンと舟が大きく揺れた。
「座礁だ! 気をつけろ! 振り落とされるな!」
「違う! 杭だ! 川に杭が仕込まれてるぞ!」
冒険者たちが口々に騒ぎ立てる。
水中に乱杭が埋め込まれており、舟の侵入を妨げているようだ。
そこにワーウルフたちが矢を射かけてくるのだからたまらない。
(なんだと!? 金の矢尻!? いや、鋭すぎる!)
メナンドロスは自らの盾を貫いた矢尻を見て愕然とした。
その矢尻は黄金のように輝いていたのだ。
ワーウルフは剽悍で剛力。
それが長弓で鑿のように鋭く長い矢尻を持つ矢を打ち込んでくる。
重い矢尻は容易く盾を割り、そこかしこで悲鳴が上がった。
「すぐ舟を接岸しろ! 盾を下げるな、強い矢尻は一部だけだ! 怯むな、落ちつけ! 石や骨の矢尻が大半だぞ!!」
メナンドロスは味方を叱咤し、すぐに上陸を試みた。
部下の冒険者たちも名うての猛者ぞろいである。
冒険者たちはすぐさま舟を回頭し、陸で盾を並べ、亀甲陣形を敷いた。
亀甲陣形とは、盾を並べて密集し、守りを固める陣形だ。
素早い進退は不可能だが、今はとにかく態勢を整えたい。
「落ち着け、死んだヤツはいるか?」
盾を割る矢があるとはいえ、密集して重ねれば貫かれることはない。
メナンドロスが被害を確認すると、腕や肩を盾ごと貫かれた者はいても死者はいないようだ。
「おい、あれを見ろメナンドロス! アイツら逃げていくぞ!」
相棒であり副長格のヒッピアスが声を上げた。
城門が開け放たれ、女や子供、老人らが走り去っていく。
恐らくは非戦闘員を逃がしたのだ。
魔族や蛮族を捕まえ、奴隷を確保することは一党の大切な財源である。
彼は『追撃をして利益を得たい』と主張しているのだ。
そして、それは命懸けで利益を得る冒険者たち共通の欲望である。
「よく見ろ、殿には武装したコボルドの亜種がいるぞ。下手に追いかけては挟み撃ちだ。一か八かはまだ早い」
メナンドロスは冷静に状況を把握し、ヒッピアスをたしなめた。
「亀甲陣のまま、城壁に取りつくぞ! ヒッピアス! ヘカタイオス! 準備はいいな!!」
メナンドロスの指示で亀甲陣のまま、冒険者たちは進軍を開始した。
一子乱れぬ統率は、この集団が並々ならぬ戦場をくぐり抜けてきた証明だ。
城壁は簡素だが、鎖帷子と鉄兜を着込んだ身では乗り越えられない。
城門を破壊するしかないとメナンドロスは即断した。
城壁からはワーウルフやコボルドがしきりに矢と投石で攻撃を仕掛けてくるが、ここで退いては陣形は崩れ、全滅してしまうだろう。
文字通り矢石の中を耐えながら亀甲陣は進む。
足を射られ、倒れた冒険者に金色の矢尻が突き立った。
恐らくは即死だが構ってはいられない。
城門では大力のヒッピアスと巨漢のヘカタイオスが鎚と鉞をふるう。
メキメキと門は悲鳴を上げるが、なかなか壊れそうもない。
味方は必死で盾を掲げ、門を破壊する2人を守る。
(クソッ、思ったよりも固いな……このままではジリ貧だが)
幸い、敵の数は多くはない。
恐らくは逃げた非戦闘員の護衛に割いたのだろう。
だが、こうも一方的に攻撃を受け続けては士気が崩壊して陣形を維持できなくなる。
どれほど時が流れただろか。
硬直した状況を破ったのは城内だ。
城門から少し離れた場所、城壁から守り手のコボルドたちが飛び下りた。
メナンドロスは奇襲を警戒したが、コボルドたちは冒険者たちに見向きもせずに走り出す。
(守りきれずと見て脱走したか? だが、それにしておかしい)
コボルドたちは非戦闘員たちと同じ方向へ逃げ出すようだ。
しかし、その足並みは揃っており算を乱して逃げ出したようにはとても見えない。
「まて! 様子がおかしいぞ! 気をとられるな!!」
メナンドロスは仲間を制止したが、遅きに失した。
数人の冒険者が血気にはやり、コボルドの動きに釣られてしまったのだ。
こうなっては亀甲陣は役に立たない。
盾を揃えられなければ単なる密集した群だ。
そこを見計らったように城門は開け放たれ、中からワーウルフたちが錐を揉み込むように飛び込んできた。
わずかに4人、だが決死の覚悟のワーウルフだ。
密集したメナンドロスたちは武器を振るう余地もない。
もはや敵も味方もない大乱闘となった。
ワーウルフたちの持つ黄金の斧や槍は容易く鎖帷子を引き裂き、兜を割る。
「囲めっ! 囲めっ! 敵は少ないぞ! 距離をとれ!!」
メナンドロスは必死で叫び、目の前のひときわ大きなワーウルフと数合ほど渡り合った。
ただでさえワーウルフは獰猛な魔族として知られているが、この個体は特別だ。
硬革の鎧兜に身を包み、左右に持つ黄金色の斧を気が狂ったように振り回している。
いかにメナンドロスといえども一対一では敵わぬ相手だったろう。
だが、人間の冒険者は魔族の狩人である。
徐々に落ち着きを取り戻し、数を頼みにワーウルフを確実に仕留めていく。
戦闘が終わり、ワーウルフが全て動かなくなる頃には冒険者たちの被害も凄まじいものとなった。
死者が4、負傷に至ってはほぼ全員だ。
これほどの被害をだしたことからも分かるように、以後の作戦行動は継続できない。
「今回はここまでか、戦利品をまとめて撤収だ。怪我人の手当てを急げ」
動ける冒険者たちはすぐさま集落を探索し、戦利品の回収にかかった。
すでに集落はもぬけの殻で、戦闘がなかったのは幸いだったろう。
メナンドロスもワーウルフたちの武具や矢尻を回収し、それをしげしげと眺めた。
(不思議な金属だ。これが噂に聞く真実の黄金なのか?)
恐らくはそうなのだろう。
黄金に等しい価値があるとするならば大戦果といえる。
「ヒュー、すげえな。そいつとワーウルフの毛皮だけでお釣りがくるぜ。首級もあるしな」
「ヒッピアス、仲間が死んだんだ。そんないい方はよせ。遺体は装備を外して舟と流そう」
命懸けの冒険者は徹底して打算的だ。
仲間が死ねば装備を回収し、舟は動かす人員が足りなくなれば水葬の棺として用いる。
仲間を悼む気持ちはあるが、明日は我が身の冒険者だ。
冷たいようだが必要以上のことはしない。
恐らくはメナンドロスが死んでも同じ扱いだ。
「舟が減るんだ、価値の低いものは置いていけ。荷物をまとめたら死者を流して帰還するぞ」
舟に物資が次々に積まれていくが、重傷者を乗せるとそれほど量は運べないだろう。
(だが、今回はこれで満足し次回で取り戻せば――いや、次回だと?)
ここまで考えてメナンドロスはゾッとした。
油断をついた初回ですらこれほど手こずったのだ。
次の遠征はより厳しいものになるだろう。
「いや、待て。徹底して家探しをしろ。次は厳しい戦いになる。稼げるときに稼がなくては」
メナンドロスの言葉に冒険者たちが歓声を上げる。
略奪は士気を高める効果もある。
無駄ではないだろう。
「だが翌朝までまつことはできん! 舟にかがり火を用意し、縄で繋げろ! 夜間の航海になるからな!」
ワーウルフの解体、家探し、舟の用意。
思いの外に時間を消費してしまうが、夜間ならば敵も素早く軍を動かせないだろう。
十分に間に合うはずだとメナンドロスは慎重に策を練る。
(……む、獣の鳴き声か?)
どこかで遠吠えが聞こえた気がした。
■■■■
冒険者
魔境を踏破し、人に仇なす魔族や蛮族と戦い、土地や財物を奪う存在。
特に優れた成果を持ち帰った者は勇者と呼ばれ、英雄視される。
荒くれぞろいの武装集団であるため平時には傭兵や町の用心棒となることが多い。
犯罪組織と化すたちの悪いものもしばしば。
魔境とは人間に敵対する魔族の支配地域のことだが、大森林全体となると異例の規模の指定となる。
それだけ新たな魔王の顕現を重く見たのだ。
魔境ともなれば、もはや探検家ではなく冒険者の出番である。
冒険者とは征服者とも呼ばれる荒事の専門家だ。
人間同士の争いでは傭兵となり、魔族との争いでは冒険者となる。
彼らは一攫千金を狙い、魔境に挑む。
土地、財宝、奴隷などの戦利品は莫大な利益を生み出すのだ。
この新たな魔境に挑むのは勇者メナンドロス。
若い頃から戦働きで名を挙げ、一党を率いて魔境を征服したのは1度や2度ではない。
鬼人王との戦いでも活躍したことで知られている。
年のころは30代半ば、脂の乗りきった戦職人だ。
メナンドロスの一党は41人ほど。
先ずは東方の岬に全員で前線基地を設営する。
この作業は大変だが必要なものだ。
前線基地の有無は実働部隊の活動に大きな差をもたらすだろう。
設営を終え、メナンドロスは一党を三隊に分けた。
実働部隊に20人、前線基地の維持に11人、前線基地と東カルキス正教国を往復する輸送隊に10人だ。
「この基地の維持が今回の生命線だ。野郎ども抜かるんじゃねえぞ」
メナンドロスは檄を飛ばしながら自ら積極的に基地の設営に参加する。
前線基地は予備の装備、人員、物資、戦利品などの集積地であり、舟の修復などの機能も備える本格的なものだ。
実働部隊が敗北した場合は撤退する砦にもなる。
この慎重な用兵こそがメナンドロスが実績を重ねられた要因であった。
無論、誰にでもできることではない。
血気にはやる冒険者たちを完全に統率する力量こそが、メナンドロスを勇者足らしめているのである。
資金と時間を十分に費やし前線基地を完成させた時には、季節は春を終えようとしていた。
メナンドロスが完成したこの基地をメナンドロポリスと名づけたのは、彼の並々ならぬ自己顕示と野心を示しているといってもよい。
20人の冒険者を乗せた4隻の舟は沿岸を南に進み、河口へと到達する。
皆が一騎当千の勇士であり、優れた鉄の武具で身を固めていた。
舟に余裕があるのは戦利品を持ち帰るためである。
湿地帯を抜け河口から遡上し、大森林に至る。
ここまでは順調だ。
「不気味な森だぜ」
「見ろよ、あんなデケエ虫を見たのは初めてだ」
さすがの冒険者たちも前人未到の地に分け入り動揺を隠しきれない様子だ。
もちろんメナンドロスも緊張している。
おそらく、初戦の相手はワーウルフ。
そこで手間取っては援軍を呼ばれてしまうだろう。
(……混沌の王、か)
メナンドロスが聞くところによると、混沌の王は強力な軍隊を率いる魔族の大男だという。
まともにぶつかるわけにはいかない。
ワーウルフの小王国を攻撃し、略奪で成果を得た時点でサッと退く。
これが今回のプランだ。
緻密な計画は戦場ではうまくいかない。
大まかな方針だけを決め、あとは臨機応変に対応するしかないだろう。
何度か浅く略奪をし、利益と名声を得る……これがメナンドロスのもくろみである。
川を遡上すると、カアン! カアン! カアン! カアン! と金属が打ち鳴らされる音が鳴り響いた。
見れば川の先に櫓が組まれており、発見されたようだ。
簡易的ではあるが木と石の防壁も見てとれる。
「チッ、先に来たヤツラは何をやらかしたんだ! ワーウルフはカンカンに怒ってるぜ!」
「構わん! 盾を並べろ! 舟で接近するぞ!!」
メナンドロスが味方を鼓舞し、舟を進めると防壁にワーウルフやコボルドが現れ、こちらに弓を構えている。
防壁に気をとられていると、ガツンと舟が大きく揺れた。
「座礁だ! 気をつけろ! 振り落とされるな!」
「違う! 杭だ! 川に杭が仕込まれてるぞ!」
冒険者たちが口々に騒ぎ立てる。
水中に乱杭が埋め込まれており、舟の侵入を妨げているようだ。
そこにワーウルフたちが矢を射かけてくるのだからたまらない。
(なんだと!? 金の矢尻!? いや、鋭すぎる!)
メナンドロスは自らの盾を貫いた矢尻を見て愕然とした。
その矢尻は黄金のように輝いていたのだ。
ワーウルフは剽悍で剛力。
それが長弓で鑿のように鋭く長い矢尻を持つ矢を打ち込んでくる。
重い矢尻は容易く盾を割り、そこかしこで悲鳴が上がった。
「すぐ舟を接岸しろ! 盾を下げるな、強い矢尻は一部だけだ! 怯むな、落ちつけ! 石や骨の矢尻が大半だぞ!!」
メナンドロスは味方を叱咤し、すぐに上陸を試みた。
部下の冒険者たちも名うての猛者ぞろいである。
冒険者たちはすぐさま舟を回頭し、陸で盾を並べ、亀甲陣形を敷いた。
亀甲陣形とは、盾を並べて密集し、守りを固める陣形だ。
素早い進退は不可能だが、今はとにかく態勢を整えたい。
「落ち着け、死んだヤツはいるか?」
盾を割る矢があるとはいえ、密集して重ねれば貫かれることはない。
メナンドロスが被害を確認すると、腕や肩を盾ごと貫かれた者はいても死者はいないようだ。
「おい、あれを見ろメナンドロス! アイツら逃げていくぞ!」
相棒であり副長格のヒッピアスが声を上げた。
城門が開け放たれ、女や子供、老人らが走り去っていく。
恐らくは非戦闘員を逃がしたのだ。
魔族や蛮族を捕まえ、奴隷を確保することは一党の大切な財源である。
彼は『追撃をして利益を得たい』と主張しているのだ。
そして、それは命懸けで利益を得る冒険者たち共通の欲望である。
「よく見ろ、殿には武装したコボルドの亜種がいるぞ。下手に追いかけては挟み撃ちだ。一か八かはまだ早い」
メナンドロスは冷静に状況を把握し、ヒッピアスをたしなめた。
「亀甲陣のまま、城壁に取りつくぞ! ヒッピアス! ヘカタイオス! 準備はいいな!!」
メナンドロスの指示で亀甲陣のまま、冒険者たちは進軍を開始した。
一子乱れぬ統率は、この集団が並々ならぬ戦場をくぐり抜けてきた証明だ。
城壁は簡素だが、鎖帷子と鉄兜を着込んだ身では乗り越えられない。
城門を破壊するしかないとメナンドロスは即断した。
城壁からはワーウルフやコボルドがしきりに矢と投石で攻撃を仕掛けてくるが、ここで退いては陣形は崩れ、全滅してしまうだろう。
文字通り矢石の中を耐えながら亀甲陣は進む。
足を射られ、倒れた冒険者に金色の矢尻が突き立った。
恐らくは即死だが構ってはいられない。
城門では大力のヒッピアスと巨漢のヘカタイオスが鎚と鉞をふるう。
メキメキと門は悲鳴を上げるが、なかなか壊れそうもない。
味方は必死で盾を掲げ、門を破壊する2人を守る。
(クソッ、思ったよりも固いな……このままではジリ貧だが)
幸い、敵の数は多くはない。
恐らくは逃げた非戦闘員の護衛に割いたのだろう。
だが、こうも一方的に攻撃を受け続けては士気が崩壊して陣形を維持できなくなる。
どれほど時が流れただろか。
硬直した状況を破ったのは城内だ。
城門から少し離れた場所、城壁から守り手のコボルドたちが飛び下りた。
メナンドロスは奇襲を警戒したが、コボルドたちは冒険者たちに見向きもせずに走り出す。
(守りきれずと見て脱走したか? だが、それにしておかしい)
コボルドたちは非戦闘員たちと同じ方向へ逃げ出すようだ。
しかし、その足並みは揃っており算を乱して逃げ出したようにはとても見えない。
「まて! 様子がおかしいぞ! 気をとられるな!!」
メナンドロスは仲間を制止したが、遅きに失した。
数人の冒険者が血気にはやり、コボルドの動きに釣られてしまったのだ。
こうなっては亀甲陣は役に立たない。
盾を揃えられなければ単なる密集した群だ。
そこを見計らったように城門は開け放たれ、中からワーウルフたちが錐を揉み込むように飛び込んできた。
わずかに4人、だが決死の覚悟のワーウルフだ。
密集したメナンドロスたちは武器を振るう余地もない。
もはや敵も味方もない大乱闘となった。
ワーウルフたちの持つ黄金の斧や槍は容易く鎖帷子を引き裂き、兜を割る。
「囲めっ! 囲めっ! 敵は少ないぞ! 距離をとれ!!」
メナンドロスは必死で叫び、目の前のひときわ大きなワーウルフと数合ほど渡り合った。
ただでさえワーウルフは獰猛な魔族として知られているが、この個体は特別だ。
硬革の鎧兜に身を包み、左右に持つ黄金色の斧を気が狂ったように振り回している。
いかにメナンドロスといえども一対一では敵わぬ相手だったろう。
だが、人間の冒険者は魔族の狩人である。
徐々に落ち着きを取り戻し、数を頼みにワーウルフを確実に仕留めていく。
戦闘が終わり、ワーウルフが全て動かなくなる頃には冒険者たちの被害も凄まじいものとなった。
死者が4、負傷に至ってはほぼ全員だ。
これほどの被害をだしたことからも分かるように、以後の作戦行動は継続できない。
「今回はここまでか、戦利品をまとめて撤収だ。怪我人の手当てを急げ」
動ける冒険者たちはすぐさま集落を探索し、戦利品の回収にかかった。
すでに集落はもぬけの殻で、戦闘がなかったのは幸いだったろう。
メナンドロスもワーウルフたちの武具や矢尻を回収し、それをしげしげと眺めた。
(不思議な金属だ。これが噂に聞く真実の黄金なのか?)
恐らくはそうなのだろう。
黄金に等しい価値があるとするならば大戦果といえる。
「ヒュー、すげえな。そいつとワーウルフの毛皮だけでお釣りがくるぜ。首級もあるしな」
「ヒッピアス、仲間が死んだんだ。そんないい方はよせ。遺体は装備を外して舟と流そう」
命懸けの冒険者は徹底して打算的だ。
仲間が死ねば装備を回収し、舟は動かす人員が足りなくなれば水葬の棺として用いる。
仲間を悼む気持ちはあるが、明日は我が身の冒険者だ。
冷たいようだが必要以上のことはしない。
恐らくはメナンドロスが死んでも同じ扱いだ。
「舟が減るんだ、価値の低いものは置いていけ。荷物をまとめたら死者を流して帰還するぞ」
舟に物資が次々に積まれていくが、重傷者を乗せるとそれほど量は運べないだろう。
(だが、今回はこれで満足し次回で取り戻せば――いや、次回だと?)
ここまで考えてメナンドロスはゾッとした。
油断をついた初回ですらこれほど手こずったのだ。
次の遠征はより厳しいものになるだろう。
「いや、待て。徹底して家探しをしろ。次は厳しい戦いになる。稼げるときに稼がなくては」
メナンドロスの言葉に冒険者たちが歓声を上げる。
略奪は士気を高める効果もある。
無駄ではないだろう。
「だが翌朝までまつことはできん! 舟にかがり火を用意し、縄で繋げろ! 夜間の航海になるからな!」
ワーウルフの解体、家探し、舟の用意。
思いの外に時間を消費してしまうが、夜間ならば敵も素早く軍を動かせないだろう。
十分に間に合うはずだとメナンドロスは慎重に策を練る。
(……む、獣の鳴き声か?)
どこかで遠吠えが聞こえた気がした。
■■■■
冒険者
魔境を踏破し、人に仇なす魔族や蛮族と戦い、土地や財物を奪う存在。
特に優れた成果を持ち帰った者は勇者と呼ばれ、英雄視される。
荒くれぞろいの武装集団であるため平時には傭兵や町の用心棒となることが多い。
犯罪組織と化すたちの悪いものもしばしば。
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アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
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相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
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