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46話 崩壊

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 冬、その日はおかしな日だった。

 朝、目覚めたら鳥の声がしなかった。
 いつもは里からのおこぼれを狙った小鳥が食堂の近くに集まっているのだが、姿が見えない。

(まあ、こんな日もあるのかね?)

 鳥の考えは分からない。
 変だなとは思いつつも俺はそこで思考を止めた。

 少し騒がしいが、飼育小屋でパコが暴れているようだ。
 珍しくピーターのいうことを聞かずに騒いでいるらしい。

「おーい、大丈夫かピーター?」
「うん、なんだろ? こんなこと初めてだけど……とりあえず小屋から出しとくね」

 ピーターも原因が分からず、しきりに首を捻っている。

「ベルクどの、少しいいか?」

 食堂では珍しく寡黙なウシカとケハヤが顔を揃えて声をかけてきた。

「これを見てほしい」

 ケハヤが差し出したかめには濁った水が入っている。

「ん? ずいぶん汚れているな……」
「ああ、今朝の川は濁っているようだ。なにか不吉がなければよいのだが」

 ウシカは深刻そうに呟いた。
 彼によると水が急に濁ると魚が大量に死んだりとよくないことが起こるそうだ。
 そして今朝の川は目の悪いウシカでもハッキリと異常が分かったらしい。

「うーん、皆にはしばらく川に気をつけるようにいっておくか」

 水が汲めないと生活に支障がでてしまう。
 さすがに禁止にはできないが、気をつけるようにと皆には伝えておいた。

 夕方、狩に出たバーンが戻ってきた。
 珍しく猟果はゼロだ。

「森が変ですよ、獣も鳥もいないんすよね。とりあえずカンの実とってきたっす」

 バーンはしきりに「おかしいっすよね」と首を傾げている。
 もちろん熟練の狩人でも猟果に恵まれない日はあるだろう。
 だが、バーンの様子を見るに、そんな雰囲気でもないようだ。

「ま、そんな日もあるさ」
「そっすかね? なんか変なんだよなあ」

 幸い、いまの里は1日の不猟で飢えるような状態ではない。
 バーンは首を傾げながらもナイヨの待つ家に向かった。
 もともとふくよかだったナイヨの腹は目立たないが、確実に成長しているらしい。

(なんか変か、たしかになあ)

 日も暮れて皆が食事にぱらぱらと集まってきた。
 多少、森に異変があろうとも毎日の営みだ。

 その時、ドンっと衝き上げるような衝撃を感じた。
 ぐらぐらと視界が揺れる。
 地の底から響く落雷のような音。

 地震だ――それもかなり大きい。

「建物から離れろっ!!」

 俺は声の限り叫ぶが地鳴りでかき消され、どこまで通っているか分からない。

 再度、ドンっと衝撃がきてなにかが壊れる音がした。
 見れば揺れに耐えきれなかった家がいくつか倒壊したようだ。

「家から離れろ! スケサンはバーンとナイヨの様子を見てくれ! 俺は建物に潰された者がいないか確認する!」
「承知した! ホネイチはベルクを助けよ!」

 また揺れが来て、悲鳴が聞こえた。

「モリー、女ウシカ! 建物が崩れるぞ! 離れろ!」

 食堂が倒壊し、間一髪で2人は飛び出した。
 少しでも遅れれば下敷きになったにちがいない。

 里を見て回ったが、食事前だったのが幸いした。
 皆が集まりかけていたために倒壊した建物に下敷きになった者はいないようだ。

 だが、潰れた建物の暖から草葺き屋根が引火し、火災が起こる。
 枯れ草なので火の回りが早い。

「動けるやつは革を被せて水を掛けろっ! 槍で火を叩けっ!!」

 意外なほど働いているのはヤギ人だ。
 モリーとフローラは勇敢に炎に立ち向かい、弓でバシバシと火を叩き消火活動をしている。
 ピーターもパコたちの元に向かい救出してきたようだ。

 リザードマンたちはがっちりと全員が固まり、内側に子供を守る姿勢で微動だにしない。
 これがリザードマンたちの守りの構えなのだろうか。
 子供を大切に守り育てるリザードマンらしい姿に感心してしまう。

 火災は大事には至らなかったものの、食堂が燃えたのは痛い。
 他の建物も揺れで倒壊し、かろうじて立っているものも外壁にヒビが入っている。
 このまま使うのは危険だろう。

「アシュリン、もう大丈夫だ。俺におぶされ」

 うずくまり、ガタガタと震えているアシュリンに声をかけ背中にしがみつかせる。

 自然崇拝アニミズムの深いエルフたちは自然災害には弱いのかもしれない。
 コナンも、さすがにへたりこむことはないが、真っ青な顔をしてヤギ人たちと消火活動をしていた。

「ベルク、バーンとナイヨは鍛治場に避難している。あちらは被害がない」
「そうか、ナイヨは無事か」

 戻ってきたスケサンの報告には皆が胸をなで下ろした。
 どうやら鍛治場の方に被害はないらしい。
 鍛治場はナイヨがドワーフの技術で作ったものばかりだ。
 強度もあるのだろう。

「よし、全員が無事だな! ここの建物は危ない、鍛治場の方に向かうぞ」

 火を使う鍛治場はスペースに余裕があり、全員で固まって地震をやりすごすことになった。
 やはりバーンも地震に怯えているが、ふくよかなナイヨによしよしされててうらやましい。

「大変なことになったなあ」
「うむ、自然災害ばかりはどうしようもない。耐えるのみだ」

 また、揺れた。
 どこかでバキバキと聞こえるのは枯れ木でも倒れたのだろうか。

 寒さに耐えるためにピーターが貯めていた干し草を運び、皆で集まる。

 揺れがあるたびにアシュリンは「森が怒ってる」とガタガタ震えて俺にしがみつく。
 彼女たちの口伝によると、大きな地震は以前にもあったようだ。

「いろいろな異変は地震の予兆だったのか……?」
「うむ、そうかもしれぬ。だが、家は壊れたが直せばよい。全員の無事を喜ぼうではないか」

 また、どこかでこの世の終わりみたいな地響きが聞こえた。

(無事を喜ぶか、その通りなんだが……)

 崩れた建物を眺め、俺は複雑な思いに胸が締めつけられる。
 積み重ねてきたものが一晩でメチャクチャにされた。
 この悔しさ、悲しさはどこにもぶつけようがないものだ。

 この日は全員が寄り添い、干し草にくるまって夜を過ごした。
 意外なほどに温かい。

(なにから手をつけよう……? まあ、いいか。明日からだ)

 疲れやストレスもあったのだろう。
 皆の体温に誘われ、俺はいつの間にか眠りの世界に落ちていった。



■■■■


地震

地面が揺れ、広範囲に被害をもたらす恐ろしい災害。
大森林の地震がどのようなメカニズムで起こるのかは不明だが、エルフの言い伝えに残る程度の周期で起きるらしい。
種族により地震の考え方は大きく違い、スケサンは「災害」ととらえているが、ワイルドエルフは宗教的な畏れを感じているようだ。
ちなみにヤギ人たちは聖霊スケサンの加護があるため、勇敢に動けた。

(注※)地震の予兆にモデルはありますが言い伝えのレベルの話であり、これはファンタジー作品です。
この作品はみだりに地震の不安を助長するものではありません。
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