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36話 持ち込まれた女

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 季節は進み、むし暑さに皆が閉口しはじめた。
 森の生活でツラいのは湿気の多い雨季と夏だ。

 今日はスケサンとウシカの子供たちを連れて川で網漁をしていた。

 上流でスケサンが子供たちを遊ばせ、バチャバチャと水しぶきが上がる。
 それを嫌がった魚を俺が狙い、少し下流で網を打つのだ。

 蒸し暑い日は川漁も悪くない。
 網は慣れるまでは絡まったり、引っかけたり大変だったが、今では慣れたものだ。

「干し魚を作ってリザードマンの里にも分けたいしな……もう少し獲りたいとこだな」
「うむ、だが無理をするな。魚は無限ではない」

 たしかにスケサンのいう通りだ。
 リザードマンの里では、雨季に入ると一気に魚を獲りまくるため漁獲量がかなり減るらしい。
 これは雨季に産卵するリザードマンの習性にも関わるのでなんともいえないところだが。

「それじゃ、このくらいで止めとくか」

 俺は岸に上がり、網をまとめはじめた。
 面倒くさいが、これをやらないとグチャグチャに絡まって、より面倒くさくなるのだからしかたない。

「しかし、子供たちは泳ぎが上手いな」
「うむ、リザードマンは泳ぎが達者だ。幼くとも尾を巧みに使う」

 ウシカの子供たちは機嫌よく泳ぎ回り、カニやカメを捕まえてくる。
 リザードマンはカニが好きだ。

(1度腹下ししたからカニは苦手なんだよな……まあ、食うけども)

 夏は過ごしづらい季節だが、食材が豊富だ。
 なによりハチミツが採れる。

 スケサンが採ってくれたハチミツで酒を作り、皆で暑気ばらいできたのは本当によかった。

「ハチミツ採りはどうだ?」
「うむ、バーンとアシュリンが把握している分は順に採りに行くつもりだ。あまり巣を壊さず蜜の多いところを採集できないか工夫している」

 ハチミツ採集は、いまではスケサン専任である。
 あのデカいハチに襲われるとヤバイからな。

「この調子だと、たまに飲むくらいの酒はつくれそうだな」
「うむ、このていどなら問題はないだろう」

 さすがに売るほどはできないが、皆が酒浸りになることもない。
 ほどよい生産量だろう。

 ハチミツ酒の味は、早い段階ならわりと甘味がある。
 これはヤギ人の娘たちに大好評だが、酒精は弱い。

 長い期間寝かせたものは苦味が強くなり、酒精が強まるようだ。
 こちらはエルフたちに人気である。
 まあ、甘くしたいなら寝かせたものにハチミツを混ぜればいいだけなので、こちらが主流になるだろう。

「知ってるか? 最近のバーンはブドウの木を確認して回ってるんだ。もう少ししたら一気に集めてくるつもりらしい」
「やれやれ、仕方のないやつだな。だが、嫁もおらぬし酒くらいしか楽しみがないのかもしれぬ」

 冗談めかしているが、スケサンの言葉は的を射ている。

「モリーやフローラもいるし、商売女に来てもらうのもよくないよなあ」
「やめておけ、それなら外の里に通わせた方がマシだ」

 なるほど、外の商売女を抱くというのも手ではある。
 だが、森に歓楽街があるだろうか……難しいところだ。

 スケサンとぼんやり話をしていると、上流からリザードマンが3人やってきた。
 大きな荷物を担いでいるところを見るに、物々交換だろう。

「やあ、食料か?」
「そうだ。ごちゃ混ぜ里のベルク殿に薪と人を持ってきた」

 俺とスケサンはこの言葉に顔を見合わせる。

 少し覗き込むと雑に薪とくくられたそれは、たしかに人のようだ。
 大切に扱われていないのは一目瞭然、薪と縛りつけてあるのは逃亡防止かもしれない。

「人か……どうしたものか」
「ううむ、難しいところだが、とりあえずは里に持ち帰るしかあるまい」

 たしかに人は貴重な商品たりえる。
 技能や種族にもよるが、奴隷は高額で取引される財産だ。

「おーい、上がってこい!帰るぞ」

 子供たちに声をかけると、素直に岸に上がってくる。
 リザードマンの男たちも嬉しそうにウシカの子供たちを抱き上げた。

 故郷の里を捨てたウシカは、いまやイモの普及を通して尊敬される名士なのである。



☆★☆☆



 ごちゃ混ぜ里にリザードマンたちを連れ戻ると、ちょっとした騒ぎになった。
 それはそうだろう、人が持ち込まれたのだ。

 見たところふくよかな人間ヒューマンか若いドワーフの女に近い。
 身体中に小さな傷やアザがあり、猿ぐつわを噛まされている。
 茶色いボサボサの髪は脂と埃で汚れきっており、なんか臭い。

 意識はないようにも見えるが、死んだふりの可能性もあり拘束を解くことはやめたほうがいいだろう。

「どこからかさらってきたのか?」

 さすがに誘拐したのならば引き取れない。
 その場合は拐われた被害者の里と敵対してしまうからだ。

「それは違う、我らの里で盗みを働いた悪党だ」
「本来ならば死ぬまで我らの奴婢ぬひとするところだが、里に余裕がない」

 事情を聞けば、このドワーフ(?)はリザードマンの里に食を求めて現れたストレイドワーフの一団だったようだ。
 ストレイドワーフは『はぐれドワーフ』ともいい、さまざまな技術をもちながら旅をするものも多い。 
 彼らも土木や細工仕事等を申し出てきたそうだ。

 だが、産卵のために人手が減る雨季のリザードマンたちには余裕がない。
 そこで断ったのだが、あろうことかストレイドワーフたちはリザードマンたちの食を盗んだ。

 ストレイドワーフはなんらかの事情で故郷にいられなくなった者、もしくはその子孫だ。
 流れ者の常としてモラルの欠如した者も多い。
 欲しければ盗めと手を出したのだ。

 そして当然、気がたっているリザードマンたちと争いになる。
 ドワーフは数人が逃げたものの討ち取られ『食事の代わり』になった。
 リザードマンは人を食うのに忌避感はない文化なのだ。

 そして、この女は1人だけ息があったために、こうして『交易品』としてこちらに持ち込まれた。

「うーん、つまりドワーフが欲しければ同じ量の肉よりも多く食料を渡すわけだな」
「ああ、それでいい」

 リザードマンたちはアッサリしたものだ。

 さて、この盗人ドワーフ……食料で買えるそうだが、どうしたものか。



■■■■


ストレイドワーフ

いわゆるはぐれドワーフといわれる存在。
犯罪や政争、さまざまな理由で故郷にいられなくなったドワーフ、もしくはその子孫を指す。
ドワーフゆえに、冶金、鍛鉄、細工、採掘、土木などの知識があるものも多く、流しの技術者として重宝がられることも多い。
そうした場合は土地を得て、ただのドワーフとして定住する場合もある。
ただ、反面で流れ者のモラルの低さゆえに今回のようなトラブルも引き起こす厄介者。
土地によっては法により入市禁止だったり、問答無用で捕まることもあるらしい。
ドワーフの寿命は短命種以上、長命種以下。
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