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35話 酒造
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「あれか……デカいな」
「うん、く、黒いミツバチの巣は冬越えするから大きいんだ」
翌日、俺とアシュリンはハチミツを求めて森を歩き、目標を見つけた。
ミツバチの巣である……が、ハチも巣も妙にデカい。
「ほ、本当は秋の方がたくさんとれるんだ」
「なるほど、アシュリンはいくつかハチの巣を見つけてたのか。なんで取らないんだ?」
ハチミツは栄養もあるし、なにより貴重な甘味だ。
たしかにデカいハチは怖いが、多少無理をしても取りに行ってもよさそうなものだ。
「じ、実はミツバチの巣を取るのはルールがあって、全部取っちゃダメなんだ。半分くらい残さなきゃいけないんだけど――」
アシュリンがいうには、ハチの巣は半分くらい残せばまたハチが巣を修復するらしい。
だが、これをやるのはかなり危険でアシュリンとバーンは無理をしなかったらしい。
「無理をしないって、あのハチはそんなに怖いのか?」
「う、うん、下手したら死ぬ」
やはりデカいだけはあり、刺されると危険らしい。
1度2度刺されたくらいで死ぬことは滅多にないが、刺されまくると危ないらしい。
「それは無理をしなくてよかった。アシュリンが寝込むとツラいからな」
「べ、ベルクも無理するな」
そうはいっても、ハチミツは酒作りに必要なのだ。
俺とアシュリンはハチミツとりに挑戦することにした。
「まず、体を守るために煙を焚くんだ。煙の毒でハチが死ぬからな。そ、それで近づいたらナイフで蜂の巣を切って持ってきた壺に入れて逃げる」
「わかりやすくていいな。よし、煙を焚くか」
さっそく松明のようなものを作り、アシュリンが虫除けの煙が出る草を大量に巻きつけた。
「わ、私が煙をもくもくさせるうちに取るんだぞ。無理しなくてもいい、失敗しても逃げるんだぞ」
「わかった。なんどもチャレンジしたくないからな。思いきってナイフを入れる、それで逃げよう」
火を起こし、アシュリンの松明に火をつけると、凄まじい勢いで煙が吹き出した。
「よし、い、行くぞ!」
「おおおっ!!」
アシュリンの合図と共に駆け出すと、ハチが狂ったように飛び出してきた。
「ひ、怯むな! チャンスはいっぺんだぞ!」
いくら煙があるとはいえ、ハチが体に張りつき、頭が痺れるような痛みを何度も受けた。
ハチの毒だ。
(こいつはたしかに動けなくなるぞ!)
刺されても構ってはいられない。
立ち止まればさらに群がられるだけだ。
「よし、取りついた!」
俺はハチの巣が落ちないように鷲掴みにし、ナイフでごっそりと削り取った。
「アシュリン、逃げるぞ!」
「わ、わかった!」
そのあとは執拗に追いかけてくるハチから逃げるだけだ。
「……と、いっても、こりゃたまらんぜ」
「も、もう少しだ」
みるみるうちに刺されたところはパンパンに腫れ上がり、俺の手は倍にふくれている。
アシュリンはまぶたを刺されたらしく視界が覚束ないらしい。
「アシュリン、それ酷いな。帰ったら毒を吸いだしてやるからな」
「う、うん。べ、ベルクも酷いぞ」
ほうほうの体で里に戻り、俺たちは寝込んでしまった。
だが、ハチミツはかなりの量を採集できた。
これで酒作りに挑むことができる。
「はあ、オヌシらはなにをしておるのだ。私が取りに行けばいいではないか」
薬を塗ってくれるスケサンがぼやいている。
スケサンはそんなにハチに慣れているのだろうか。
身体中がじんじんして頭が働かない。
「私に毒は通じぬ。刺されてもなんともないのだ」
「あ、そうか。スケサンには腫れる肉も皮もないのか」
思わず、アシュリンと2人で顔を見合わせて大笑いしてしまった。
「まったく、むつまじいのは結構だがな。なにも2人で寝込むことはあるまい」
「あはっ、ほ、本当だ。スケサンなら平気だったんだ」
アシュリンは嬉しげに笑う。
自分たちの酷い状態が無駄だったと知って不思議な笑いが止まらなくなったらしい。
「ふむ、そろって動けぬのだ。毒の吸い合いでもするのがよかろうよ」
「ああ、そうするよ。相手がアシュリンだったことに感謝しなくてはな」
入り口に垂らした戸がわりの布を押しのけ、スケサンは出ていく。
こうなれば暇なので、アシュリンとイチャイチャするしかないわけである。
「アシュリンの顔が腫れたままでは俺がつらい。毒を吸ってやろう」
「あっ、こ、こら! そこは刺されてないぞ」
胸や尻も2~3回刺されたらどうだ、といいかけたがやめた。
この状況でケンカするのはツラすぎるからな。
☆★☆☆
数日後、俺たちの腫れもすっかりと引いた。
さっそく、酒作りである。
これは秘事であり、俺たち夫婦以外はここにいない。
「まず、水をキレイにしないとな」
「ああ、ハチの巣はもうスケサンが取り除いてくれたはず――これだな」
小壺には裏ごしして琥珀色に輝くハチミツが納められている。
ハチの巣にいた幼虫は皆が美味しく食べ、蜜蝋は丁寧に分けたらしい。
スケサンに教えてもらったが、蜜蝋と革を一緒に煮ると硬化して硬革になるそうだ。
ハチミツと蜜蝋、一石二鳥の収穫である。
「さて、み、水をキレイにするぞ」
アシュリンは甕に溜まった水の中ほどを汲んで、布を張った空の容器に移す。
俺たちは川の水を汲んで生活している。
川の水を甕に溜めておくと、上にはゴミが浮き底には泥が固まる。
ゆえに中ほどの水を汲むのだ。
「布でこしたら、これを沸かすんだ。ひ、火の力を借りて水を清めるんだ」
「なるほど、清水を作るんだな」
ぐつぐつと煮えたぎらせ、しばし冷めるのを待つ。
その間にアシュリンが清水に祈りをささげはじめた。
古い言葉で「祖霊にお願いします。美味しいお酒を醸してください。キレイな水とハチミツを捧げます」といった内容だ。
不思議な話だが、吃音のあるアシュリンが祈りを捧げるときは一切つっかえない。
本当に祖霊とやらが力を貸しているのかもしれない。
流れるようなアシュリンの歌うような祈りには、つい聞き惚れてしまう魅力がある。
「ち、ちょっと心配だけど、できる精一杯だ」
恥ずかしそうにするアシュリンはなかなかそそるものがある。
手を伸ばして尻を撫でたら「今はダメだ」とつねられてしまった。
残念である。
「冷めたかな? うん、いいな。ハチミツは結構あるから、この壺いっぱいに水を入れよう。ゆっくり、混ぜながら、優しくだぞ」
アシュリンの指示通りに慎重に水を注ぎ、壺がいっぱいになった。
「よし、いいぞ。虫やゴミが入らないように蓋をして、寝かせれば完成だ」
「どのくらいの期間を寝かせるんだ?」
俺の質問にアシュリンはアゴに指をあて「うーん」と考え込む。
「成功なら一晩たつと泡と、しゅわしゅわ音が出るはずだ。それがなくなるまで寝かす」
「そうか、全てはまだ分からないわけか。うまくいくといいな」
なんだかムラムラきたが、アシュリンも同様だったらしい。
この後、何度もしてしまった。
ちなみに、ちゃんと翌日しゅわしゅわ音はでて酒作りは成功した。
最後に『酒作りをした男女がまぐわう』というのも儀式の一環になってしまったのはご愛敬である。
こうして、酒作りがはじまった。
■■■■
ハチミツ酒
いわゆるミードやハニーワインと呼ばれるもの。
壊れたハチの巣に雨水が溜まり、自然に酒となったものを狩人が見つけたともいわれる最古の酒。
新石器時代にはすでに人類はハチミツ酒を作っていたそうだ。
ハチミツ酒には強壮作用があると信じられ、新婚夫婦がこれを飲んで1ヶ月励んだ故事が蜜月の語源ともいわれる。
《注※日本において個人でアルコール飲料を醸造することは違法です。本作はそれを勧めるものではありません》
「うん、く、黒いミツバチの巣は冬越えするから大きいんだ」
翌日、俺とアシュリンはハチミツを求めて森を歩き、目標を見つけた。
ミツバチの巣である……が、ハチも巣も妙にデカい。
「ほ、本当は秋の方がたくさんとれるんだ」
「なるほど、アシュリンはいくつかハチの巣を見つけてたのか。なんで取らないんだ?」
ハチミツは栄養もあるし、なにより貴重な甘味だ。
たしかにデカいハチは怖いが、多少無理をしても取りに行ってもよさそうなものだ。
「じ、実はミツバチの巣を取るのはルールがあって、全部取っちゃダメなんだ。半分くらい残さなきゃいけないんだけど――」
アシュリンがいうには、ハチの巣は半分くらい残せばまたハチが巣を修復するらしい。
だが、これをやるのはかなり危険でアシュリンとバーンは無理をしなかったらしい。
「無理をしないって、あのハチはそんなに怖いのか?」
「う、うん、下手したら死ぬ」
やはりデカいだけはあり、刺されると危険らしい。
1度2度刺されたくらいで死ぬことは滅多にないが、刺されまくると危ないらしい。
「それは無理をしなくてよかった。アシュリンが寝込むとツラいからな」
「べ、ベルクも無理するな」
そうはいっても、ハチミツは酒作りに必要なのだ。
俺とアシュリンはハチミツとりに挑戦することにした。
「まず、体を守るために煙を焚くんだ。煙の毒でハチが死ぬからな。そ、それで近づいたらナイフで蜂の巣を切って持ってきた壺に入れて逃げる」
「わかりやすくていいな。よし、煙を焚くか」
さっそく松明のようなものを作り、アシュリンが虫除けの煙が出る草を大量に巻きつけた。
「わ、私が煙をもくもくさせるうちに取るんだぞ。無理しなくてもいい、失敗しても逃げるんだぞ」
「わかった。なんどもチャレンジしたくないからな。思いきってナイフを入れる、それで逃げよう」
火を起こし、アシュリンの松明に火をつけると、凄まじい勢いで煙が吹き出した。
「よし、い、行くぞ!」
「おおおっ!!」
アシュリンの合図と共に駆け出すと、ハチが狂ったように飛び出してきた。
「ひ、怯むな! チャンスはいっぺんだぞ!」
いくら煙があるとはいえ、ハチが体に張りつき、頭が痺れるような痛みを何度も受けた。
ハチの毒だ。
(こいつはたしかに動けなくなるぞ!)
刺されても構ってはいられない。
立ち止まればさらに群がられるだけだ。
「よし、取りついた!」
俺はハチの巣が落ちないように鷲掴みにし、ナイフでごっそりと削り取った。
「アシュリン、逃げるぞ!」
「わ、わかった!」
そのあとは執拗に追いかけてくるハチから逃げるだけだ。
「……と、いっても、こりゃたまらんぜ」
「も、もう少しだ」
みるみるうちに刺されたところはパンパンに腫れ上がり、俺の手は倍にふくれている。
アシュリンはまぶたを刺されたらしく視界が覚束ないらしい。
「アシュリン、それ酷いな。帰ったら毒を吸いだしてやるからな」
「う、うん。べ、ベルクも酷いぞ」
ほうほうの体で里に戻り、俺たちは寝込んでしまった。
だが、ハチミツはかなりの量を採集できた。
これで酒作りに挑むことができる。
「はあ、オヌシらはなにをしておるのだ。私が取りに行けばいいではないか」
薬を塗ってくれるスケサンがぼやいている。
スケサンはそんなにハチに慣れているのだろうか。
身体中がじんじんして頭が働かない。
「私に毒は通じぬ。刺されてもなんともないのだ」
「あ、そうか。スケサンには腫れる肉も皮もないのか」
思わず、アシュリンと2人で顔を見合わせて大笑いしてしまった。
「まったく、むつまじいのは結構だがな。なにも2人で寝込むことはあるまい」
「あはっ、ほ、本当だ。スケサンなら平気だったんだ」
アシュリンは嬉しげに笑う。
自分たちの酷い状態が無駄だったと知って不思議な笑いが止まらなくなったらしい。
「ふむ、そろって動けぬのだ。毒の吸い合いでもするのがよかろうよ」
「ああ、そうするよ。相手がアシュリンだったことに感謝しなくてはな」
入り口に垂らした戸がわりの布を押しのけ、スケサンは出ていく。
こうなれば暇なので、アシュリンとイチャイチャするしかないわけである。
「アシュリンの顔が腫れたままでは俺がつらい。毒を吸ってやろう」
「あっ、こ、こら! そこは刺されてないぞ」
胸や尻も2~3回刺されたらどうだ、といいかけたがやめた。
この状況でケンカするのはツラすぎるからな。
☆★☆☆
数日後、俺たちの腫れもすっかりと引いた。
さっそく、酒作りである。
これは秘事であり、俺たち夫婦以外はここにいない。
「まず、水をキレイにしないとな」
「ああ、ハチの巣はもうスケサンが取り除いてくれたはず――これだな」
小壺には裏ごしして琥珀色に輝くハチミツが納められている。
ハチの巣にいた幼虫は皆が美味しく食べ、蜜蝋は丁寧に分けたらしい。
スケサンに教えてもらったが、蜜蝋と革を一緒に煮ると硬化して硬革になるそうだ。
ハチミツと蜜蝋、一石二鳥の収穫である。
「さて、み、水をキレイにするぞ」
アシュリンは甕に溜まった水の中ほどを汲んで、布を張った空の容器に移す。
俺たちは川の水を汲んで生活している。
川の水を甕に溜めておくと、上にはゴミが浮き底には泥が固まる。
ゆえに中ほどの水を汲むのだ。
「布でこしたら、これを沸かすんだ。ひ、火の力を借りて水を清めるんだ」
「なるほど、清水を作るんだな」
ぐつぐつと煮えたぎらせ、しばし冷めるのを待つ。
その間にアシュリンが清水に祈りをささげはじめた。
古い言葉で「祖霊にお願いします。美味しいお酒を醸してください。キレイな水とハチミツを捧げます」といった内容だ。
不思議な話だが、吃音のあるアシュリンが祈りを捧げるときは一切つっかえない。
本当に祖霊とやらが力を貸しているのかもしれない。
流れるようなアシュリンの歌うような祈りには、つい聞き惚れてしまう魅力がある。
「ち、ちょっと心配だけど、できる精一杯だ」
恥ずかしそうにするアシュリンはなかなかそそるものがある。
手を伸ばして尻を撫でたら「今はダメだ」とつねられてしまった。
残念である。
「冷めたかな? うん、いいな。ハチミツは結構あるから、この壺いっぱいに水を入れよう。ゆっくり、混ぜながら、優しくだぞ」
アシュリンの指示通りに慎重に水を注ぎ、壺がいっぱいになった。
「よし、いいぞ。虫やゴミが入らないように蓋をして、寝かせれば完成だ」
「どのくらいの期間を寝かせるんだ?」
俺の質問にアシュリンはアゴに指をあて「うーん」と考え込む。
「成功なら一晩たつと泡と、しゅわしゅわ音が出るはずだ。それがなくなるまで寝かす」
「そうか、全てはまだ分からないわけか。うまくいくといいな」
なんだかムラムラきたが、アシュリンも同様だったらしい。
この後、何度もしてしまった。
ちなみに、ちゃんと翌日しゅわしゅわ音はでて酒作りは成功した。
最後に『酒作りをした男女がまぐわう』というのも儀式の一環になってしまったのはご愛敬である。
こうして、酒作りがはじまった。
■■■■
ハチミツ酒
いわゆるミードやハニーワインと呼ばれるもの。
壊れたハチの巣に雨水が溜まり、自然に酒となったものを狩人が見つけたともいわれる最古の酒。
新石器時代にはすでに人類はハチミツ酒を作っていたそうだ。
ハチミツ酒には強壮作用があると信じられ、新婚夫婦がこれを飲んで1ヶ月励んだ故事が蜜月の語源ともいわれる。
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