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33話 隊商が来たぞ

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 この地の名は『ごちゃ混ぜ里』。
 様々な理由で群れから離れたはぐれ者の住まう土地である。

 と、まあ里の名前だが『ごちゃ混ぜ里』になった。
 正式名称は『川辺にある聖霊王に祝福された鬼人ベルクと妻アシュリン、スケルトンとエルフとリザードマンと獣人たちによる差別の無い土地及びドラゴンハンターの里』だ。
 全部くっつけようと誰かが言い出し、あまりにも呼びにくいから『ごちゃ混ぜ里』にした。
 ごちゃ混ぜ里だとイメージが悪いと不満もでたが、通称なので気にしてはいけない。

 雨季の前の豪雨『返しの雨』が終わり、雨季に入ろうかという季節。
 見慣れない集団が村の近くに現れた。
 スケサンが夜の散歩で発見し、先回りして伝えてくれたのだ。
 敵意があるかは不明だが、備えなければならない。

 こちらに向かっているのは獣人の男が5人、いずれも頭に大きな角が生えているが、1人だけ体格の小さな者がいるようだ。
 恐らくは別種だろう。

「念のため子供と女は俺の家に入れ、アシュリンがしっかり守るんだぞ」
「わかった。戸の辺りから弓で狙う。わ、私の腕なら外すことないからな!安心しろ!」

 アシュリンが薄い胸をドンと叩く。
 家は全員で入れば狭いが我慢してもらうしかない。

「ウシカ! ケハヤ! 槍もって後ろで立ってるだけでいいぞ!威嚇になるからな」
「承知した。ベルクどのの邪魔にならぬようにしよう」

 腕に覚えがあるのかケハヤは少し不服そうな態度だが「目の悪いウシカを助けろ」と槍を渡したら力強く頷いた。

「スケサンは少し離れたところでバーンと伏せてくれ。争いになったら横槍を頼む」
「うむ、悪くない手だ。バーンは狙撃、私は斬り込みだな」

 スケサンは「隠れるのだ。短いのを借りるぞ」と棍棒を持ってバーンと共に茂みに身を隠した。
 どんな技なのか、すぐに風景に溶け込み姿が見えなくなる。

「さて、コナンは俺の横にいてくれ。スケサンにヤーラを習ってるんだろ? 頼りにしてるぞ」
「はあ、習ってるといいましてもピーターやフローラと基本的なことを――」

 コナンは理屈っぽいが、いまは急ぎだ。
 俺は片手でも使える棍棒を手渡し、母ヤガーの頭骨をコナンに被せた。
 この棍棒は磨いた骨を縛りつけてツルハシのようにしたウォーピックだ。
 ついでにヤガー毛皮で作った上着も着せてみた。

「うん、勇ましいぞ。ヤバいヤツみたいだ」
「まあねえ、これは変な人でしょうね……」

 猛獣の頭骨を被り、骨のウォーピック。
 コナンは不満顔だが、なかなかハッタリが利いていい。

 そうこうしているうちに、数人の人影が見えてきた。
 かなり大きな体格だ

(1、2、3、4……4人か。武器はあるが荷を担いだまま、敵意は低いかもしれないが)

 見えた人影は獣人だ。
 立派な体格に大きな角、ウシ人だろう。

「そこで止まれ!」

 俺が呼びかけるとウシ人たちは歩みを止め、金属の武器を右手で持ち体の後ろに隠した。
 敵意はないといいたいのだろう。

「よし、敵意がないならゆっくり入ってくれ」

 そのままウシ人たちはのそのそと歩き、柵に入ってきた。
 ウシ人たちは丸い顔に立派な体格、先頭を歩く女の乳房はちょっと凄い。
 1人だけ角の形が違う痩せたヒゲ面の男が混じっているが、これはヤギ人のようだ。

「初めまして、アタイはヌー人隊商のイザベル。ベルと呼んどくれ。リザードマンの里でここのことを聞いて来たのさ」
「そうか、ならばベルと呼ばせてもらう。ここはごちゃ混ぜ里と呼ばれる里だ。俺は里長のベルク」

 俺とベルは互いに「よろしく」と握手をした。
 ゴツゴツとした硬い手のひらだ。

 ベルは丸顔でふくよかな印象がある。
 初対面でも親しみのある愛嬌ある顔だ。

「ヌー人か……初めて見たな。ここにいる4人で全員か?」
「ああ、そうだ。早速だが、品物を見てほしい――」

 俺はベルの言葉をさえぎり「外にいるヤツは敵だ!!」と声を上げた。

「な、なにを――」

 驚くヌー人たち。
 だが俺と握手をしたままなのでベルは身動きができない。

「大丈夫だ、本当に外のヤツが無関係なら危害は加えない」

 ヌー人の男が動きかけ、それをコナンが「動くな」と制する。
 明らかにヌー人たちは異様な出で立ちのエルフに怯えた様子だ。

 森から悲鳴が聞こえる。
 ほどなくすると、ヌー人の男を後ろ手にし、スケサンが現れた。

「もう片付いたな。さすがはスケサンだ」
「うむ、身を隠すのが下手すぎる」

 スケサンの姿を見て、ベルは「本当にスケルトンが」と驚いている。
 どうやらリザードマンの里で聞いていたらしい。

 彼女は連行されている男が手も足も出ないと見るや、素直に嘘を認めて謝罪をした。

「すまないね、新しい土地で商売をする時は用心のために外に人を残すんだ」

 ベルがいうには新しい土地で荷を奪われるなどの危ない目にあうことも珍しくないらしい。
 そうした時に外から脱出の手引きをしたり、最悪の場合は逃げて他のヌー人に報せたりするそうだ。

「いや、当然の用心だな。こちらも警戒したんだ、お互いさまさ」
「ふふ、アンタはいい男だね。今回は詫びも込めてサービスするよ。どれか必要なものはあるかい?」

 ヌー人たちが荷を広げると、ちょっとした市のようになった。

 荷を広げ終えたヌー人の男たちが小さな太鼓や小さな縦笛をにぎやかに鳴らすと、小屋に隠れていた女子供がつられるように顔を見せる。
 どうやらこうして人を集めるらしい。

「さあ、欲しいものはあるかい? 交換できそうなものは見せとくれ」

 色々なものがあるが、やはり塩だろう。
 リザードマンの里よりも、うんと遠くに塩の湧く泉があり、そこから運ぶのだそうだ。

 塩の湧く泉など旅をした俺でも聞いたことがない。
 世の中はまだまだ不思議がたくさんあるようだ。

 あとは酒や銅器も欲しいとこだが、物々交換は相手の欲しいものありきだから思い通りにはならない。

「銅を作る者がいるのか。鉄はあるのか?」
「鉄器は森の外から持ち込まれるだけだよ。銅器はストレイドワーフ(はぐれドワーフ)が作るね」

 銅器、酒、穀物、楽器、衣類……森では見かけないものばかりが並ぶ。
 ヌー人は旅に向いた能力があり、隊商を組んで各地を廻るそうだ。

「この布と服はいいね。エルフ布だけど模様が変わってるし、この繊維を使った編み物は見たことない」
「エルフの繊維をヤギ人が紡いで仕立てているからな。珍しいかもしれないな」

 ベルが喜んだのは布と衣服だ。
 なんでも森で革以外の衣服はあまり作られないらしい。

「森イモの栽培に成功しているのか。これも珍しいよ」
「そうか。他の集落で作ってる作物をなにか仕入れてくれ。もちろん作り方も頼むぞ」

 森イモも珍しいらしい。
 他の集落でも農耕する種族はおり、ソバ、ヒエ、タマネギ、ニンニクなどを育てているのだとか。

「他はなにか欲しいものあるか?」
「毛皮や革も交換できるし、不思議な模様が入った大きな陶器もいいね。この里は色々なものを作っていて面白いよ」

 この里では様々な者が住むために他にはないモノが生まれつつあるらしい。

 ちなみにかめに入った模様はウシカの子らのイタズラである。
 子供たちは尖らせた骨の先に泥をつけイタズラ描きをしたのだが、面白いからとコナンがそのまま焼いたやつだ。
 種類の違う土は焼いたあとも模様のようにハッキリと見え、それがベルには珍しく見えるらしい。

 いくつかの銅器と塩を分けてもらい、こちらからは色々なものを渡した。
 他での評判を聞いて、次から本格的な取引になるようだ。

「あとは滞在のためにゲストハウスがあると他の隊商も来やすいと思うよ」
「わかった、必要なら用意しよう。ただし、屋根が腐る前には来てもらわなきゃ困るぞ」

 家を造るはいいが、誰も住まずに火も入れずではすぐに朽ちてしまう。
 ベルは「わかったよ」と笑いながら返事をした。

 話が一段落ついたころ、隊商のヤギ人がモリーを連れてやってきた。
 どうやら知り合いだったらしい。

「すまねえ、隊長に里長さん、ちょっといいか」

 ヤギ人の男はパーシー、ピーターとモリーの叔父に当たるそうだ。
 彼はエルフとの争いで落ち延び、ヌー人の隊商に混じって生きていたらしい。

「隊長さんには感謝してるが荷を担いで旅から旅はキツいし、モリーやピーターとも再会できた。ここで住まわしてもらえないだろうか?」

 正直、感心しない話だ。
 戦いを逃れたのはまだしも、数年世話になったヌー人への義理を欠いた行いだと思う。
 事実、他のヌー人も渋い顔をしている。

「いまはダメさ。アンタが抜けたら荷を運べなくなるからね。決まったルートを終えてヌーの里に帰ったら好きにしな」
「そ、そうか。ありがてえ」

 パーシーは頭を下げ、ベルに礼をいう。
 ヌー人たちは白けた雰囲気だ。

「礼はまだ早いさ。アンタがここに住めるかは別問題」

 ベルは意地が悪そうにニヤニヤと笑う。
 その目は「お手並み拝見」とでもいいたげだ。
 このパーシー、おそらく隊商でも足手まといだったのだろう。
 惜しまれる空気が微塵もない。

「モリーの叔父ならば問題はない。だが、お前はなにができる?隊商の仕事がキツいといったが、ここの暮らしが楽だと思わぬほうがいいぞ」
「な、なんでもするさ。隊商に混ざって生き残りを探し続けてたんだ」

 この返答には呆れる。
 なんだってするとは、なにもする気がないとでもいうつもりか。

「あのっ、叔父さんは父とパコを飼ってました。パコは私たちが飼っていた獣で、叔父さんなら育てられると思います」
「ふうん、まあいい。ベルたちはパコとやらは扱ってるのか?」

 モリーが取りなしてくれるが、パーシーとやらは「子供がでしゃばるんじゃねえ」と渋い顔だ。
 こいつは自分の立場を理解しているのだろうか?

 パコとはヤギ人が飼育していた家畜らしい。
 俺はよく知らないが、毛を繊維として使ったり便利な動物のようだ。

「ん、パコか。ちょっと難しいが……まあ、今回の借りもあるし、ベルクさんとはいいおつき合いをしたいからね。ほら、ベルとベルク、名前も似てるし相性もよさそうじゃないか」

 ベルが胸元を強調し、俺の太ももの辺りをなでてきた。
 つい、にやけてしまうが視界の端でアシュリンの目がつり上がってるのが見える。
 家内安全が1番だ。
 俺はそっとベルを引き離した。

「意外とうぶだね。まあいいさ、この里は面白い」

 取引が終わるや、ヌー人たちは手早く荷物をまとめ始める。
 モリーの叔父とやらは不馴れなのかモタつき、周囲から叱責されていた。

(ま、あの態度じゃ手助けしようとも思わないか)

 彼は世話になったヌー人たちの隊商を抜ける話を堂々としたのだ。
 もう少しやりようもあると思うのだが……まあ、自業自得だろう。

「それじゃあ、また来るよ」

 ベルは手短に別れを告げ「出発だ」と号令した。
 ヌー人たちが「ヌー、ヌー」と応じるのが面白い。

 子供たちも女たちも名残惜しげにしている。
 こうしたバザーは大切な娯楽なのだ。

 このあと、おかしな格好を皆に笑われたコナンの恨み節を聞かされるはめになったが……わりといけてると思うんだがね。



■■■■


ヌー人

牛人の亜種で大きな角が特徴。
旅を好み、水に強いために川沿いを移動することも多い。
また、天気を読む力に長けており、雨を予知することができる。
体も大きく、荷をたくさん担ぐこともでき、まさしく隊商のために生まれてきたような種族である。
ヌー人の隊商は基本的に決まったルートを移動するが、たまに新しい里が拓かれるとこうして寄り道をするらしい。
モリーの叔父であるパーシーはヘタレ扱いされているが、ヤギ人がヌー人と旅をすることに無理がある。
それほど旅に適した種族といえる。
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