上 下
74 / 132

71話 冒険者サンドラ8

しおりを挟む
 死者の国、7層・・

 最近、続けて異変を起こしていた異変の中でも最大のものが階層の増設であった。

 この新階層に挑む冒険者たち。
 その中にサンドラたちの姿もあった。

 経験豊富な技士ドアーティ。
 大魔法使いと呼ばれるリン。
 沈着冷静な狙撃手オグマ。
 そしてそれらを束ねるサンドラ。

 いまやサンドラパーティーは短期間で6階層を何度も攻略し、死者の国でもトップ冒険者の一角とされている。
 個々人の能力もさることながら、パーティーとして非常に高い戦闘力が評価されていた。

「いいかい、この安全地帯を出たら三叉路がある。ドアーティ、地図を出してくれ」
「ああ、この三叉路だな。中はボス部屋、左は宝箱、右は帰還ポイントだ」

 製図のスキルが高いドアーティの地図はかなり精巧なものだ。
 サンドラたちも7階層に挑むのは初めてではないし、他のパーティーの情報も入ってきている。

「アイツは手強いでやんすからねえ……ボスより宝箱でいいでやんすよ」
「バカな。最下層のボス部屋の方がいい宝があるに決まっている。報奨金も逃すには惜しい」

 リンとオグマが意見をぶつけるがイマイチまとまらない。
 それと言うのも、実はサンドラたちは7階層のボスらしき存在と遭遇したことがあるのだ。
 その時は情報を持ち帰るために軽く戦い退いたが、並の相手ではなかった。

「アイツはなあ。細かく削るか、高レベルの僧侶ヒーラーで浄化するか、大火力で仕留めるか……一筋縄ではいかん相手だぞ」
「ああ、だけどアタイも挑戦するのがいいと思う。もちろん逃げることも視野に入れてさ」

 ドアーティとサンドラもボスに挑むつもりでここまで来た。
 だが、とても無策でぶつかれる相手ではないのである。

 この7階層のボスは死体ムカデスティッフセンティピードと呼ばれる凶悪なヤツだ。
 何百体ものむくろが重なり合い、突き出す手足がうごめく様はまるで巨大なムカデのように見えおぞましい姿をしている。

「アイツはデカいだけにパワーがあるし、動きも遅くないぞ。下手な接近戦を挑めば手足に絡みつかれて仲間入りだな」
「ひいいっ、お近づきにはなりたくないでやんす!」

 リンが悲鳴をあげるが、本気なのか、ふざけているのか、もしくはその両方か、サンドラには判断がつかない。

「ふん、ずいぶん余裕じゃないか」
「ひひっ、さーせん。深刻ぶるのは苦手でやんす」

 リンの飄々ひょうひょうとした態度にイラつき、つい嫌味がサンドラの口から出た。
 サンドラとて、死体ムカデを思い出しただけで怖気おぞけだつのだ。

「俺の狙撃も役には立たんだろう。前に出よう」
「そうだね、ドアーティはリンの護衛と精霊術での掩護。オグマとアタイで前に出る――ただし、気をそらすだけだ。取っ組み合いは禁物だよ」

 サンドラが「いくよ!」と激を飛ばすと、皆が一斉に『応!』と気勢を上げた。
 もはや迷いはない。

 この7階層は安全地帯を出たらすぐに広間に出る。
 ここでも武装したスケルトンが出るが、大した敵ではない。

「よし、ぬかるんじゃないよ!」

 このフロアは敵の配置がハッキリしており、斥候の役割は少ない。
 打ち合わせの通りに直進し、ボス部屋の前に出た。

 一見すると勇ましい快進撃。
 しかし、サンドラは立ち止まると恐怖で足が動かなくなるのではないかと不安にさいなまれていた。

 猛烈な腐臭が鼻につく、すぐそばに死体ムカデがいるのだ。

「リン、アンタが頼りだ。オグマは足を止めんじゃないよ」
「おいおい、俺にはなんにもないのかよ」

 緊張するサンドラにドアーティが声をかける。
 強敵を前にして笑う肝の太さは経験によるものなのだろうか。
 
「ふん、つまらないこと言ってないで構えなよ。おでましさ」

 見れば死体ムカデの巨体が地表に出たミミズのような奇怪な動きで近づいてくる。
 サンドラは生理的な嫌悪感と、本能に訴えかけてくる恐怖で吐き気を感じた。

「行くよっ! 今回は倒すつもりでやってやる!」
「やはり物理で倒すのは無理そうだ。左右にバラけろ!」

 サンドラとオグマが散開し、死体ムカデの左右を動き回る。
 近づいてみればハッキリと重なる死体が視認できた。

(動くんだ! 当てることよりも当てられない動きだ!)

 死体ムカデの動きは意外と素早い。
 その巨体をマトモに食らえば痛いではすまないだろう。

 死体ムカデは大部屋の天井にぶつかりそうな巨体をくねらせ、体液と腐臭を撒き散らしながら『ビチィ、ビチィ』と聞いたことのない音たてている。

 サンドラはまともにぶつからず、着かず離れずで回避に専念した。
 ドアーティが精霊魔法で身体強化バフをしてくれたようで体が軽い。

 ほどなくして死体ムカデの近くでドンッと派手に火球が炸裂し、黒焦げになった死体がバラバラと崩れ落ちていく。
 近くのサンドラも熱の余波で肌をチリチリと焼かれるほどの火力だ。

「効いてるよっ、もう一発頼む!」
「了解でやんすっ!」

 やはり巨体にまともなダメージを通すにはリンの魔法しかない。
 死体ムカデもそれを理解したのかターゲットを切り替え、リンに向かっていく。

「オグマっ! リンの前にでるよっ!」
「承知! 俺から仕掛ける!」

 オグマが死体ムカデの頭(と言うべきか? 先頭部)にクロスボウを当てると、その部分の死体がポロリと落ちた。
 どうやら大きくダメージを加えればそこを切り離すらしい。

「オグマ、見たかい!?」
「ああ、攻撃を加え続ける! やりようはある相手だ!」

 敵は1個の巨体ではなく、低級なゾンビの集合体だ――それに気づいたとき、サンドラとオグマに欲が出た。
 今までの回避だけではなく、前に出て攻撃を加えるようになったのだ。

 そして、そこにリンの魔法も加わりみるみるうちに死体ムカデの巨体を削り続けていく。

(よし、このまま押せる!)

 サンドラは盾を構えながら死体ムカデの巨体をギリギリで避け、剣を突き刺した。
 剣は表面のゾンビを貫き、結合が解ける。

 だがその瞬間、切り離されたゾンビがサンドラの盾に噛りついた。

「うわっ、しまった!?」

 油断と言うほどでもない僅かな緩み、そこを衝かれたサンドラの動きが止まる。

 次の瞬間、目の前に広がる壁。
 それが死体ムカデの巨体だと気づくのは強い衝撃を受けてからだった。

 巨体をムチのようにしならせた横殴りの一撃に吹き飛ばされ、続けて打ち下ろし気味の衝撃。
 床に叩きつけられたサンドラは、体がバラバラになるような痛みに耐えかね意識を手放した。



「――い、生きてるか?」
「――の水――を使って――」

 どこかで誰かが喋っている。
 遠いような、近いような、不思議な声色だ。

(……頭を打ったか? 体が、動かない)

 意識はあるが、目を開けることもできない。
 だが、サンドラを見守る誰かは、わずかに乱した彼女の呼吸に気づいたようだ。

「――し、気つ――みる――」

 また、誰かの声がする。
 そして次の瞬間、例えようもない刺激臭に思わず体がビクンと反応した。
 気つけ薬を嗅がされたようだ。

「やった、気がついたでやんす!」
「おい、無理に体を動かすな。分かるか? ここは7階の安全地帯だ」

 リンとオグマだ。
 サンドラは介抱されていたらしい。

「ぐくっ、すまないね、ヘマをしちまった」
「気にするな。切り離したゾンビが襲ってくるとは……アレは初見ではかわせん」

 オグマの言葉にリンも「うんうん」と頷いている。

「負けたか……ドアーティは?」
「あそこだ。ドアーティさんは殿しんがりを務めて手傷を負った。回復の泉で休んでいる」

 オグマが示す方に視線を向けると、座り込んだドアーティが軽く手を上げた。
 外傷は見えないが顔色は良くない。

「惜しかったでやんすね。もう1回やったら勝てるでやんす!」
「七階層までに稼ぎもあった。ボスの情報もある。黒字にはなるだろう」

 口ではサンドラを慰めるリンやオグマも悔しそうな表情は隠しきれていない。

 冒険者にとって一番乗りの攻略はあこがれである。
 金銭的な報酬もだが、新たな階層を攻略した名誉という箔がつく。

 それはつまり、その都市のギルドにとって『大事な仕事』が優先的に回ってくることを意味する。

 サンドラは自らのミスで仲間の人生が変わるチャンスを逃してしまったのだ。

「リンの魔法もたくさん使っちまったし、サンドラを回復したら引き上げるとしようか」
「そうだな、肩を貸そう……立てるか?」

 ドアーティにうながされ、仲間に肩を借りながら立ち上がる。
 それだけで激痛がはしり、腰から下に力が入らない。
 どうやら腰か背中を痛めたようだ。

「あぐっ……つうう、すまない。歩けそうもないよ」
「これは手酷くやられたっすねえ」

 サンドラはオグマとリンに左右から抱えられるようにして回復の泉に突っ込まれた。
 泉に顔を沈めてガブガブと飲む。
 全身が、特に腰のつけ根が回復痛でギリギリと痛む。

「痛むだろ? ゆっくりでいいぞ。誰も死なず、欠損もない。失敗のうちに入らんさ」

 ドアーティの言葉に「まあね」と応えるが、気分は晴れない。
 悔しさのあまり唇を噛むと、血の味がした。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

転生先が同類ばっかりです!

羽田ソラ
ファンタジー
水元統吾、”元”日本人。 35歳で日本における生涯を閉じた彼を待っていたのは、テンプレ通りの異世界転生。 彼は生産のエキスパートになることを希望し、順風満帆の異世界ライフを送るべく旅立ったのだった。 ……でも世の中そううまくはいかない。 この世界、問題がとんでもなく深刻です。

猟犬クリフ

小倉ひろあき
ファンタジー
幼いころに両親を亡くした少年は成長し、凄腕の賞金稼ぎ「猟犬クリフ」として様々な事件や賞金首と対峙することになる。 後の世に「最も有名な冒険者」と呼ばれ、歌劇や詩曲に謳われた男の生涯。

Shining Rhapsody 〜神に転生した料理人〜

橘 霞月
ファンタジー
異世界へと転生した有名料理人は、この世界では最強でした。しかし自分の事を理解していない為、自重無しの生活はトラブルだらけ。しかも、いつの間にかハーレムを築いてます。平穏無事に、夢を叶える事は出来るのか!?

強すぎ令嬢、無一文からの成り上がり ~ 婚約破棄から始まる楽しい生活 ~

絢乃
ファンタジー
弱小貴族の令嬢シャロンは男爵令息ブルーノと政略結婚する予定にあったが、結婚式を控えたある夜、ブルーノと伯爵令嬢がキスしているところを目撃する。シャロンは気にしていなかったが、ブルーノと伯爵令嬢は口封じのためにシャロンが不貞行為を働いていたとでっちあげる。 こうして無一文の状態で国外追放となったシャロンは、隣国の小さな町に辿り着くと生きていくために行動を開始。着ているドレスを売って安い布きれの服に着替え、余ったお金でナイフを買い、持ち前のサバイバル能力で身銭を稼ごうとする。しかし狩りの最中に巷で有名な山賊兄弟の弟イアンと遭遇してしまう。何の問題もなくイアンを返り討ちにしたシャロンは、イノシシを狩るなどして生活基盤を築く。 そして商売を始めるのだが――。 これは、天真爛漫の強すぎ令嬢シャロンが逆境に負けず楽しく成り上がる物語。

器用貧乏の底辺冒険者~俺だけ使える『ステータスボード』で最強になる!~

夢・風魔
ファンタジー
*タイトル少し変更しました。 全ての能力が平均的で、これと言って突出したところもない主人公。 適正職も見つからず、未だに見習いから職業を決められずにいる。 パーティーでは荷物持ち兼、交代要員。 全ての見習い職業の「初期スキル」を使えるがそれだけ。 ある日、新しく発見されたダンジョンにパーティーメンバーと潜るとモンスターハウスに遭遇してパーティー決壊の危機に。 パーティーリーダーの裏切りによって囮にされたロイドは、仲間たちにも見捨てられひとりダンジョン内を必死に逃げ惑う。 突然地面が陥没し、そこでロイドは『ステータスボード』を手に入れた。 ロイドのステータスはオール25。 彼にはユニークスキルが備わっていた。 ステータスが強制的に平均化される、ユニークスキルが……。 ステータスボードを手に入れてからロイドの人生は一変する。 LVUPで付与されるポイントを使ってステータスUP、スキル獲得。 不器用大富豪と蔑まれてきたロイドは、ひとりで前衛後衛支援の全てをこなす 最強の冒険者として称えられるようになる・・・かも? 【過度なざまぁはありませんが、結果的にはそうなる・・みたいな?】

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...