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65話 冒険者はエサなのさ

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「……おいおい、本当にモンスターがいないじゃないか」
「宝箱もないみたいだね、本当に大きな変異があったんだよ」

 曲刀剣士と女野伏はダンジョンの様子を見て、戸惑いの声をあげた。
 ところどころにオイスターやローパーの姿は確認できるが、それ以外は静かなものだ。

「今はモンスターの姿は見えないが油断するんじゃないよ。異常行動が確認されたんだ――そうだろ?」
 
 女ドワーフが声をかけると、骨拾いは「そうだ」と素っ気なく答えた。
 口中でくぐもったような聞き取りづらい声だ。

 昨日、ダンジョンの暴走スタンピードを防いだ後、冒険者ギルドから緊急調査の依頼が出た。
 指名依頼である。

 依頼されたのは女ドワーフのパーティーと、斧戦士・魔法弓手のコンビ、そして骨拾いだ。
 女ドワーフのパーティーや斧戦士・魔法弓手コンビはこのダンジョン『塩の洞窟』のトップ攻略者と目されているし、変異に気がついた骨拾いが指名されるのも自然な流れだろう。

 そこに、我こそはと名乗りを上げた冒険者が加わり、5人ずつ2つのチームに別れて探索が行われることが決まった。
 斧戦士・魔法弓手コンビと交代しながら調査を行うのだ。

 女ドワーフたちが先行。
 いつもの女ドワーフ、曲刀剣士、女野伏のパーティーに加えて、骨拾いと赤魔法使い。

 この赤魔法使いというのは塩の洞窟を目当てに来た流れ者だ。
 まだ固定パーティーを組んでいないが、腕に自信があるらしく今回志願したらしい。
 なぜか身の回りのものを赤で統一する奇癖があり赤魔法使いと呼ばれているそうだ。
 おかしな形の兜には奇妙な目隠しがついており、年齢はうかがい知れない。

「……モンスターの異常行動は、に、2階層だった。ソルトガーゴイルだ」
「了解だ。ソルトガーゴイルには魔法が効かないから基本的には私と曲刀剣士で対応する。斥候の骨拾いはやや先行して、モンスターがいれば下がる。これでいくよ」

 女ドワーフはなるべく感情が出ないように指示を出す。
 善良な冒険者の彼女からすれば骨拾いも赤魔法使いも好ましいタイプの人間ではない。

 骨拾いは冒険者の死体を漁る唾棄すべき卑劣漢。
 赤魔法使いも派手な格好はまだしも、いい年して流れ歩いているロートルだ……問題がないと考える者は少ないだろう。

 2人とも腕の良し悪しなど関係なく、近づきたい種類の人間ではないのだ。

 だが、仕事に私情を挟まないたしなみ・・・・が女ドワーフにはある。
 曲刀剣士は良しも悪しくも能力さえあれば他者の事情には無関心だし、商家出身の女野伏は女ドワーフ以上に感情をうまく隠す。

 つまり、期せずして2人の単独ソロ冒険者は女ドワーフのパーティーと相性が悪くなかった。

「……ボスまでいないか。すぐに下りよう」

 ガーゴイルの異常行動が確認された2階層、ここは1回にも増してなにもない。
 2階層の床や壁には薄っすらと塩が堆積し、光をキラキラと反射させていた。

「ここからは隊列を組み替える。先頭は骨拾い、後ろに曲刀剣士だ。斥候は無理にモンスターとはぶつからなくていい。とにかく2人は不意打ちを警戒してくれ」

 ダンジョンの変異中は訳の分からない事故が多発するものだ。
 腕の立つ曲刀剣士が後ろを固めるのは囲まれないための用心でもある。

 骨拾いを先頭に、慎重な足どりでパーティーは進む。
 モンスターがいないから、今まで罠はなかったからと油断はできるものではない。

 変異があれば全く別のダンジョンになることもありえるのだ。

「ふうん、まるで私たちに先に進めって言ってるみたいだよ」
「ああ、モンスター学には『ダンジョンは大きなモンスターで、意思がある』って学説もあるんだけどね、こうしてみると間違いでもないのかも知れないね」

 女ドワーフの家は何人も学者を輩出したドワーフの郷紳きょうしん(地方の名家)だった。
 実家は戦争で滅び、すっかり落ちぶれてしまったが、他の冒険者とは比べ物にならない教育を受けている。

「それは興味深い。意思があるならば、なぜダンジョンは宝箱を置き、資源を生み出して人間を呼び寄せるのですかな?」

 意外にも何気ない話題に赤魔法使いが食いついてきた。
 冒険者にしては少し気取った口調だ。

「その説によると冒険者はエサなのさ。成長したダンジョンはより深くに潜るレベルの高い冒険者を食い殺すために階層を増やし、宝で呼び寄せる――羽虫が火の熱さも知らず、光に集まるようにね」
「なるほど、我らはまさに火に入る羽虫の如きだ。くっくっく」

 何が面白いのか赤魔法使いは声を出して笑っている。
 真っ赤な服装も相まり狂人にしか見えない。

「他に、どのような学説があるのですかな? 実に興味深い」
「他には、か……ダンジョンは自然の魔力溜まりに生まれる一種の天然魔法だとする説もある。むしろこっちが主流だね」

 そんな会話をしているうちに転移ポイントへたどり着き、モンスター部屋に転移をした。
 やはりここにもモンスターはいない。

 転移ポイントから少し離れたところに下り階段であろう開口部が確認できる。

「あれか階段は。アンタが見たのも同じかい?」
「……そ、そうだ。階段を確認はしたが下りていない」

 女ドワーフは少し考え「隊列を変えるよ」と指示を出した。

「ここからは2、1、2でいくよ。前を骨拾いと私が、中を女野伏、後列が曲刀剣士と赤魔法使いだ」

 実際には並んで歩くほど階段に幅はなく、やや歪な形の隊列となる。
 これは前に敵がいた場合、壁役タンクである女ドワーフが前で受け止め、女野伏が魔法で仕留める形だ。
 後ろから敵が来た場合は曲刀剣士が食い止め、やはり女野伏が仕留めるのである。

 女ドワーフのパーティーは3人で完成しているだけに、基本的に戦術は3人で行う。
 他のメンバーは『働けば儲けもの』くらいの感覚である。

 臨時パーティーで戦術連携など考えてもすぐに解散し無駄になるし、訓練する余裕などはない。
 付け焼き刃の5人連携よりも、信頼できる3人で戦うイメージを持ったほうが効率的なのである。

「薄暗いな……松明を使うかは迷うところだ」
「あっ、回復の泉がある。ここは安全地帯じゃない?」

 曲刀剣士と女野伏が気づいたことを口に出しているが、これは情報を共有しているのである。

 階段を下りた先は古びた石造りの小部屋だ。
 見ようによっては石室のようにも見える。

「なるほど、ここを拠点にして探索できそうだ。少し周囲を探索し、マップを埋めたら休息して引き上げよう」

 こうした時、女ドワーフは慎重すぎるほどに冒険をしない。
 石橋を叩いて渡るようなスタイルで堅実に成果を上げてきた。
 だが、反面で粗野な冒険者たちに『臆病』や『手抜き』などと見なされることも多い。

 女ドワーフは臨時パーティー2人の反発も予想していたが、案に違い何の反応もなかった。
 骨拾いは否でも諾でもなくフードで顔を隠して黙り込み、赤魔法使いは1人でヘラヘラと笑っている。
 両人とも実に不気味だ。

(ふん、調子が狂うね。まあいい、異論がないなら従うってことだろうさ)

 女ドワーフが石室から外を確認すると、不快な湿気と暑さの圧を感じた。

 そして暗い。
 先ほどの石室も薄暗かったが、外はさらに照度が低い。

 女ドワーフはじっと動かずに目を慣らしていく。
 ドワーフは種族的に夜目が利き、少しでも明かりがあれば闇を見通すことも不可能ではないのだ。

「これは、なんだ……?」

 目の前にあるのは迷宮ではなく、広い空間だ。
 暗闇の中、不気味に曲がりくねった木々や逆に直立した石柱が林立している。

(それに、足元は……水場か!)

 さすがの女ドワーフも、恐怖でうなじの毛がゾッと逆立つのを感じた。

 水場はこのダンジョンの危険地帯ホットゾーンだ。
 それがこの規模で広がっている……それだけで女ドワーフは本能的に危機を感じた。

「ほほう、1枚マップですな。これは珍しい」
「……そうか、これが1枚マップか。私は見るのは初めてだ」

 いつの間にかランタンに火を灯した赤魔法使いが教えてくれた。
 女ドワーフも知識としては知っていたものの、目の当たりにすると凄まじい衝撃だ。
 この先にあるものが全く想像できない。

「うわっ、水かー。靴脱いだ方がいいかもね」
「やめとけよ。暗がりの中で何が潜んでるか分からねえぞ」

 この何気ない会話に女ドワーフはハッとし、思考の淵から抜け出した。
 耳に馴染んだ女野伏と曲刀剣士の会話が意識を現実に引き戻してくれたようだ。

「曲刀剣士の言うとおりだ。靴はしっかり履いて、灯りを支度しな。斥候の骨拾いは灯りがないほうがいいか?」

 骨拾いは無言で小さく頷いた。
 ならば残りの全員で灯りを持つのが定石だろう。

 女ドワーフは左手に大盾、右手に松明を構える。
 モンスターが現れれば松明で殴りつけることになるだろう。

 大きく息を吸い、鼻から細く吐く。
 呼吸を整えると肚も座ってきたようだ。

「よし行くよ、ぬかるんじゃないよ!」

 女ドワーフは一歩、1枚マップに踏み込んだ。
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