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57話 冒険者サンドラ7

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 トロワジエムのほど近く、死者の国と呼ばれるダンジョン。
 今のサンドラたちの主戦場である。

 このダンジョンの2階、回復の泉にてサンドラはある冒険者の話を聞いていた。

「それでっ、その冒険者は奥に向かったのかい!?」
「ああ、すごいヤツらだった。きっと最奥まで行ったろうな」

 このパーティーは2人組の冒険者に救われたそうだ。
 わりと年のいった剣士アタッカー回復職ヒーラー
 先日、サンドラがダンジョンの入り口でチラリと見かけた日と一致する。

(やっぱりアイツ、だと思う……たぶんエドだ)

 サンドラの記憶にあるエドは単独ソロの魔闘士だった。
 声をかける間もなく、ダンジョンに潜った冒険者は2組で剣士。

 顔立ちが似ていた別人と言われたらそれまでだ。
 しかし、ダンジョンの深いところでタダ同然に他者を助けた行動は、サンドラの記憶と合致するのだ。

「あまりに安い。400ダカットで3人が助かった上に回復か。俺たちもお願いしたいところだ」
「全くだな。しかし、剣士と回復職ならサンドラの探してるヤツとは別人じゃないのか?」

 オグマとドアーティが興味なさげにぼやいているが、これは無理もない。
 これはサンドラの個人的なワガママ……つき合ってくれる彼らには感謝すべきなのだ。

「リン、何か勘は働かないのかい?」
「そう言われても、オイラは愛しの彼を知らないでやんすからねえ。イケメンでサンドラさんだけを見つめてくれる白馬の騎士――」

 リンの言葉にサンドラは「うっさいねっ!」と感情的に吐き捨てた。

 バカバカしいのは自分でも分かるのだ。
 だが、ギルドに一切顔を出さず、ダンジョンでのみ確認されたことといい、前回と重なるところが多い。

「ダンジョン商で保存食を買ったのは分かってるんだ。少なくともここにいたはずなんだよ」
「まあまあ、休憩も十分。仕事に戻るぞ」

 ドアーティになだめられ、サンドラもしぶしぶ仕事に戻る。

 このダンジョンの特徴はアンデッドモンスターばかりが出ることだ。
 同じようなモンスターばかりが出るので『素材』としての旨みは少ない。

 利益を出すにはいかにしてモンスターや罠を避け、宝箱を回収するかにかかっている。
 つまり、斥候スカウトであるサンドラの働きが重要だ。

(そう、切り替えるんだ。こうやってダンジョンにいれば、いずれはまた会える……そんな気がするんだ)

 サンドラも意識を集中し、仕事に戻る。
 こうした切り替えを完璧にこなすため、仲間たちも呆れつつ好きにさせてくれているのだ。

 これで仕事がおろそかになればパーティーは維持できない。

 通路を進むパーティーより先行し、サンドラはモンスターの気配を探る。

 こちらは狭い回廊を4人組だ。
 隠密でモンスターをやり過ごすことは不可能……つまり、こうした場合に強行するか、迂回するか、引き返すか、これらを見極める斥候の判断が生死を分かつだろう。

 サンドラはモンスターの気配を察し、足を止める。
 二足歩行が2体、何かを引きずる音、恐らくはマミーか。
 気配が読みづらいレイスなどがいればそれは諦めるしかない。

 サンドラはハンドサインで『2体』『強行』『温存』とパーティーに伝えた。
 するとドアーティとオグマが声もなく前に出てマミーに襲いかかる。
 斥候であるサンドラと、切り札のリンは温存する形だ。

 ドアーティは狭い通路で苦もなく槍を操り、マミーを突き伏せた。
 やや遅れてオグマも幅広の剣ブロードソードを振るい、マミーを斬り倒す。
 両者ともにダメージはない。

「よし、先に進むぞ」
「いやまて、マップによると左に折れると宝箱があるな。真っ直ぐ進めばボス部屋だ。どうする?」

 マッピングが得意なドアーティによると宝箱があるようだ。
 だが、宝箱の部屋には間違いなくモンスターがいる。
 少し判断に迷うところだ。

「せっかくだし取りに行くでやんす」
「いや、2階層の宝箱はハズレも多い。消耗を抑えて危険地帯ホットゾーンの3階を抜け、4階層以降で宝箱を狙うのが稼ぎが増える」

 リンとオグマ、2人とも金にはうるさいがタイプが全く違う。
 貧乏性で取りこぼしを嫌うリンと、リスクを恐れず大きな稼ぎを狙うオグマ。
 一長一短だが、ここは皆で相談する時間はない。

「先に行こう。オグマの言うように3階を抜けるのが大変だからね」
「それに先に行けば愛しの彼がいるかもしれないでやんす」

 サンドラは茶化すリンに「うっさいよ!」とゲンコツを落とす。

「ひいいっ! ヒドいでやんす!」
「……今のはリンが悪いだろ」

 大げさに痛がるリンにドアーティが苦笑いだ。
 長期間のダンジョンアタックはストレスとの戦いである。
 こうしてふざけ合える仲間がいるのは何より大切なことだ。

「さあ、ボス部屋まで一気に行こう」

 サンドラの号令で皆の顔が引き締まる。
 このパーティーにリーダーはないのだが、このダンジョンに来てからは斥候の重要性からかサンドラが指揮を取ることが多い。

 しばらく進むと片手剣と盾をもったスケルトンがいたので、これはサンドラが撃破した。
 このパーティーはすでに死者の国の低層あたりでは苦戦するレベルではないのだ。

 そして、ボス部屋の前にたどり着く。

 この2階層のボスはゴースト系モンスターのグラッジが、同じくゴースト系のレイスを多数引き連れている。
 ゴースト系には物理攻撃が効かないため、死者の国ではここが1つの関門とされているのだ。

「よし、リン頼んだよ」
「任せるでやんす――火球ファイヤーボール!」

 リンはすでに魔力を練っており、すぐに魔法を発動した。
 特大の火球は部屋の中央で炸裂し、モンスターの群れは炎に巻き込まれていく。
 その凄まじい熱量は部屋の外まで届き、サンドラはジリジリと肌まで焼く感覚に耐えかねて盾で顔を庇った。

(相変わらずのバカ火力だね。さらに強くなってる気がするよ)

 焼けた洞穴のような岩の回廊は入るのがためらわれるほどだ。

「これだけ盛大に燃やしたんだ。息が苦しくなったら引き返さないと気絶するぜ」
「なるほど、炎の毒か。先ずは俺とサンドラで入ろう。リンとドアーティは様子を見てくれ」

 経験豊富なドアーティが危険を予測し、オグマがすぐに対策を練る。
 冷静な2人は仲間を支える両足のような存在だ。
 どちらが欠けてもパーティーは転んでしまうに違いない。

「炎の毒は大丈夫そうだね……宝箱を開けるよ。罠を確認するからオグマも離れとくれ」

 不思議なことに、猛火にさらされた宝箱には焦げあとひとつない。
 サンドラは慎重に宝箱を確認し、裏に回り込む。
 宝箱の蓋に盾の端を引っ掛け、離れた位置から軽く蓋を開けると、中から紫色のガスが吹き出した。

 睡眠ガスと呼ばれる罠だ。
 これを吸い込むと気絶してしまうため、大変危険な罠とされる。

「解除したよ。宝を見てみよう」

 サンドラの言葉に仲間から「おおー」と歓声が上がった。
 なんだかんだで、この瞬間がイチバン盛り上がる。

「じゃあ開けるよ……こいつは水筒? いや、魔道具か!」
「なんだと!? 2階で魔道具とは大当たりだ!」

 サンドラが取り上げた水筒をオグマが食い気味にのぞき込む。
 それは魔道具特有の不思議な金属でできた水筒だ。

「やったなあ! これは水が溜まる魔法の水筒だぞ!」
「使ってよし! 売ってよし! 大当たりでやんす!」

 ドアーティとリンも手放しで大喜びだ。

 ダンジョンを攻略する冒険者は重い水を大量に持ち歩きたくはない。
 だが、戦闘など激しい運動を重ねれば水分が不足し動けなくなる。
 欲しい時に都合よく水場があるとは限らないのだ。

「これは助かるな。僅かでも水が補給できれば生存率はグッとあがるぞ」
「いや、俺は売るのが良いと思う。ダンジョン産は金になる」

 ドアーティとオグマがそれぞれ『らしい』意見で評価しているが、それを決めるのは帰ってからの話である。

「さあ、3階層に行くよ。今回はまだまだ稼げそうだね」

 サンドラも大戦果に満足し、先を進む。
 エドのことは気になるが、今は目の前のダンジョンに集中するのだ。


■パーティーメンバー■
 
サンドラ
レベル24、女性
偵察(上級)、剣術(上級)、投擲(中級)、罠解除(中級)、統率(中級)、盾術(初級)、交渉(初級)、モンスター知識(初級)
 
ドアーティ
レベル25、男性
製図(達人)、槍術(上級)、調理(上級)、精霊術(中級)、農業(初級)、統率(初級)、精霊の加護(ギフト)
 
リン
レベル23 、女性
攻撃魔法(達人)、第六感(上級)、看破(中級)、短剣術(初級)、先天性魔力異常(ギフト)
 
オグマ
レベル25、男性
射撃(上級)、観察(上級)、剣術(上級)、体術(中級)、隠密(中級)、モンスター知識(中級)、応急処置(中級)、偵察(初級)
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