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46話 究極のカレーをお見せします

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 奇妙な旅人が帰り、家の雰囲気が落ち着きを取り戻した。
 いつ見ても奇妙な2人づれだ。

「マルセ、エドはまた来ると言ってくれたんだ。そう気落ちするな」

 村長は義妹が少し気落ちしているのを察し、励ました。
 この義妹はあの旅人にひとかたならぬ好意を抱いているようだ。

 だが、それは無理もない。
 出会いからして悪漢から救われた劇的なものである。
 それに加えてあの男振りだ。

 旅人だとは言うものの、仕立ての良い服で身綺麗にしており旅塵りょじんというものを感じさせない。
 加えて長剣を佩き、従者を連れる身分なのだ。
 その堂々とした態度や体格の良さから騎士ではないかと村長は感じていた。

 さすがに独身とは考えづらい年ではあるが……

「そうだね、もう会えないと思ってたのに会えたんだもん。喜ばなきゃね」
「そうよ。次は手料理でもてなしましょ」

 明らかに強がりだが、とりあえず義妹に笑顔が戻ったことに村長夫妻は胸をなでおろした。

(これでよし。あとは女同士、女房に任せよう)

 ダンジョンからの水量が増し、開墾できる範囲は広がった。
 今は仕事はいくらでもある。
 村長は野良仕事に戻ることにした。

「村長か、今訪ねようと思ってたんだ」

 工事現場の脇を通ると声をかけてきた者がいる。
 街のギルドから工事の責任者としてやってきている男だ。
 この厳つい男は村に冒険者ギルドの支部ができれば支部長として就任する予定らしい。

「やあ、支部長。何か問題か?」
「まだ支部長じゃねえよ。さっき村長の家を見ねえ顔が訪ねただろう? ありゃ誰だね」

 意外なことに支部長(あくまで予定だが)の要件はエドであったらしい。
 その真剣な表情から世間話ではなさそうだ。

「む、誰かと言われると難しいが……ちょっと前にふらっと現れた旅人だ。品もいいし、ちょっと助けてもらってな。恩がある」

 村長も2度ほど会ったのみだ。
 詳しい事情など何も知らない。

 だが、支部長はアテが外れたのか「それだけか」と不満げだ。

「そうだな、あとは……何かを探しているようだな。いつも若い獣人の従者をつれている。直接見たわけではないが、腕っぷしはかなり強いそうだ」
「探し物……? いや、人かもしれんな」

 支部長は少し考え込み「腕っぷしはそうだろうな」と呟いた。

「あれは少なくとも騎士だ。だが、目立つ獣人をつれて歩いてるからには密偵のたぐいじゃねえだろう」
「服も上等、見事な剣を佩いている。『少なくとも』騎士ってやつだな」

 村長がおどけると、支部長は大真面目に「その通りだ」と頷いた。

「ま、下手に藪を突くより仲良くするのが無難だろ。上手くすればダンジョンの暴走スタンピードやらで助太刀してくれるかもしれないぜ」

 この支部長の言葉はおそらく正しいと村長は感じた。

 エドは旅先で見ず知らずの娘を助けるため多数と戦うような義侠心の持ち主なのだ。
 まるでおとぎ話に出てくる遍歴の騎士ではないか。

(……俺も他人から聞いたら信じないだろう。ああした男はいるのだな)

 あの獣人の従者も、どこかで助けて引き取ったのかもしれない。
 村長の想像はどんどん膨らんでいく。

「防衛と言えば兵舎と塩倉ができれば街から衛兵が来るだろう。村の規模から考えれば、おそらく5人前後だろうな」

 村長は支部長の言葉で現実に引き戻された。

「兵舎は門の脇に――」
「そうだな。その辺は――」

 いつの間にか話題はエドから離れ、工事の打ち合わせとなる。
 今、この村は急激に大きくなりつつあり、村長の仕事は山積していたのだ。



「おっ、帰ってきたっすね!」

 俺とアンが帰ダンジョン(帰社?)すると、威勢よくタックが出迎えてくれた。
 ダンジョン内にカレーの香りが充満している。

「おっ、カレーか。コイツは間違いがないな」

 アンも「いい匂いですー」と喜んでいる。
 カレーが嫌いなやつは今までの人生で1人しかみたことがない……まあ、そいつも古くなったカレーに当たったとかだから、厳密に言えばカレーが嫌いなわけではあるまい。

「ははっ、みんな大好きカレーライスっす! 肉じゃがと同じ材料ならカレーのほうがおいしいっす! 肉じゃがで女子力アピールはなんか違うっす!」
「たしかになあ。俺も肉じゃがが料理上手なイメージには疑問だったんだよ。あんなもん俺でも作れるしな」

 カレーが作れる者ならば肉じゃがは作れる。
 調味料のカレー粉がショウユとミリンになるかの違いだ。

「え、エドも料理をするんですか……」
「いや、料理ってほどじゃないが身の回りのことくらいはな」

 なぜかリリーの顔色が悪い。
 少し心配である。

「すぐに出せるっすよ! テーブルで待ってて欲しいっす!」

 タックはそのままキッチンに向かい、俺たちは大人しく待つことにした。
 アンはそわそわしているが手伝いたいのかもしれない。

「料理か、家じゃサッパリやらねえのになあ。どうなることやら」
「ははっ、年頃の娘さんだからな。家じゃ色々あるんだろうさ」

 なんだかんだでこのダンジョンは機能的なエラーが起きたことはない。
 それだけでもタックの優秀さは証明されているのだが、父親から見ればまた違うのだろう。

「へいお待ちっ! なんの変哲もないカレーっす!」

 タックがドンと並べたカレーはたしかになんの変哲もない『おうちカレー』って感じのラッキョが添えられたカレーライスだ。
 水が入ったガラスのコップにスプーンを浸しているのはタックのこだわりだろうか。

「それじゃ、いただきます」
「めしあがれっす!」

 タックが席に着いたところで皆で「いただきます」と食事を始める。

「どうっすか? アタシは福神漬よりラッキョ派っす!」
「うん、ウマいよ。なんと言うかな……普通にウマい」

 そりゃそうである。
 市販のカレールウを使ってマズいカレーを作るのは難しい。

 特徴のない中辛は誰もが好む味だ。

「うん、こういうのでいいんだよな。家で食べるカレーって感じだ」

 ごろごろとした大きな具が嬉しい家庭の味だ。
 なんだか酷くノスタルジックな気分になってくる。

「俺の母親のカレーも似たような感じだったな。ただ、肉はブタ肉だった気がする」
「私の家はトリ肉でした。このカレー、とってもおいしいです」

 隣のアンもニコニコとしながら食べている。
 やはりカレーは老若男女種族を越えて、誰もが好きな魔王領の国民食だ。
 女子力アピール(?)にこのチョイスをしたタックは策士である。

 ゴルンなどは無言で3杯もおかわりをしていた。
 娘の手料理が嬉しくないわけがない。

「おいしかった。ごちそうさま」
「おそまつさまっす!」

 皆の高評価にタックも上機嫌である。

 食後はアンがコーヒーを淹れてくれた。
 なんでカレーを食べるとコーヒーが飲みたくなるのかは謎だ。

「カレースタンドって、なぜかコーヒーあるよな」
「私はカレーの隠し味にちょっとコーヒー入れるんです。よく合うんです」

 皆でぼんやりとカレー談義をしていると、カチャリと磁器が当たる高い音がした。
 見ればリリーのようだが、リリーが大きな音を立てるなど珍しい。

「リリー、どうしたんだ? さっきから様子が変だが」
「……たしかに変なのかもしれませんね」

 リリーは「くっ」と小さくうめいた。
 その表情は辛そうを通り越して悲痛なものになっている。

「1週間後の昼食を私に作らせてください。そこで究極のカレーをお見せします」

 リリーが不思議な宣言をし、タックとアンが「究極の!?」「カレー!?」と息を合わせて応えた。
 この3人仲いいな。

「あ、ああ。リリーがいいならいいんじゃないかな? よく分からんが」
「ふっ、面白いっす! 究極のカレーとやら、見せてもらうっす!」

 こうして、ダンジョンでカレー対決が始まった。

 本当によく分からないので、そっとしておこう。
 若者の間で流行ってる何かだろう。

 ただ、娘の手料理を食べたゴルンは感無量だったようで「今晩飲みに行かねえか」と誘われてしまった。
 もちろんオッケーである。

 次はレオにお土産も忘れないようにしよう。
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