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29話 リリーは笑い上戸、覚えておこう
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「エド、公社から連絡がありました。スタッフに応募があったようです」
ある日、リリーが『履歴書在中』と書かれた封筒を手渡してくれた。
公社の方に応募があったようだ。
「どれどれ……ふむ、魔道具で書かれた文字だな」
企業によっては手書きでなければダメという風習はまだあるが、俺は魔道具タイピングでもかまわない派だ。
クセの強い字を読むのは疲れるし、これならこれで『魔道具を使うタイプか』と人柄を知ることができる。
「ふむ、名前がレオニードのみか。おそらく種族的なものだな。年齢は17か」
「名字を名乗らない、名字しか名乗らない種族は獣人や人間の一部で見られますね」
当たり前だが、魔族の国にも人間は少数だが存在する。
亡命した貴族であったり難民がルーツらしい。
魔族と見た目に差異がほとんどないので、大抵は魔族と同化するのだが、ごく稀に『少数種族』として人間の文化を墨守する者がいるそうだ。
ちなみに俺は見たことない。
逆に人間の国では魔族はかなり迫害されるそうだ。
わざわざ分析の魔法や魔道具を使って種族を調べ、迫害をするとは偏執的で少し気味が悪い。
(人間は総じて排他的な文化が――っと、この履歴書が人間とは限らんな)
履歴書から種族欄が無くなったのは差別対策らしいが、これはこれで不便な気がする。
少なくとも俺は人間だからって断ることはない。
「どうされますか?」
「どうもこうも会って判断だな。しかし、若いとはいえ資格・特技が『特になし』とは素っ気ないことだ。職歴は農場か……スクールに行きながら働いていたのか?」
あんまり何も書いてないと、良いか悪いかの判断がつかない。
少なくとも好印象にはなりづらいだろう。
「連絡先はメールアドレスか……今どきだな。リリー、面接の連絡しといてくれ。公社で会おう」
「分かりました。履歴書に『すぐにでも』とありますから、近日中の予定をたずねておきますね」
リリーは「それと」と意味ありげにクスと小さく笑う。
「どうした?」
「いえ、エドの役職はどうしますか? 考えてみたら皆さん『エド』とか『大将』としか呼んでませんので」
言われてみれば、エド、エドさん、大将としか呼ばれていない。
「大将……大将じゃ居酒屋みたいだな」
「一般的にはダンジョンマスターは『マスター』と呼ばれることが多いようですね」
俺は「マスターねえ」と呟いてみる。
居酒屋がバーになっただけで飲み屋感がすごい。
「しっくりこないな」
「そうですか? マスター・エド」
リリーが少しおどけてマスターと呼んでくれたが、王女様にマスターとか言われると背徳的な悦びにめざめそうだ。
「ん、ちょっとくすぐったいからやめよう。適当な役職書いといてくれ」
「ふふ、所長としておきますね」
リリーが事務用の多目的魔道具からメールを送る。
さすがに個人のメーラーはこんな時には使うものではない。
「あら? もう返事が来ましたよ。早ければ早いほど、本日中でも可能だそうです」
「それはまた、えらく早いな。メールの利点だな」
また少しずつ冒険者の数は増えてきたが、ゴルンがいれば十分だろう。
ゴーレムメーカーはすでにゴーレムとガーゴイルが動かしているし、ゴルンとアンがたまに様子を見てくれている。
タックは2階層の工事をしているし、事務はリリーに任せておけば問題ない。
「今日か、俺は時間が作れそうだが……」
「どうしました?」
俺が「暇だと思われないだろうか」と呟くと、リリーが「ぶふっ」と吹き出した。
どうやらツボに入ったようで必死に口元を隠しているが、変な笑い声がもれている。
リリーが声を出して笑うのは珍しいし、赤い顔して我慢してるのも、ちょっとかわいい。
俺はリリーが治まるのを待って、午後からアポイントを取ることにした。
リリーは笑い上戸、覚えておこう。
◆
午後の早い時間、公社の待ち合いでぼんやりしてした。
(ふむ、10分前だが……ネコしかいないな)
少し年老いた大きなネコだ。
なにやらメーラーのような魔道具を操作している。
(ガティートかな? このへんじゃ珍しい)
ガティートとは、その名の通りネコの獣人だ(ガティートは子猫の意)。
人間サイズではなく、ネコの倍くらいのサイズで毛がフサフサしている。
アゴの形が人間とは違うため、発声はできないが知能が低いわけではなく、もちろん意思疎通は可能だ。
その時、俺のポケットからピンポンと音がなった。
(おっと、メールか)
見ればリリーからだ。
そこには『すでに到着していると連絡アリ』とある。
すると、先ほどのガティートが俺の前の椅子にスッと乗った。
黒と灰色の中間色くらいのフサフサした毛並みのガティートだ。
金色の目が細まり、こちらを見つめている。
「失礼ですが、レオニードさんですか?」
俺の問にガティートはネコの鳴き声のような、不思議な声を発した。
意味は分からないが肯定しているようだ。
「レオニードさん、募集の張り紙を見たならご存知だと思いますが、我々は夜勤のスタッフを探しています。モニターで不審な冒険者がいないかのチェックが主な業務内容になります。もちろん、適宜ダンジョン内の業務は手伝ってもらいます」
ガティートはうなずき「うわーん」と大きく鳴いた。
手(前足?)で俺のメーラーを示すところを見るに、メールがしたいのだろう。
俺は画面を表示し、アドレスをレオニードに伝えた。
すると、すぐに俺のメーラーはピンポンと音を出す。
『種族不問と知り、応募しました。給与や休日に希望はありません。夜勤可能です。住み込みと食事の支給が希望です』
件名にはレオニードとある。
器用にメーラーを使いこなしているようだ。
これだけできれば留守番もできるだろう。
トラブルがあれば呼び出してもらえばいい。
「住み込みに必要なものがあれば持ってきてください。あと、食事は調理スタッフがいますので相談していただく必要があります」
『平皿と寝床があれば十分です。我らは個人で物をあまり持ちません』
なるほど、この辺りは種族としてのありようなのだろう。
独自の文化があり、高度な意志の疎通ができるから彼らは『獣人』なのだ。
「失礼ですが、前職は農場でしたね? どのような業務をされていたのですか?」
『農場では鳥害や鼠害を防ぐために交代で監視をしていました。モニターの監視はできそうです』
なるほど、これはポイントが高い。
それからも俺はレオニードと雑談に近い話を続け、いくらかガティートの生活について教えてもらった。
彼らは7才で成人らしく、スクールではなく専用の教育機関があるそうだ。
つまり17才はわりといい年らしい。
「レオニードさんとはぜひとも我らと一緒に働いていただきたいと思います。食事の待遇などは調理をするスタッフと相談していただき、ご納得いただけたらスタッフとしてお迎えします。これからダンジョンに見学に来られますか?」
『よろしくお願いします』
了承を得て、俺はレオニードと共にダンジョンへ戻ることにした。
監視員として慣れているなら即戦力である。
できれば迎え入れたい戦力だ。
「きゃーっ! ネコちゃんかわいいです!」
すると、すぐにアンに見つかりレオニードは抱きかかえられていた。
デカいレオニードを小柄なアンが抱き上げると大きさが良くわかる。
「こらこら失礼だぞ、こちらは面接を受けられたガティートのレオニードさんだ」
「あっ、ゴメンなさい……」
俺に注意されたアンがしゅんと落ち込んでしまう。
だが、それを見たレオニードは頭をアンの手にすりつけて「うわーん」と大きく鳴いた。
どうやら『気にしてないよ』と言いたいようだ。
「色々と不思議でしたがガティートでしたか。納得しました」
「ああ、夜勤もしてくれるそうだし、頼もしい話だ。あとは食事面で折り合いがつけばいいんだが……」
少し心配していたが、アンがレオニードの話を聞いて(メーラーで)作ってみたところ問題なかったようだ。
魚とササミを牛乳で加熱し、ほぐしたものを出したら大変喜んでいた……ちなみに猫舌ではないらしい。
「レオさんかわいいです」
「本当ですね。レオの寝床はウチからクッションを持ってきます」
実はいい年のオジさんなんだが……まあ、それはいいか。
こうして愛称も決まり、レオは新たなスタッフとして迎えられた。
女性陣にちやほやされてうらやましい。
レオを見たタックも「ぎゃー! モフモフっす!」と喜んでいた。
話を聞くと、血筋の貴いガティートはガティート愛好家の食客になる者もいるそうだ。
こうして他人に触られたりするのも苦痛にならないらしい。
世の中には色んな種族がいるものである。
ある日、リリーが『履歴書在中』と書かれた封筒を手渡してくれた。
公社の方に応募があったようだ。
「どれどれ……ふむ、魔道具で書かれた文字だな」
企業によっては手書きでなければダメという風習はまだあるが、俺は魔道具タイピングでもかまわない派だ。
クセの強い字を読むのは疲れるし、これならこれで『魔道具を使うタイプか』と人柄を知ることができる。
「ふむ、名前がレオニードのみか。おそらく種族的なものだな。年齢は17か」
「名字を名乗らない、名字しか名乗らない種族は獣人や人間の一部で見られますね」
当たり前だが、魔族の国にも人間は少数だが存在する。
亡命した貴族であったり難民がルーツらしい。
魔族と見た目に差異がほとんどないので、大抵は魔族と同化するのだが、ごく稀に『少数種族』として人間の文化を墨守する者がいるそうだ。
ちなみに俺は見たことない。
逆に人間の国では魔族はかなり迫害されるそうだ。
わざわざ分析の魔法や魔道具を使って種族を調べ、迫害をするとは偏執的で少し気味が悪い。
(人間は総じて排他的な文化が――っと、この履歴書が人間とは限らんな)
履歴書から種族欄が無くなったのは差別対策らしいが、これはこれで不便な気がする。
少なくとも俺は人間だからって断ることはない。
「どうされますか?」
「どうもこうも会って判断だな。しかし、若いとはいえ資格・特技が『特になし』とは素っ気ないことだ。職歴は農場か……スクールに行きながら働いていたのか?」
あんまり何も書いてないと、良いか悪いかの判断がつかない。
少なくとも好印象にはなりづらいだろう。
「連絡先はメールアドレスか……今どきだな。リリー、面接の連絡しといてくれ。公社で会おう」
「分かりました。履歴書に『すぐにでも』とありますから、近日中の予定をたずねておきますね」
リリーは「それと」と意味ありげにクスと小さく笑う。
「どうした?」
「いえ、エドの役職はどうしますか? 考えてみたら皆さん『エド』とか『大将』としか呼んでませんので」
言われてみれば、エド、エドさん、大将としか呼ばれていない。
「大将……大将じゃ居酒屋みたいだな」
「一般的にはダンジョンマスターは『マスター』と呼ばれることが多いようですね」
俺は「マスターねえ」と呟いてみる。
居酒屋がバーになっただけで飲み屋感がすごい。
「しっくりこないな」
「そうですか? マスター・エド」
リリーが少しおどけてマスターと呼んでくれたが、王女様にマスターとか言われると背徳的な悦びにめざめそうだ。
「ん、ちょっとくすぐったいからやめよう。適当な役職書いといてくれ」
「ふふ、所長としておきますね」
リリーが事務用の多目的魔道具からメールを送る。
さすがに個人のメーラーはこんな時には使うものではない。
「あら? もう返事が来ましたよ。早ければ早いほど、本日中でも可能だそうです」
「それはまた、えらく早いな。メールの利点だな」
また少しずつ冒険者の数は増えてきたが、ゴルンがいれば十分だろう。
ゴーレムメーカーはすでにゴーレムとガーゴイルが動かしているし、ゴルンとアンがたまに様子を見てくれている。
タックは2階層の工事をしているし、事務はリリーに任せておけば問題ない。
「今日か、俺は時間が作れそうだが……」
「どうしました?」
俺が「暇だと思われないだろうか」と呟くと、リリーが「ぶふっ」と吹き出した。
どうやらツボに入ったようで必死に口元を隠しているが、変な笑い声がもれている。
リリーが声を出して笑うのは珍しいし、赤い顔して我慢してるのも、ちょっとかわいい。
俺はリリーが治まるのを待って、午後からアポイントを取ることにした。
リリーは笑い上戸、覚えておこう。
◆
午後の早い時間、公社の待ち合いでぼんやりしてした。
(ふむ、10分前だが……ネコしかいないな)
少し年老いた大きなネコだ。
なにやらメーラーのような魔道具を操作している。
(ガティートかな? このへんじゃ珍しい)
ガティートとは、その名の通りネコの獣人だ(ガティートは子猫の意)。
人間サイズではなく、ネコの倍くらいのサイズで毛がフサフサしている。
アゴの形が人間とは違うため、発声はできないが知能が低いわけではなく、もちろん意思疎通は可能だ。
その時、俺のポケットからピンポンと音がなった。
(おっと、メールか)
見ればリリーからだ。
そこには『すでに到着していると連絡アリ』とある。
すると、先ほどのガティートが俺の前の椅子にスッと乗った。
黒と灰色の中間色くらいのフサフサした毛並みのガティートだ。
金色の目が細まり、こちらを見つめている。
「失礼ですが、レオニードさんですか?」
俺の問にガティートはネコの鳴き声のような、不思議な声を発した。
意味は分からないが肯定しているようだ。
「レオニードさん、募集の張り紙を見たならご存知だと思いますが、我々は夜勤のスタッフを探しています。モニターで不審な冒険者がいないかのチェックが主な業務内容になります。もちろん、適宜ダンジョン内の業務は手伝ってもらいます」
ガティートはうなずき「うわーん」と大きく鳴いた。
手(前足?)で俺のメーラーを示すところを見るに、メールがしたいのだろう。
俺は画面を表示し、アドレスをレオニードに伝えた。
すると、すぐに俺のメーラーはピンポンと音を出す。
『種族不問と知り、応募しました。給与や休日に希望はありません。夜勤可能です。住み込みと食事の支給が希望です』
件名にはレオニードとある。
器用にメーラーを使いこなしているようだ。
これだけできれば留守番もできるだろう。
トラブルがあれば呼び出してもらえばいい。
「住み込みに必要なものがあれば持ってきてください。あと、食事は調理スタッフがいますので相談していただく必要があります」
『平皿と寝床があれば十分です。我らは個人で物をあまり持ちません』
なるほど、この辺りは種族としてのありようなのだろう。
独自の文化があり、高度な意志の疎通ができるから彼らは『獣人』なのだ。
「失礼ですが、前職は農場でしたね? どのような業務をされていたのですか?」
『農場では鳥害や鼠害を防ぐために交代で監視をしていました。モニターの監視はできそうです』
なるほど、これはポイントが高い。
それからも俺はレオニードと雑談に近い話を続け、いくらかガティートの生活について教えてもらった。
彼らは7才で成人らしく、スクールではなく専用の教育機関があるそうだ。
つまり17才はわりといい年らしい。
「レオニードさんとはぜひとも我らと一緒に働いていただきたいと思います。食事の待遇などは調理をするスタッフと相談していただき、ご納得いただけたらスタッフとしてお迎えします。これからダンジョンに見学に来られますか?」
『よろしくお願いします』
了承を得て、俺はレオニードと共にダンジョンへ戻ることにした。
監視員として慣れているなら即戦力である。
できれば迎え入れたい戦力だ。
「きゃーっ! ネコちゃんかわいいです!」
すると、すぐにアンに見つかりレオニードは抱きかかえられていた。
デカいレオニードを小柄なアンが抱き上げると大きさが良くわかる。
「こらこら失礼だぞ、こちらは面接を受けられたガティートのレオニードさんだ」
「あっ、ゴメンなさい……」
俺に注意されたアンがしゅんと落ち込んでしまう。
だが、それを見たレオニードは頭をアンの手にすりつけて「うわーん」と大きく鳴いた。
どうやら『気にしてないよ』と言いたいようだ。
「色々と不思議でしたがガティートでしたか。納得しました」
「ああ、夜勤もしてくれるそうだし、頼もしい話だ。あとは食事面で折り合いがつけばいいんだが……」
少し心配していたが、アンがレオニードの話を聞いて(メーラーで)作ってみたところ問題なかったようだ。
魚とササミを牛乳で加熱し、ほぐしたものを出したら大変喜んでいた……ちなみに猫舌ではないらしい。
「レオさんかわいいです」
「本当ですね。レオの寝床はウチからクッションを持ってきます」
実はいい年のオジさんなんだが……まあ、それはいいか。
こうして愛称も決まり、レオは新たなスタッフとして迎えられた。
女性陣にちやほやされてうらやましい。
レオを見たタックも「ぎゃー! モフモフっす!」と喜んでいた。
話を聞くと、血筋の貴いガティートはガティート愛好家の食客になる者もいるそうだ。
こうして他人に触られたりするのも苦痛にならないらしい。
世の中には色んな種族がいるものである。
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