猟犬クリフ

小倉ひろあき

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1章 青年期

27話 6度の槍試合

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 クリフが貴賓館に滞在し始め数日が経った。
 彼はぼんやりと数日前のチェンバレン親子とのやり取りを思い出す。


…………


「そこで、こんなのはどうでしょうか……」

 アイザックが意味ありげに声を潜めてニヤリと笑う。

「クリフ殿を貴族にしてしまいましょう……今の私は全権大使です。随行員名簿に細工するなど朝飯前ですよ。」

 アイザックがとんでもないことを言い出した。
 外交使節相手に詐欺を働こうと言うのだ。

「とは言え、新たな家門を捏造するのは不可能……しかし、チェンバレン家の人間を装うのは可能です。」
「いや、まさか、それは……」

 クリフが絶句した。

「ふふ、面白い。さすがは我が息子。わかっておるわ。」
 
 サイラスが悪戯(いたずら)っぽい表情を見せる。

「そうなるとクリフ殿、しばらくは家に帰れませんよ。覚えることは山ほどある……愛しの姫君には恋文でも届けられよ。」


…………


 そしてそれから数日、クリフはアイザックやサイラスと辻褄(つじつま)を合わせるために打ち合わせを行ったり、貴族としての基本的なマナーや立ち振舞いを身につけるために様々な教育を施されていた。

 クリフにマナー教育を行ったのはサイラスと、チェンバレン家の用人(ようにん)レナードである。用人とは貴族家の事務方を取り締まる家老のような存在で、レナードはチェンバレン家に50年も仕えていると言う筋金入りだ。
 クリフが貴族になる計画を知るのはクリフ、サイラス、アイザック、レナードの4人のみである……これだけでレナードの信任の厚さが分かろうものである。

 今日はアイザックの余暇にクリフの設定を整える手はずとなっていた。

「クリフどのは17年前に戦禍で故郷を失われたと言われましたな。」
「はい、両親ともに失い、村で生き残ったのは私のみです。」

 アイザックはレナードに「近いものはあるか」と尋ねた。

「はい、15年前にステプトーの村が廃村になっているはずです。」
「良し、そこにしよう。クリフ殿はステプトーの村で育てられた……そして村が滅び、行方知れずとなっていたのだ。」

 サイラスが「ふふふ」と嬉しそうに笑った。

「いっそ私の子供にするか。ステプトーの村に手を着けた娘がいた……お家騒動を怖れたレナードがクリフを隠し、密かに育てられたのだ。」
「おお、それは良い! 悲しき娘へ……せめてもの慰めに私がサイラス様の佩剣を届けるのはいかがですか? クリフ殿の佩剣がそれです……父の顔も名も知らぬ若者は、父は騎士だったとのみ教えられて育つのです。剣のみを絆として。」

 レナードも意欲的にロマンティックなストーリーを組み立てていく。
 アイザックが「やるなレナード」と愉快げに笑った。

「クリフ・チェンバレンとは語感が良くない。クリフ……クリフォードにしよう。クリフォード・チェンバレン! これは良い。」

 サイラスの提案で、とうとう名前までも変わってしまった様だ。

 お願いしている立場とは言え、クリフもさすがに色々と不安になってきた。

「ちょっと待ってください、いくら設定を考えても私が貴族である証拠など何処にもありませんよ。」

 クリフが悪乗(わるの)りを始めた3人に待ったをかける形となる。

 しかし、3人ともに不思議そうな顔をして、互いの顔を見合う……その顔は「何を言ってるんだコイツ」と物語っている。

「クリフォード様は哲学を嗜(たしな)まれますか。」
「突然、己の証明と言われてもな……」

 二人の老人が首をかしげた。
 アイザックはニヤニヤと笑いながらその様子を眺める。

「クリフ殿、あなたの出生の秘密を知る老人が2人も証人としているのですよ。そして、その剣……チェンバレン家の紋章の剣が何よりの証拠です。クリフ殿を迎えに上がった騎士も証人となるでしょう。」

 クリフが「はあ」と気のない返事をした。

「アイザック、弟の名前を間違うな。クリフォードだ。」

 アイザックが「そうでしたクリフォード」と真面目な顔で訂正した。

「クリフォードと私は髪の色も一緒だし、見た目にも似てますよ……ねえ、レナード。」
「はい。実にサイラス様のお若い頃に似ておいでで御座います。」

 サイラスが「うむうむ」と頷いた。

「余人が成してもこうはならんぞ。アイザックは権力者だからな。」
「ええ、私は権力を使うために権力者になりましたからね。」

 サイラスが「お主も悪よのう」とアイザックを肘で小突く。
 アイザックは「この年で隠し子がバレる人に言われたくありません」と笑った。

……良い親子だな。

 クリフは2人のやりとりを眩しそうに眺めた。

 ちなみにチェンバレン家の惣領はアイザックであり、アイザックは息子が3人もいる。クリフがチェンバレン家を相続することは先ずもって無いであろうし、そのつもりも無い。

「ありがとうございます。サイラス……このご恩はどの様にして返せば良いのか想像もできません。」

 クリフが頭を下げた。

「水臭いことを言うな……それよりも、親父を呼び捨てにするな。」

 サイラスがクリフの腹を拳で突いた。思わぬ力が込められており、クリフは息が詰まり悶絶した。



………………



 結婚式当日


 クリフは貴族の列に混ざり、式の進行を眺めていた。

……まさか、ほんとうに成し遂げるとは……

 改めてアイザック・チェンバレンを眺め、クリフはその権力に畏れを抱いた。

 クリフを貴族に仕立てる条件としてアイザックが提案したのは、2つ。

 今後クリフが自由都市ファロンの情報を定期的にアイザックに知らせ、自由都市ファロンで事があればチェンバレン家の協力をすること。
 それと冒険者組合(ギルド)を王都にも設立するように活動すること。

 この2点である。

 クリフにはとても釣り合うような交換条件だとは思わないが、王都に住む貴族で王国東部に繋がりを持つものは少ない。
 それなりの精度と速度で情報が手に入るのは大きいらしい。
 要はクリフが自由都市ファロンにおいてチェンバレン家の間者(スパイ)として活動すると言うことである。

 冒険者組合(ギルド)の方は「できたら」という面も大きいが、王都では不良冒険者が増え社会問題になっており、その対策らしい。

 恩義と言う面でもそうだが、この権力者の意に叶わぬ時にはどのような災いがあるかは計り知れない。

……ひょっとしたら、厄介事を抱え込んだかもな……

 クリフはチラリと後悔をしたが、今さらどうにもならないし、助けてもらったのは事実だ。起きても無いことに囚われるのは愚かなことだ。

 花嫁が、入場した。

……綺麗だ。本当に綺麗だ。

 クリフはハンナのドレス姿に見とれた。
 伏し目がちに会場を進み、ハンナはジンデル辺境伯領の貴族の列に加わる。
 その美しさに会場から溜め息が漏れ聞こえた。

「おいっ、凄い金星(きんぼし)じゃないか。」
「ええ、あの美人ならば私も拐(さら)いますよ。」

 サイラスとアイザックが小声でひそひそと冷やかしてきた。

「ダメですよ。彼女は私に惚れていますから。」

 クリフが臆面もなく言い切ると、2人が驚くほどそっくりな表情で苦笑した。

 しばらくするとハンナが視線をあげ、二人の視線が絡み合う。
 不安気であったハンナの表情がみるみるうちに明るさを取り戻し、涙がポロリと溢れた。 

……ごめんな。心配をかけた……許してくれ。

 クリフが心で謝ると、ハンナは調子を取り戻した様子で顎(あご)をクイッと上向かせ、ニヤリと笑う。

 女武芸者の気迫の充実を感じ、周囲の騎士がピクリと反応をした。

……どんな格好をしてもハンナは、ハンナだ。

 クリフは苦笑した。

「新郎、クリフォード・チェンバレン!」

 クリフの新しい名が呼ばれた。

 ゆっくりとした足取りで司婚者の前に歩みを進め、頭を垂れる。

「新婦、ハンナ・クロフト!」

 ハンナがおずおずとした表情で式場を進み、クリフの横に並ぶ。
 会場の者は、ハンナの様子を新婦の初々しさと好意的に受け止めたようだ。

「何で……何でクリフがここに……?」

 ハンナが呆然と呟いた。
 驚きのあまり、式の進行を忘れているようだ。

「愛しの姫よ、麗しき赤き花よ、今の私はクリフォード・チェンバレン。」

 クリフは付け焼き刃の礼をもってハンナに名乗った。貴族は婦人と対するときは敬意を持ち、美しさを讃えるものなのだ。

「嘘……嘘だ……クリフが貴族だったなんて……」

 ハンナが口を開いたままクリフを見つめている。

……なんて、可愛いやつなんだ。

 クリフは胸が締め付けられるような感覚にとらわれた。

「私と結婚して頂けますか?」

 口下手だったクリフの口から、信じられぬほど自然にプロポーズの言葉が出た。
 心の底から湧いた本心だったためかもしれない。

「はい……はいっ!」

 二人は固く抱き合い、長い口づけを交わした。

……ああ、式次第が滅茶苦茶だ……まあ、良い。構うものか。

 いつの間にか会場は拍手に包まれ、二人の結婚は承認された。


…………


 結婚式の宴が終わり、貴賓館に戻る。
 これからは初夜である。

 クリフとハンナの婚姻は、婚姻同盟のためである。
 2人が本当に夫婦となったのか、周囲に証明しなくてはならない……つまり、立会人の元で性交を行うのである。
 これは現代人の感覚からすれば異様にも感じるが、ヨーロッパでも普通に行われたモノである。
 夫婦の結婚生活が破綻すれば同盟も破綻するかもしれないのだ……夫婦の絆が完全なものであると証明する必要がある。

 サイラスが見慣れぬ粒が入った小壷(こつぼ)をクリフに差し出した。丸薬(がんやく)だろう。

「これは?」
「秘薬だ。大蒜(ニンニク)を黒くなるまで熟成させ、味噌に漬け込んだ鶏卵と練り合わせた後に乾かしたモノだ……効くぞ。」

 これは現代日本で言うところの「ニンニク卵黄」に近いものだ。その成立はかなり早く、薩摩藩の藩士が参勤交代などで遠歩きするときには好んで食したと言われている。

「飲んでおきなさい……人前でまぐわうと、緊張のあまり役に立たぬ者もいるのですよ。今晩の様子が情けないと男子の面目に関わりますからね。」

 アイザックがいたずらっ子のように笑いかける。

「兄上はいかがでしたか?」
「ちゃんとできましたよ。2回もね。」

 アイザックがニヤリと笑う。
 クリフはガバッと丸薬を口に含み、くちゃくちゃと噛みながら水で飲み干す。

「おい、そんなに飲むものじゃ……」

 サイラスが少し驚いて声を上げた。

「ならば3度……4度行いましょう。」
「面白い、4度出来たならば今回の貸しはチャラにしましょう。」

 クリフが挑戦的な笑みを見せ、アイザックは愉快気に笑った。


…………


 ベッドルームに入り、クリフとハンナは向き合う。

 立会人は何と6人である……これは王国とジンデル辺境伯の両使節の代表と、同盟を仲介した自由都市ファロンからの代表が二人づつ付いたためである。
 ちなみにサイラスとアイザックは勿論、何故かヒースコートまで参加している。
 普通は身内は参加しないものではあるが、何か思い入れでもあるのかもしれない。現代人の感覚とは違うので、この辺は何とも言えない。

「あの、恥ずかしい……から」

 薄手の服を着たハンナがもじもじと身を捩(よじ)る。

 その瞬間、クリフの中で何かがドクンと跳ね上がった。

 恥じらうハンナをベッドに押し倒し、唇を奪う。

「ダメ……ダメ、やっぱり恥ずかしい……」

 肌身を晒す羞恥にハンナが悶え、許しを乞うが、クリフの雄(おす)を滾(たぎ)らせる効果しかない。

 クリフはハンナを思う存分に蹂躙(じゅうりん)した。

……あの丸薬のせいだ。きっと……

 クリフは自らの行いを心の内で言い訳した。


…………


 クリフの雄々しく激しき戦ぶりは立会人を驚かせる結末を見せた。

 ハンナが失神をしたのだ。

 それは時間にすれば僅かに30秒ほどのことではあったろう……しかし、アダルトビデオなど無い時代の事である。立会人は大きな衝撃を受けた。

 連日の不安からの解放、叔父を含む衆人に性交を見られる羞恥、何度も繰り返される行為、想い人と結婚できた多幸感……様々な要因の元でハンナは連続してオーガズムに達し、失神をした。

 婚姻同盟の初夜の振るまいは公式記録に残ることもある。
 もちろんクリフのこの偉業(?)も史書に記されたのは言うまでもない。

『花婿は6度槍を振るい、花嫁は悦びの中で気を失なった。アイザック・チェンバレン』

『この年に至り、初めて真の交わりを知った。サイラス・チェンバレン』

『猟犬は花嫁が失神しても許さず、哀れな獲物は涙を流し許しを乞うた。ソル・メイシー』

『見るものの男としての自信を奪う猛烈な槍さばきであり、可憐な姫は悦びと衝撃で気を失なった。』

『3度目には私はシャッポを脱ぎ降参した。6度目は槍を折る決意をした。』

『6度の槍試合で新郎は新婦を完膚なきままに叩き伏せた。ヒースコート・クロフト』


 これらの文言は歴史事実として後世に残り、クリフォード・チェンバレンは無類の性豪として歴史に名を残した。
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