猟犬クリフ

小倉ひろあき

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1章 青年期

閑話 剣術小町ハンナ 下

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 翌日


 ハンナはいつも通りに満腹亭にエリーを預け、道場で汗を流した。

 エリーを迎えに満腹亭に向かう……すると明らかに満腹亭の様子がおかしい。荒らされているのだ。

「何があったの!?」

 ハンナが急いで店内に向かう。

「ああっ、ハンナさん……大変な事になっちまった……」

 店主が狼狽えながらもハンナに事情を説明する。
 どうやら破落戸(ごろつき)が数人ほどで暴れたようだ。

「それで、パティとエリーちゃんが拐われちまったんだよ! ……ハンナさんに渡せとこれを預かっている。」

 店主がハンナに紙切れを渡した。
 それは犯人が残した手紙であった。

 『人質を助けたければファロン西側の郊外にある空き地に一人で来い』と書いてある。

 ハンナは店主に手紙の内容を伝えると、直ぐに飛び出した。

 これは明らかに罠である。
 しかし、罠だからとエリーを見捨てる事が出来ようか……否、断固否である。

……エリー、無事でいて!

 ハンナは走った。
 時間が経てば経つほど人質の危険が増す。

 ハンナの美しい顔が焦燥で歪んだ。



………………



 ハンナはファロン郊外の空き地に立つ。

「ほう、思ったよりも早かったじゃねえか。」
「オズマンド! 卑怯者め!」

 ハンナはオズマンドの姿を認め、面罵(めんば)した。

「うるせえ! 人質がどうなっても良いのかよ!?」

 オズマンドが合図をすると子分らがエリーとパティを引きずる様に連れてきた。
 二人とも猿轡(さるぐつわ)を噛まされている。

「エリー! パティ! 無事なのっ!?」

 ハンナが見るところ、猿轡以外には二人に変わった所は無い。

「今の所はな。だが、お前の態度次第ではどうなるか分からねえ。」

 ハンナが「ぐっ」とうめき声を上げた。

「剣を捨てな。コイツらの顔に二目と見れねえ傷がつくぜ!」

 エリーとパティの後ろの男達が短剣をちらつかせる。
 ハンナは睨み付けるのが精一杯だ、抵抗は出来ない。

「早くしろ。順番に可愛がってやるからよ。」

 男達が下卑た笑いを浮かべている。

……どうすればいいの?

 男の数はオズマンドを含めて5人だ。剣を捨てれば勝ち目は無い。


…………


「待てい!」


 突然、横合いから声が響き渡る。

「雲竜のギネスが加勢に来たぜ!! 熊ん蜂オズマンド、覚悟しやがれ!!」

 ギネスだ。ギネスが大声で注意を引いた。

 するとギネスの逆側から「うわっ」「ぐうっ」と小さな悲鳴が聞こえた。
 見ればエリーとパティを拘束していた男達の手にナイフが突き立っている。

「二人とも、こっちだ!」

 ナイフを投げた人物がエリーとパティを誘導する。

「クリフっ! 助けに来てくれたのねっ!」

 ハンナがクリフの姿を見て喜びの声を上げた。

 ギネスが「うん、俺もいますけどね」と呟いたがハンナの耳目には届かない。

「人質がいなければこっちのものよ! 覚悟しなさい!」

 ハンナが曲刀を抜き放ち、男達に躍りかかる。

 ハンナは怪鳥のごとく高く跳び、手前の男の真っ向から唐竹割りに切りかかった。
 カウッと不思議な音と共に男の頭蓋骨が切り割られ、脳漿(のうしょう)が血に混ざりバシャリと吹き出した。

 この凄まじい光景に男達は戦意を失った。

 しかし、ハンナに容赦は無い。二人目の獲物に向かって刀を振るう。男は辛うじて剣を抜くが、遅すぎる。
 ハンナの刀は男の首を切り飛ばし、男の首は皮1枚残してぶらんと後ろに垂れ下がった。
 男の首から血がビウーと噴水の様に吹き出す。

「お前ら! 衛兵殺しは重罪だぞ!」

 オズマンドが必死に凄むが効果はまるでない。
 「畜生がっ」と大声で喚(わめ)きながら、ハンナに向かって諸手突きに剣を突き出した。

 ハンナはくるりと剣を躱わし、横凪ぎに刀を振るう。

 ハンナの曲刀はズカッと音を立て、オズマンドの両目を一撃で潰した。
 そして返す刀でオズマンドの足を裂く。

「ぎゃあああぁぁ」

 オズマンドが絶叫を上げながら崩れ落ちる。
 さらにハンナは倒れたオズマンドの右手を切り飛ばした。

「楽には殺さないわ、野垂れ死にするが良い。」

 ハンナはオズマンドに言い捨てると、チーンと鍔鳴りの音を立て曲刀を納める。

「成敗っ!!」

 ハンナが見得を切り、勝ち誇った。

 ちなみに人質をとっていた男達はギネスに叩きのめされている。ギネスは彼らは証人にするつもりで生かしておいたのだ。


「……クリフっ!」

 ハンナがクリフに駆け寄りすがり付いた。
 
「クリフ……私っ、クリフが助けてくれなかったら!」
「大丈夫だ、ハンナは俺が守るよ……これからも。」

 クリフがハンナをそっと抱き締めた。

「うん、俺もいますけどね……。」

 ギネスの言葉は風の音に消えていった。



………………



 パティを満腹亭に送り届けた後、一行は冒険者御用達の酒場に向かった。

「なんで二人が助けに来れたの?」

 ハンナが当然の疑問を口にした。

「昨日の話を聞いたマスターが、オズマンドを俺に探らせたんですよ。兄貴とはたまたま会ったんでさ。」
「ああ、街道でギネスがこそこそしてるのが見えてな……運が良かった。」

 クリフがハンナとエリーを交互に眺めて目を細めた。
 エリーは怖い思いをしたはずだが、あまり堪えた様子は無い。

「二人にお土産だ。」

 クリフはそっと、エリーに首飾りを掛けた。
 「わあっ」とエリーが喜んだ。

「ハンナにはこれを。」

 ハンナの手にそっと髪飾りが乗せられた。

「……うれしい。大事にするね。」

 つり目がちなハンナの目尻が緩んだ。
 潤んだ瞳でクリフを見つめる。

「クリフ……」

 人の目が集まる酒場だと言うのにハンナには遠慮と言うモノがない。
 クリフに抱きつきながら鼻に掛かった甘えた声でしなだれかかる。

「う、む……」

 クリフはハンナの勢いに明らかにたじろいでいる。

「クリフ、もう一度……ちゃんと言って。」
「その、またの機会に……離れて。」

 クリフが周りの様子を見て狼狽える。
 周りの客も心得たもので、わざと白けた視線を送ってからかっているのだ。

「あーあ、ヘクターさんもベルタさんにべったりだし……俺もカミサン探そうかなあ?」



 ギネスがぽつりと呟いた。
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