「ばらされたくなかったら結婚してくださいませんこと?」「おれの事が好きなのか!」「いえ全然」貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ令嬢に結婚させら

天知 カナイ

文字の大きさ
上 下
7 / 10

告白??

しおりを挟む
「知っている」
アレスティードは、勢いのままもう一度サイーシャに近づいて抱きしめた。もう、照れも恥ずかしさもどこかへ飛んで行ってしまった。
この女性を自分のそばに留め置きたい。出来れば、自分自身を見てほしい。その気持ちでいっぱいだった。
「‥サシャが、俺の父の事を好きなのは知っている‥。だが、一緒に暮らして俺の事も見て、もらえれば、と思っている。‥どうしても、父上の事を諦めきれないというのなら‥その時は、考える」
父親への思いを口にしたサイーシャを見るのは辛かった。だが、サイーシャが自分のもとから去ってしまう未来を考えればよりつらかった。
離すまい、とぎゅうぎゅう抱きしめるアレスティードの背中を、サイーシャは思わずとんとん叩いた。
「あ、アレス様!何か勘違いしてらっしゃいます、ちょっとお顔を見せてくださいませ!」
言われて素直にアレスティードは腕を解いた。サイーシャは顔を紅潮させ、目を見開いてアレスティードを見つめている。
「アレス様、私がフォンティール様を、お慕いしている、と思ってらっしゃったんですか?!」
「‥‥違うのか‥?」
「違います!!」
今やサイーシャの顔は真っ赤になっていた。父と一緒にいた時の顔だ、とアレスティードはぼんやり考えた。‥そしてようやくサイーシャの言葉の内容が頭の中に入って来た。
「‥違う?え、父上の事が好きなのではないのか?!」
「違います!‥もう、どうしてそんな勘違いをなされたのか‥」
赤くなった顔を両手で挟んでおろおろしているサイーシャのその手を、アレスティードは上から挟んだ。
「‥話を、聞かせてもらえるだろうか?」

恥ずかしいのでおやめください、というサイーシャの言葉とともに二人はとりあえず長椅子に腰かけた。ローランが入れておいてくれたお茶をぐいっと令嬢らしくなく飲み干してサイーシャは言った。
「私、領地経営や投資活動にとても興味があって、本当はそういうことに関わる仕事がしたかったんです」
今までのサイーシャの話を聞いていれば納得できる内容だった。アレスティードは黙って話を聞いた。
「アレス様はご存じないかもしれませんが、フォンティール様の領地経営や投資活動のご活躍はものすごいんです。私も、やられた、と思った投資が何回もありました。そして商業活動がそこまで活発でなかったここ、カラエン領の領都で、この十年の間に素晴らしい発展をさせた。その手腕や目の付け所が独特で私はそれにとても憧れました」
父が、かなりの才覚をもって領地を発展させ、また投資が狙ったところにピタリとはまり多くの利益をもたらしていることは知っていたが、サイーシャにここまで言わせるものだったのだ、というのは今、話を聞いて初めて実感したことだった。
サイーシャは続ける。
「ですが、私は女の身、上に嫡子の兄もおりますし、嫁いでも婚家でそのような活動はさせてもらえないだろうと思っていました。兄が領地経営に関わるまでは、私の意見を父も聞いてくれて多少は活動できていたのですけれど‥」
サイーシャはうつむいた。唇がわずかに震えているのが見える。
「‥兄は、私が投資をして成功することをとても嫌いました。‥女のくせに出しゃばるな、大して見かけもよくないくせに生意気な女など、嫁ぎ先もなくなる、と‥」
アレスティードはカッと身体が熱くなるのを感じた。サイーシャが、あの家の中でそのような酷い言葉をかけられているとは知らなかった。てっきり理想の家族のようなあの家で、幸せに育ってきたものだとばかり思っていたのだ。
義理の兄となった人物は、実際にあったのは結婚式の時のみで、その時も笑顔はなく通り一遍な社交辞令を交わしただけだったように記憶している。
眉を寄せたアレスティードの顔を見て、サイーシャはくすりと笑った。
「兄は、アレス様にも失礼でしたわよね‥申し訳ありません。私のような女が兄よりも爵位が上の貴族に嫁いだことが気に入らなかったんだろうと思います。‥でも、兄は悪い人ではありません。‥同じ時期にした投資で、兄は大失敗してしまったとき、たまたま私がうまくいって‥それが兄のプライドを大きく傷つけてしまったんだと思います」
「‥だからと言ってサシャを傷つけていいわけではない筈だ」
そういうアレスティードにサイーシャは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます‥。この旅に来て、アレス様に救われてばかりですわ」
「‥少しは嫌いなタイプから脱することができだろうか・・?」
少し仏頂面でそういうアレスティードに、今度こそサイーシャは朗らかに大きな声で笑った。その声を聞いて、アレスティードはまた嬉しくなった。
「アレス様、よく覚えてらっしゃいますわね!‥その節は失礼なことを申し上げてすみませんでした」
目元を指で押さえて、サイーシャは話を続けた。
「アレス様と同じく、私も社交は苦手です。でも、どうしても行かねばならない時もあって。そんな時、アレス様と同じようにあまり人の来ない庭の隅で一時避難していたんです」
「何だ、お仲間だったのか」
そう言ってアレスティードも笑った。
「そこで、アレス様の毒舌を初めて聞いたんですの。初めて聞いた時にはもう、可笑しくって!あんなに貴公子然となさってらっしゃるのに、お腹の中でこんなことを考えてらしたんだわ、と思って‥申し訳ないんですが‥お腹がよじれるほど笑いました」
「‥サシャが、楽しかったならよかった、です‥」
まさか複数回、自分のあの罵詈雑言を聞かれていたとも思わずアレスティードは思わぬことを口走っていた。
サイーシャはそんなアレスティードを見つめて微笑んだ。
「‥その時、思ったんです。この方を脅して結婚してもらえれば、あのフォンティール様に近づける。投資や経営の色々を身近で見て学ぶことができるって」
アレスティードは、ここで初めて「憧れていた」の意味を理解した。‥本当に恋愛的なものではなかったのだ。そう理解できてアレスティードは心の底から安堵した。‥正直あの父相手では随分自分は分が悪いと思っていたのだった。
「二年か三年、フォンティール様のそばで勉強させていただいて、その間に何とか資金を増やして離縁していただければ、自分一人でも生きていけるのでは、と‥自分勝手なことを考えてしまいました。‥あの時、兄が私の縁談を進めようとしていたところだったので、その焦りもありました」
アレスティードはサイーシャの話を聞いて全てが納得いった。そして、意外に自分にとっては悪い結果になっていないのではないか、と思った。
「サシャ、」
アレスティードは席を立ち、サイーシャの隣のソファに腰かけた。既に自分の気持ちも何もかも吐露してしまったアレスティードには、もはや迷いも照れもなかった。
「俺も、最初はとんでもない女に弱みを握られたと思っていた。‥だが、これは運命の出会いだったのかもしれないと思う。俺は、女性に対して好意を持ったことがなかった。女性はみな、俺の見た目や家柄だけを見て値踏みをしているように感じていたからだ。‥だが、サシャは、いつも自分自身の未来を見つめていたんだな。だから、そんなサシャと触れあっているうちに俺は自然にサシャに惹かれていったんだ」
アレスティードはそっとサイーシャの手を握った。そしてその目を見た。
サイーシャはその手の大きさから、アレスティードが同じ年の立派な青年であることに思い至り、急に恥ずかしくなった。その手をそっと引こうとしたがアレスティードは離さなかった。
「サシャ。俺は多分初めて、あなたに恋をした。サシャが好きだ。出来ればずっと俺の妻でいてほしい。父上に投資の勉強をさせてもらえるよう、俺からも頼む、このカラエン家のためにサシャの力を使ってもらいたい。‥俺の申し出に不安があるなら今すぐ書状にしたためる」
そう言ってテーブルにあったレターセットに手を伸ばす。サイーシャは慌ててその手を掴んだ。
「アレス様、お優しすぎます!私はあなたを脅して結婚した女なんですよ?そんな者のいう事なんて聞く必要ないんです」
「俺は、そうしたいんだ、サシャ」
サイーシャは頭がくらくらしてきた。こんなに甘く、自分の愛称を呼ばれたことなんかない。横で熱く自分を見つめるアレスティードの顔は整っていて美しかった。今さらながらにそう思ったサイーシャは、婚約が決まった時、随分色々な令嬢に心無いことを言われたのを思い出した。
(あなたのような見苦しい方が、あのお美しいアレスティード様の横に立つなんて、随分おこがましいですわね)
(どんな酷い手段を使ってアレスティード様に婚約を迫ったんですの?)
まあ、かなりひどい手段を使ったのには違いないが、とサイーシャは考えていた。そのサイーシャの手をぎゅっとアレスティードは握りしめた。
「サシャ、いま別のことなんか考えないでくれ。‥俺とのこと、考えてくれないか?」
サイーシャは握られた手からじわじわと熱が広がるのを感じた。実はサイーシャもアレスティードと同じく、今まで恋というものをしたことがなかったのだ。
「サシャ」
そんなふうに名前を呼ばないでほしい。何だか恥ずかしくてどこを見ればいいのかわからない。顔を赤くしたまま黙り込んでしまったサイーシャの顔を、アレスティードは覗き込むようにした。
「サシャ、答えを聞かせてくれ」
「あ、あの、えーと、アレス様、はこんな酷い女でも、よろしいんですか‥?」
「サシャがいいんだ」
アレスティードはそう言って微笑む。ここにカイザがいたらびっくり仰天して拍手喝采をしていたに違いない。さすが公爵家嫡子だけあって、一度行動に出てしまえばアレスティードには迷いがなかった。
今やサイーシャの方がどぎまぎしていた。アレス様ってこんな人だったかしら、と思いつつもどう返事していいかわからない。しどろもどろに言葉を絞り出す。
「あの‥何だか私の勝手ばかり、聞いていただいてる気がするんですけど‥私にとっていいことばかりで、アレス様にはあまり得がないような気がします」
「サシャがいてくれたら、俺は嬉しいから得だよ」
アレスティードはそう言って笑った。
サイーシャはぶわっとまた顔に熱が集まったのを感じた。
しおりを挟む
BLのR18ですが、「就職先の公爵当主がおれにやたら執着してくるんですが」というスピンオフも書いています。アレスティードの父公爵、フォンティールと侍従カイザの恋愛騒動です。忌避感のない方、もしよかったら読んでみてください。
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

婚約破棄させてください!

佐崎咲
恋愛
「ユージーン=エスライト! あなたとは婚約破棄させてもらうわ!」 「断る」 「なんでよ! 婚約破棄させてよ! お願いだから!」 伯爵令嬢の私、メイシアはユージーンとの婚約破棄を願い出たものの、即座に却下され戸惑っていた。 どうして? 彼は他に好きな人がいるはずなのに。 だから身を引こうと思ったのに。 意地っ張りで、かわいくない私となんて、結婚したくなんかないだろうと思ったのに。 ============ 第1~4話 メイシア視点 第5~9話 ユージーン視点  エピローグ ユージーンが好きすぎていつも逃げてしまうメイシアと、 その裏のユージーンの葛藤(答え合わせ的な)です。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

処理中です...