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65 伴侶

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アーセルが家族でよく行っているという、少し引っ込んだところにある小さなレストランに案内されていった。大きな看板もなくひっそりと営業していたそこは、知る人ぞ知るといった体の店だった。
(隠れ家レストランて感じだなあ)
マヒロはそう思った。中も半個室のようになっていてあまり客同士で顔を合わせなくても済むようになっている。こういうところは世界が違ってもあるんだなあとマヒロは感慨深かった。
アーセルはティルンがいるせいかいつもに増して言葉少なだった。しかしティルンは変わらずに押せ押せの態度である。見ているとだんだんマヒロはいたたまれなくなってきた。
「‥ティルンさん、えーと‥とりあえず自分のお食事を食べてからにしたら?アーセルも食べづらいと思いますけど」
横にぴったりくっついて「あーん」をさせようと何度もトライしているティルンを見ていられなくなって思わずそう声をかけたが、無論ティルンはマヒロを睨んだだけで意に介さなかった。
(ストレスたまるわ‥アーセル‥頑張れ‥)
マヒロは仕方なく自分の食事に専念することにした。何を食べても美味しい店だ。
マヒロが諦めモードに入ったのを見てか、とうとうアーセルが切れた。
「ティルン様!これ以上私これ以上私にべたべたとするのはおやめください!」
がたりと椅子を蹴って立ち上がったアーセルに、ティルンは驚いて固まった。そしてアーセルの顔を見上げた。
「べたべた‥って、そんな、アーセル様」
「申し訳ございません、ティルン様。‥私の心は今、このマヒロ様にあります。今私はマヒロ様以外の伴侶は考えられません。‥本日のような態度を改めてもらわねば、アツレンまでお供していただくわけには参りません。ご容赦ください」
ティルンの顔がさっと青褪める。今日のような振る舞いをするなら、アーセルは今後六か月の『国王選抜』のアツレン滞在を断ると言っているのだ。
ティルンは自分も立ち上がり、アーセルの腕に取りすがった。
「ア、アーセル様、そんなこと言わないでください、僕、僕本当にすごく楽しみにしてたのに」
「‥‥では、私に対する態度を改めてくださいますか?」
吹っ切れたかのように素っ気なく冷たい声を出すアーセルに、ティルンは少し震えながら下を向いた。マヒロは少し可愛そうな気がしたが、ここで自分が口を出すのは筋が違うだろうと思い、二人を見ないようにして黙っていた。
やや長い沈黙の後、ティルンは小さな声で「わかりました」と告げた。アーセルはふうと息を吐き、ティルンの椅子から一つ離れた椅子に移動して食事を再開した。
(‥‥き、気まずい‥)
マヒロは急に食事の味がわからなくなってきた。マヒロの向かいに黙って座り込んだティルンは全く食事に手を付けない。結構歩き回ったしお腹空いてるはずだけど‥と思うが多分今は声をかけてほしくないだろう、と思ってマヒロも黙っていた。

お通夜のような食事が終わって外に出る。ティルンはすっかり元気をなくしていた。マヒロはその姿を見て、他にも行きたい場所はあったが今日は帰った方がいいのではないかと考えた。
「えっと、そろそろ帰らない?」
「え?マヒロ様以前に服飾小物を扱う店を見てみたいとおっしゃってませんでしたか?」
アーセルがそう言ってマヒロを見つめてくる。その後ろからティルンが射殺す勢いの視線をマヒロにぶつけてきていた。
(こわ!怖すぎる~なまじ顔がいいだけに怖い)
マヒロは慌ててアーセルに言った。
「いやもう、結構歩いたし!今日はいいかなって!」
「そうですか‥?お疲れなら機工車を手配しましょうか?」
正直体力的にはまだ歩いてもよかったが、今は一刻も早く領主邸に戻りたかったのでそれにうんうんと頷き、手配をしてもらう。
機工車の中ではアーセルの隣に座らないようにして、二人が隣同士になるように気遣った。ティルンは嬉しそうに隣に座ってさりげなくくっつこうとしたが、アーセルが幅のぎりぎりまで避けて座っているのを見てうつむいてしまった。
(‥‥なんか‥‥かわいそうになって来たな‥)
実はまだ一回もティルンとは直接口もきいていないマヒロだったが、だんだんティルンの事が気の毒に思えてきていた。


領主邸に戻るとマヒロはすぐさま自室に引っ込んだ。ジャックにお願いして化粧を落としてもらい、楽な部屋着に着替える。疲れた~とだらしなく長椅子に身体を伸ばしていると、ジャックに笑われた。
「半日くらいのお出かけでお疲れなんですか?」
「いやどっちかって言うと気疲れ‥」
そう言ってジャックが用意してくれた冷たいお茶を飲む。爽やかな果物の香りが喉と鼻を抜けた。
「美味しいねこれ」
「お、気に入っていただけました?それ、僕がブレンドした果実茶なんですよ」
「へえ。美味しい。あったかいのも飲んでみたいなあ」
「あー、これはあったかくすると香りがとんじゃうので冷たいままがお勧めです」
「なるほど‥」
「気疲れって、何かあったんですか?」
ジャックにそう聞かれ、うーんとマヒロは考え込んだ。正直何かあったかと言われると大きな出来事があったわけではないのだが。
「‥ヒトの心って、うまくいかないなあと思って」
「ティルン様の事ですか?アーセル様の事がお好きなんですよね」
「あ、やっぱりみんな知ってる感じなんだ。国王陛下のお子さんとだったらいい縁だねって感じ?なのかな」
ジャックはきょとんとした顔でマヒロを見た。
「?いい縁ってどういうことですか?国王陛下は関係ないですよね?」
今度はマヒロがきょとんとする番だった。
「え、国王陛下のお子さんって、身分が高かったりしないの?」
「いや、まあ、一応そうですけど‥伴侶になることにはあまり関係ないですからねえ」
「え、伴侶‥って、あの、ずっと一緒にいる好きな人ってことだよね?子ども持ったりして‥」
「ええ」
「身分とか、あの、釣り合う釣り合わないとかって考え方はないの?」
ジャックはよくわからない、といった感じで顎に手を当て首をかしげる。
「伴侶は当人同士の問題ですから、シンシャがどう思うかとかはあまり関係ないですね。伴侶誓言式を挙げてからシンシャに知らせるっていうヒトもいますし」
「はんりょせいごんしき?」
また聞いた事がない言葉が出てきた。
「ええ。あれ?ご存じないです?このヒトを伴侶にしますって周囲に知らせるためのものです。これをやって届け出ないと子果清殿で子果を授かれないんですよ」
「そういう仕組みなんだ‥」

マヒロは外に出る時にはレースの目隠しをしているが、領主邸内では外している。黒い目に赤髪という珍しい風体の説明は「龍人タツトに連れてこられた他の大陸の珍しいヒト」ということになっていた。だからマヒロがものを知らなくても、邸内の使用人は不思議がらず何でもよく教えてくれた。

今の話を総合すると、国王の子どもだから気を遣って伴侶にならなければならない、という訳ではなさそうだ。だからこその今日のアーセルの物言いだった緒だろう。むしろ最初は随分とティルンを気遣っていた方だと言えるのかもしれない。
そしてティルンの方も、自分の努力でしかアーセルを振り向かせることはできない訳である。だからあんなに頑張ってたのかあ、と納得できた。
(しかも、多分滅多に会えないんだろうしなあ)
ティルンはいつアーセルを好きになったんだろうか。ちょっと聞いてみたい気もする。
「まあ、アーセル様はマヒロ様がお好きだから、ティルン様とは伴侶にならないと思いますけどね」
ジャックにさらりとそう言われてマヒロは思わずゲホゲホ咳き込んでしまった。
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