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62 心の行方

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ハルタカは自分に与えられた居室へマヒロを連れて行き、きちんとドアを閉めてからマヒロに口づけてきた。
(‥約束守ってる、けど‥)
急に与えられる口づけにはなかなか慣れない。ハルタカはぎゅっと左手でマヒロの身体を抱きしめ、右手でマヒロの頬を押さえて唇を押し当ててくる。マヒロの唇をハルタカの舌が何度もつつく。開けてくれと言っているようだったが、マヒロは思わず、ぐっとハルタカの身体を押しのけた。
ハルタカはマヒロに拒絶され、不可解、かつ不満そうな表情を浮かべる。
「マヒロ?」
ハルタカの顔を見て、マヒロは何と言おうか迷った。

今、なんで自分は嫌だったのだろう。
‥嫌、だった?
好きな人からキスされてるのに?
‥‥なぜ?

「ハルタカ‥あの、あんまりキ‥口づけばっかりするのはちょっと嫌かも‥」
「そんなにしていないと思うが」
「‥‥‥舌、とか入れないでほしい‥」
「なぜ?」
ハルタカが真っ直ぐな目で見てくる。
何で嫌なのか。
わからない。
「わからない、んだけど‥なんかドキドキするし、どうしていいかわからなくなるから‥」
ハルタカがそっとマヒロの肩に手をのせた。そして少しかがんでマヒロの顔を覗き込んでくる。
「‥マヒロ。領主騎士が、気になるのか?」
「!‥違うよ、好きなのはハルタカだよ!」
ハルタカの問いに、跳ね返すように返事をする。その速さが、ハルタカの眉を顰めさせた。
ハルタカは少し顔を伏せて何か考えるようなそぶりを見せ、それからマヒロの両肩をそっと掴んでマヒロの目を見た。
「‥マヒロ。私はお前を愛している。それは変わらない。‥お前が私の手元にいないこのひと月余り、たまらなく辛かった」
「うん‥」
「だが私も色々と考えた。私はお前が幸せであることを願う。お前を愛しているし私のもとにいてくれればそれは嬉しい。‥だが、お前の心を偽ってまで私とともにいてくれなくてもいいのだ」
「そんなこと、そんなことないよ!‥好きだよ、ハルタカ‥」
マヒロは涙がじわりと浮かんでくるのを感じたが止められなかった。

自分が中途半端な気持ちを持っているせいで、アーセルもハルタカも傷つけてしまうのかもしれない。
ハルタカを好きだと思う気持ちに偽りはないはずなのに。
ただ、ハルタカの接し方が性急で、その先に性交セックスがあることを示されているようで怖くなるのだ。
「ハルタカがいないと寂しいし、会いたいと思うんだよ」
「そうか‥嬉しいな」
「でも、ハルタカにキス‥口づけされたり、あの‥ちょっとえっちな感じになると、怖いっていうか」
「えっち?とは?」
久しぶりの答えづらい質問に、マヒロはうーんと涙顔で思案した。ハルタカはそのマヒロの顔を見て、そっとマヒロの身体に腕を回し、軽く抱きしめた。
「私の接し方が、時々怖いのだな。‥私が早く番いたい、と思う気持ちがマヒロを怖がらせているのだろう」
「ハルタカ‥」

何でこんなに怖がりで意気地がないんだろう。マヒロは自分が嫌になった。自分の心は決まったと思っているのに、ハルタカに対して怖いという気持ちもある。そしてアーセルに対する申し訳なさが、‥違うものになるような気がしてそれも怖い。
なんだよ。私、何様だよ。
平凡で何の取柄もない、何の能力もない自分を、たまたま保護してくれた縁で好きだと言ってくれたハルタカ。
最初は『カベワタリ』だからということで接していたが、マヒロを委縮させぬよう気を配って接してくれたアーセル。
二人とも素晴らしいヒトで、自分が天秤にかけていいようなヒトじゃない。そして自分は、そんなたいそうなヒトじゃないのに。

ハルタカの厚い胸に額をこつ、とつけた。背中をそっと支える手が優しい。
「‥ハルタカが好き、だと思ってる。ハルタカが触れてくれたら嬉しいし、一緒にいられないと寂しい。‥でも、番いになること、にはまだ怖さがある‥」
「うむ」
「ごめんね、ハルタカ‥こんな中途半端な私で」
うっとしゃくりあげるマヒロの髪を、ハルタカはゆっくりと撫でた。

マヒロの言葉を聞いても、ハルタカの心に嵐は吹かない。以前であれば、このような言葉を聞けばすぐにでもこの場所からマヒロを連れ去って住処に閉じ込めてしまっていたかもしれない。だが、アツレンの街でヒトと共に暮らすマヒロはとても生き生きとしていて、話している時も楽しそうだった。そのマヒロの話を聞くのがハルタカは好きになった。
だが、前回自分のつまらない悋気でマヒロを怖がらせた。
ハルタカはあの時、初めて自分の言動を深く後悔した。なぜあんな狭量なことを言ってしまったのか。か弱いマヒロをなぜあんなに強く掴んでしまったのか。
住処で、ハルタカは自問自答を繰り返した。
そして出た結論は、マヒロの幸せを第一に考える、ということだった。
領主騎士の言動を見ていれば、マヒロの気持ちを第一に考え自分の気持ちを押しつけるようなことを一切していないことがわかる。それに比べ、長く生きているくせに龍人タツトである自分の言動を振り返れば恥じ入るばかりだ。

もし、マヒロが自分を選ばなくても。その時は黙って、手を、離す。
そう考えるのは、胸が潰れそうに辛い。目の前にいればマヒロを抱きしめたくなるし口づけたくなる。
だが、もう少し、引くべきなのかもしれない。
腕の中で震えながらしゃくりあげているマヒロを見て、ハルタカはそう考えた。
「マヒロ、私はこれから住処へ帰る」
「えっ」
マヒロが涙で汚れた顔をあげた。ハルタカの目は優しかった。
「もうすぐアツレンに帰るだろう?次は、ひと月後くらいにアツレンの屋敷を訪ねる。‥それまでマヒロも元気で過ごせ」
「ハルタカ‥」
ハルタカはマヒロの顔を見つめ少し逡巡する様子を見せたが、マヒロの額にそっと唇を押し当ててマヒロの身体を離した。
「元気でな。いつでも腕輪に話しかけろ。私はいつでも応える」
「うん、ありがと、ハルタカ、本当にありがとう」
「泣くな‥私はマヒロの笑った顔が好きだ」
ハルタカはそう言って、そっとマヒロの涙を親指で拭ってやった。そしてマヒロの頬をすり、と撫でる。
「マヒロ。‥お前の心によく耳を傾けろ。私や領主騎士に遠慮をしたり申し訳ないと思ったりするな。お前の気持ちがどこにあるのかを、よく見極めるといい」
「‥ハルタカ‥」
ハルタカは最後に、マヒロの頭にそっと唇を触れさせてから身体を離した。
「ではな」
「‥色々ありがとう、ハルタカ。ごめんね」
「謝るなマヒロ。また来る」
ハルタカはそう言い置いて部屋から出て行った。

玄関へ向かう途中にアーセルとかち合った。ハルタカは立ち止まって声をかけた。
「領主騎士、私は住処へ帰る。マヒロを頼む」
これまで、個人的にはほとんど口をきいていなかったハルタカにそう言われて、アーセルは不思議そうに眼を瞬かせた。その顔を見て、ハルタカはふっと笑っただけでその場を足早に立ち去って行った。
龍人タツト様とマヒロ様との間に、何かあったのだろうか‥)
アーセルはそう思ったが、今日はマヒロも疲れているだろうと思い、声をかけることはしなかった。
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