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50 怖ろしさ
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マヒロは肩を強く抱くハルタカの手をぱしっと強く叩き、ぐいぐいと押しのけてハルタカから距離を取った。むっとしたハルタカがマヒロに向き直りその顔を見れば、目には涙を滲ませながらも明らかに怒りの色が濃く出ていた。
それを認めてはっとする。今自分はどんな顔をしてマヒロを掴んでいたのか。
マヒロは低い声で言った。
「DV男ってのは、恋人や奥さんを暴力で支配するやつのことです!‥ハルタカは私をどうしたいの?私の生活全部を縛るつもり?」
「マヒロ」
「アーセルを呼び捨てにしただけでそんな態度?‥この先、私の生活に出てくるヒト全部にそういう態度するの?」
「マヒロ、そんなつもりはなかった、すまない」
マヒロは頭を振った。
「‥ハルタカに寂しい思いをさせて我慢させてることはわかってるつもり。‥でも、私の人生は私のものだよね?ハルタカに全部コントロールされたくない」
こんとろーるとはなんだろう、とハルタカは思ったが今それを聞ける雰囲気ではなかった。マヒロが初めて、全身で自分を拒んでいる、と感じられて辛かった。
「マヒロ」
「ごめん、ちょっとハルタカから離れたい」
マヒロはそう言って、その部屋を出ていってしまった。
マヒロはつかつかと廊下を歩きながら涙が溢れてくるのを止められなかった。
怖い。
初めてハルタカにそんな感情を持った。
ハルタカは、マヒロよりも随分体格のいいヒトでありしかもタツリキという不思議な能力まで持っている。
マヒロが抵抗したくても、ハルタカが本気を出せばねじ伏せることは造作もないことなのだ。それを身をもって感じさせられてしまった。
執着めいたハルタカの愛情はこれまで好ましいものとして映っていたが、今初めてその恐ろしさを見てしまったような気がした。
テレビで特集されていたストーカーやDVを働く人々の事が頭の中に勝手に浮かんでくる。
愛情って何だろう。
相手を自分の思うままに縛り付けておきたいと思うのは、愛情と呼べるんだろうか。
マヒロは広い廊下の途中で立ち止まり、壁に手をついた。そうでもしないとそこにうずくまってわんわん泣いてしまいそうだった。喉の奥が締め付けられるように痛い。胸の奥も‥痛い。
ハルタカの事は好きだ。
寿命が信じられないくらい長くなる、という恐ろしさを受け入れてもいいか、と思うくらいには好きだと思っていた。
だが、自分がもし番いでなくても、ハルタカには幸せになってもらいたいとも思っていた。
そういう気持ちはハルタカにはないんだろうか。
自分さえ側にいれば、自分の気持ちなんかはどうでもいいんだろうか。
自分が傍にいてハルタカが満足していればいいのだろうか。
そんな関係性は嫌だ。
マヒロはぐいっと涙をぬぐった。鼻水が詰まって苦しい。
自室に行って顔を洗おう、と歩き出した時、後ろからふわりと軽く抱きしめられて驚いた。
「マヒロ様」
アーセルだった。
アーセルにこのような直接的な触れ合いをされたことはなかったので、余計に驚いた。だが、アーセルの抱擁はいつでも抜け出せそうなくらいには緩く優しいものだった。
「‥何が、そんなにあなたを悲しませているんですか」
「アーセル‥」
「‥俺に‥話してもらえませんか」
優しいその声音に、押さえていた涙がまた溢れてくるのを感じた。「ふ、うっ」としゃくり声が出てしまう。
「‥いいですよ、ゆっくりで。俺は待っていますから」
そう言いながらアーセルは片手で頭をゆっくりと撫でてくれた。
マヒロはずっとしゃくりあげながら泣いていた。
随分長い間泣いていたように思う。
少し落ち着いたころに、アーセルに促されアーセルの部屋に移動させられた。部屋に入れば、アーセルが自らお茶を淹れてくれた。そして二人きりにならないよう、部屋の隅にメイドを呼んで配置させてくれる。
アーセルはいつもこのように、マヒロの気持ちや立場を慮って行動してくれるヒトだった。態度は無愛想だしぶっきらぼうなことが多いが、やはり領主という立場がそうさせるのか、このように周囲のヒトへの配慮はいつも細かかった。だから使用人たちも心からアーセルを慕っているのがわかった。
温かいお茶のカップを両手で包む。掌にじんわりとぬくもりが伝わってくる。中身を啜ればお腹の中もほこほこと温まる気がして、気持ちがふっと安らいだ。
「ありがとう、アーセル」
「いえ。‥何かあったのですか?」
アーセルが自分になぜか好意を寄せてくれるのは、このひと月余りでもよくわかっていた。気持ちを押しつけるようなことは決してしないが、それを隠すこともなかったからである。
そういう気持ちを持ってくれているアーセルに、言っていいことなのだろうか。マヒロは逡巡した。それを見たアーセルは更に言葉を重ねた。
「俺の事は構いませんから、何があったのかだけお聞かせ願えませんか」
重ねて優しい言葉をかけてくれるアーセルに、マヒロは不安定な気持ちを吐露せずにはいられなかった。
「ハルタカが‥ハルタカの気持ちって愛情なのか執着なのか‥なんかわからなくなっちゃって」
「‥どうしてですか?」
マヒロはまた溢れそうになる涙をぐっとこらえながら話した。
「アーセル、の事を呼び捨てにしたら‥いつからだ、ってすごく怖い顔で言われて。肩を強く掴まれて‥怖くなっちゃったんです」
なんか話してるとただの痴話げんかにしか聞こえないな。
マヒロは言いながらそう思った。だが怖い、と感じたのは確かだったのだ。
そんなマヒロを見つめていたアーセルはふっと息を吐いて柔らかく笑った。
「‥俺も、龍人様と同じ立場なら同じことを言ってしまうかもしれません」
「‥え?」
思いがけないアーセルの言葉に、マヒロは顔をあげた。アーセルがそんなことを言うとは思わなかった。いつでも相手のことを思って行動しているように見えていたからだ。
「好いた相手にいつでも自分の事を見てもらいたい、他に目移りしないでほしい、と思うのは当たり前のことかと思います」
まさかにハルタカの肩を持たれるとは思っていなかったマヒロはうつむいた。
結局アーセルも体格のいい「男」のヒトだ。立場だって強い。
自分の感じたような怖ろしさを理解してもらおうというのが無理だったのだ。
マヒロはそう思って、ぎゅっとこぶしを握りしめた。
それを認めてはっとする。今自分はどんな顔をしてマヒロを掴んでいたのか。
マヒロは低い声で言った。
「DV男ってのは、恋人や奥さんを暴力で支配するやつのことです!‥ハルタカは私をどうしたいの?私の生活全部を縛るつもり?」
「マヒロ」
「アーセルを呼び捨てにしただけでそんな態度?‥この先、私の生活に出てくるヒト全部にそういう態度するの?」
「マヒロ、そんなつもりはなかった、すまない」
マヒロは頭を振った。
「‥ハルタカに寂しい思いをさせて我慢させてることはわかってるつもり。‥でも、私の人生は私のものだよね?ハルタカに全部コントロールされたくない」
こんとろーるとはなんだろう、とハルタカは思ったが今それを聞ける雰囲気ではなかった。マヒロが初めて、全身で自分を拒んでいる、と感じられて辛かった。
「マヒロ」
「ごめん、ちょっとハルタカから離れたい」
マヒロはそう言って、その部屋を出ていってしまった。
マヒロはつかつかと廊下を歩きながら涙が溢れてくるのを止められなかった。
怖い。
初めてハルタカにそんな感情を持った。
ハルタカは、マヒロよりも随分体格のいいヒトでありしかもタツリキという不思議な能力まで持っている。
マヒロが抵抗したくても、ハルタカが本気を出せばねじ伏せることは造作もないことなのだ。それを身をもって感じさせられてしまった。
執着めいたハルタカの愛情はこれまで好ましいものとして映っていたが、今初めてその恐ろしさを見てしまったような気がした。
テレビで特集されていたストーカーやDVを働く人々の事が頭の中に勝手に浮かんでくる。
愛情って何だろう。
相手を自分の思うままに縛り付けておきたいと思うのは、愛情と呼べるんだろうか。
マヒロは広い廊下の途中で立ち止まり、壁に手をついた。そうでもしないとそこにうずくまってわんわん泣いてしまいそうだった。喉の奥が締め付けられるように痛い。胸の奥も‥痛い。
ハルタカの事は好きだ。
寿命が信じられないくらい長くなる、という恐ろしさを受け入れてもいいか、と思うくらいには好きだと思っていた。
だが、自分がもし番いでなくても、ハルタカには幸せになってもらいたいとも思っていた。
そういう気持ちはハルタカにはないんだろうか。
自分さえ側にいれば、自分の気持ちなんかはどうでもいいんだろうか。
自分が傍にいてハルタカが満足していればいいのだろうか。
そんな関係性は嫌だ。
マヒロはぐいっと涙をぬぐった。鼻水が詰まって苦しい。
自室に行って顔を洗おう、と歩き出した時、後ろからふわりと軽く抱きしめられて驚いた。
「マヒロ様」
アーセルだった。
アーセルにこのような直接的な触れ合いをされたことはなかったので、余計に驚いた。だが、アーセルの抱擁はいつでも抜け出せそうなくらいには緩く優しいものだった。
「‥何が、そんなにあなたを悲しませているんですか」
「アーセル‥」
「‥俺に‥話してもらえませんか」
優しいその声音に、押さえていた涙がまた溢れてくるのを感じた。「ふ、うっ」としゃくり声が出てしまう。
「‥いいですよ、ゆっくりで。俺は待っていますから」
そう言いながらアーセルは片手で頭をゆっくりと撫でてくれた。
マヒロはずっとしゃくりあげながら泣いていた。
随分長い間泣いていたように思う。
少し落ち着いたころに、アーセルに促されアーセルの部屋に移動させられた。部屋に入れば、アーセルが自らお茶を淹れてくれた。そして二人きりにならないよう、部屋の隅にメイドを呼んで配置させてくれる。
アーセルはいつもこのように、マヒロの気持ちや立場を慮って行動してくれるヒトだった。態度は無愛想だしぶっきらぼうなことが多いが、やはり領主という立場がそうさせるのか、このように周囲のヒトへの配慮はいつも細かかった。だから使用人たちも心からアーセルを慕っているのがわかった。
温かいお茶のカップを両手で包む。掌にじんわりとぬくもりが伝わってくる。中身を啜ればお腹の中もほこほこと温まる気がして、気持ちがふっと安らいだ。
「ありがとう、アーセル」
「いえ。‥何かあったのですか?」
アーセルが自分になぜか好意を寄せてくれるのは、このひと月余りでもよくわかっていた。気持ちを押しつけるようなことは決してしないが、それを隠すこともなかったからである。
そういう気持ちを持ってくれているアーセルに、言っていいことなのだろうか。マヒロは逡巡した。それを見たアーセルは更に言葉を重ねた。
「俺の事は構いませんから、何があったのかだけお聞かせ願えませんか」
重ねて優しい言葉をかけてくれるアーセルに、マヒロは不安定な気持ちを吐露せずにはいられなかった。
「ハルタカが‥ハルタカの気持ちって愛情なのか執着なのか‥なんかわからなくなっちゃって」
「‥どうしてですか?」
マヒロはまた溢れそうになる涙をぐっとこらえながら話した。
「アーセル、の事を呼び捨てにしたら‥いつからだ、ってすごく怖い顔で言われて。肩を強く掴まれて‥怖くなっちゃったんです」
なんか話してるとただの痴話げんかにしか聞こえないな。
マヒロは言いながらそう思った。だが怖い、と感じたのは確かだったのだ。
そんなマヒロを見つめていたアーセルはふっと息を吐いて柔らかく笑った。
「‥俺も、龍人様と同じ立場なら同じことを言ってしまうかもしれません」
「‥え?」
思いがけないアーセルの言葉に、マヒロは顔をあげた。アーセルがそんなことを言うとは思わなかった。いつでも相手のことを思って行動しているように見えていたからだ。
「好いた相手にいつでも自分の事を見てもらいたい、他に目移りしないでほしい、と思うのは当たり前のことかと思います」
まさかにハルタカの肩を持たれるとは思っていなかったマヒロはうつむいた。
結局アーセルも体格のいい「男」のヒトだ。立場だって強い。
自分の感じたような怖ろしさを理解してもらおうというのが無理だったのだ。
マヒロはそう思って、ぎゅっとこぶしを握りしめた。
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