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34 アツレンでの出会い
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「マヒロっていうのか。おれはナシュだよ」
「ナシュ、この桶の中って、お団子?これ売ってるの?」
「うん、親のタムと一緒にピルカの屋台を出してるんだ。その団子を作るのは俺の役目なんだぜ!」
ナシュは小さな胸を張った。寒さで手も頬っぺたも真っ赤なのにとても誇らしそうで、マヒロはかわいいなあと思った。
「ピルカってこないだ来た時に食べたよ。美味しかった」
「うちのも食ってってくれよ!絶対うまいから!団子を柔らかくするために朝一番の井戸水で練ってるんだぜ!」
マヒロは目を見開いた。だからこんなに手が真っ赤になっているのか。
こんな小さい子が、家の仕事のために朝早くから働いている、ということが少なからず衝撃だった。無論、元の世界でもそういう立場の子どもたちがいると知識では知っていたが、目の前に生きた人間がいて感じるのはまた違う。
「ナシュ、学校とか、行ってないの?」
「学校は行ってるよ、タムが行けってうるさいから。アツレンは子どもが学校に行きやすいからってタムはここに越して来たんだ」
ナシュの説明にまたマヒロは驚く。今度はハルタカの顔を見上げて尋ねてみる。
「学校に行きやすい行きにくいとか、地方によって違うの?」
「カルカロア王国は、いくつかの行政領に分かれていてそれぞれがかなり独立性を保っている。教育の充実度具合いも違えば税制も違う。だから領民の移動はかなり厳しく制限されているんだ。‥ナシュ、お前どこからアツレンにやってきた?」
鋭いハルタカの言葉に、ナシュは思わずたじろいで身を引いた。‥そう言えばタㇺにあまり前住んでいたところの事は言うなって言われていた。生まれて初めて龍人に会えた事ですっかり浮かれて忘れてしまっていた。
「‥えっと‥俺、忘れた、小さかったし」
ナシュは何とか言わないで済むように嘘をついた。ハルタカは美しい顔に眉を寄せて少しナシュを見つめていたが、ふいと目を反らしてくれた。ナシュはほっと安心した。
「ハルタカ何だか言い方怖いよ‥でもナシュが学校行けててよかった」
本当に安心したように言うマヒロを、ナシュは訝しく思った。何であったばかりの俺が学校に行ってるとマヒロはよかったと思うんだろう?
「何でそう思うんだ?」
素直に疑問を口にしたナシュに対し、マヒロは少し困った顔をした。うーんと唸りつつ暫くの間考えてから、口を開いた。
「私は、子どもは学校に行って遊んだり勉強したりしているのが当たり前だと思ってたから‥そうであってほしい、って思っちゃうのかな」
「へええ‥マヒロって変わってんな!その目隠しもどこの飾りなんだ?俺初めて見た!」
「え、変かな?」
そう言ってマヒロは慌てて美しいレースの目隠しに手をやって、引っ張ったり直したりしている。その拍子に、はらっと目隠しの布が落ちた。
「あ」
目隠しが落ちたその顔に自然と目が行く。そこにあったのは、黒曜石のようにきらきらと輝く黒い瞳だった。また、マヒロの顔立ちは今までナシュが見た誰とも違っていてとても印象的だった。
「マヒロ、目、黒いんだ‥」
ナシュは思わずつぶやいた。それを聞いたハルタカが急にぐんっ!とナシュを抱き上げた。急に目線の高さが変わってナシュは驚いた。
抱き上げられてハルタカとナシュの目線が同じになる。ハルタカのしみ一つない、陶器のようなすべすべした肌の美しい顔を間近に見て、ナシュは顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
ハルタカは低い声でナシュに言った。
「ナシュ、マヒロの目が黒かったことは忘れろ。そして誰にも言うな。わかったな」
「う、うん‥」
ハルタカの怖ろしい低い声に、ナシュは腹の底がぎゅっと縮んだような心地がした。目隠しをつけ直したマヒロが慌ててとりなす。
「ハルタカ、怖いって!‥ごめんねナシュ、本当に言わないでくれると嬉しい。‥赤い髪に黒い目は変わってるでしょ?だから‥」
「言わない!‥見てない!」
ナシュは絶対に誰にも、タㇺにも言わないと決めた。自分を助けてくれた、この不思議な若者の願いを聞いてあげたいと思ったのだ。
そうこうしているうちにナシュの家についた。ほとんどの家に水道はついているから、ナシュの家から井戸のある所までは少し距離があった。ナシュは家の扉を開けて入っていく。家の中からナシュが騒がしく何やら喋っているのがよく聞こえる。ハルタカとマヒロはそのまま家の外で桶を持ったまま待っていた。
すぐにぱたぱたと足音がして、大人が出てきた。美しい金髪金目の、マヒロから見れば中性的な線の細い男性、という感じだった。
「うちの子がお世話になったようですみません‥あっ、まだ桶も持たせたまんまで‥!本当にすみません!」
そう言って金髪のヒトはマヒロの手から桶を受け取って、家の中に案内してくれた。
「何もない家ですが、ぜひ上がっていってください。お茶くらいお出ししますから」
ハルタカはこの金髪のヒトの振る舞いに少し驚いていた。ハルタカという龍人が急に現れたというのに、このヒトは全く気にも留めておらず、当たり前のように家の中に招いてくる。このようなことはこれまでなかったことだ。少しの違和感を覚えたが、マヒロが疑いもなく「え~ありがとうございます!」と言いながら入ってしまったので、仕方なくハルタカもその後に続いた。
マヒロがこちらで暮らしている普通のヒトの家に入ったのは初めてだった。その興味もあってつい中に上がり込んでしまったのだ。ハルタカの家も基本靴で入るものだったが、この家も違わないようだ。床は固い石が敷き詰められており、その上に色のずいぶんくすんだ敷物が敷かれている。小さな椅子が二脚、テーブルが一台。台所に少し大きめの暖炉。テーブルの向こうに扉が見えるのであそこが寝室なのかもしれない。
感覚としては1DKと言ったところか。扉を開けてすぐにダイニングキッチン(リビングも兼ねていそうだ)、という感じだった。
金髪のヒトは二脚しかない椅子をマヒロたちに勧めてくれた。遠慮したがナシュにも「俺はこっちに座るからいいんだ!」と言われて座った。ナシュはこっち、と言った暖炉の前の敷物の上に座り込んで、手をかざし温めている。
金髪のヒトは、改めてお辞儀をして言った。
「龍人様、お連れ様、子どもを助けていただいてありがとうございました。私はナシュの親のタムです。今お茶をお淹れしますね。湯はもう沸いてますからすぐですよ」
タムはそう言って暖炉にかかっていた鉄瓶を、付近を使って取り出しお茶を淹れ始めた。今までかいだことのない馥郁とした香りが漂ってくる。すん、とその香りをかいだハルタカが感心した声を上げた。
「ほう、糖花茶か。私も久しぶりだ。‥‥珍しいものを持っているな」
「ナシュ、この桶の中って、お団子?これ売ってるの?」
「うん、親のタムと一緒にピルカの屋台を出してるんだ。その団子を作るのは俺の役目なんだぜ!」
ナシュは小さな胸を張った。寒さで手も頬っぺたも真っ赤なのにとても誇らしそうで、マヒロはかわいいなあと思った。
「ピルカってこないだ来た時に食べたよ。美味しかった」
「うちのも食ってってくれよ!絶対うまいから!団子を柔らかくするために朝一番の井戸水で練ってるんだぜ!」
マヒロは目を見開いた。だからこんなに手が真っ赤になっているのか。
こんな小さい子が、家の仕事のために朝早くから働いている、ということが少なからず衝撃だった。無論、元の世界でもそういう立場の子どもたちがいると知識では知っていたが、目の前に生きた人間がいて感じるのはまた違う。
「ナシュ、学校とか、行ってないの?」
「学校は行ってるよ、タムが行けってうるさいから。アツレンは子どもが学校に行きやすいからってタムはここに越して来たんだ」
ナシュの説明にまたマヒロは驚く。今度はハルタカの顔を見上げて尋ねてみる。
「学校に行きやすい行きにくいとか、地方によって違うの?」
「カルカロア王国は、いくつかの行政領に分かれていてそれぞれがかなり独立性を保っている。教育の充実度具合いも違えば税制も違う。だから領民の移動はかなり厳しく制限されているんだ。‥ナシュ、お前どこからアツレンにやってきた?」
鋭いハルタカの言葉に、ナシュは思わずたじろいで身を引いた。‥そう言えばタㇺにあまり前住んでいたところの事は言うなって言われていた。生まれて初めて龍人に会えた事ですっかり浮かれて忘れてしまっていた。
「‥えっと‥俺、忘れた、小さかったし」
ナシュは何とか言わないで済むように嘘をついた。ハルタカは美しい顔に眉を寄せて少しナシュを見つめていたが、ふいと目を反らしてくれた。ナシュはほっと安心した。
「ハルタカ何だか言い方怖いよ‥でもナシュが学校行けててよかった」
本当に安心したように言うマヒロを、ナシュは訝しく思った。何であったばかりの俺が学校に行ってるとマヒロはよかったと思うんだろう?
「何でそう思うんだ?」
素直に疑問を口にしたナシュに対し、マヒロは少し困った顔をした。うーんと唸りつつ暫くの間考えてから、口を開いた。
「私は、子どもは学校に行って遊んだり勉強したりしているのが当たり前だと思ってたから‥そうであってほしい、って思っちゃうのかな」
「へええ‥マヒロって変わってんな!その目隠しもどこの飾りなんだ?俺初めて見た!」
「え、変かな?」
そう言ってマヒロは慌てて美しいレースの目隠しに手をやって、引っ張ったり直したりしている。その拍子に、はらっと目隠しの布が落ちた。
「あ」
目隠しが落ちたその顔に自然と目が行く。そこにあったのは、黒曜石のようにきらきらと輝く黒い瞳だった。また、マヒロの顔立ちは今までナシュが見た誰とも違っていてとても印象的だった。
「マヒロ、目、黒いんだ‥」
ナシュは思わずつぶやいた。それを聞いたハルタカが急にぐんっ!とナシュを抱き上げた。急に目線の高さが変わってナシュは驚いた。
抱き上げられてハルタカとナシュの目線が同じになる。ハルタカのしみ一つない、陶器のようなすべすべした肌の美しい顔を間近に見て、ナシュは顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
ハルタカは低い声でナシュに言った。
「ナシュ、マヒロの目が黒かったことは忘れろ。そして誰にも言うな。わかったな」
「う、うん‥」
ハルタカの怖ろしい低い声に、ナシュは腹の底がぎゅっと縮んだような心地がした。目隠しをつけ直したマヒロが慌ててとりなす。
「ハルタカ、怖いって!‥ごめんねナシュ、本当に言わないでくれると嬉しい。‥赤い髪に黒い目は変わってるでしょ?だから‥」
「言わない!‥見てない!」
ナシュは絶対に誰にも、タㇺにも言わないと決めた。自分を助けてくれた、この不思議な若者の願いを聞いてあげたいと思ったのだ。
そうこうしているうちにナシュの家についた。ほとんどの家に水道はついているから、ナシュの家から井戸のある所までは少し距離があった。ナシュは家の扉を開けて入っていく。家の中からナシュが騒がしく何やら喋っているのがよく聞こえる。ハルタカとマヒロはそのまま家の外で桶を持ったまま待っていた。
すぐにぱたぱたと足音がして、大人が出てきた。美しい金髪金目の、マヒロから見れば中性的な線の細い男性、という感じだった。
「うちの子がお世話になったようですみません‥あっ、まだ桶も持たせたまんまで‥!本当にすみません!」
そう言って金髪のヒトはマヒロの手から桶を受け取って、家の中に案内してくれた。
「何もない家ですが、ぜひ上がっていってください。お茶くらいお出ししますから」
ハルタカはこの金髪のヒトの振る舞いに少し驚いていた。ハルタカという龍人が急に現れたというのに、このヒトは全く気にも留めておらず、当たり前のように家の中に招いてくる。このようなことはこれまでなかったことだ。少しの違和感を覚えたが、マヒロが疑いもなく「え~ありがとうございます!」と言いながら入ってしまったので、仕方なくハルタカもその後に続いた。
マヒロがこちらで暮らしている普通のヒトの家に入ったのは初めてだった。その興味もあってつい中に上がり込んでしまったのだ。ハルタカの家も基本靴で入るものだったが、この家も違わないようだ。床は固い石が敷き詰められており、その上に色のずいぶんくすんだ敷物が敷かれている。小さな椅子が二脚、テーブルが一台。台所に少し大きめの暖炉。テーブルの向こうに扉が見えるのであそこが寝室なのかもしれない。
感覚としては1DKと言ったところか。扉を開けてすぐにダイニングキッチン(リビングも兼ねていそうだ)、という感じだった。
金髪のヒトは二脚しかない椅子をマヒロたちに勧めてくれた。遠慮したがナシュにも「俺はこっちに座るからいいんだ!」と言われて座った。ナシュはこっち、と言った暖炉の前の敷物の上に座り込んで、手をかざし温めている。
金髪のヒトは、改めてお辞儀をして言った。
「龍人様、お連れ様、子どもを助けていただいてありがとうございました。私はナシュの親のタムです。今お茶をお淹れしますね。湯はもう沸いてますからすぐですよ」
タムはそう言って暖炉にかかっていた鉄瓶を、付近を使って取り出しお茶を淹れ始めた。今までかいだことのない馥郁とした香りが漂ってくる。すん、とその香りをかいだハルタカが感心した声を上げた。
「ほう、糖花茶か。私も久しぶりだ。‥‥珍しいものを持っているな」
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