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28 人との関わり
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暫く抱きしめられたままそこに立ちすくんでいたが、冷たい風に思わずふるると身体が震えた。それに気づいたハルタカが腕を解いて顔を覗き込んできた。
「すまん、ここは寒かったな。‥何か温かいものでも飲んで帰るか」
さっき飲んだお茶のぬくもりは、とうに飛んでしまっていて足先も冷たくなっていたので、一も二もなく賛成してこくこくと頷いた。
ハルタカはマヒロの手をきゅっと握ったまま、通りをゆっくりと歩いていく。マヒロが無理なく歩けるゆったりとした速度で、優しいなあとまた感心してしまう。
市場から少し離れた、民家のようなカフェにハルタカは入っていった。ぱっと見には看板もなく、知り合いの家かな?と思ったくらいだったが、中に入ると「いらっしゃい」と言われたので店だとわかった。
落ち着いた色合いの壁に細かい細工物がいくつも飾られているが派手には感じさせないインテリアだ。一番大きい壁側には暖炉があり、赤々と火が熾っていて暖かそうな柔らかい光を辺りに投げていた。椅子も机も少し大ぶりで、ゆったりと休めそうである。席数はそこまで多くないように見える。今いる客は二組ほどだった。
金髪の店員がゆっくりとやってきて、暖炉に近い席に案内してくれる。二人が座ると「何か飲みますか?召し上がりますか?」と訊いてきた。メニューはないのかな、とマヒロが戸惑っていると、ハルタカが教えてくれた。
「マヒロ、ここでは焙煎茶か透茶、食べるものはピルカかボファンだ」
ピルカはさきほど市場の屋台で食べたものだ。ボファン、は初耳だった。
「ボファンって何?」
そう訊いたマヒロに金髪の店員が優しく言った。
「ボファンは柔らかく焼き上げたケーキです。ふわふわしていてアマラのクリームをつけて食べるようにしています」
え、美味しそう。‥結構食べたけど、食べられそうな気がするな。
「ハルタカ、ボファンっていうの食べてみてもいい?あとお茶も欲しい‥けどいいかな?」
「無論構わない。焙煎茶と透茶はどちらがいい?」
「‥‥焙煎茶で!」
「では俺は透茶とボファンをもらおう」
かしこまりました、といって店員は下がっていった。
マヒロはぐるりと店内を見回した。日本で展開されていてもお洒落な店で通用しそうだ。飾りや建築様式が見慣れないだけで、何かほっとさせる雰囲気もある。ハルタカがこんな店を知っていることが意外な気がして尋ねてみた。
「可愛いお店だね。どうしてハルタカはこのお店を知ってるの?」
「この店を始めた人を助けたことがあったんだ。‥今はもういないが」
ハルタカはそう言った。そうか、この人は三百年以上生きているんだった。あまりに見た目が若いのでなかなかそれを実感することがないが、会話の端々でこのようなことが出ると改めてそうなのだと思ってしまう。
「いやじゃなかったら、どんな出会いだったのか教えて」
そう話しかけたマヒロに、ハルタカはわずかに目元を柔らかくして答えた。
「新しく出す店に使いたいから、とランガの実を取りに来て落ちそうになっていたんだ。‥それをたまたま通りかかって助けた」
「ランガって私が食べたやつだ。高いところに生ってるって言ってたよね?」
「そうだ。空気も薄いところで木登りなんかしているから目が回って木から落ちそうになっていた」
そこに金髪の店員がやってきた。くすくすと小さく笑いながら、ボファンとお茶をサーブしてくれる。
「その話は親からよく聞かされました。私は運よく龍人様に助けてもらえたけど、お前たちは真似するんじゃないよって」
そう言いながらマヒロの前にボファンを置いて、その上から栗色のクリームをたっぷりとかけた。ボファンは、日本で言うならシフォンケーキのような見た目だった。ケーキ自体は真っ白でかなり大きく切ってある。添えられたフォークで切ろうとすればかなりふわふわで切りづらいほどだった。そんなマヒロの様子を見て、金髪の店員がもう一本フォークを使ってちぎるように切り分けてくれた。
ハルタカは店員に言った。
「そんなことをリーンに言いながら、カルムはあの後二回ランガを取りに行っていたからな」
リーンと呼ばれた店員は、またふふっと笑った。
「そのうち一回はやっぱり落ちて大怪我しましたけどね。‥懐かしいです」
「怪我、しちゃったんだ‥」
というマヒロに、頷きながらお茶を淹れてくれる。
「ええ、それでようやくランガ取りをやめてくれましたよ。‥困った親でした。今では、懐かしいですけどね」
「だから、ハルタカはこの店を知っているんだね」
「そうだ。‥‥他のヒトには言えないが、たまにランガを持ってきてジャムにしてもらっている。カルムの作るランガのジャムは格別美味かった。テンセイも好きだな」
「ありがとうございます、ハルタカ様。いつでもお作りしますよ」
そう言ってリーンはポットを持ったまま、下がっていった。リーンがちぎってくれたボファンを口に入れてみる。ふわふわとケーキの食感は柔らかいカステラのようで、味はシンプルなスポンジケーキだった。だがその上にかかっているアマラのクリームがかなり濃厚で甘い。つけて食べるとかなりおいしかった。そして、この濃厚なクリームのケーキに、焙煎茶はよく合った。
熱々のお茶を吹き冷ましつつ啜ると、お腹の中からほこほこ温まる感じがして気持ちがいい。
この世界に来て、誰にも会わずに歩いていた時の事を思い出す。生き物がいない世界なんじゃないか、と思ったときのあの恐ろしさはなかなか身体から抜けない。異世界に来た、ということよりもこのまま生き物に合わないのでは、と思ったことの方が何倍も怖かった。
ヒトとの触れ合いは、大事なんだ、とマヒロは改めて思う。人間は社会的な動物だと聞いたことがある。一人だけで生きていけるようにはやはりできていないのだろう。
ハルタカに会えて保護してもらって、それはそれで助かったが、やはりこんなふうに色々な人が生活している雰囲気を味わえるのは嬉しい。
ハルタカは、いつもあんなに人里離れたところで一人だけで暮らしているのだろうか。‥あまりヒトとは関わらないというようなことを言っていた気がする。
だとすれば、自分がもしハルタカの番い、というものになったら、こんな風に人里に降りてくるのは難しくなるのだろうか。
「ハルタカ」
「何だ」
呼べばすぐにその美しい顔でじっとマヒロの目を見てくれる。いかん、まだ全然イケメンに慣れてないと思いながら尋ねてみる。
「もし私が番いになったら‥」
「マヒロ」
珍しくハルタカがマヒロの言葉を遮った。それだけでなくカップを握っていたマヒロの手を取る。
「その話は帰ってからしよう」
「わ、わかった」
「すまん、ここは寒かったな。‥何か温かいものでも飲んで帰るか」
さっき飲んだお茶のぬくもりは、とうに飛んでしまっていて足先も冷たくなっていたので、一も二もなく賛成してこくこくと頷いた。
ハルタカはマヒロの手をきゅっと握ったまま、通りをゆっくりと歩いていく。マヒロが無理なく歩けるゆったりとした速度で、優しいなあとまた感心してしまう。
市場から少し離れた、民家のようなカフェにハルタカは入っていった。ぱっと見には看板もなく、知り合いの家かな?と思ったくらいだったが、中に入ると「いらっしゃい」と言われたので店だとわかった。
落ち着いた色合いの壁に細かい細工物がいくつも飾られているが派手には感じさせないインテリアだ。一番大きい壁側には暖炉があり、赤々と火が熾っていて暖かそうな柔らかい光を辺りに投げていた。椅子も机も少し大ぶりで、ゆったりと休めそうである。席数はそこまで多くないように見える。今いる客は二組ほどだった。
金髪の店員がゆっくりとやってきて、暖炉に近い席に案内してくれる。二人が座ると「何か飲みますか?召し上がりますか?」と訊いてきた。メニューはないのかな、とマヒロが戸惑っていると、ハルタカが教えてくれた。
「マヒロ、ここでは焙煎茶か透茶、食べるものはピルカかボファンだ」
ピルカはさきほど市場の屋台で食べたものだ。ボファン、は初耳だった。
「ボファンって何?」
そう訊いたマヒロに金髪の店員が優しく言った。
「ボファンは柔らかく焼き上げたケーキです。ふわふわしていてアマラのクリームをつけて食べるようにしています」
え、美味しそう。‥結構食べたけど、食べられそうな気がするな。
「ハルタカ、ボファンっていうの食べてみてもいい?あとお茶も欲しい‥けどいいかな?」
「無論構わない。焙煎茶と透茶はどちらがいい?」
「‥‥焙煎茶で!」
「では俺は透茶とボファンをもらおう」
かしこまりました、といって店員は下がっていった。
マヒロはぐるりと店内を見回した。日本で展開されていてもお洒落な店で通用しそうだ。飾りや建築様式が見慣れないだけで、何かほっとさせる雰囲気もある。ハルタカがこんな店を知っていることが意外な気がして尋ねてみた。
「可愛いお店だね。どうしてハルタカはこのお店を知ってるの?」
「この店を始めた人を助けたことがあったんだ。‥今はもういないが」
ハルタカはそう言った。そうか、この人は三百年以上生きているんだった。あまりに見た目が若いのでなかなかそれを実感することがないが、会話の端々でこのようなことが出ると改めてそうなのだと思ってしまう。
「いやじゃなかったら、どんな出会いだったのか教えて」
そう話しかけたマヒロに、ハルタカはわずかに目元を柔らかくして答えた。
「新しく出す店に使いたいから、とランガの実を取りに来て落ちそうになっていたんだ。‥それをたまたま通りかかって助けた」
「ランガって私が食べたやつだ。高いところに生ってるって言ってたよね?」
「そうだ。空気も薄いところで木登りなんかしているから目が回って木から落ちそうになっていた」
そこに金髪の店員がやってきた。くすくすと小さく笑いながら、ボファンとお茶をサーブしてくれる。
「その話は親からよく聞かされました。私は運よく龍人様に助けてもらえたけど、お前たちは真似するんじゃないよって」
そう言いながらマヒロの前にボファンを置いて、その上から栗色のクリームをたっぷりとかけた。ボファンは、日本で言うならシフォンケーキのような見た目だった。ケーキ自体は真っ白でかなり大きく切ってある。添えられたフォークで切ろうとすればかなりふわふわで切りづらいほどだった。そんなマヒロの様子を見て、金髪の店員がもう一本フォークを使ってちぎるように切り分けてくれた。
ハルタカは店員に言った。
「そんなことをリーンに言いながら、カルムはあの後二回ランガを取りに行っていたからな」
リーンと呼ばれた店員は、またふふっと笑った。
「そのうち一回はやっぱり落ちて大怪我しましたけどね。‥懐かしいです」
「怪我、しちゃったんだ‥」
というマヒロに、頷きながらお茶を淹れてくれる。
「ええ、それでようやくランガ取りをやめてくれましたよ。‥困った親でした。今では、懐かしいですけどね」
「だから、ハルタカはこの店を知っているんだね」
「そうだ。‥‥他のヒトには言えないが、たまにランガを持ってきてジャムにしてもらっている。カルムの作るランガのジャムは格別美味かった。テンセイも好きだな」
「ありがとうございます、ハルタカ様。いつでもお作りしますよ」
そう言ってリーンはポットを持ったまま、下がっていった。リーンがちぎってくれたボファンを口に入れてみる。ふわふわとケーキの食感は柔らかいカステラのようで、味はシンプルなスポンジケーキだった。だがその上にかかっているアマラのクリームがかなり濃厚で甘い。つけて食べるとかなりおいしかった。そして、この濃厚なクリームのケーキに、焙煎茶はよく合った。
熱々のお茶を吹き冷ましつつ啜ると、お腹の中からほこほこ温まる感じがして気持ちがいい。
この世界に来て、誰にも会わずに歩いていた時の事を思い出す。生き物がいない世界なんじゃないか、と思ったときのあの恐ろしさはなかなか身体から抜けない。異世界に来た、ということよりもこのまま生き物に合わないのでは、と思ったことの方が何倍も怖かった。
ヒトとの触れ合いは、大事なんだ、とマヒロは改めて思う。人間は社会的な動物だと聞いたことがある。一人だけで生きていけるようにはやはりできていないのだろう。
ハルタカに会えて保護してもらって、それはそれで助かったが、やはりこんなふうに色々な人が生活している雰囲気を味わえるのは嬉しい。
ハルタカは、いつもあんなに人里離れたところで一人だけで暮らしているのだろうか。‥あまりヒトとは関わらないというようなことを言っていた気がする。
だとすれば、自分がもしハルタカの番い、というものになったら、こんな風に人里に降りてくるのは難しくなるのだろうか。
「ハルタカ」
「何だ」
呼べばすぐにその美しい顔でじっとマヒロの目を見てくれる。いかん、まだ全然イケメンに慣れてないと思いながら尋ねてみる。
「もし私が番いになったら‥」
「マヒロ」
珍しくハルタカがマヒロの言葉を遮った。それだけでなくカップを握っていたマヒロの手を取る。
「その話は帰ってからしよう」
「わ、わかった」
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