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26 『カベワタリ』の処遇
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大きな広間を抜けた先にある扉に案内され、その中に入る。中は特に華美な装飾もなく、事務的な臭いのする部屋だった。事務用の机と、その前に応接セットのようなローテーブルとソファが置いてあった。
アーセルはそのソファにかけるよう、ハルタカに促した。ハルタカはそっとソファにマヒロを座らせ、その横に自分もかけた。アーセルはその向かいに腰かけ、ルウェンは奥まで進んでそこにあったお茶道具を使って、お茶を淹れ始めた。
異世界観はあまりないな、と思いながらマヒロがきょろきょろしていると、アーセルが話を切り出した。
「トアラ街道の行き当たりに斃れていた異生物の遺骸は、龍人様が退治を為されたものですか?」
「そうだが」
アーセルと対峙しているハルタカの話し方は一番最初に話したハルタカと同じで、そういえば最初はこういう素っ気ない話し方だったな、とマヒロは思い出した。アーセルは気にすることなく話をしているので、ハルタカも普段はこういう話し方なのだろう。
ルウェンが手際よく入れてくれたお茶は真っ黒で、見た目は珈琲のようで香ばしい香りがしたがどちらかといえば麦茶に近い感じの香ばしさだった。どうぞ、とめいめいの前にカップを置いてくれる。その後小さな皿に入ったクッキーのようなものも置いてくれた。花の形の真っ白いクッキーだった。
お茶は飲んでみれば全く苦みはなく、香ばしさの勝ったもので美味しい。冷たくなっていた指先を温めるようにカップをもって飲む様子を、ルウェンはにこにこしながら見つめている。
アーセルはマヒロの様子に構うことなく、話を続けた。
「龍人様のなされることですから、我々がどうこう口をはさむべきことではないのかもしれませんが‥そちらの方は‥その時に保護されたお方ではありませんか?」
質問の形を取りながらも、確認のような断定するような言い方のアーセルに、ハルタカは目を細くしてアーセルを見つめた。
「何が言いたい。はっきりと申せ」
アーセルはお茶を一口飲んでから、ゆっくりとカップを置いた。
「王城で、キリキシャが『気読み』を行いました。‥『カベワタリ』の出現に近い気の揺れ方がトアラ高山地の方で確認されたと言っています。‥この目隠しをつけておられる方はカベワタリなのではありませんか?」
さっとハルタカの腕がマヒロの肩に回され、ぐっと引き寄せられる。クッキーをかじっていたマヒロはその勢いでクッキーが喉に詰まりそうになり思わずむせた。
けほけほと咳き込んでいるマヒロをよそに、アーセルとハルタカは鋭い目で睨み合っている。暫くの沈黙の後、ハルタカが口を開いた。
「‥‥確かにマヒロはカベワタリだ。今は赤髪だが、元は黒髪だった。瞳は黒だ」
思っていたことが確信に変わった、という顔をしてアーセルは小さく「やはり‥」と呟いた。それに構わずハルタカは言葉を続ける。
「だが、マヒロは私の番いだ。まだ確認はしていないがそうだと私は思っている。だからマヒロの保護は私が行う」
鋭いハルタカの視線に臆することなく、じろりとアーセルがハルタカを見つめ返す。
「龍人様。ヒトの営みに龍人は関わらない、そういう決まりがあると私は聞き及んでおります。‥カベワタリの保護は王家の責務。それを知らぬあなた様ではありますまい」
そう言われてもハルタカはマヒロの肩を抱いたまま一歩も引かない。
「通常はそうだ。‥だが、この者が番いである以上龍人の慣習に従い自分のもとで番いを囲う。異論は受けない」
ぎりぎりと睨み合う二人の異様さに、マヒロは思わず息を呑んでその様子を見つめた。確かカベワタリとは自分の事を指していたように記憶している。このアーセルという人は自分を引き渡せ、とハルタカに言っているようだが‥この険しい空気の騎士のところに行くのは、ためらわれる。
「‥番い様、というのはまだ候補ということでしたね。番い様でないことが確定したら、王城の方へお引渡し願えますか?」
「念のため聞いておくが、マヒロを引き取ってカルカロア王国はマヒロの処遇をどうするつもりなのか?」
ハルタカの厳しい口調の質問に、アーセルは一度きゅっと唇を引き結んだ。何か思案しているようだったが、しばらくして口を開いた。
「‥それはまだ詳しく決まっておりません。カルカロアでカベワタリが発見されたのは歴史が確認できる中では初めてです。他国の例に倣って処遇を決定すると思われます」
「ふむ」
得られた答えをどう思ったのか、ハルタカは表情を変えない。そのまま両者とも沈黙が続いた。そこへルウェンがマヒロに話しかけた。
「番い候補‥あー、マヒロ様ってお呼びしてもいいですか?お茶のお替りいりません?後、まだクッキーありますよ」
「い、いただきます!」
どうもひんやりと緊迫した空気が漂っているのに耐えられない、と思っていたのでルウェンの言葉に飛びついた。ルウェンはこの緊迫した空気を気にした様子を見せることなく、ハルタカとアーセルにもお茶はいらないかと質問している。
追加のクッキーをもそもそかじりながらマヒロは考えた。
‥‥できるだけ早くひとり立ちしたい、という気持ちはあったが、どうもこの騎士が言っていることから考えると自分の身柄はなかなか厄介なことになりそうだ。『カベワタリ』がどれほどの価値があるかわからないが、今のところ自分には何の知恵も特技もない。だがそう言ってわかってくれる相手だとは限らない。
ハルタカのところにいれば、気軽に外出はできないが、何かをしろと強制されることはなさそうだ。‥しまった番い問題がある。番いかもと言ってしまえば、パンダ的興味のセックスが待っているかもしれない。それは勘弁してもらいたい。
だが、身の安全がこの騎士の言う「王国」の中ではかられるという保証もない。
結局、この異世界ではマヒロの身の安全を確実に保証してくれるものなどないのだ。
アーセルはそのソファにかけるよう、ハルタカに促した。ハルタカはそっとソファにマヒロを座らせ、その横に自分もかけた。アーセルはその向かいに腰かけ、ルウェンは奥まで進んでそこにあったお茶道具を使って、お茶を淹れ始めた。
異世界観はあまりないな、と思いながらマヒロがきょろきょろしていると、アーセルが話を切り出した。
「トアラ街道の行き当たりに斃れていた異生物の遺骸は、龍人様が退治を為されたものですか?」
「そうだが」
アーセルと対峙しているハルタカの話し方は一番最初に話したハルタカと同じで、そういえば最初はこういう素っ気ない話し方だったな、とマヒロは思い出した。アーセルは気にすることなく話をしているので、ハルタカも普段はこういう話し方なのだろう。
ルウェンが手際よく入れてくれたお茶は真っ黒で、見た目は珈琲のようで香ばしい香りがしたがどちらかといえば麦茶に近い感じの香ばしさだった。どうぞ、とめいめいの前にカップを置いてくれる。その後小さな皿に入ったクッキーのようなものも置いてくれた。花の形の真っ白いクッキーだった。
お茶は飲んでみれば全く苦みはなく、香ばしさの勝ったもので美味しい。冷たくなっていた指先を温めるようにカップをもって飲む様子を、ルウェンはにこにこしながら見つめている。
アーセルはマヒロの様子に構うことなく、話を続けた。
「龍人様のなされることですから、我々がどうこう口をはさむべきことではないのかもしれませんが‥そちらの方は‥その時に保護されたお方ではありませんか?」
質問の形を取りながらも、確認のような断定するような言い方のアーセルに、ハルタカは目を細くしてアーセルを見つめた。
「何が言いたい。はっきりと申せ」
アーセルはお茶を一口飲んでから、ゆっくりとカップを置いた。
「王城で、キリキシャが『気読み』を行いました。‥『カベワタリ』の出現に近い気の揺れ方がトアラ高山地の方で確認されたと言っています。‥この目隠しをつけておられる方はカベワタリなのではありませんか?」
さっとハルタカの腕がマヒロの肩に回され、ぐっと引き寄せられる。クッキーをかじっていたマヒロはその勢いでクッキーが喉に詰まりそうになり思わずむせた。
けほけほと咳き込んでいるマヒロをよそに、アーセルとハルタカは鋭い目で睨み合っている。暫くの沈黙の後、ハルタカが口を開いた。
「‥‥確かにマヒロはカベワタリだ。今は赤髪だが、元は黒髪だった。瞳は黒だ」
思っていたことが確信に変わった、という顔をしてアーセルは小さく「やはり‥」と呟いた。それに構わずハルタカは言葉を続ける。
「だが、マヒロは私の番いだ。まだ確認はしていないがそうだと私は思っている。だからマヒロの保護は私が行う」
鋭いハルタカの視線に臆することなく、じろりとアーセルがハルタカを見つめ返す。
「龍人様。ヒトの営みに龍人は関わらない、そういう決まりがあると私は聞き及んでおります。‥カベワタリの保護は王家の責務。それを知らぬあなた様ではありますまい」
そう言われてもハルタカはマヒロの肩を抱いたまま一歩も引かない。
「通常はそうだ。‥だが、この者が番いである以上龍人の慣習に従い自分のもとで番いを囲う。異論は受けない」
ぎりぎりと睨み合う二人の異様さに、マヒロは思わず息を呑んでその様子を見つめた。確かカベワタリとは自分の事を指していたように記憶している。このアーセルという人は自分を引き渡せ、とハルタカに言っているようだが‥この険しい空気の騎士のところに行くのは、ためらわれる。
「‥番い様、というのはまだ候補ということでしたね。番い様でないことが確定したら、王城の方へお引渡し願えますか?」
「念のため聞いておくが、マヒロを引き取ってカルカロア王国はマヒロの処遇をどうするつもりなのか?」
ハルタカの厳しい口調の質問に、アーセルは一度きゅっと唇を引き結んだ。何か思案しているようだったが、しばらくして口を開いた。
「‥それはまだ詳しく決まっておりません。カルカロアでカベワタリが発見されたのは歴史が確認できる中では初めてです。他国の例に倣って処遇を決定すると思われます」
「ふむ」
得られた答えをどう思ったのか、ハルタカは表情を変えない。そのまま両者とも沈黙が続いた。そこへルウェンがマヒロに話しかけた。
「番い候補‥あー、マヒロ様ってお呼びしてもいいですか?お茶のお替りいりません?後、まだクッキーありますよ」
「い、いただきます!」
どうもひんやりと緊迫した空気が漂っているのに耐えられない、と思っていたのでルウェンの言葉に飛びついた。ルウェンはこの緊迫した空気を気にした様子を見せることなく、ハルタカとアーセルにもお茶はいらないかと質問している。
追加のクッキーをもそもそかじりながらマヒロは考えた。
‥‥できるだけ早くひとり立ちしたい、という気持ちはあったが、どうもこの騎士が言っていることから考えると自分の身柄はなかなか厄介なことになりそうだ。『カベワタリ』がどれほどの価値があるかわからないが、今のところ自分には何の知恵も特技もない。だがそう言ってわかってくれる相手だとは限らない。
ハルタカのところにいれば、気軽に外出はできないが、何かをしろと強制されることはなさそうだ。‥しまった番い問題がある。番いかもと言ってしまえば、パンダ的興味のセックスが待っているかもしれない。それは勘弁してもらいたい。
だが、身の安全がこの騎士の言う「王国」の中ではかられるという保証もない。
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