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17 むっすり

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うひょーー!
こんなイケメンに何を言わせてるんだ私。
マヒロは顔がカーッと熱くなったのを感じた。今自分の顔は真っ赤だろう。こんなきれいな人に、自分の事を考えてくれなんて真剣に言われるとは。何様だよ私。もう一生こんな経験はないだろうな。
真剣な、そして美しい顔でこちらをじっと見つめてくるハルタカの顔が眩しい。直視できない。思わずさっと顔を背けると、ハルタカが不機嫌そうな声を出した。
「‥嫌なのか」
「えっ?」
「私とのことを、考えるのが」
え、なんでそんな話に?‥‥あ、そう言えば考えてくれとか言われたんだったか。内容と美貌のダブルパンチでやられてちゃんと返事をしてなかった。
「いや、全然、あの、嫌じゃないです、ハルタカさんがイケメ‥‥顔が綺麗すぎてちょっと困っただけで」
「顔が綺麗だとなぜ困る」
えっ。
「何かあのー‥恥ずかしくなっちゃうっていうか‥ハルタカさんて、ものすごく綺麗ですよね。そうやって褒められたことはないんですか?」
「ある。そもそも龍人タツトには眉目秀麗なものが多い。なぜかは知らんが‥まあヒトに嫌悪感を抱かせないためかもしれんな」
「へえ‥」
嫌悪感を抱かせない、ってそれ以上の効果を与えている気はするが。一応本人にも綺麗な顔をしているという自覚はあるんだ、とマヒロは思った。‥ということは、物事の美醜の感覚はあまりマヒロと変わらないということになる。
「あの、ハルタカさん」
「‥ハルタカと呼べ。さんなど要らん」
またむっすりと不機嫌そうな顔をしたので、かわいく見えちゃうなあ、などと思いながらも心に浮かんできた疑問を恐る恐る口にしてみた。
「ハルタカからみたら、私の顔って別に綺麗じゃないですよねえ?」
美醜の基準がわからなかったので、珍しさに加えて自分みたいな平凡顔が好まれている世界なのかと一瞬思ったのだが、ハルタカの顔が美しいという認識があるのならそんなことはないはずだ。
「私には好ましく映る」
うわーー!イケメンは受け答えも100点満点じゃん!けなさずに褒める!すごい!‥でも、やはり自分の顔はこちらでも平凡顔なんだな、と悲しい確認はできた。
すっかり食べ終わったランガの入っていた皿をそっと横から取られた。盆の上に戻し「足りたか?」と聞いてくれる。果実とパンみたいなものしか食べていないのにやけに満足感があった。
「充分です、ありがとうございます」
「では入浴でもするか。ずっと同じ服を着ているからな。そのうちお前の衣服を買いに行こうと思うが、とりあえず間に合わせのものを持ってくる。湯殿の準備もしてくるから待っていろ」
ハルタカはそう言うと、別のテーブルの上に載っていたお茶道具セットに近寄って手早くお茶を淹れ、マヒロに近いテーブルに置いた。「飲め」と言って部屋を出ていく。
お風呂の習慣がある世界かあ、よかった、とマヒロは思った。正直制服は汚れてしまっているし、汗もかいたようで身体の気持ち悪さはずっと感じていた。
しかし着替え、ときいて考える。‥‥絶対にパンツとブラはないよな。パンツなしで過ごすのか‥?待ってパンツ洗いたいけどお水ハルタカさんに出してもらわないと洗えない!
驚愕の事実に気づいてマヒロはがっくりとベッドの上に倒れ込んだ。‥とりあえず‥お風呂に入って考えよう‥‥‥あっ、お風呂で洗えばいいのか!‥でもどこに干せばいいんだろう‥
考えても妙案はなかなか出てこない。もう成り行きに任せるしかない、と半ばやけになってそう思ったとき、ノックの音がして、再びハルタカが部屋に入って来た。手には何やらの布が載っている。
「マヒロ、着替えと身体を拭く布だ。申し訳ないが、お前に合うような衣服がない。私の上衣を貸すからこれを着ておいてくれ。明日、身体の調子が今より悪くなければ街へ行ってお前の衣服を調達しよう」
そう言って手渡されたのは、大きくてフワフワのタオルのような布が一枚、少し小さめのものが一枚、着替えと言って手渡されたのは、今ハルタカが着ている衣服の上半身部分に当たるものらしかった。おそらく180cmを優に超えているハルタカが着ていると膝上くらいの長さだが、自分が着ればワンピースのようになるだろう。
上衣は合わせが深く左側に寄っていて、フックと紐で着つける形のようだった。ボタンの概念がないのかな?と思ったが、袖口にはきらきらとしたボタンのような飾りがついていてボタンホールも開いている。色は薄いクリーム色だが一面に銀糸で細かい刺繍が入っていて、少し重い。刺繍の柄は龍の長い身体のように見えた。
「わあ、綺麗ですね!これ、私が借りてもいいんですか?いい着物みたいに見えるけど」
「構わない。もらいものだからな」
そう言うとハルタカはタオルと着替えをまとめてマヒロに持たせ、ひょいとマヒロ自身を抱き上げた。予想もしていなかった事態にマヒロは「ひゃっ!?」と驚いて思わず手足をばたつかせた。
「おい、暴れるな。荷物が落ちるぞ」
「な、なんで抱っこするんですか」
「湯殿に連れて行くからだ。あまりまだ歩かない方がいいだろう?」
いや多分大丈夫な気がするが‥身体の重さ怠さも随分ましな気がするし、すきすきしていた足もあまり痛みを感じなくなっている。
「多分歩けますよ、重いでしょ?下ろしてくだ」
「重くない。私が運びたいのだ。‥そしてもっとお前は食べろ。軽いぞ」
別にマヒロは特別痩せている方ではなく、思いきり標準体重だと思っている。こちらの世界ではみな結構ふくよかなのだろうか?
「そうですか‥?普通だと思ってましたけど」
「軽い。‥それにこの住処は高所にあるからヒトには空気が薄い。私が横でタツリキを流している方が楽だろう」
知らない間にそんな手間もかけてもらっていたのか。本当に何から何まですっかりお世話になっているんだなあ、とマヒロは思った。見も知らぬ異世界の人間なのにこんなによくしてもらって、どんな恩返しをすればいいんだろうか。自分には特に得意なこともないし。
そんなことを考えているうちに、そのままハルタカに運ばれ浴場についてしまった。浴場は石造りでかなり広かった。ちょっと小さい旅館の大浴場くらいはある。大きな湯殿にはたっぷりとお湯が張られていて贅沢だなと思ったが、ハルタカはすぐにお湯を引き出せるのだという事を思い出した。
「身体を洗う石鹸はこれだ。お前の髪も洗った方がいいだろうな。髪は‥この石を使え」
石鹸は見知った感じだったのでわかったが、髪用に渡されたつるりとした黒っぽい石の使い道がわからない。
「え、これどうやって使うの?」
「ふむ、では私が洗ってやろうか?」
「いえ!使い方だけ!教えてもらえれば!」
危うく一緒に入浴となってしまう、と焦ったマヒロが強く断ると、またむっすりと不機嫌そうな顔になる。‥ペットの世話かなんかと勘違いしてないだろうか‥。
「これは濡らした髪につけて洗う。髪全体を擦るようにすれば汚れは落ちる」
「わかりました」
「浴場にも先ほどの部屋と同じく、空気が濃くなるようタツリキをこめてあるから心配するな。だがあまり長く入るなよ、疲れてしまうからな」
「はい、ありがとうございます」
「使い終わったら私の名を呼べ」
「?何でですか?」
「部屋に連れて行く」
未だむっすりとした顔を崩していないハルタカを見て、これを断ったらまたすごく機嫌が悪くなるかもしれない、と思ったマヒロは素直に「はい」と返事をした。
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