23 / 24
アコクの森のロレアント
しおりを挟む
朝早く、寒さで目が覚めた。春先ではあるが朝晩はまだ冬の寒さが戻ってくる。毛皮にくるまり火を熾して、簡単な温かいスープを作って飲んだ。身体の中から少しずつ温まってくる。
嫌なものは未だに地面からロレアントをめがけて絡みつこうとしてくる。それを魔法力の障壁で切り払い、火の始末をして馬に乗った。道なき道を馬を励まし進んでいく。気難しい悍馬もこの空気感がわかるのか、ロレアントが御すままに進んでいった。
ある一点についてから急に嫌なものの濃度がぐんと濃くなった。これは目的の地に近い、とロレアントは気を引き締め直し、自分と馬の周りに魔法力を展開する。魔法回復薬を一瓶ぐっと呷った。
馬が進むのをかなり嫌がるようになった。仕方なく、近くの樹にゆるく手綱を結んでやった。足跡がきちんとつくように魔法を展開しつつ先に進む。
すると急に開けた場所に出た。黒い土がぼこぼこと盛り上がっていて草が生えていない。何か所かに水が溜まっている。
ぶわっ!と陰の気が濃くなった。ウッと口を覆いながら自分の周りに障壁を展開する。かすむ目を森の奥の方に向けた。
そこには、大きな卵のようなものが浮かんでいた。黒と乳白色の混ざりあったような半透明の卵で、中に何か入っているようだ。‥‥人、のように見える。
(まさか、リオ!?)
よくよく目を凝らしてみてみると、中に浮かんでいるのは真っ白い肌と髪色の少女のようだった。混ざりあう模様の合間からなのでよくは見えないが、リオーチェではないようだ。
そう思った次の瞬間。
少女の白い髪がふわりと変化し、赤毛に変わった。顔立ちもリオーチェのものに変わる。
「リオ!」
ロレアントは思わず苦しさも忘れ走り寄った。その時、ぶわあああと陰の気が立ち上った。
漆黒の衣に漆黒の髪。
常夜が現れたのだ。
その異形に思わず立ちすくんだロレアントだったが、常夜が卵を守るようにして立ちふさがっているのを見て、あの卵の中にいるのはリオだとなぜか確信できた。
「‥お前は、常夜の精霊か」
<そうだ、ヘイデンの者。相変わらずこの森を荒らしに来たのか。常日を四散させただけではまだ足りぬか>
地の底を這うような、恐ろしい声で常夜は言った。ロレアントは素直に返事をする。
「俺の先祖がしてしまったことは、かなり酷いことだったと聞いた。その者に成り代わりお詫び申し上げる」
常夜は馬鹿にしたようにふん、と鼻で嗤った。
<お前に詫びてもらったところで常日は帰らない。‥‥だがもういい、あの娘の中で常日が肉を得るのを待つ>
常夜はそう言って卵の方を見た。
卵の中では白髪の少女と赤毛の少女が時折ふわふわと色を変えながら浮かんでいた。目はつむっていて眠っているように見える。
ではあれはやはりリオなのか。
「頼む、常夜の精霊、何でもする!俺にリオを返してくれ!ヘイデン家に恨みがあるならリオは関係ない、リオはクラン家の者だ!」
常夜は冷たくロレアントを見下ろした。人間風情がこの精霊である私の指図をするとはおこがましい。
<お前などに指図は受けぬ>
そう言ってふわりと浮かび上がり卵のそばに飛んでいくと、愛おしそうに卵を撫でた。
<もう何年か何十年かすれば、この娘の肉が常日の肉になる。そうすれば常日は戻ってくる>
嬉しそうにそう言いながら常夜は卵を撫でた。
ロレアントは愕然とした。それでは・・リオの身体は常日に乗っ取られてしまう!
ロレアントはがばりと大地に身を伏せた。
「頼む、お願いだ!リオをリオを離してくれ!‥常日の精霊の肉が要るというのなら‥俺の身体をやる!だから、だから頼む‥リオを、助けてくれ‥‥」
そう言ってロレアントは下を向き、ぽたぽたと涙を流した。黒い土の上にロレアントの涙が零れ落ち、吸収されていく。
常夜は黙ってロレアントを見ていた。‥この男の言葉に嘘はない。本気で常日が入っている人間の代わりになろうと言っているのだ。命を捨てて。
この男が、常日が入っている人間を心から愛していることも、常夜にはわかった。その気持ちは常夜が常日を想う気持ちに似ていて、常夜は胸がつきりと痛んだ。
だが、もうこの卵の中に入れてしまったら肉を得るまで取り出すことはできない。
<ヘイデンの者よ、お前の言葉に嘘がないのはわかった。‥だがこの卵に入れてしまった身体を入れ替えることはできぬ。お前の頼みは、聞けぬ>
その、厳しいだけではない常夜の声を聞いてロレアントは絶望した。
ここまで、ここまで追ってきて、ようやく見つけたというのに。
ようやくこの腕に抱きしめられると思ったのに。
もう、遅いのか。
もう、リオは戻ってこないのか。
ヘイデン家の呪いのために、リオは犠牲になったのだ。
何の関係もなかったのに。
絶望が、ロレアントの心を引き裂いた。
無意識のうちにロレアントはゆらりと腰の剣を抜いていた。はっと常夜が硬い表情を作り卵の前に出る。
ロレアントはただ、卵の中のリオを見つめた。
「‥リオ。ごめん。守れなくてごめん。リオには、何も関係ないことだったのに、巻き込んでごめん‥愛してるよ」
そういうや否やロレアントは迷いなく自分の胸に剣を突き刺した。
嫌なものは未だに地面からロレアントをめがけて絡みつこうとしてくる。それを魔法力の障壁で切り払い、火の始末をして馬に乗った。道なき道を馬を励まし進んでいく。気難しい悍馬もこの空気感がわかるのか、ロレアントが御すままに進んでいった。
ある一点についてから急に嫌なものの濃度がぐんと濃くなった。これは目的の地に近い、とロレアントは気を引き締め直し、自分と馬の周りに魔法力を展開する。魔法回復薬を一瓶ぐっと呷った。
馬が進むのをかなり嫌がるようになった。仕方なく、近くの樹にゆるく手綱を結んでやった。足跡がきちんとつくように魔法を展開しつつ先に進む。
すると急に開けた場所に出た。黒い土がぼこぼこと盛り上がっていて草が生えていない。何か所かに水が溜まっている。
ぶわっ!と陰の気が濃くなった。ウッと口を覆いながら自分の周りに障壁を展開する。かすむ目を森の奥の方に向けた。
そこには、大きな卵のようなものが浮かんでいた。黒と乳白色の混ざりあったような半透明の卵で、中に何か入っているようだ。‥‥人、のように見える。
(まさか、リオ!?)
よくよく目を凝らしてみてみると、中に浮かんでいるのは真っ白い肌と髪色の少女のようだった。混ざりあう模様の合間からなのでよくは見えないが、リオーチェではないようだ。
そう思った次の瞬間。
少女の白い髪がふわりと変化し、赤毛に変わった。顔立ちもリオーチェのものに変わる。
「リオ!」
ロレアントは思わず苦しさも忘れ走り寄った。その時、ぶわあああと陰の気が立ち上った。
漆黒の衣に漆黒の髪。
常夜が現れたのだ。
その異形に思わず立ちすくんだロレアントだったが、常夜が卵を守るようにして立ちふさがっているのを見て、あの卵の中にいるのはリオだとなぜか確信できた。
「‥お前は、常夜の精霊か」
<そうだ、ヘイデンの者。相変わらずこの森を荒らしに来たのか。常日を四散させただけではまだ足りぬか>
地の底を這うような、恐ろしい声で常夜は言った。ロレアントは素直に返事をする。
「俺の先祖がしてしまったことは、かなり酷いことだったと聞いた。その者に成り代わりお詫び申し上げる」
常夜は馬鹿にしたようにふん、と鼻で嗤った。
<お前に詫びてもらったところで常日は帰らない。‥‥だがもういい、あの娘の中で常日が肉を得るのを待つ>
常夜はそう言って卵の方を見た。
卵の中では白髪の少女と赤毛の少女が時折ふわふわと色を変えながら浮かんでいた。目はつむっていて眠っているように見える。
ではあれはやはりリオなのか。
「頼む、常夜の精霊、何でもする!俺にリオを返してくれ!ヘイデン家に恨みがあるならリオは関係ない、リオはクラン家の者だ!」
常夜は冷たくロレアントを見下ろした。人間風情がこの精霊である私の指図をするとはおこがましい。
<お前などに指図は受けぬ>
そう言ってふわりと浮かび上がり卵のそばに飛んでいくと、愛おしそうに卵を撫でた。
<もう何年か何十年かすれば、この娘の肉が常日の肉になる。そうすれば常日は戻ってくる>
嬉しそうにそう言いながら常夜は卵を撫でた。
ロレアントは愕然とした。それでは・・リオの身体は常日に乗っ取られてしまう!
ロレアントはがばりと大地に身を伏せた。
「頼む、お願いだ!リオをリオを離してくれ!‥常日の精霊の肉が要るというのなら‥俺の身体をやる!だから、だから頼む‥リオを、助けてくれ‥‥」
そう言ってロレアントは下を向き、ぽたぽたと涙を流した。黒い土の上にロレアントの涙が零れ落ち、吸収されていく。
常夜は黙ってロレアントを見ていた。‥この男の言葉に嘘はない。本気で常日が入っている人間の代わりになろうと言っているのだ。命を捨てて。
この男が、常日が入っている人間を心から愛していることも、常夜にはわかった。その気持ちは常夜が常日を想う気持ちに似ていて、常夜は胸がつきりと痛んだ。
だが、もうこの卵の中に入れてしまったら肉を得るまで取り出すことはできない。
<ヘイデンの者よ、お前の言葉に嘘がないのはわかった。‥だがこの卵に入れてしまった身体を入れ替えることはできぬ。お前の頼みは、聞けぬ>
その、厳しいだけではない常夜の声を聞いてロレアントは絶望した。
ここまで、ここまで追ってきて、ようやく見つけたというのに。
ようやくこの腕に抱きしめられると思ったのに。
もう、遅いのか。
もう、リオは戻ってこないのか。
ヘイデン家の呪いのために、リオは犠牲になったのだ。
何の関係もなかったのに。
絶望が、ロレアントの心を引き裂いた。
無意識のうちにロレアントはゆらりと腰の剣を抜いていた。はっと常夜が硬い表情を作り卵の前に出る。
ロレアントはただ、卵の中のリオを見つめた。
「‥リオ。ごめん。守れなくてごめん。リオには、何も関係ないことだったのに、巻き込んでごめん‥愛してるよ」
そういうや否やロレアントは迷いなく自分の胸に剣を突き刺した。
54
小説家になろう、ムーンライトノベルズにも投稿しております。こちらにはないものもありますのでよかったらご覧ください。https://xmypage.syosetu.com/x8912cl/
お気に入りに追加
214
あなたにおすすめの小説

騎士団の繕い係
あかね
恋愛
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆

王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~
青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた
そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた
しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう
婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ
婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか
この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話
*更新は不定期です

【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました
Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに!
かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、
男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。
痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。
そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。
「見つけた! 僕の花嫁!」
「僕の運命の人はあなただ!」
──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。
こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。
すっかりアイリーンの生活は一変する。
しかし、運命は複雑。
ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。
ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。
そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手……
本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を───
※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる