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割れた紅玉

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ようやくほとんどの準備が終わりつつあるのを感じ、リオーチェはほっとしていた。後は細かい飾りつけを残すのみだ。シェイラの商会が入れてくれた珈琲という飲み物も宴席に供することになり、目新しさを付け加えてくれるだろうと喜んだ。
リオーチェは最後の仕上げとばかりにヘイデン家の広大な庭園を見て回っていた。どんな花がどに咲いているか、正確に把握しておこうと思ったのだ。小さな紙とペンを手に庭師に色々質問しながら見て回る。庭園内には温室もあり、季節に外れた花も栽培されているということで何かに使えないかとリオーチェは紙に書きつけながら思案していた。
そこにランスが入って来た。手には銀のトレーを持っている。目顔で庭師に合図し、下がるように指示すると庭園内に設置されているテーブルにトレーを置き、温室の窓を開け放った。むっとしていた空気が一気に外へと排出され、爽やかな風が温室内を吹き抜けた。
「ランスさん!どうしてこちらに?‥‥あと、温室の窓を開けちゃって大丈夫なんですか?」
突然現れたランスに驚き、つい大きな声を上げてしまった。ランスはにこっと笑って椅子を引いて座るように促してくる。
「リオ様がこちらの方に向かわれたのを拝見しまして。‥そろそろ、喉を潤したい頃合いではないかと思い、お茶を用意して参りました。窓は後でしめておけば大丈夫ですよ、多分」
ランスが柔らかく、茶目っ気も見せながらそういうのを聞いて、素直に椅子に腰掛ける。トレーからサーブされたお茶は、グリーンの鮮やかなお茶で初めて見るものだった。
「わあ、綺麗ですね!初めて見ました」
「東方の国で僅かに作られているものだそうです。少しフェルマリー商会から回していただけたのをお持ちしました。こちらの豆のペーストのお菓子とどうぞ」
そう言って差し出されたのは、ふんわりとした小さめのパンケーキに濃い茶色の豆のペーストとホイップしたクリームを載せた菓子だった。食べてみるとクリームと豆のペーストがいい塩梅に甘さを引き立てて美味しい。その間にお茶を飲めば、すっきりとして幾らでも食べられそうだ。
「よかったらランスさんもいかがですか?すっごく美味しいですよ!」
そう言って残っている茶菓を勧める。最初は遠慮していたランスだったが、リオーチェが重ねて勧めると少し口にしてくれた。
「‥確かにこれは美味しいですね。私はあまり甘いものは食べませんがこれなら食べたくなります」
「ですよね!ロレン様も召し上がったかなあ?きっとロレン様もお好きだと思いませんか?」
そう言うと、ランスはぴくっと肩を震わせた後、ゆっくりとフォークを置いた。そしてリオーチェの顔をまっすぐに見つめる。
「リオ様は、最近ロレン様とよく話すようになられましたね」
低い声に少し驚いてランスを見た。ランスは真っ直ぐにリオーチェの目を見ている。その瞳が何やら昏いものに満たされているように感じて、ぞくりとする。
「‥え、ええ、そうですね‥。少しちゃんと向き合ってみようかと、思いまして‥」
「なぜですか?」
切り返すような厳しいその物言いにまた驚いた。どちらかと言えばランスはいつも物腰が柔らかで、陽だまりのような温かさでリオーチェに接してくれた人だったのだが。今目の前にいるランスは、身体に厳しさを纏いリオーチェを見つめる目には何やら思いつめたような光がある。
ランスはずい、と一歩進んでリオーチェのすぐ隣にまでやってきた。思わず椅子の上で身をすくませる。こんなに怖いと思うのは失礼かもしれないという気持ちだけでリオーチェは椅子の上に留まっていた。
「な、ぜって‥ロレン様の、お気持ちを考えて‥」
「俺の気持ちは」
「え?」
ランスはリオの腕をぐっと握った。強い力で引き上げられ、ぐいと立たされる。思いがけず立たされてバランスを崩したリオーチェはそのままよろけそうになった。そこをランスが抱き留めた。
そのままぎゅっとリオーチェを抱きしめる。突然の事に驚いたままリオーチェは固まってしまった。ランスがたくましい身体全体で囲い込むようにぎゅっと抱きしめてくるので、いずれにせよ動けるわけもなかったのだが。
ランスは抱きしめたリオーチェの首元に顔をうずめて囁いた。
「‥リオ様、私ではだめですか?‥絶対に大切にします。私の家はヘイデン家ほど大きくありませんから色々な苦労を掛けることはここより少ないです。リオ様を幸せにすることに全力を尽くします。‥私の傍にいてほしいんです。あなたに」
「ラ、ランスさん、離して‥」
何とか腕を突っ張ろうとするが全くランスの力に及ばず動かせない。リオーチェの言葉を聞き入れることなくランスはリオーチェを腕の中に閉じ込め続ける。
「どうしてですか?‥なぜ俺じゃないんだ?俺もあなたを‥あなたを愛してる。あなたに横にいてほしいんだ。あなたがいないなんて考えられない」
「お願いランスさん、離してください!」
リオーチェを抱きしめたまま、ランスは苦笑しているようだった。首元でランスの声が響く。
「『お願い』か‥そのお願いは聞けません。それより、俺の願いを聞いてくれないか。リオ、好きなんだ。君が欲しい。俺の傍で笑っていてほしい」
リオーチェは身体をよじってランスの腕の中から抜け出そうと必死にもがく。だがランスの身体はびくともしない。無力感に涙が込み上げてきた。
「どうして、ランスさん、止めてください‥私、ランスさんの事そんなふうに見たことなくて‥」
「じゃあなんでロレンは⁉ロレンの事だってそんなふうに見ていなかったはずじゃないか!ロレンの事は見れてなんで俺はだめなんだ!!」
そう激しく叫ぶランスの姿は、今まで見たことのないものだった。思わず抵抗を止めてその顔を見つめているとランスの目には涙が滲んでいるのが見えた。息を呑んで声をかける。
「ランスさ‥」
言いかけたリオーチェの頬を片手で引き寄せ、ランスはリオーチェに口づけた。リオーチェは目を瞠った。
嫌だ。
嫌だ!!
「!!」
顔をねじってランスの唇を避ける。もう一度顔を押さえ唇を寄せようとしてくるランスの身体を必死に腕を突っ張ってよけようとするが全く敵わない。もう一度ランスの唇が触れた。
ロレン様。
「いやああああ!!」

ぱん、と乾いた音がした。
ランスが胸ポケットに入れていた小さなガラス瓶が、中の紅玉ごと粉々に砕け散ったのだ。そしてそこから眩しい光が発生し辺り一面を真っ白に染めた。ランスも思わず自分の目を手で覆う。
しばらく視界がなくなるほどに光ったそれは少しずつその光を弱め、最後には消えてなくなった。

リオーチェもいなくなっていた。

ランスは青褪めて周りを見回した。温室のドアを開けた様子もないのにリオーチェの姿だけがない。
「リオ様!!」
ランスの声だけが虚しく辺りに響き渡った。

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