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フェルマリー商会にて
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ガーデンパーティーまで一週間となった。
ほとんどの手配が終わり、あとは当日の会場の飾りつけを残すのみだ。この時期、ほとんどまとまった雨は降らないのでおそらく予定通り庭園でのパーティーを開催できる見込みではあるが、万が一雨がひどかった場合に備えての変更プランも同時に練らなければならない。リオーチェは二エラとチェロバンに相談しながら、色々と業者も選定して手はずを整えていた。
その頃、ロレアントはかねてから申し入れをしていた人物と会っていた。リオーチェと同じクラスのシェイラ=フェルマリーだ。フェルマリー商会長を通じ、商会の事務所で会う手はずを整えてもらったのだった。シェイラには婚約者がいるため、その婚約者にも立ち会ってもらった。婚約者はリオーチェの友人、ボニア=ベンズの兄リシャール=ベンズだった。
目の前で仲睦まじい様子を見せながら並び立つ二人を見て、ロレアントは羨ましく思った。また、リシャールの落ち着いた大人の男の雰囲気にも魅力を感じた。リシャールは十九歳ですでにベンズ大隊商の中で働いている。ベンズ商隊長の考えでリシャールは一番下っ端の仕事から始めさせられているとのことだった、一年経ってようやく自分で商品を選ぶ権利だけを手にし、それを供給ラインにのせられるよう苦労しているところなのだそうだ。
自分のあずかり知らぬ商売話の面白さに思わずリシャールと話が弾んでしまったが、二十分ほど経った頃しびれを切らしたシェイラが話を遮った。
「ヘイデン侯爵令息、お話の途中に無作法ではございますが、私にお話があると伺ってこちらに参ったのです。先にどのようなお話かを伺ってもよろしいでしょうか?」
そう切り出したシェイラにリシャールは一瞬ぎょっとした表情を見せたが、何も言わず黙っていた。ロレアントははっとしてシェイラに詫びた。
「フェルマリー嬢、申し訳ない。あなたの婚約者のリシャール殿が素晴らしくてつい話し込んでしまった。私の話は、リオーチェ=クラン嬢についての事だ」
「やはりそうでしたか。私もそうではないかと思っておりました」
シェイラはにこりと笑った。そして卓上に置かれたまま忘れられていた茶器を勧めた。
「このところ一部の貴族の皆様の間で好まれるようになり出した珈琲というものです。よかったらぜひご賞味ください。それだけではかなり苦みが強いので、牛乳やクリーム、砂糖などを入れてみてください」
そういえば先ほども同じような説明を受けていたのだが、そこからリシャールとの話が広がってしまいつい飲むのを忘れていた。茶器を手に取ってみれば中に入っているのは真っ黒な飲み物だった。だが香りは非常に香ばしい。ロレアントはまずはそのまま飲んでみる。苦みが強いがその中にほのかな酸味も感じられ、そのままでもロレアントは十分旨いと感じた。だが、一応牛乳も少し入れてみる。そして口に含むとまた違った味わいで非常に美味に感じた。
「美味しいですね。色々な飲み方ができるのもいい。眠い時などに飲みたくなりそうだ」
「ええ、実際眠気覚ましの効果もあるそうですわ」
「後でリオとも相談しますが、今度の当家で行うガーデンパーティーにも少し取り入れたい。融通していただけるだろうか?」
「わかりました。父に話を通しておきますわ。‥それでヘイデン侯爵令息、リオについてお聞きになりたいこととは?」
また話がそれそうになってしまったのを、シェイラが柔らかく軌道修正してくれる。なかなか頭の回転の速い令嬢だ。商売上手の夫婦になりそうな予感がする。
「‥リオは、私のほかに、気にしている男性など、いたりしませんか‥?」
「いえ!いいえそんなことはありませんわ!」
シェイラはぎょっとして思わず大きな声を上げた。そして自分の声の大きさに気づき、小さな声で詫びてから言葉を続けた。
「リオ様はヘイデン侯爵令息もお察しの通り、‥今まで恋をしたことがないようです。でも‥」
「でも?」
シェイラの意味深な言葉をそのまま繰り返す。
「最近のリオ様は、色々な事を考えておられるようですわ。‥これは、全く私の考えではありますけれど‥少し前に比べて『ロレアント様』という言葉をリオ様からよく聞くようになりましたの。ですから‥以前よりは令息の事を心にかけていらっしゃるのではと思います」
ロレアントは喜びをかみしめた。このところ自分が感じていたことは間違いではなかったようだ。友人から見てもそのように見えるのなら可能性はかなり高いだろう。黒と紫のドレスはすでに仕立てに入っている。ひょっとしたらあれを着て隣に立ってもらえるかもしれない。
「‥私はずっとリオに婚約の申し入れをしています。ですが今までそれに対してはっきりと承諾の返事を得られていませんでした。‥色々聞いてみるとリオ自身あまり自分への評価がよくないように思うのです。それが、ネックになっているのかと‥」
シェイラはロレアントのその言葉を聞いて、はあと小さくため息をついた。シェイラ自身も同じ考えだった。
「なぜ、リオ様があのように自己評価が低いのか‥ご家族様もリオ様を大事になさっているようですし、あそこまでリオ様が思い込むような要素が見当たらないので私も不審に思っているんです。‥敢えて言葉を選ばずに申し上げるなら、まるで誰かにそう思い込まされているような‥」
「思い込まされている‥?」
物騒な言葉に思わずロレアントは眉をひそめた。言葉が過ぎたと思ったのか、シェイラは慌てて頭を下げる。
「確証のないことを申し上げてしまい‥申し訳ございません」
「いや‥確かに、そう言われてみれば・・なぜあそこまで自己評価が低いのか、理由がないな‥」
言われるまで気づかなかったが、確かにリオーチェがそこまで思い込む理由はあまりないはずだ。クラン夫妻が二人の子どもを分け隔てなくかわいがり愛情を注いできたのは、ロレアントも傍で見ていたからよく知っている。クラン家の使用人にもヘイデン家の使用人にも、リオーチェに対してばかにしたり陰口を言ったりするものはまずいないだろう。
(何か‥裏があるのか‥?)
考え込むロレアントにリシャールが声をかける。
「シェイラが余計なことを申しまして申し訳ございません。‥クラン嬢はきっと令息の思いに気づかれて返してくださいますよ」
その言葉に、ロレアントは話が済んだなら帰ってくれという意味を感じ取った。よくよく見れば、シェイラが自分の言葉によってロレアントが難しい顔をして考え込んだことに少し恐怖を感じているのか、青い顔をして脅えているように見えた。
ロレアントは腰を上げた。これ以上の情報は特に得られまい。リオーチェの友人とはいえ彼らは平民ではあるし、あまり長居もしてほしくはないのだろう。
「お邪魔した。有意義な話をありがとう。珈琲の件を頼む」
そう言い置いて部屋を出る。導体車に乗り込みながら、ロレアントはずっと考え込んでいた。
ほとんどの手配が終わり、あとは当日の会場の飾りつけを残すのみだ。この時期、ほとんどまとまった雨は降らないのでおそらく予定通り庭園でのパーティーを開催できる見込みではあるが、万が一雨がひどかった場合に備えての変更プランも同時に練らなければならない。リオーチェは二エラとチェロバンに相談しながら、色々と業者も選定して手はずを整えていた。
その頃、ロレアントはかねてから申し入れをしていた人物と会っていた。リオーチェと同じクラスのシェイラ=フェルマリーだ。フェルマリー商会長を通じ、商会の事務所で会う手はずを整えてもらったのだった。シェイラには婚約者がいるため、その婚約者にも立ち会ってもらった。婚約者はリオーチェの友人、ボニア=ベンズの兄リシャール=ベンズだった。
目の前で仲睦まじい様子を見せながら並び立つ二人を見て、ロレアントは羨ましく思った。また、リシャールの落ち着いた大人の男の雰囲気にも魅力を感じた。リシャールは十九歳ですでにベンズ大隊商の中で働いている。ベンズ商隊長の考えでリシャールは一番下っ端の仕事から始めさせられているとのことだった、一年経ってようやく自分で商品を選ぶ権利だけを手にし、それを供給ラインにのせられるよう苦労しているところなのだそうだ。
自分のあずかり知らぬ商売話の面白さに思わずリシャールと話が弾んでしまったが、二十分ほど経った頃しびれを切らしたシェイラが話を遮った。
「ヘイデン侯爵令息、お話の途中に無作法ではございますが、私にお話があると伺ってこちらに参ったのです。先にどのようなお話かを伺ってもよろしいでしょうか?」
そう切り出したシェイラにリシャールは一瞬ぎょっとした表情を見せたが、何も言わず黙っていた。ロレアントははっとしてシェイラに詫びた。
「フェルマリー嬢、申し訳ない。あなたの婚約者のリシャール殿が素晴らしくてつい話し込んでしまった。私の話は、リオーチェ=クラン嬢についての事だ」
「やはりそうでしたか。私もそうではないかと思っておりました」
シェイラはにこりと笑った。そして卓上に置かれたまま忘れられていた茶器を勧めた。
「このところ一部の貴族の皆様の間で好まれるようになり出した珈琲というものです。よかったらぜひご賞味ください。それだけではかなり苦みが強いので、牛乳やクリーム、砂糖などを入れてみてください」
そういえば先ほども同じような説明を受けていたのだが、そこからリシャールとの話が広がってしまいつい飲むのを忘れていた。茶器を手に取ってみれば中に入っているのは真っ黒な飲み物だった。だが香りは非常に香ばしい。ロレアントはまずはそのまま飲んでみる。苦みが強いがその中にほのかな酸味も感じられ、そのままでもロレアントは十分旨いと感じた。だが、一応牛乳も少し入れてみる。そして口に含むとまた違った味わいで非常に美味に感じた。
「美味しいですね。色々な飲み方ができるのもいい。眠い時などに飲みたくなりそうだ」
「ええ、実際眠気覚ましの効果もあるそうですわ」
「後でリオとも相談しますが、今度の当家で行うガーデンパーティーにも少し取り入れたい。融通していただけるだろうか?」
「わかりました。父に話を通しておきますわ。‥それでヘイデン侯爵令息、リオについてお聞きになりたいこととは?」
また話がそれそうになってしまったのを、シェイラが柔らかく軌道修正してくれる。なかなか頭の回転の速い令嬢だ。商売上手の夫婦になりそうな予感がする。
「‥リオは、私のほかに、気にしている男性など、いたりしませんか‥?」
「いえ!いいえそんなことはありませんわ!」
シェイラはぎょっとして思わず大きな声を上げた。そして自分の声の大きさに気づき、小さな声で詫びてから言葉を続けた。
「リオ様はヘイデン侯爵令息もお察しの通り、‥今まで恋をしたことがないようです。でも‥」
「でも?」
シェイラの意味深な言葉をそのまま繰り返す。
「最近のリオ様は、色々な事を考えておられるようですわ。‥これは、全く私の考えではありますけれど‥少し前に比べて『ロレアント様』という言葉をリオ様からよく聞くようになりましたの。ですから‥以前よりは令息の事を心にかけていらっしゃるのではと思います」
ロレアントは喜びをかみしめた。このところ自分が感じていたことは間違いではなかったようだ。友人から見てもそのように見えるのなら可能性はかなり高いだろう。黒と紫のドレスはすでに仕立てに入っている。ひょっとしたらあれを着て隣に立ってもらえるかもしれない。
「‥私はずっとリオに婚約の申し入れをしています。ですが今までそれに対してはっきりと承諾の返事を得られていませんでした。‥色々聞いてみるとリオ自身あまり自分への評価がよくないように思うのです。それが、ネックになっているのかと‥」
シェイラはロレアントのその言葉を聞いて、はあと小さくため息をついた。シェイラ自身も同じ考えだった。
「なぜ、リオ様があのように自己評価が低いのか‥ご家族様もリオ様を大事になさっているようですし、あそこまでリオ様が思い込むような要素が見当たらないので私も不審に思っているんです。‥敢えて言葉を選ばずに申し上げるなら、まるで誰かにそう思い込まされているような‥」
「思い込まされている‥?」
物騒な言葉に思わずロレアントは眉をひそめた。言葉が過ぎたと思ったのか、シェイラは慌てて頭を下げる。
「確証のないことを申し上げてしまい‥申し訳ございません」
「いや‥確かに、そう言われてみれば・・なぜあそこまで自己評価が低いのか、理由がないな‥」
言われるまで気づかなかったが、確かにリオーチェがそこまで思い込む理由はあまりないはずだ。クラン夫妻が二人の子どもを分け隔てなくかわいがり愛情を注いできたのは、ロレアントも傍で見ていたからよく知っている。クラン家の使用人にもヘイデン家の使用人にも、リオーチェに対してばかにしたり陰口を言ったりするものはまずいないだろう。
(何か‥裏があるのか‥?)
考え込むロレアントにリシャールが声をかける。
「シェイラが余計なことを申しまして申し訳ございません。‥クラン嬢はきっと令息の思いに気づかれて返してくださいますよ」
その言葉に、ロレアントは話が済んだなら帰ってくれという意味を感じ取った。よくよく見れば、シェイラが自分の言葉によってロレアントが難しい顔をして考え込んだことに少し恐怖を感じているのか、青い顔をして脅えているように見えた。
ロレアントは腰を上げた。これ以上の情報は特に得られまい。リオーチェの友人とはいえ彼らは平民ではあるし、あまり長居もしてほしくはないのだろう。
「お邪魔した。有意義な話をありがとう。珈琲の件を頼む」
そう言い置いて部屋を出る。導体車に乗り込みながら、ロレアントはずっと考え込んでいた。
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