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ロレアントの宣言

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翌日は学院だった。朝はヘイデン家の魔法導体車に同乗することを勧められた。だが、そんなことをしようものなら、登校した後どんな目にあわされるかわからない。リオーチェは必死に断って自分の家の導体車に乗ると言ったが、珍しくロレアントは頑として譲らなかった。
「これはおれの覚悟を示す機会でもあるんだ。頼むから聞き入れてくれ、リオ」
ごく真面目な顔でそう言って頭を下げてくるロレアントに、リオ―チェもそれ以上強くは言えなかった。まあ、何とか乗り切ればいいか、と半ば開き直って同じ導体車に乗り込む。車内ではリオーチェの勉強がどの辺まで進んでいるかなどを問われ、ロレアントに比べるべくもないその内容を言っていいものか羞恥に悶えつつ、ぽつぽつと言葉を交わした。そして苦手なところをまた今夜にでも教えてあげると言われる。
はて自分は行儀見習いに来たはずだが、それらしいことは何もしていない気がする、とリオーチェは考えていた。
学院について、導体車が停まる。先にロレアントが降りて、リオ―チェに手を差し出してきた。もう今更だ、と半ばやけくそになりながらリオーチェはその手を取って導体車を降りた。
導体車溜まりにざわめきが広がる。今まで二人が同じ導体車に乗ってきたことなどなかったからだ。とげとげしい視線が四方八方から自分に突き刺さるのがわかってリオーチェは少しげんなりした。
ロレアントの手を離そうとすると、逆にぎゅっと握りしめられた。え?と怪訝な顔でロレアントを見上げれば、にこっと笑顔を向けられる。どうしたかな?と思う間もなくロレアントがそこで声を張り上げた。
「学院の諸君!ここにいるリオーチェ=クラン嬢は私の大切な、大切な人だ!今まで私のあずかり知らぬところで色々とクラン嬢に手を出したものがあると聞き及んでいる!」
あまり人前で大声を出すようなロレアントではない。リオーチェはもちろん、溜まりにいた学生たちはみな一様に驚いてロレアントの声に聞き入っている。
「俺のせいでクラン嬢がひどい目に遭うのは我慢がならない!‥以降、クラン嬢の周りには俺の組み上げた魔法理陣蝶を飛ばすことにする!何かクラン嬢に仕掛けたものは、その行動すべて俺の耳に入ると思え!」
辺りがしん、と静まり返った。

いつもどちらかと言えばのんびりとした話し方で、自分から人に話しかけることも少ないロレアントのこのような厳しい声と内容の言葉を、誰も聞いた事がなかった。それだけにあっけにとられた学生たちは理解が追い付かずぽかんとしていた。
ロレアントは、少し後ろでこちらを恐る恐る伺っている何人かの令嬢の方にじろりと目をやった。そこに固まっていた令嬢たちは、今までリオーチェに嫌がらせを繰り返していた者たちだった。
ロレアントは、様々なところから聞き込みをした上に魔法理残素を解析してそれを割り出していた。
令嬢たちは震えあがった。今さらながらに、この令息の優秀さとその家門の恐ろしさを思い出したのだ。
ロレアントは言いたいことだけを言ってしまうと、またリオーチェの方を向いてニコッと笑い、握りしめたままだった手を引いた。
「行こうか、リオ。教室まで送るよ」
ロレアントはそう言って颯爽と歩きだした。ぐいぐいと手を引いていくロレアントに、リオーチェは必死に訴えた。
「ロ、ロレアント様!私の教室反対方向です~!」


今朝のロレアントは、今までの彼とはまるで別人のようだった。‥抜けているところはそのままだったけど。驚きの中でリオーチェは思った。いつから、あんな風に立派になったんだろう。でも、もともと立派な人なんだ。たまたま生活能力がちょっと残念なだけで、ロレアントはとびきり優秀な令息だった。
‥‥公衆の面前で、「大切な人」呼ばわりはしていいものなんだろうか。婚約者でもないのに。あれではまるで、ロレアントがリオーチェの事を好きみたいに受け取れないだろうか。今後のロレアントの婚約や出世に響いてしまったらどうしよう。やはり、行儀見習いでヘイデン家に入るのはまずかっただろうか。
ぐるぐると頭の中を色々な考えが駆け巡る。
「随分難しい顔してますね、リオ様」
授業が終わって、そう声をかけてきたのは友人であるシェイラ=フェルマリーとボニア=ベンズだ。二人とも平民ではあるが大きな商会の娘で、学院に入学できるだけの資金力と頭脳を持っている娘たちだった。
「う~ん‥今朝のロレアント様、少し変だったなと‥」
「え、あれは通常運転だと思いますけど」
そう言ったのはボニアだ。家から持参している厚焼きクッキーを二人に差し出しながら続けた。
「ヘイデン侯爵令息はいつもリオ様の事が大好きっていう空気が駄々洩れていると思ってましたけど」
「うえええ?!」
「リオ様、さすがに貴族令嬢がその声はまずいです」
そう言ってさっと口を塞いでくれたのはシェイラだ。そしてボニアが出してくれたクッキーをすかさずリオーチェの口に突っ込む。ボニアは保温ポットからお茶も用意してくれた。
厚焼きクッキーの甘みとコクに思わずもぐもぐ咀嚼しながらも、小さな声でリオーチェは反論した。
「‥ロレアント様は私のこと幼馴染だと思ってるからよ。大好きとかじゃないと思う」
「どうしてそんなに頑なにロレアント様のお気持ちを疑うのか、ちょっと理解しかねますね」
ボニアの勧めてくれたお茶をごくりと飲んで再び反論する。
「だって、私なんかを好きになるはずないじゃない」
シェイラとボニアは顔を見合わせ、はーーと深くため息をついた。そしてボニアは言った。
「‥どうしてそんなにご自分に自信がないんですか?リオ様は素敵なご令嬢ですよっていつも申し上げてますよね」
「平民や学院内で働いている皆さんにもいつも親切で隔てなく接して下さるご令嬢なんて、私はリオ様しか知りません」
「そういう人徳って、とっても魅力だと思いますよ」
そんなことを言われても、自分でそういう自覚は何もないのだからはいそうですかとは呑み込めない。どうせ美点を授かるならもっとわかりやすい美点の方がよかったと思うのに。そうすれば実家の伯爵家のためにも何か役立ったかもしれない。
「‥二人がそう言ってくれるのはありがたいけど‥‥やっぱりロレアント様に何かしていただくほどの美点ではないと思うんだよね‥」
そう言いながらクッキーを咀嚼するリオーチェに、おずおずとシェイラは訊いてみた。ずっと気になっていたのだ。
「‥リオ様、ヘイデン侯爵令息の事は‥こう、男性としてお好きじゃないんですか?」
「男性として‥?」
そう言われてリオーチェは少し間の抜けた顔をした。何だか思いもよらないことを聞かれた、というような顔だ。シェイラは自分の予測が当たっているような気がしたが、当たってないといいなあという一縷の望みをかけてもう一度聞いてみた。
「‥‥リオ様、恋ってしたこと、あります‥?」
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