【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ

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私の、いいところ?

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「え、でも‥私は何も秀でているところはありませんし、特技もないですし‥今日はこんなに着飾っていただきましたけど、特に見目がいいわけでもないので」
そうぼそぼそと呟くリオーチェの手を片手で握ったままにして、もう片手でロレアントはリオーチェの頬を撫でた。大きな手、頬がすっぽり収まってしまう。
なぜか頬が熱くなった。
「リオ。リオは優しくて親切で、屈託なく笑っていていつも俺に幸せをくれる、毎日、リオの顔を見てリオが嬉しそうにしているのを見られれば俺は幸せなんだ。‥このところ、俺のせいでリオが、大変な目に遭っていたみたいで、‥それに気づけなかった俺は、まだ未熟だが‥」
「いえ、ロレアント様のせいではないですし」
「いや、俺が遠因なのはわかっている」
ロレアントは下からじっとリオーチェの顔を見つめた。熱のこもった目がリオーチェの目を射抜かんばかりだ。ロレアントは、こんな目をしていただろうか?
リオーチェはもう色々な事が目まぐるしく起こって、頭の中がいっぱいいっぱいだった。顔はどんどん熱くなるし、握られた手は汗ばんできている気がする。まずい、手汗がロレアントについてしまう‥!
「あの、ロレアント様、そろそろ手を」
「ロレン」
「はい?」
「ロレンって呼んでくれるとさっき言ったよな」
あー確かに言ったな‥リオーチェはとにかく手汗がロレアントにつくのを何としても阻止したかったのでためらわずに言った。
「ロレン様。手を離してください」
ロレアントは、ぽっと顔を赤くしてようやく手を離してくれた。席についてくださいね、と促すとしぶしぶ自分の席に戻っていった。

それを確認した侯爵が優しく微笑みながらリオーチェに言った。
「私もリオは素晴らしいお嬢さんだと思っている。リオが我が家に来てくれると雰囲気がよくなるし、明るくなる。人柄は努力で手に入るというものではない。そういう意味ではリオはとても素晴らしいと思っているよ」
「あ、ありがとうございます‥」
二人からの手放しの褒めようにどぎまぎしながら返事をしたが、性格を褒めるのって褒めるところがない時の定番ではなかろうか。デビュタントの件も含め、どのように返事をすればいいか迷っていると、侯爵は言葉を続けた。
「まだデビュタントまで二か月ある。リオももう少し考えてくれないか。ヘイデン家としては賛成なんだ。だが、リオの気持ちを一番に大切にしたいとも思っている。ロレアントは私からみてもまあまあ優秀な方だと思うし、リオに嫌な思いをさせることはないだろうと思っている。少し考えてやってみてくれ」
「‥わかりました」
グラスに残ったワインをぐっと飲み干してから侯爵はまた言葉を続けた。
「それから一か月後に我が家でガーデンパーティーを開くことになっている。チェロバンや二エラと相談しながらその差配をしてくれないか。まあ、こういう事も経験だと思うしな。‥それから申し訳ないが、その時ばかりはロレンにエスコートされてやってくれ。私的なパーティーだからただのパートナーでも話は通る」
何ですと?
侯爵はその爆弾発言をするや否や席を立ち、「ではお休み」と言って広間から出て行ってしまった。
ちょっと待って、パーティーの差配って夫人のやる仕事だよね?侍女の仕事じゃなくない?いや、二エラさんもやるって言ってたから侍女の仕事‥?いやいやいやここは夫人のいない家だったわ。え、それ私が関わっていい案件なのか?
再び色々な事で頭の中がぐるぐる混乱してきたリオーチェに向かって、ロレアントが嬉しそうに言った。
「リオ、そのパーティーの時のドレスは俺に誂えさせてくれ。今から楽しみだ」
情報量が頭の容量を超えてしまったリオーチェはただもう頷くことしかできなかった。


「はい、確かに一か月後にガーデンパーティーが行われる予定です。主に私設騎士団の関係者の方の慰撫が目的ですが、それにかかわる資金集めも目的に入っていたかと存じます」
寝る前のお肌と髪のお手入れ、というルーティーンを入れられることになったリオーチェが、それを行ってくれているベラにパーティーの事を聞いてみたところ、このような返事が返ってきた。
結構ちゃんとしたパーティーのような気がする。ヘイデン家の関係者も数多く来るようだし、規模を聞けば「200人くらいでしょうか?」と言われてまた驚いた。
確かにこの家の庭園ならそのくらいのパーティーも余裕で開けるだろう。
「二エラさんと相談して差配してくれって言われたんですが‥正直私にできることなんてない気もするんですよね‥」
うなだれながらそう言うリオーチェの顔を、ベラはぐいと掴んで鏡の前に向けさせた。
「リオーチェ様、初めからそのようにご自分を低くみられるのはよくないと思いますよ。リオーチェ様は素敵なご令嬢です。それはヘイデン家使用人全員がそう思っておりますよ」
「ええ~‥どうして皆さんそんなに私をかってくださるんでしょうか‥」
常々心の中に溜まっていた疑問が、思わずこぼれだしてしまった。ベラは微笑んでリオーチェの顔をクリームで優しくマッサージしながら言った。
「リオーチェ様にとっては些細なことかと思いますが。リオーチェ様がお小さい頃からヘイデン家の使用人は色々リオーチェ様にお世話になっているんです。‥‥みな、辛いことがあった時落ち込んだ時、リオーチェ様に救われていたんですよ」
突然そんなことを言われても、リオーチェ自身には全く心当たりがないので思わず目を瞬いた。そんなリオ―チェの顔を見ながらベラは言葉を続けた。
「かくいう私も、奥様がお亡くなりになってから化粧の仕事もなくなり、ここでずっと働くべきか悩んでいたことがあります」
「そうなんですね‥」
全くその話に自分がどうかかわってくるのか見えてこないリオーチェは曖昧な相槌を打った。ベラはくすっと笑って話を続けた。
「そんな時、たまたまお屋敷の中ですれ違ったリオーチェ様が急に立ち止まって私を見つめておっしゃったんです、『どうしたの?何かつらいことがあるの?』って」
えっ、なんてぶしつけな子どもだ、私。
「私は、屈託を顔には出さず普通に出来ていると思っていたのに、リオーチェ様からそういうお言葉をいただいて‥思わず涙ぐんでしまったんです。‥そうしたらリオーチェ様が『頑張ってるんだね、偉いね!でも辛い時は辛いって言って少し休むといいんだよ。侯爵様に言ってあげようか?』っておっしゃってくださって…」
うう~む、何とおせっかいな子どもだ。夫人が亡くなったあとなら十一か十二歳くらいの時である。大人の事情に生意気に口を突っ込む子どもだったとはお恥ずかしい。

「生意気な子どもだったようで恐縮です‥」
ベラは驚いて手を止め、柔らかく反論した。 
「そんな!‥リオーチェ様にそう言っていただけて、私は心が軽くなったんです。そうか、辛い時は休めばいいんだ、出来ることをしていればいいんだって。それで、お務めを続ける気力が湧いたんです。今でも本当の感謝申し上げています」
ベラはそう言って今度は髪にヘアオイルを少しずつ塗りこめ始めた。いい匂いが辺りに広がって気持ちが癒される。‥そして知らぬところで感謝されていたことを知ったことによっても、心は温かくなっていく。
「そういう使用人が、ヘイデン家にはたくさんいるんです。‥ですから今回、リオーチェ様がおいでになることを知ってみなとても喜んだんですよ。侍女やメイドはみなリオーチェ様付になりたがったんですけど、何とか私がリオーチェ様の専属侍女の座をもぎ取りました!ですから、出来るだけのお世話をさせていただきたいんです」
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