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婚約の話
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ロレアントはこんな話し方をする人だっただろうか。何だか急に大人びたように感じる。いや、学院に入ってリオーチェを見下ろす程の身長になってからもそうだったのかもしれない。リオーチェが、見ないようにしていただけで。
「何でしょうか?」
「二か月後に、春のデビュタントがある。俺のパートナーとしてリオにともに出てほしい。」
「えっ」
そう言えばもうすぐロレアントも十六歳になる。一瞬だけリオーチェと同じ年になる期間があるのだった。そうか、ロレアントもデビュタントかあ‥と思ってすぐにはっとした。
「いや、あの、ロレアント様はご婚約はされないのですか?」
「リオ」
ロレアントはすっと椅子を引いて立ち上がった。なんだなんだ?と思っているうちに、大テーブルを回ってリオーチェの傍までやってくる。そしてリオーチェの横にゆっくりと跪いた。
「ロ、ロレアント様何を」
慌てふためくリオーチェに対して、侯爵もロレアントも落ち着いている。ふと気づけば先ほどまで数人壁際に控えていたはずの給仕が一人もいない。チェロバンまでが下がっていた。
混乱しているリオーチェの手に、ロレアントはそっと自分の手を重ねた。
「リオ。俺は婚約するとしたら君とだけだ。他の人とは結婚しない。‥リオがパートナーになってくれないのなら、デビュタントにも出ないつもりだ」
ロレアントの手は、こんなに大きかっただろうか。実験や剣術の鍛錬で使い込まれている手は少しごつごつとしていて貴族令息の手らしくはない。だが、とても優しくリオーチェの手を包んでいる。
昔は、この手を引いて色々世話をしていたのに。
そう思ってふとロレアントの顔を見つめる。
あ。
「ロレアント様、ほっぺたにちょっとソースついてますよ」
そう言ってリオーチェはナフキンで頬を拭ってやった。
侯爵は天を仰いで額に手を当て、ロレアントががっくりと両膝と両手を床についた。
「デビュタントのパートナーですが‥婚約者ではない、ということを明確にして参加する、という方法はありますか?」
絶望ポーズになっていたロレアントにそうリオーチェは問いかけた。するとロレアントからではなく、侯爵の方から言葉が返ってきた。
「リオ、どうしてそんなにロレンとの婚約を嫌がるんだい?」
リオーチェは慌てて言葉を継いだ。
「いえ、別に嫌がっているわけでは‥」
その言葉を聞いたロレアントががばりと身を起こして再びぎゅっとリオーチェの手を握った。
「リオ、嫌じゃないの?!」
「あー、嫌というのは、えーおそれ多いと言いますか‥とにかく家格が合いませんし、ヘイデン侯爵家に何のメリットもありませんし」
ヘイデン侯爵は飲んでいたグラスをゆっくりとテーブルに置いた。
「リオ、我がヘイデン家は特にメリットを考えて婚約を考えたりはしない。我が家はそこまで政略的なことを考えなくても今は上手く回っているし、家格という点でもクラン家は立派に領政も治まっている由緒ある伯爵家だ。リオがそこまで卑下することはないのだよ」
「‥はい‥」
わかっていた。辺境を含む広大な領地を持ち、私設騎士団で国境を接する他国にもにらみを利かせているヘイデン侯爵家が、政略結婚を必要としていないことは。
クラン伯爵家はそこまで豊かではないが、困窮しているわけでもないのでそこまで家格が違うと言い切れないことも。
「‥私の、問題です」
自分自身に自信がない。貴族子女として、どこかの貴族に嫁ぐ可能性は幼い時から考えていた。だが、この立派なヘイデン家に嫁いで自分が上手くやっていけるという未来が見えてこない。
それでなくとも、ロレアントの近くにいるだけであれほど学院ではつまはじきにされ、侮られているのだ。そんな人物がヘイデン家の正室として、社交界を渡り歩けるはずもない。
また、自分に社交が向いていないこともリオーチェは身に沁みてわかっている。
結局、自分自身に何も魅力を感じられないから人にも自分を売り込めないのだ。だから平凡でいても許される平民の友人しか持てなかった。なぜ、貴族の家に生まれてしまったのだろう、と何度も思っていた。
せめてもう少し美しければよかったのかもしれないが、それは今さら言っても仕方がないことだ。
うつむいてしまったリオーチェの手をしっかり握りしめて、ロレアントは下からリオーチェの顔を覗き込むようにして見つめてきた。
「俺は、リオと婚約したいと思ってる。他の人とは考えられない。俺は‥‥リオが、いいんだ」
ロレアントは直接的な言葉にならないよう、慎重に言葉を選びながら伝える。ヘイデン夫人亡き今、精霊を視れたり言葉を交わせたりする者はいない。手探りで進めるしかない。
リオーチェはロレアントの顔を見た。相変わらず整っていて美しい顔立ちだ。なぜ、ロレアントはこんな何も秀でたところのない自分の事を求めてくれるのだろうか。小さい時から一緒にいて、他に貴族令嬢と関わることが少なかったからだろうか。
思わず、リオーチェはその疑問を口にしていた。
「‥ロレアント様は、何で、そんなに、私なんかと婚約したいんですか‥?」
これって!この場面のこの質問って!告白していいシーンだよな!?精霊なんとか応えてくれーー!!
ロレアントは心の中で絶叫した。
か、かわい、かわいすぎる‥!不安になってるのか、顔がいつもより幼く見える。いやいつもかわいいけど今日は特に綺麗だし。ああキスしたい、今すぐ抱きしめて滅茶苦茶いっぱいキスしたい。
いや待て、まずはリオから出てきた不穏な言葉を否定しなくては。
「リオ、何で『私なんか』って言うんだ?リオはとても素敵な令嬢だよ。そんなふうに言ってほしくないな」
「何でしょうか?」
「二か月後に、春のデビュタントがある。俺のパートナーとしてリオにともに出てほしい。」
「えっ」
そう言えばもうすぐロレアントも十六歳になる。一瞬だけリオーチェと同じ年になる期間があるのだった。そうか、ロレアントもデビュタントかあ‥と思ってすぐにはっとした。
「いや、あの、ロレアント様はご婚約はされないのですか?」
「リオ」
ロレアントはすっと椅子を引いて立ち上がった。なんだなんだ?と思っているうちに、大テーブルを回ってリオーチェの傍までやってくる。そしてリオーチェの横にゆっくりと跪いた。
「ロ、ロレアント様何を」
慌てふためくリオーチェに対して、侯爵もロレアントも落ち着いている。ふと気づけば先ほどまで数人壁際に控えていたはずの給仕が一人もいない。チェロバンまでが下がっていた。
混乱しているリオーチェの手に、ロレアントはそっと自分の手を重ねた。
「リオ。俺は婚約するとしたら君とだけだ。他の人とは結婚しない。‥リオがパートナーになってくれないのなら、デビュタントにも出ないつもりだ」
ロレアントの手は、こんなに大きかっただろうか。実験や剣術の鍛錬で使い込まれている手は少しごつごつとしていて貴族令息の手らしくはない。だが、とても優しくリオーチェの手を包んでいる。
昔は、この手を引いて色々世話をしていたのに。
そう思ってふとロレアントの顔を見つめる。
あ。
「ロレアント様、ほっぺたにちょっとソースついてますよ」
そう言ってリオーチェはナフキンで頬を拭ってやった。
侯爵は天を仰いで額に手を当て、ロレアントががっくりと両膝と両手を床についた。
「デビュタントのパートナーですが‥婚約者ではない、ということを明確にして参加する、という方法はありますか?」
絶望ポーズになっていたロレアントにそうリオーチェは問いかけた。するとロレアントからではなく、侯爵の方から言葉が返ってきた。
「リオ、どうしてそんなにロレンとの婚約を嫌がるんだい?」
リオーチェは慌てて言葉を継いだ。
「いえ、別に嫌がっているわけでは‥」
その言葉を聞いたロレアントががばりと身を起こして再びぎゅっとリオーチェの手を握った。
「リオ、嫌じゃないの?!」
「あー、嫌というのは、えーおそれ多いと言いますか‥とにかく家格が合いませんし、ヘイデン侯爵家に何のメリットもありませんし」
ヘイデン侯爵は飲んでいたグラスをゆっくりとテーブルに置いた。
「リオ、我がヘイデン家は特にメリットを考えて婚約を考えたりはしない。我が家はそこまで政略的なことを考えなくても今は上手く回っているし、家格という点でもクラン家は立派に領政も治まっている由緒ある伯爵家だ。リオがそこまで卑下することはないのだよ」
「‥はい‥」
わかっていた。辺境を含む広大な領地を持ち、私設騎士団で国境を接する他国にもにらみを利かせているヘイデン侯爵家が、政略結婚を必要としていないことは。
クラン伯爵家はそこまで豊かではないが、困窮しているわけでもないのでそこまで家格が違うと言い切れないことも。
「‥私の、問題です」
自分自身に自信がない。貴族子女として、どこかの貴族に嫁ぐ可能性は幼い時から考えていた。だが、この立派なヘイデン家に嫁いで自分が上手くやっていけるという未来が見えてこない。
それでなくとも、ロレアントの近くにいるだけであれほど学院ではつまはじきにされ、侮られているのだ。そんな人物がヘイデン家の正室として、社交界を渡り歩けるはずもない。
また、自分に社交が向いていないこともリオーチェは身に沁みてわかっている。
結局、自分自身に何も魅力を感じられないから人にも自分を売り込めないのだ。だから平凡でいても許される平民の友人しか持てなかった。なぜ、貴族の家に生まれてしまったのだろう、と何度も思っていた。
せめてもう少し美しければよかったのかもしれないが、それは今さら言っても仕方がないことだ。
うつむいてしまったリオーチェの手をしっかり握りしめて、ロレアントは下からリオーチェの顔を覗き込むようにして見つめてきた。
「俺は、リオと婚約したいと思ってる。他の人とは考えられない。俺は‥‥リオが、いいんだ」
ロレアントは直接的な言葉にならないよう、慎重に言葉を選びながら伝える。ヘイデン夫人亡き今、精霊を視れたり言葉を交わせたりする者はいない。手探りで進めるしかない。
リオーチェはロレアントの顔を見た。相変わらず整っていて美しい顔立ちだ。なぜ、ロレアントはこんな何も秀でたところのない自分の事を求めてくれるのだろうか。小さい時から一緒にいて、他に貴族令嬢と関わることが少なかったからだろうか。
思わず、リオーチェはその疑問を口にしていた。
「‥ロレアント様は、何で、そんなに、私なんかと婚約したいんですか‥?」
これって!この場面のこの質問って!告白していいシーンだよな!?精霊なんとか応えてくれーー!!
ロレアントは心の中で絶叫した。
か、かわい、かわいすぎる‥!不安になってるのか、顔がいつもより幼く見える。いやいつもかわいいけど今日は特に綺麗だし。ああキスしたい、今すぐ抱きしめて滅茶苦茶いっぱいキスしたい。
いや待て、まずはリオから出てきた不穏な言葉を否定しなくては。
「リオ、何で『私なんか』って言うんだ?リオはとても素敵な令嬢だよ。そんなふうに言ってほしくないな」
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