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行儀見習い
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リオーチェが自宅に戻ってから十分後にロレアントが、十五分後にヘイデン侯爵が屋敷に駆け戻ってきた。二人で執務室に二エラを迎え入れて話を聞く。ロレアントは顔色がかなり悪い。
「二エラ、リオが、リオが働くつもりって本当なのか‥?」
「ええ、坊ちゃま。二エラも耳を疑いました。確認もしたのですが、リオーチェ様は自分には結婚はできそうにないから侍女として働きたい、と」
「‥‥やっぱり僕の気持ちぜんっぜん伝わってない!!」
ロレアントはそう叫んで長椅子に座り込み、顔を両手で覆った。落ち込む息子の背中を軽く叩きながら、侯爵は二エラに話の続きを促した。
「それで?リオーチェ嬢はどうすると?」
「旦那様のご許可もいただかずに私の一存でご提案を申し上げてしまったのですが‥ヘイデン家に行儀見習いとして入ってみてはとご提案致しました」
ヘイデン侯爵はぱっと二エラの顔を見て、その手を取った。
「でかした二エラ!考えうる限り最上の提案だ!‥リオは何と?」
「はい、旦那様のご許可と、クラン家のご両親のご許可がいただけたらお願いしたい、とおっしゃられておいででした」
そこまで聞いて、ロレアントは顔を覆っていた両手を離し、ヘイデン侯爵を見た。侯爵は力強く頷いた。
「ロレン、これはまたとないチャンスだ。できうる限りリオを当家に滞在させ、ここに嫁ぎたいと思ってもらうには一番の方法だと思う。‥二エラには何か礼をせねばなるまい」
「それよりも旦那様、まずはすぐにクラン様のお屋敷に行儀見習いのご提案に関する正式な書状を差し上げませんと‥チェロバンを呼んで参ります」
「頼む」
ロレアントは一度立ち上がり、そして所在無げにうろうろと辺りを歩き回った。
「‥‥父上、こちらから気持ちを伝えることはどうしてもだめなのですか?精霊はそれに対し怒りを感じる?」
ヘイデン侯爵は当時夫人に聞いた事を思い出しながら言った。
「何かを頼むのはいけない、直接的にお願いをするのもいけない、気持ちを押しつけるのもいけない。‥そう精霊は言っていたということだったと思うが」
「もう、無理だよ!あれだけ婚約してって言っても、釣り合わないの一点張りで全然取り合ってもくれないんだ!俺がこんなにリオの事を大切に思っていて、こんなに愛しているってことも言えないで、それでリオに男として意識してもらうなんて‥」
「難しい条件なのはわかっている。‥だがお前はリオを妻に迎えたいのだろう?せっかく二エラがいいお膳立てをしてくれたのだ。同じ屋敷内で寝起きをともにすることになれば、触れ合う時間も増える。‥お前の努力はきっと報われるさ」
ヘイデン侯爵の言葉は、ロレアントの心を素通りするばかりだ。
これまでのやり方ではだめだった。リオーチェがついていないとだめだ、と思ってほしくていろいろやっていたが、それは結局リオーチェの負担になってしまった。
やり方を変えなくてはならない。
同じ屋敷内で暮らせるのはとんでもなく嬉しいが、屋敷内にはランスもいるから油断はできない。
リオーチェにとって、ロレアントが必要な存在だと思ってもらわなければ。
「ヘイデン侯爵のお屋敷で、行儀見習い?」
「はい」
クラン家の夕食の場で、リオ―チェはそう切り出した。
クラン夫妻は顔を見合わせた。
ヘイデン家の人々がかなりリオーチェの事を気に入ってくれているのはこれまでの事から身に沁みてわかっている。そうかといって積極的にリオーチェと結婚でもしたいのかと思えば、そこまで踏み込んでは来ない。子息が「婚約したい」と言っているようだが、侯爵自身からの申し入れはないのでこちらとしても手を付けかねている状況だ。
だが、ここに来ての行儀見習いの提案。‥‥実はつい先ほど侯爵家から正式な受け入れの書状が届いている。リオーチェが希望するなら是非とも受け入れたい、明日からでも構わない、学院へもヘイデン家から通わせるし、その期間にかかる一切の経費をヘイデン家が持つとまで書いてあったのだ。
どうにもヘイデン家の思惑が掴めないのは不気味だが、小さい頃から可愛がってもらっているという実感はあるし、そう悪い話でもないだろう。それに高位貴族での行儀見習いは特に邪魔になるまい、確かにリオーチェには婚約の打診なども今のところ来ていないし、と思い夫妻は許可することにした。
「リオがどうしてもそうしたいのなら私たちは反対しないよ」
「でも辛かったらいつでも帰ってきていいのよ。‥あなた一人くらい我が家だってどうとでもなるんだから」
口々にそう言ってくれる優しい両親でよかった、とリオーチェはしみじみ思った。
だが、三歳下の弟エルディンは不服そうな顔をしていた。
「それじゃあ僕は全然姉さまに会えなくなるじゃないか、それでなくても姉さまが学院に通われるようになってなかなか一緒の時間を過ごせないのに‥」
エルディンは小さい頃からリオーチェの後を付いてまわる程の姉っ子で、十三歳になった今でもそれは変わっていない。エルディンにとってもリオーチェは優しく、人にはいつも親切で変に擦れたところのない素晴らしい姉だった。
だから小さい頃からエルディンとロレアントの仲はあまりよくない。お互いがリオーチェに構ってもらおうと必死のアピール合戦をしているような状態だった。そんなことにも気づかないリオーチェは単純に(手のかかる子どもたちだなあ)と思っていた。
リオーチェはふくれた顔のままでそっぽを向いている弟に優しく声をかけた。
「大丈夫だよ、エル、時々はもちろんこっちにも戻ってくるから。その時は一緒にお茶でもしようよ」
「‥‥約束だよ姉さま」
「うん、勿論」
ようやく少し安心したような表情になったエルディンにほっとしていると、母親が声をかけてきた。
「それでいつから行くつもりなの?」
「うーん‥早い方がいいかな、と思うから‥明日と明後日は休みだから、明日は準備をして明後日くらいに行こうかなって思う。一応、ヘイデン家にもお伺いを立ててみるけど」
あちらは今日からでもいいという手紙だったけど‥というのはクラン伯爵はぐっとのみこんだ。娘をそんなはやばや手放すつもりはなかったのだ。少しでも傍にいてもらいたい。
「明後日だね。‥でも、見習い中でもいつでも帰ってきて構わないのだよ。お前のうちはここなのだから、それを忘れないように」
「わかった、ありがとうお父様」
心配そうにこちらを見やる父の顔を見て、リオ―チェはにこりと笑った。
「二エラ、リオが、リオが働くつもりって本当なのか‥?」
「ええ、坊ちゃま。二エラも耳を疑いました。確認もしたのですが、リオーチェ様は自分には結婚はできそうにないから侍女として働きたい、と」
「‥‥やっぱり僕の気持ちぜんっぜん伝わってない!!」
ロレアントはそう叫んで長椅子に座り込み、顔を両手で覆った。落ち込む息子の背中を軽く叩きながら、侯爵は二エラに話の続きを促した。
「それで?リオーチェ嬢はどうすると?」
「旦那様のご許可もいただかずに私の一存でご提案を申し上げてしまったのですが‥ヘイデン家に行儀見習いとして入ってみてはとご提案致しました」
ヘイデン侯爵はぱっと二エラの顔を見て、その手を取った。
「でかした二エラ!考えうる限り最上の提案だ!‥リオは何と?」
「はい、旦那様のご許可と、クラン家のご両親のご許可がいただけたらお願いしたい、とおっしゃられておいででした」
そこまで聞いて、ロレアントは顔を覆っていた両手を離し、ヘイデン侯爵を見た。侯爵は力強く頷いた。
「ロレン、これはまたとないチャンスだ。できうる限りリオを当家に滞在させ、ここに嫁ぎたいと思ってもらうには一番の方法だと思う。‥二エラには何か礼をせねばなるまい」
「それよりも旦那様、まずはすぐにクラン様のお屋敷に行儀見習いのご提案に関する正式な書状を差し上げませんと‥チェロバンを呼んで参ります」
「頼む」
ロレアントは一度立ち上がり、そして所在無げにうろうろと辺りを歩き回った。
「‥‥父上、こちらから気持ちを伝えることはどうしてもだめなのですか?精霊はそれに対し怒りを感じる?」
ヘイデン侯爵は当時夫人に聞いた事を思い出しながら言った。
「何かを頼むのはいけない、直接的にお願いをするのもいけない、気持ちを押しつけるのもいけない。‥そう精霊は言っていたということだったと思うが」
「もう、無理だよ!あれだけ婚約してって言っても、釣り合わないの一点張りで全然取り合ってもくれないんだ!俺がこんなにリオの事を大切に思っていて、こんなに愛しているってことも言えないで、それでリオに男として意識してもらうなんて‥」
「難しい条件なのはわかっている。‥だがお前はリオを妻に迎えたいのだろう?せっかく二エラがいいお膳立てをしてくれたのだ。同じ屋敷内で寝起きをともにすることになれば、触れ合う時間も増える。‥お前の努力はきっと報われるさ」
ヘイデン侯爵の言葉は、ロレアントの心を素通りするばかりだ。
これまでのやり方ではだめだった。リオーチェがついていないとだめだ、と思ってほしくていろいろやっていたが、それは結局リオーチェの負担になってしまった。
やり方を変えなくてはならない。
同じ屋敷内で暮らせるのはとんでもなく嬉しいが、屋敷内にはランスもいるから油断はできない。
リオーチェにとって、ロレアントが必要な存在だと思ってもらわなければ。
「ヘイデン侯爵のお屋敷で、行儀見習い?」
「はい」
クラン家の夕食の場で、リオ―チェはそう切り出した。
クラン夫妻は顔を見合わせた。
ヘイデン家の人々がかなりリオーチェの事を気に入ってくれているのはこれまでの事から身に沁みてわかっている。そうかといって積極的にリオーチェと結婚でもしたいのかと思えば、そこまで踏み込んでは来ない。子息が「婚約したい」と言っているようだが、侯爵自身からの申し入れはないのでこちらとしても手を付けかねている状況だ。
だが、ここに来ての行儀見習いの提案。‥‥実はつい先ほど侯爵家から正式な受け入れの書状が届いている。リオーチェが希望するなら是非とも受け入れたい、明日からでも構わない、学院へもヘイデン家から通わせるし、その期間にかかる一切の経費をヘイデン家が持つとまで書いてあったのだ。
どうにもヘイデン家の思惑が掴めないのは不気味だが、小さい頃から可愛がってもらっているという実感はあるし、そう悪い話でもないだろう。それに高位貴族での行儀見習いは特に邪魔になるまい、確かにリオーチェには婚約の打診なども今のところ来ていないし、と思い夫妻は許可することにした。
「リオがどうしてもそうしたいのなら私たちは反対しないよ」
「でも辛かったらいつでも帰ってきていいのよ。‥あなた一人くらい我が家だってどうとでもなるんだから」
口々にそう言ってくれる優しい両親でよかった、とリオーチェはしみじみ思った。
だが、三歳下の弟エルディンは不服そうな顔をしていた。
「それじゃあ僕は全然姉さまに会えなくなるじゃないか、それでなくても姉さまが学院に通われるようになってなかなか一緒の時間を過ごせないのに‥」
エルディンは小さい頃からリオーチェの後を付いてまわる程の姉っ子で、十三歳になった今でもそれは変わっていない。エルディンにとってもリオーチェは優しく、人にはいつも親切で変に擦れたところのない素晴らしい姉だった。
だから小さい頃からエルディンとロレアントの仲はあまりよくない。お互いがリオーチェに構ってもらおうと必死のアピール合戦をしているような状態だった。そんなことにも気づかないリオーチェは単純に(手のかかる子どもたちだなあ)と思っていた。
リオーチェはふくれた顔のままでそっぽを向いている弟に優しく声をかけた。
「大丈夫だよ、エル、時々はもちろんこっちにも戻ってくるから。その時は一緒にお茶でもしようよ」
「‥‥約束だよ姉さま」
「うん、勿論」
ようやく少し安心したような表情になったエルディンにほっとしていると、母親が声をかけてきた。
「それでいつから行くつもりなの?」
「うーん‥早い方がいいかな、と思うから‥明日と明後日は休みだから、明日は準備をして明後日くらいに行こうかなって思う。一応、ヘイデン家にもお伺いを立ててみるけど」
あちらは今日からでもいいという手紙だったけど‥というのはクラン伯爵はぐっとのみこんだ。娘をそんなはやばや手放すつもりはなかったのだ。少しでも傍にいてもらいたい。
「明後日だね。‥でも、見習い中でもいつでも帰ってきて構わないのだよ。お前のうちはここなのだから、それを忘れないように」
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